人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
オラリオから南西に3
いや、それは単に船と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。船体部分は直径700
それこそ、かつて三大冒険者依頼のひとつ、『海の覇者』リヴァイアサンを討伐する際に数多の勇士たちを運んだ海上要塞の今の姿であり、今は『海上学術機関特区』、通称『学区』として、世界中の有志を
実に3年ぶりとなる『学区』のメレン帰港に浮足立つのは、なにもメレン、オラリオ両住民だけではない。『学区』の生徒たちもまた、オラリオの迷宮で実戦経験を積めることや、有名ファミリアからの『
だが、中には別のことに期待を抱く者もいる。それは例えば、『学区』外の情報を得ることに腐心していた者。第七小隊の小人族の少年、『頭でっかち』のナッセンのように。
「おい君たち、何をしている。迷宮に潜る前に行く場所があるだろう」
実習前の自由時間、気持ちが逸り、真っ直ぐ迷宮へ向かおうとしていた第七小隊の面々をナッセンが呼び止める。
最初にその言葉に反応したのは、ひときわ大柄な
「なんだ、娼館か? 流石に迷宮前に行くには時間が短いだろう。おっぱいは逃げないぞ」
「君と一緒にするなおっぱいバカ。バーダインはともかく、アリサとレフィーヤもわからないのか?」
「え、えっと……」
「……あぁ、ピュグマリオン商会のこと?」
レフィーヤははじめ思い浮かばなかったが、第七小隊のブレーキ役であるアリサの出した名前を聞いて思い当たった。
半年ほど前から、製薬科の作るポーションの瓶が妙な材質なものに変わった。ガラスの瓶よりも軽く、割れにくい瓶。その出所が、ピュグマリオン商会だったはずだ。
それに、食堂に常備されている調味料に、見慣れないものが加わっていた。それも、ピュグマリオン商会から仕入れた品だったはずだ。
そういえば、航行中の『学区』に追いついて、商取引をした行商人がいたとも聞いた。なんでも、小型の貨物船を
そんなことをつらつらと思い出している間に、アリサとナッセンは会話を続けていく。
「それなら行くつもりだけど、迷宮の後でね。メレンでナッセン、もうお金がないってレフィーヤに借りていたじゃない。迷宮で少しでも稼いでからのほうがいいんじゃない?」
「むっ……そういえばそうだな。忘れていた……いや、気が逸っていたのは僕の方だったか……」
結局、迷宮での実習後、いつものように流されるままに、レフィーヤは皆に連れられピュグマリオン商会とやらにやってきたのだった。
外観はよくある大きめの商店といったところか。荒くれの街にしては、白亜の壁面には目立つ汚れはない。
「えっと、結局ピュグマリオン商会って何を売ってるんですか?」
「いろいろだ。それこそ、食料品から魔石製品、美容品に日用品と多種多様……だが、レフィーヤは期待していていいと思うぞ。ピュグマリオン商会に来て2番目に感動するのがエルフらしいからな」
「え? じゃあ、一番は?」
「極東人らしい」
ナッセンに率いられて、第七小隊が店の中へ入る。小綺麗な店の中は、ごった返すと言うほどではないが、そこそこな数の人で賑わっている。中には『学区』の生徒や、教職員の姿まで見受けられる。
どこへ行けばいいか、何を見ればいいかもわからずその場でポカンとしていると、ナッセンが何やら持ってきてレフィーヤに投げ渡した。
「ほら、それなんかどうだ?」
「わっとと、なにするんですか! って……こ、これ、豆乳!!?」
そう、それは豆乳。エルフの母の味。レフィーヤにとっては実に3年ぶりの豆乳である。『学区』内の購買でも食堂でも売っておらず、友人に愚痴ったら豆乳の存在自体知らないと言われ、自らの正気を疑っていたところにエルフの先輩方から豆乳がエルフの超ローカルフードだと聞かされて危うくエルフの暗黒面*1に堕ちかけた、あの豆乳である。
「こっここここっこ、これっ、これどこに!?」
「あっちのエルフコーナー。他にも気に入るものがあるんじゃないか?」
ナッセンが言うが早いか、レフィーヤはナッセンが示した先へと向かう。とは言っても、元々レフィーヤは比較的開放的なウィーシェの森出身。一応『学区』の食堂にはエルフ向けに脂乳不使用の料理も揃っていたし、自炊をしないレフィーヤには食材そのものはそれほど響かない。久方ぶりの豆乳に興奮はしたものの、そこまでと言った印象だった。
それよりもレフィーヤが気になったのは、多種多様な魔石製品の数々だった。
「おわぁあぁぁあぁぁ〜〜〜〜な、なんですかぁこれはぁ!」
「
研究オタクな男子は気にしなくとも、年頃の乙女には重要だ。レフィーヤ、乙女の即買いである。
「おいナッセン! これ、魔力を注ぐと水が出る水筒だってよ!」
「おっぱい以外に興味が持てたんだな君」
「ひでぇ!」
「とはいえ、確かに興味深い。ピュグマリオン商会の興味深いところは、魔導具ではなく魔石製品として発明して売り出しているところだ。より大衆に向け、安価で手軽に売り出すことを重視している。魔導具は有用だが、作るには《神秘》の恩恵がいる。それに比べて、魔石製品は人間の手が届く技術だ。非常に興味深いね」
いつもの研究者モードに入ってしまったナッセンをよそに、今度はなにやらソワソワとしたアリサがレフィーヤに話しかけてきた。
「ね、ねぇレフィーヤ……なんか、オラリオの人たち、やけに髪とか肌とかツヤツヤしてない……? なんかすごい綺麗なんだけど……」
「あ、そ、そうですね……言われてみれば」
よく見てみれば、通りすがる明らかに現地民だとわかる女性は、皆『学区』の女性と比べて、肌や髪にハリやらツヤやらがある。これは、同じ女としてショックの一言であり、そしてその秘密を知りたいところでもあった。
と、そうして眺めていると、やけに目立つ白い人たち。全員がどうやら店員のようで、店の外観とコンセプトを揃えているのかと察する。
「ぐぬぬ……このままじゃ、オラリオ美人にレオン先生が取られちゃうわ……一体何が……」
「何って、そりゃ美容品だろう。湿潤液に保湿液」
「な、なによそれは!?」
「前来た時は売ってたんだが……どうやら別の店舗に移ったらしい。『青の薬舗』に美容品関連はまとめて売り場を移したようだな」
店の壁に貼られた注意書きには、傘下の医療系ファミリアである、ミアハ・ファミリアの運営する店舗に美容品の販売を委託する旨が書かれていた。
レフィーヤが驚いたのは、ピュグマリオン商会がどうやら傘下の派閥を持つファミリアであったというところだ。普通に商会だと思っていたので、神が運営しているとは思いもよらなかったのである。
大容量パック豆乳の会計を済ませ、アリサに引きずられるように『青の薬舗』へ足を運ぶ。実際、レフィーヤも美容品は気になっていた。
『青の薬舗』の客層は女性客が主だった。店員たちは、『青の薬舗』なのにまたも白い人たちで、青っぽい黒髪の主神であるらしい男神が女冒険者に逆ナンされているのを、こちらも白ではない
売られている商品は、ほとんどが見慣れないものばかりだった。肌に潤いを与える湿潤液や、肌の潤いを保護する保湿液をはじめ、手を保護しながら癒すハンドクリームや、唇を保護するリップクリーム。爪を保護するマニキュアに、髪に優しい
いや、初心者用のポーションや胃薬なども売っているから、一応医療系ファミリアではあるんだろう。
美容品を買い漁るアリサを横目に、そこそこの量の美容品の会計を済ませたレフィーヤは、不意に後ろから声をかけられた。
「そこのエルフの学生さん! 耳寄りな情報があるんだけど、いかがぴょん?」
「ふぇあっ!?」
気付けなかったのは、レフィーヤが油断していたからではないだろう。Lv2の索敵能力をもってしてさえ、
(こ、この
レフィーヤは、恐らくはピュグマリオン・ファミリアの団員であろう白一色で統一された店員たちに対して、どこか浮世離れした無機質な印象を抱いていた。接客として笑顔を浮かべてはいるのだが、どこか作り物めいているのだ。
しかし、この兎人にはそれがない。人間の無邪気な善意と悪意が見え隠れする少女だ。
「え、えっと……?」
「おじょーさん、『学区』の人ぴょん? それなら、3年前にはやってなかったピュグマリオン・ファミリアの新名物の耳寄り情報があるぴょん! 今なら特別に50ヴァリスで教えちゃうぴょん!」
「50ヴァリス……」
高くはない。絶妙に払える金額。
初めてのオラリオで浮ついていたこともあり、やや怪しげなそんな売り文句に、レフィーヤは手元の50ヴァリスを支払った。
すると、兎人の少女はホクホク顔で50ヴァリスを懐にしまい、レフィーヤの耳元に触れないように、メガホンを使って耳打ちした。
「じ、つ、は〜……あと30分後くらいに、モンスター牧場で毛刈りショーが始まるぴょん!」
「も、モンスター牧場!!?」
レフィーヤは毛刈りショーよりも、モンスター牧場という衝撃的なワードに気を取られた。だってモンスター牧場である。モンスターとはあまねく人類の倒すべき敵であり、むしろ家畜に対しても最悪の害獣であるはずなのだ。
それを飼育する? レフィーヤの常識からはかけ離れた発想だった。
「あれ、どうしたのレフィーヤ?」
「あ、アリサ! も、モンスター牧場が、モンスター牧場で毛刈りっ……!」
「ちょ、ホントどうしたの? モンスター牧場ってなによ……」
「今興味深い単語が聞こえたな。モンスター牧場だと? 3年前はそんなものなかったぞ?」
会計を終えて、買った商品を配送サービスに任せて手ぶらで帰ってきたアリサに聞かれ、たった今聞いたことをそのまま口に出したレフィーヤ。
その言葉を聞いてアリサは訝しがり、外で待っていたはずのナッセンまでもが聞きつけてやってきた。
「で、でも、兎の人が……」
「兎人? ……って、どこよ」
「あ、あれ……?」
「少なくとも、君が騒ぎ出すまで店の外に兎人は出てきてないはずだけど……」
見回してみれば、そこに先程の兎人の姿は見えず、煙のごとく消えていた。だが、手元の50ヴァリスがなくなっているあたり、白昼夢ではない。
「あ、あのっ、そこの店員さん!」
「え、私の方?」
思わず真偽を確かめようとレフィーヤが声をかけたのは、先程威嚇していた犬人の店員。私の方とか言っている辺り、ナンパだと思われたのかもしれない。
「いや、あの、も、モンスター牧場って、あるの、本当です、か……?」
「あぁ、モンスター牧場。ありますよ。まぁ、初めて来た方は信じられませんよね」
自分で言っていて荒唐無稽すぎる単語に尻すぼんでいくレフィーヤの言葉を聞き取って、犬人の店員はこともなげに答える。それを聞いて、ずいっと出てきたのはナッセンだ。
「興味深いですね。場所を聞いてもよろしいですか?」
「うーん、お客さんなら考えますけど、何も買ってないですよね?」
「ふむ……では――これを貰おうか」
ナッセンは店員の言葉に対して少し考え、手近の品ではなく、隅の方にあった胃薬を手に取った。
それを見て犬人の店員はニンマリ笑い、商品を包むのとともにモンスター牧場への簡単な地図を手渡してくれたのだった。
『青の薬舗』を後にし、モンスター牧場へと向かう第七小隊一行。アリサはナッセンに、素朴な疑問を口にする。
「ねぇ、なんで胃薬にしたの? 胃痛なんて無縁でしょうに」
「失礼だな。ただまぁ、僕には確かに必要ない品だ。だが、この胃薬は恐らくピュグマリオン・ファミリアからの委託品ではない、店の主であるミアハ・ファミリア独自の商品だ。だから、店員が買って喜ぶのはこちらだと推測したまでだよ」
そんな会話をしているうちに、地図に書かれた場所に辿り着く。そこは確かに柵で囲まれた牧場のようではあったが、柵は金属製で普通の牧場とは言い難い。
また、柵の前には人だかりができているが、その多くは『学区』の人間のような外から来た人間であり、明らかにオラリオの人間だと分かるのは年端もいかぬ子供とその親くらいか。
彼らが見ている柵の中にいたのは、一見すればのどかに草を食むヒツジのようだ。だがよく見れば、尻と尾が植物のようになっており、明らかにモンスターであることがわかる。にも関わらず、レフィーヤたちの常識とはかけ離れ、ヒツジたちは攻撃性の欠片も見せない。
「な、なんだあれ……本当にモンスターなのか……?」
「看板の説明文によると迷宮内のモンスターではなく、外で繁殖したモンスターであるから、体内の魔石は僕らの知っている
「ちょっと、誰か出てきたわよ!」
ナッセンが早口長文を披露している間に、柵の向こうでは新たな動きがあった。牛の面をした冒険者らしき人物が、何かを片手に現れたのだ。どうやら彼は、このモンスター牧場を管理しているピュグマリオン・ファミリア傘下の派閥、ハトホル・ファミリアの団員であるようだ。
彼が素早くヒツジを捕まえると、ヒツジはなすすべなく転がされ、なされるがままに固定され、毛をバリカンで刈られていく。まさに、モンスターの毛刈りショーである。
レフィーヤたちが唖然としている間にもこんもりと盛られたモンスターの毛を、別の団員が猫車で回収していく。数人の団員が手分けして20頭ほどの毛刈りをしたため、それほど時間もかからずに全てのヒツジの毛が刈られた。ヒツジもといモンスターは物悲しそうにメェメェと鳴いている。
ふと視線を感じたレフィーヤが隣の鉄柵の方を見てみると、3
ビクリと肩を跳ね上げるレフィーヤ。興味を失ったのか解散して地面をついばみだす巨鳥。どうやらこちらも、外で繁殖したモンスターであるようで、抜けた羽が回収されるらしい。
「なんつーか、俺、迷宮行っても普通に対応できたし、ゴブリンもコボルトも大したことなかったから、若干オラリオ舐めてたんだけど……半端ねぇな、オラリオ」
「よし決めた。僕の目標はピュグマリオン・ファミリアの傘下ファミリアへの入団だな。ここが恐らく、世界の未知の最前線だ。ピュグマリオン・ファミリアはどうやら独自の入団ルートがあるようだから普通の団員募集はしていないだろう。となると狙い目はハトホル・ファミリアかミアハ・ファミリアかだな……『眷属募集』があればいいが、なければ普通に門戸を叩いてみるか……」
「……あ、な、なんか隣の建物で、別のモンスターの牧場も見られるみたいですよ?」
「何をしている。早く行くぞ」
レフィーヤが柵の隣りにある建物を指摘すると、ナッセンが素早くその中へと入っていく。慌ててアリサとレフィーヤもナッセンに続いて建物に入る。どうやら、建物の一階部分はそれほど広くはなく地下へと続いているようだ。
地下では、牧場というよりは――現代で言えば――動物園の室内展示に近い形でモンスターが飼育されていた。飼育槽と通路とは分厚い強化ガラスで区切られ、中の様子がわかるようになっている。
つまりは向こうからも通路が見えているわけなのだが、やはり外にいたヒツジたちと同じように、このモンスターたちも人間を襲いに来る気配はなく、たまに興味深そうに近寄ってきて眺める程度。
このモンスター牧場は、パポスによって迷宮指定され、土木工事で拡張された場所だ。パポスによって迷宮指定された場所は『
飼育されているのも外にいるバロメッツと同じく、パポスが創り出した敵対心のないモンスターである。当然、モンスターの種類によってはそれでも気性の荒いモンスターもいるのだが、そのようなモンスターは避けている。
飼育されているモンスターは有用な素材を採取できるものが多く。そのほとんどは痛みを伴わない人道的な方法で採取できるものが表に出されている。
例えば、大型級のクリスタル・タートル。クリスタル・タートルの甲羅の上にある水晶は砕けても再生するため、いい大きさに育った水晶を根本から切り出して採取する。
他には、脱皮した抜け殻から鱗を採取できる
ちなみに、見られては困る牧場も裏に存在している。採取方法が強制的かつ非人道的であったりして牧場を一般開放する目的であるモンスターを身近に感じることと反したものであったり、深層のモンスターなどの民間人がパニックに陥りかねない強力なモンスターであったりする場合である。
例えば、某人魚の生き血採取はこちらに移されているし、同じような方法で採取している
また、魔力を減殺する特性を持つ体石を採取できるオブシディアン・ソルジャー、『闇派閥』の自爆兵の使っていた火炎石のドロップ元であるフレイムロック、糸を採取できるデフォルメス・スパイダー、毒を採取できるヴェノム・スコーピオンやペルーダは深層のモンスターであるためとても表には出せないだろう。
これらの素材、モンスターが何らかの原因で死んだ場合に消滅しないかと考える者もいたのだが、当然解決策も提示されていた。
モンスターの血液など一部の素材が、モンスターの消滅後も消滅しないことに目をつけたワシリーサによって、消滅保護加工の技術を確立させたのだ。
同種モンスターの血液、あるいは体液が必要という条件はあるし、加工には時間がかかるのだが、この牧場の根幹を担う技術となっている。
オラリオ驚異の技術力を見せつけられたレフィーヤたち。他の『学区』の生徒たちも多かれ少なかれ似たような様子であり、鼻っ柱を叩き折られた者もいるようだ。
そして、モンスター牧場でいつの間にかいなくなっていたバーダインは夜に帰ってきた。
「ナッセン……おっぱいは6つあってもいいものだな」
「なんだ、遂に壊れたか」
そういうことだった。
こっから原作開始まで特段イベントがないので時間が飛んだりします。