人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
雨の日のオラリオを歩く灰色の影があった。
その背中は煤けていて、苛立ちを見せながらもどこか哀愁がある。彼の名はベート・ローガ。つい先日まで、ヴィーザル・ファミリアの団長だった青年だ。
彼の故郷は3大秘境のひとつ、『竜の谷』からやってきたモンスターによって滅ぼされた。愛していた家族も、いつか番になるだろうと思っていた幼馴染も、一族郎党、ベートを残して全滅した。
強さを求めた先で、彼は新たな絆を手にした。主神ヴィーザル、ヴィーザル・ファミリアの団員たち、そして恋人となった副団長、セレニア。
自身の強さを認め、ともに強くなる仲間たち。『大抗争』も乗り越え、Lv3へ至った彼は一族の敵である平原の主を倒しに、オラリオを出立した。一月前のことである。
そうして戻ってきた彼に告げられたのは、ヴィーザル・ファミリアが迷宮から壊走してきたという知らせだった。
幸いなことに、今手に入る義足でも日常生活に支障はない。片目でも迷宮に潜るものは居る。ヘファイストス・ファミリアの『
セレニアも、いずれは冒険者に復帰するつもりだった。
「ゴメンね……でも、大丈夫。リハビリして、必ずあなたの隣に――」
「……やめてくれ」
絞り出すように、ベートは弱々しくそう零した。
「結婚しよう」
「え……」
「オレが守る。だからもう……弱いくせに戦おうとしないでくれ……」
ベートは、そこで一度折れた。
守れなかった。強くなったはずなのに、また奪われる。ベートはヴィーザル・ファミリアの面々を、半ば追い出す形でオラリオから離れさせた。ヴィーザルの謝罪が、弱者を認めるようなその物言いが気に入らなかった。
半脱退状態、いつでも
その日から、ベートの生活は一変した。
セレニアから離れなくなった。風呂とトイレ以外の時間をセレニアの側で過ごした。迷宮に潜れないから、彼は商人の用心棒として金を稼ぎ、セレニアを養う日々を送った。
守れなかった苦しみから死に物狂いで強さを求めるのではなく、多くが手から零れ落ちる中で残った僅かな欠片に固執し、死に物狂いで守る生活。
それと同時に、駆け出しの冒険者に、荒くれたならず者に、とにかく喧嘩を仕掛けるようになった。言葉で傷つけるようになった。
この程度で傷つく弱者なら、はなから迷宮に潜る資格はない。死にに行く必要はない。辞めてしまえ。懇願のような罵倒。自傷のような侮蔑。まさに、負け犬の遠吠え。
セレニアは荒れていく彼を止めることもできず、ただ、悲しそうな目で見ていた。今の彼を自分が否定したら、完全に彼を壊してしまうように思えたから。いや、それも結局は、逃げだったのかもしれない。
イキっていた駆け出しの歯を砕いた。翌日からその駆け出しは迷宮に潜らなくなった。
セレニアを馬鹿にしたチンピラ冒険者の四肢を折った。チンピラは治り次第オラリオを出ていった。
仕事で返り討ちにした暴漢がセレニアを人質に取ろうと忍び込んできたから一人残らず死ぬ寸前まで痛めつけた。ガネーシャ・ファミリアから感謝と注意をされた。
同レベルでも圧倒するだけの強さを持ちながら迷宮に潜れない彼の二つ名は、『
ただ、常に側にいる彼女に二つ名がついた。『
そして、ある雨の日。
「何をしている、『灰狼』」
彼は再会する。
「……『白壁』」
かつて迷宮で自身を救った強者に。
ピュグマリオン・ファミリア副団長。Lv4の2級冒険者。『白壁』ヒガントーナ。トレードマークである巨壁の盾は持っていなかったが、その体躯は他にそう数はいない。
ベートは何も言わず、彼女に殴りかかった。喧嘩で使う拳ではない。仕事で使う拳でもない。本気で殺すための、あるいはLv4さえ殺せるかもしれない拳。
「【我が身は守る為にあり】」
それに応えるは、ヒガントーナの短文詠唱。
「『スターディ・スタバーン』」
屈強にして頑固。そんな名を冠した魔法の効果はひどく単純。地に足をつけている間の耐久への超域補正と、それに比例した痛覚過敏。
ヒガントーナはベートの一撃を、ガードせず額で受け止める。両者が顔を歪め、互いの距離が離れる。ベートの右手は砕け、血が滴り落ちる。
しかしそれでも、ベート、再び吶喊。今度はヒガントーナ、ベートの腕を掴みそのまま背負いに投げた。受け身を取るもダメージを拭えないベート。しかし、そのまま反転しヒガントーナへと三度攻撃。
今度は蹴りを中心に連撃を仕掛ける。素早い動きでヒガントーナを引っ掻き回す。しかしヒガントーナはその連撃をすべて受けながら前進し、ベートの顔面に拳を叩き込んだ。
「ベート!」
「来んなぁ!!」
吹っ飛んだベートに駆け寄ろうとしたセレニアをベートが制止する。その瞳からまだ戦意は削がれていない。
そしてその瞬間、勝負がベートに傾く。
「グルルルルルル……」
「……月光。獣化か」
雨の切れ間、雲の間隙から差し込んだ月の光。そうして発動する
これにより身体能力が上昇。各アビリティにも超域補正がかかる。一瞬でヒガントーナまで接近し、蹴りの一撃でヒガントーナを弾き飛ばす。
ヒガントーナの足は石畳を削りながら体勢を立て直すためにその場で踏ん張る。しかし、そこに重ねるように、先程までの比ではない苛烈な連撃が襲いかかった。
ヒガントーナに逆転の一撃はない。ヒガントーナというリビングドールは他者を守ることに重点を置いて設計され、攻撃に関するポテンシャルは皆無と言っていい。
だから、ヒガントーナが選んだのは単純な殴り合い。自身の高い耐久を押し付けて高い力で削り切る消耗戦。対するベートは攻撃こそ最大の防御を地で行く超速攻の猛攻。
ベートの左手が砕ける。ヒガントーナの右頬が砕ける。ベートの右脚にヒビが入る。ヒガントーナの左足にヒビが入る。
再び互いの距離が離れ、一瞬、状況が膠着する。
「【戒められし
「ッッ!!? ベート!! それはっ……!!」
ベートの始めた詠唱に、セレニアが悲鳴をあげる。
しかし、ベートはもう止まらない。
「【
「……【我が身は守る為にあり】『スターディ・スタバーン』」
ベートは長文詠唱。対するヒガントーナは先程の短文詠唱。
「【癒せぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」
「【我が身は守る為にあり】『スターディ・スタバーン』」
そしてその真価は、どこまでも重ねがけが可能な点にある。
「【
「【我が身は守る為にあり】『スターディ・スタバーン』!」
だが、ベートの力を真正面から受け止めようとするヒガントーナの行いは、この場面の最悪手である。
「【
何故なら、ベートの唱える長文詠唱がもたらす魔法、その効果は――
「【その
『
肉薄は一瞬。振り抜かれんとするは魔炎を纏った脚。ヒガントーナに炎が迫った時、ヒガントーナに付与されていた耐久上昇の魔法が削られていくことに気づいた。
そしてそれと同時に、ベートの炎は大きく膨らむ。ヒガントーナは察する。この炎は魔法を喰らい強化されるのだ。
このままでは敗北は必至。僅かな思索。ヒガントーナが選んだのは、やはり前進。果たして、その行動は今度は最善手へ繋がる。
「いい加減にっ……落ち着け!!」
「ガ、アッ……」
ヒガントーナの攻撃はベートの顎を捉え、脳を強く揺らした。
『ハティ』のもう一つの特性『損傷吸収』は、ダメージを受けただけ攻撃力を際限なく上げる効果がある。この時点で、先程までの削り合いではなりふり構っていないベートの一撃が加速度的に強化される可能性があった。
しかし、鎮圧を目的とした脳震盪なら話は変わってき
炎が消えて、獣化も解けるベート。対するヒガントーナも、鎧で隠れてはいるものの全身が大きくヒビ割れ、敗北は紙一重であったことが一目でわかる有様だ。
「……なぁ、『白壁』」
朦朧とする意識の中で、ベートが言葉を絞り出す。
「なんでアンタは守れるんだ」
それは、ベートが決して漏らすことのなかった弱音。
「この世の中の
だから、遠くに追いやるしかない。危険のない安全圏へと。危険な場所に入ってこないように心を折って。
セレニアを近くに置き続けたのは、ベート自身に残された最後の弱さであり、最後の意地だった。彼女を手放したら自身はもっと強さを求められるだろう。何もかもを憎み、強さに固執して。しかし、それと同時にきっと、ベートは致命的なまでに
「お前の心は間違っていないさ」
ヒガントーナは答える。ベートとヒガントーナでは、何もかもが違いすぎる。前提も、環境も。獣人という優れた生まれと類まれなる才能、そして努力でもって強者たらんとしてきたベートとは異なり、ヒガントーナは強者たれとされたからこそ強者たりうる力を持った。すべては
それでも、紛い物でも強者として認められ、求められたからには応えねばならぬ。それが、望む望まざるにかかわらず力を持った者の責任。
「お前が導いてやればいい」
「…………」
「我々が、ギルドの教官として推薦してやろう。アドバイザーと並行し、駆け出しの冒険者に稽古をつけて、心構えを叩き込む役だ」
「……ハッ。弱者を馬鹿にすんのは間違ってるからやめろってか……?」
「違う。
弱きを助け強きを挫く。
自尊と傲慢を履き違えるな。
その身で示すことが不足なら、直接教えてやるのは間違いではない。だが手段を選べるなら――
「……クソが」
「――そういうわけです、あとは頼みます」
「こちらとしては、強力な戦力であり有望な若者を引き入れる機会だから文句はないさ。いや、文句はないからこそ疑問でもある。本当にこんなことに貸しを使うのかい?」
「そもそも、あなた方が勝手に借りだと思っていただけです。私たちとしては、仕事を全うしただけ」
去っていく白髪を見送って、道化の眷属が肩を竦める。
「……簡単に、こちらの借りを返させる気はないみたいだ」
実際に何かをさせることで、貸し借りをなしにしたというポーズはとりつつ、借りを返そうとした方は精神的に借りを作ったままであり続ける。
「まぁ、今はやることをやらなければね。主神の頼みでもあるんだ」
ベートは結局、教官になる話を蹴った。
ダメージで動けない体。石畳に横たわったまま、再び降り始めた雨に身を委ねていた。
そんなベートの胸に顔を当てて泣く、彼の番。片方だけの目から涙を流し、一度座ってしまえば立つのにも一苦労する脚を折って、ベートに縋って泣いている。
泣いてんじゃねえよ鬱陶しい。
そう言うことはできなかった。何故なら、彼の瞳からも――
「……わりぃ、セレニア。苦労かけた」
セレニアは、ベートの胸に顔を埋めたまま首を振る。
「……オレ、やっぱり、迷宮に潜る」
セレニアがその間どうするかは、彼女自身に任せよう。這い上がってくるか、外で自分を待ってくれるか。それを決めるのは、ベートではなかった。
「……強く、なりてぇ……!」
セレニアは、ベートが憎む
弱い、ベート自身だった。
「また、オレの隣に立ってくれ……っ!」
「うん……うん……!!」
誰も側にいない孤独な狼であれば、手綱など必要ない。だが、彼の隣には、愛すべき手綱がいる。
数日後、彼はセレニアのリハビリと、もっと上のランクの義足の工面を条件に、ロキ・ファミリアからの
そうして狼は立ち上がる。絆の証である、手綱とともに。
ピュのイチャコラってようは人形鑑賞なので基本的に会話もなくじっと見るか会話もなく触るかの二択なんですよね。
絵面があまりにも文章映えしないので別の恋人のラブストーリー置いときますね。