人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか   作:仙託びゟ

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第四章 英雄譚の始まり
来たる


「それでは、ピュグマリオン・ファミリア派閥会議を始めます」

 

 ピュグマリオン・ファミリアの本拠地、『象牙座工房(グラン・ギニョール)』の一室。ピュグマリオン・ファミリアの傘下に入ることとなったファミリアが集まっていた。

 

 酒造や酒の研究を主に行っており、その他にも大衆的な酒場とは違う、密談などもできるバーのような店を経営し、カクテルの作り方について指南するなどしているソーマ・ファミリア。

 一部耐性が必要なモンスター以外のモンスター牧畜を委託されているハトホル・ファミリア。

 美容品、ポーション以外の医薬品や医薬部外品、化粧品などの販売を委託されているミアハ・ファミリア。

 船舶や漁具の提供や海中のモンスター駆除を受ける代わりに傘下に入った、港町メレンで活動するニョルズ・ファミリア。

 パポスの迷宮内で環境を再現することで、オラリオでは育たない熱帯作物や迷宮産作物の農業を委託されているプルートス・ファミリア

 あまり他の冒険者と絡まないピュグマリオン・ファミリアに代わり、コッペリアが行えない直接的な会話による情報収集や情報操作を委託された、運送系ファミリアであるエポナ・ファミリア。

 

 それぞれの主神が一堂に集い、報告を行うこととなっている会議。とはいえ、基本的に傘下のファミリアにしてみればほぼ一方的に報告、指示をされるだけであり、おおよそは傘下のファミリアによる世間話の場と化しており、ソーマに至ってはリリルカを代わりに出席させ本人は欠席している。

 

「あ、そういや、この間うちに入団希望者来たよー。探索系ファミリア志望の子だったから断ったけどさー」

 

 最初は、ハトホル・ファミリアの主神、間延び系バブみ女神のハトホルからだった。

 ハトホル・ファミリアは元々、ハトホルが押し付けられた牧畜と探索系ファミリアを両輪でやってきたが、ピュグマリオン・ファミリアの傘下についてからはモンスター牧場に専念するため、完全に牧畜系ファミリアに転身している。

 続いて、オラリオ内の辻馬車や乗合馬車の運営を一手に担うエポナ・ファミリアの主神、女神エポナが情報を補足する。

 

「あー、その子ギルドで紹介された探索系ファミリア片っ端から行って全部門前払いされたっぽいよ」

 

「マジでー? なんでうち紹介されたんよー」

 

「エイナちゃんのおすすめファミリアリストじゃない? あれ、エイナちゃんが忙しすぎるせいで結構前から更新されてないし。うちもまだ商業系に分類されてて笑っちゃった」

 

 ぐでーと突っ伏すハトホルにそう返したのは、両メカクレショタっ子主神とお姉さま女神の間では有名なプルートス。経営失敗で借金を背負いそうになったところをピュグマリオン・ファミリアに買い取られ、主神の権能が収穫であったために農耕系ファミリアに鞍替えさせられたプルートス・ファミリアの主神である。

 借金で逃げそうだった眷属もなんとか引き止め、農耕系ファミリアとして身を立て直したものの、周囲の神からは迷宮産作物の栽培について詰められ胃を痛める日々を送っている。

 

「で、どうなったんその子?」

 

「彼なら、ヘスティアのところに入ったようだよ。ヘスティアが自慢してきた」

 

 プルートスの質問に答えたのは、ヘスティアと神友であるミアハ・ファミリアの主神、ミアハである。

 ちなみに、ヘスティアのもうひとりの神友であるタケミカヅチのファミリアとは、彼のファミリアのオラリオ入り時に色々とあった*1のだが、結果として傘下入りはしていない。

 流石にオラリオに来てすぐ傘下入りというのはあまりにも外聞が悪いというのが彼の言い分だった。

 事実、傘下入りファミリアの遍歴は買収、丸投げ、借金、買収、借金、買収であるため否定はできない。

 

「どんな感じの子だった?」

 

「ウサギって感じ。白髪赤目だったけど盟主さんとこの眷属ほど透き通った白って感じでもなくて、割と常識的な色合いだったよ」 

 

「それ、今日メインストリートを血まみれのまま走ってったやつじゃね?」

 

「え、大丈夫なんそれ?」

 

「あー、もしかして今日ロキのとこが変な異常事態(イレギュラー)に遭って、上層にミノタウロスが逃げてきたんだって。それにかち合ったんじゃない?」

 

 ピュグマリオン・ファミリアに連なるだけの者たちにとっては、彼の物語の始まりは結局、その程度のことだった。

 そうして、視点は翌日の夜、『豊穣の女主人』へと移る。

 

 遠征から帰還したロキ・ファミリアの面々は、新種のモンスターによる肉体的、物資的な被害や、ミノタウロスの異常事態によって精神的に疲弊していたこともあり、慰安として『豊穣の女主人』へ来店していた。

 周囲から向けられる畏怖、尊敬、嫉妬、好奇の視線を受け流し、各々が酒を(あお)り、食事に舌鼓を打つ。

 全員が少なからず疲労を癒やしている中、ひとり露骨に不機嫌そうに酒を飲む男の姿があった。

 

「なんやベートー。そない(しか)めっ面しとったら旨い酒が不味なるやんけぇ!」

 

「あぁ? ……チッ、なんでもねぇよ」

 

「ベート、不服なのは分かる。被害者が出なかったとはいえ、上層にミノタウロスを逃がしたことは僕たちの明確な落ち度だ。遠征での動きも拙いものがあった。本来ならその辺りの反省会を優先するべきなのかもしれないが、団員の精神も遠征で限界が近かったんだ。息抜きさせなければ暴発するし、酒を入れる以上、幹部である僕たちが監督しないわけにはいかない」

 

「……ハァ、分かってんだよンなことは……ただ感情が追いつかねぇだけだ。オレらのミスで危うく身の程弁えて上層で狩りしてた奴らが死ぬとこだったんだぞ……! 気にせず笑って飲める神経のほうがオレにはわからねぇ」

 

 どちらの言い分にも一理がある。そもそも、迷宮に潜るのは自己責任で、迷宮で何があろうとそれも各々の責任。故に、怪物進呈(パスパレード)も非難はされど明確に罰せられることはない。基本的に、オラリオは実力主義なのだ。

 それに、迷宮には異常事態がつきもの。それをはなから考慮に入れた上で迷宮には潜るべきなのだ。上層だから、安全階層だからと言って死なないなんてことはありえない。

 そしてそれを知ってなお、理不尽に弱者が死ぬことを許せない、自分たちが発端でありながらそれを省みず酒を飲んで騒ぐ事が赦せないというのが、ロキ・ファミリア幹部のひとりであり『灰狼(フェンリス)』と呼ばれるLv6、ベート・ローガという男だった。

 だからこそ、彼は別のファミリアで団長を務めていた移籍勢のひとりでありながら、彼の入団以前から団にいる団員からも慕われているのだろう。

 

「テメー、ベート!! 団長がどんな思いでこの選択をしたか、あんたなら分かってんだろ!」

 

「ハッ、英雄を目指した時点でこの程度あって当然の苦悩だろ。テメェで決めたことで責められることを嫌がるようなやつなら団長の座はいつでも貰ってやるよ」

 

「ライン越えたなテメー表出ろや!」

 

 一方で、ティオネがいつものようにベートに突っかかっていくのを横目に見る、団長であるフィン・ディムナも内心ではベートと同じく忸怩たる思いを抱えていた。

 それでも彼はひとつのファミリアの長兄であり、後の反省会で今回の遠征について多くの叱責をすることを前提として、団員のメンタルを回復させることを優先したのである。

 今回予約したのは『大抗争』以前よりある老舗*2である『豊穣の女主人』。団体での予約だったこともあり他の客はまばらで、その客層の多くは迷宮でのルールを弁えた中堅の冒険者。これなら、外聞を大きく気にする必要もないと判断したのもある。

 

 問題は、どうにも運が悪かったの一言に尽きるだろうか。

 

「……あ、あの子……」

 

「ん? どうしたの、アイズ?」

 

 Lv5の『剣姫』、アイズ・ヴァレンシュタインが見つけたのは、白髪赤目、ここ数年でひどく見慣れた色合いだが、ピュグマリオン・ファミリアとはまた異なるトーンの少年冒険者。

 

「なんか可愛い感じの子だね! アイズってあんな感じの子が好みなの?」

 

「なんやとぉ!! どこのどいつやねん、ウチのアイズたんを誑かしよったんはぁ!!」

 

「違う。あの子、昨日ミノタウロスに襲われてた子」

 

 まさかの被害者登場に、一気に沸騰していたロキも気まずげにトーンダウンし椅子に座る。一方で、真っ先に動いたのはベートだった。

 

「おい、昨日、ミノタウロスに襲われたってのはマジか」

 

「はへぇ!? は、はは、はい!」

 

「んでアイズが助けたってことは、あん時のトマトか……」

 

「と、とまと?」

 

 ベートは自身の記憶の中で紐づくものがあることを確認すると、ガシガシと後ろ頭を搔いたあと、少年に頭を下げる。

 

「へぇ!!?」

 

「すまねぇ。そいつぁオレらの不手際だ。無事だったからって許してくれとは言わねぇ。償いはするつもりだ」

 

「あ、あああ頭を上げてください!!」

 

 実のところ、この少年、ヘスティア・ファミリアに入団した件の門前払い少年であるところのベル・クラネルは、アイズとの出会いが衝撃的すぎて、少なくとも表層上はミノタウロスのことなどすっぽ抜けていたほどだ*3

 今も、ロキ・ファミリアを見ていたのは思うところがあったのではなく、アイズに見惚れていたためだ。

 それよりも、ロキ・ファミリアの()幹部と言われるうちのひとりであるベートに頭を下げられ、恐縮する思いしかない。

 

強者(オレら)には弱者(お前ら)を守る義務がある。群れ(オラリオ)のトップとして、責任を放棄するような真似はしたくねぇんだ」

 

 しかし、そのベートの言葉に、ベルの胸のどこかがじくりと痛む。それははじめは、ベル本人さえ意識できない痛みだった。

 

「僕からも謝罪させてもらいたい。この度は、我々の不手際で危険に()()()()()()()()()申し訳なかった」

 

 じくり。

 

「ここの代金はこちらが持とう。これは頭金ではなく手付金だ。後日、正式に謝罪に行かせてもらいたい。名前と所属を聞いてもいいだろうか」

 

「……あ、えと、ベル。ベル・クラネルです。ヘスティア・ファミリアの……」

 

「なにィ!? お前ドチビんとこの眷属かいな!! ぐぬぬ……ドチビに頭下げんのかい……」

 

「ロキ。私たちのミスで若い芽が摘まれるところだったんだ。私的な感情で責任を放棄するなよ」

 

「わ、わかっとるわ!」

 

「でも、それなら()()()()()()()よかったよね! ミノタウロスはアイズが倒したんでしょ?」

 

 じくり。

 

「うん……()()()()()()()

 

 ガタン!! と、音を立てて、ベルが立ち上がる。その音に反応して、店にいた全員がベルの方へ視線を向けた。

 

「あの……大丈夫ですか? ベルさん……」

 

「……え、あ……! だ、大丈夫ですシルさん! みなさんも、お騒がせしましたっ。ちょっと、このあと用事があって……時間がないので、これで失礼します!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 店を飛び出していったベルを見送って、しばらくはざわついていた客たちだったが、やがていつも通りの喧騒が戻ってくる。

 そんななかで、フィンとリヴェリアは苦い顔をしていた。

 

「しまったな……プライドを傷つけてしまっただろうか」

 

「そのあたりも、後日フォローするしかないだろうね……」

 

 ふたりがそう話し合うなか、ベートは面白いものを見たという風に口元を歪める。それを見て、伴侶であるセレニア・ローガは不思議そうにベートに問いかける。

 

「ベート?」

 

「あぁいや……心配はいらねえだろ。ありゃ折れた雑魚の顔じゃねえよ」

 

 店から出ていった彼が走っていった方向はバベルがある方。つまり、迷宮。

 

「確かに冒険者の才能はねぇ。体は作ってあるが体捌きは素人、精神的に軟弱で戦士としては下の下。とてもじゃねえが、第二級どころか上級冒険者にすらなれるとも思えねぇ。……だが、あの目はちげぇ。色んな前提条件をひっくり返して、無理を通してやるってやつの目だ」

 

 面白いやつが来やがった。

 ベートは手元のハイボールを飲み下し、揚げ肉に齧りついた。

*1
日本食切れで精神的に死にかけていた彼らが商会前で五体投地した。

*2
オラリオにおいて、多くの店が姿を消した『大抗争』を生き抜いた店は皆そう呼ばれる。

*3
なお、無意識下ではしっかりトラウマになっている




 ベルくんには冷水じゃなくて真綿で思い知ってもらいました。
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