人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
歓楽街を支配するイシュタル・ファミリアの主神、豊穣と美を司る女神イシュタルは歯噛みする。
「我々と我々の傘下以外の派閥に何をしようと知ったことではありませんが、我々を敵に回すというのなら、まずはその狐人の持つ魔法についてギルドに報告します。先日の女神の一斉送還と紐つけて、ギルドはしっかり調査してくれるでしょう」
「こ、この歓楽街を運営しているのは私たちだ……私が罰せられれば」
「ご安心を。我々ピュグマリオン・ファミリア、経営にはそれなりの自負があります」
イシュタルを追い詰めているのは、白髪灰眼の美女。ピュグマリオン・ファミリアの団長、ガラテア。
何故こんな事になったのか。足元で倒れるイシュタル・ファミリア団長のフリュネ・ジャミールを苦々しく睨みながら、イシュタルは思い返す。
始まりはとある人身売買にて、イシュタルがとある狐人を手に入れたことから始まる。最初はその顔と体の良さから、いい娼婦になると感じ取ったことがきっかけだった。
しかし実際に買って、恩恵を刻んでみたらどうだろうか。とんでもない拾いものだったのだ。
この狐人、名をサンジョウノ・春姫。極東の貴族の生まれで、おそらくは政争に負けたか何かで売り払われ、イシュタルの手元に来た彼女の持つ魔法。『ウチデノコヅチ』。その効果はなんと、『
その効果を用いて眷属を一時的に強化、さらにイシュタルに対してステータスを詐称していると訴えた敵対女神と調査しに来たギルドに「濡れ衣を着せられた」と訴えて賠償金をむしり取り、弱体化した女神たちを送還させたのがつい先日のこと。
最終的な目標は打倒フレイヤなれど、まだ目障りな神は存在している。それがピュグマリオン・ファミリア。そしてその団長、ガラテアだった。
歓楽街という広大なフィールドを支配下に置き、オラリオの性を牛耳っていたイシュタル・ファミリアは、数年前まで間違いなくオラリオで一番の商業系ファミリアだった。Lv5のフリュネや戦闘娼婦の戦力を抱えていることを考えれば、探索系としても上位の実力があるはずだった。
しかし、3年前に突然現れたこのピュグマリオン・ファミリアなる連中は、あっという間にオラリオに浸透、いや、侵略していった。
はじめは郷土料理や地方の食材、新しい調味料や魔石製品を売り出すところから始まった。イシュタルも、美容品類が出始めた頃はまだ、面白いのが現れたと気にもとめずに湿潤液を塗ってはフレイヤを美で上回る日にほくそ笑んでいた。
次々に上がるピュグマリオンの眷属のレベルも、Lv5のフリュネがいるという安心感から特段気にすることもなかった。
しかし、『大抗争』中のあの日、ガラテアの素顔を見たその時から、すべてが変わった。
イシュタルには見覚えがあった。あの顔は忌々しいもう一人の怨敵、
清らかさ、清純さ、あるいは処女性とも言い換えられる、穢されていないが故に滲みだす美しさ。美しさにかまけ、淫蕩の限りを尽くしてきたイシュタルやフレイヤ、アフロディーテには決してあり得ぬ要素を、美神の似姿でありながら身に纏うガラテアという何者かを見て、イシュタルは忌々しいことに、「美しい」と思ってしまった。美の女神であるはずの自分が、下界の子供ごときに、一瞬とはいえ敗北感を覚えたのだ。
その屈辱を拭い去るため、その時ガラテアがやっていたことと同じ方法でもって民衆を鎮圧したはいいものの、ガラテアはイシュタルを意にも介さず、完全に眼中の外。それがイシュタルを苛立たせた。
さらに『大抗争』が終わってからは酷かった。ソーマ、ハトホル、ミアハの中堅ファミリアを次々に傘下として飲み込み、新たな酒類の販売や、動物を主体とした喫茶店の開業、美容品類の拡充などで勢力を右肩上がりに伸ばしていくピュグマリオン・ファミリアは、もはやオラリオにはなくてはならない存在として、商業系ファミリアの頂点をほしいままにしている。
団長のガラテアのレベルもフリュネのLv5に並び、癇癪を起したフリュネが襲いに行き、返り討ちに遭うということも増えてきた。当たり前だ、単純なステイタス差はほとんどないだろうが、あちらにはあの異様な技術力があるのだ。
最近ではロキ・ファミリアの『剣姫』にも――格下にも関わらず――あしらわれ始め、また癇癪を起こすという悪循環にはまっているフリュネを鬱陶しく思いつつ、イシュタル自身も、自分からあらゆる地位を奪い去っていったピュグマリオン・ファミリア、そしてガラテアに対して、フレイヤ相手程ではないが歪んだ憎悪を滾らせていた。
しかしそんな中春姫が現れ、イシュタルの脳内に黒い企みが持ち上がる。敵対女神らを使ったウォーミングアップを終え、さぁピュグマリオンをひっかけてやろうと考えていた、その矢先の出来事だった。
ガラテアによる、イシュタル・ファミリア襲撃。いや、襲撃なんて派手なものではない。いつの間にか、そういつの間にか、イシュタルのいる部屋の中に、ガラテアが佇んでいたのだ。
「っ、貴様、ここをどこだと思って――」
「女神イシュタルの居城でしょう? 一言、忠告に参りました」
しかし、イシュタルにとっては運のいいことに、ちょうどその時はフリュネのステイタスを更新していたタイミング。つまり、その場にフリュネもいたのだ。しかも狩り(意味深)の帰りだったために武器まで持って。さらには、春姫もちょうど、襖を挟んだ近くにいる。
イシュタルは春姫に合図を送り、フリュネに『ウチデノコヅチ』をかけさせる。効果が表れたのと同時、フリュネはガラテアに襲い掛かった。
燐光を、纏いつつ迫る、ガマガエル*1。しかしガラテアは慌てることなく懐に手を入れると、取り出した『魔笛』*2をフリュネに向かって構え、静かに引き金を引いた。
その瞬間、放たれた弾丸はフリュネに命中し、魔剣の起動と同時に赤黒い靄を放つ。すると、フリュネを覆っていた光が、剥がされるようにして消えていく。
この魔剣はアンフィス・バエナの吐き出す、魔法を拡散させる『紅霧』を解析して作られたものであり、着弾したものにかかっているあらゆる魔法的エンチャントを消失させる効果がある。
『ウチデノコヅチ』による階位昇華が打ち消され、春姫が再度『ウチデノコヅチ』を発動するにはインターバルが必要になる。
「なんだと!!?」
驚くイシュタルにタネ明かしもせず、ガラテアはフリュネをその場で叩き伏せる。
「ば、馬鹿な……同格だぞ……ッ」
「先に放った魔剣は、相手にかかっている魔法を打ち消す能力があります」
「なっ……!?」
「それと、これは先程申請してきたのですが。私ランクアップいたしまして、現在Lv6です」
絶句。「フリュネのほうが格上だぞ」と言ってしまえば『ウチデノコヅチ』の存在がバレるので、なんとか「同格だ」と漏らすに抑えたが、ガラテアのランクアップは想定の外だったのか、イシュタルは呆然とガラテアを見る。
そうして、話は冒頭へ至る。
「……チッ……『その場に跪け』」
「お断りします」
「なぁっ!!?」
魅了で支配しようとしたイシュタルだったが、少しの余地もなく魅了を打ち破られ、『ウチデノコヅチ』を知られていた以上の衝撃を受ける。
「っ、クソッ!!」
「神威も効きません」
「……!?!???!?」
切り札の神威も意味をなさず、ハクハクとその場で口を開け閉めするしかないイシュタルに、ガラテアが要求を突きつける。
「階位昇華魔法のことを告発されたくなければ、歓楽街の土地の一部を割譲しなさい。無論、怪しまれないように代金は払います。それ以降、我々に対しての干渉はやめてもらいます」
「……ハァ? こ、ここまでしておいて、たったそれだけか……?」
「貴女がたから得られるものがありませんから。傘下に入れたとして、制御の利かない爆弾を背負っているようなもの。
それはガラテアの、と言うよりも、ピュグマリオンの意見を伝えているだけだったのだが、イシュタルはガラテアにどこまでも見下されていると感じて歯ぎしりをする。
「面倒だからといって、必要があればやるんですが……どういたしますか? 今なら、なかったことにして差し上げますよ」
「……ッ、わかった……っ……!!」
苦々しく、イシュタルが了承する。
強化フリュネも、魅了も、神威も、切り札がすべて効かなかった以上、イシュタルに打つ手はない。負けを認める以外に、方法はなかった。
実際、かなり紙一重だったのである。ガラテアたちの意見だけならば、イシュタルはコッペリアによって暗殺されていたのだから。
それを止めたピュグマリオンの意見は、「確かに『闇派閥』と繋がっているが、表向きは歓楽街を牛耳っていて、潰した後の後始末が面倒」というものだった。手に余る派閥を丸々手に入れるより、一部の土地を割譲させて人員を持ち出しにしたほうが楽だと考えたのだ。
イシュタルにしてみれば屈辱の極みだろうが、実際は薄氷の上で命を拾っていた。
数ヶ月後、割譲された土地では、『異端児』型リビングドールによる娼館が、スキルでモンスターの如く変身できる娼婦による娼館という名目でオープンした。
表向きの事情説明は、カバーストーリーを吹き込んであるハトホル・ファミリアの団員に任せることで神の嘘を見抜く力を誤魔化し*3、フェルズとウラノスからの追求はウラノスの前で「彼女たちは『異端児』ではない」と明言することで有耶無耶にした。
この娼館は、流石にいきなり受け入れられることはなかったが、ニッチな需要が少なからずあり、細々と続いている。
絶対絡んでくるんだけど、下手に潰すと春姫とベルくんの出会いまで影響するし、イシュタル潰れた場合の展開も思いつかなかったので温情。
展開思いついてたら潰してました。