人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
地下水路に残っていた
彼女は最後の探りとして、ピュグマリオン・ファミリアで話を聞くことにした。
ガネーシャ・ファミリアやギルドが迷宮から運び込んだわけでないとするならば、残る心当たりはモンスター牧場を運営するハトホル・ファミリア、及びその盟主であるピュグマリオン・ファミリアだ。
ギルドやガネーシャ・ファミリアと同じく、表立ってではないが裏から様々な支援をすることでオラリオの日常を守ってきたピュグマリオン・ファミリアが、それを壊す真似をするとは今更考えにくい。
あるとすれば、裏で飼っていたモンスターが脱走したなどであり、それならそれで
「今回の件に関して、我々ピュグマリオン・ファミリアと
が、門外のこれで一蹴である。
「…………」
「あの植物モンスターを飼育、牧畜していたという事実はありませんし、そもそもモンスター牧場に
「……おおぅ」
神は神の嘘を見抜けない。だから、騙し合いにおいてオラリオで神にとっての敵は神だ。
逆に言えば、嘘をつかないという前提において、下界の
騙すことはできないが真実を言わないことはできるのと同じように、騙すことはできないが真実を叩きつけることはできるのだ。
「あ〜……ピュグマリオンがあんたらに内緒でなんかしとるっちゅーことは……」
「あり得ません。
「なんやそれ怖っ!!」
監視体制も数ヶ月飲まず食わず眠らずで趣味に命削る主神も怖すぎた。
「う〜ん、ここもハズレかぁ……うちの勘も鈍ったかなぁ……っちゅーて。なぁ、聞いときたいんやけど、
「
そこまで素直に答えられると思わなかったのか、ロキはガラテアの返答に目を
「それはどうやって知ったんや?」
「我々独自の情報網です。お教えすることはできかねます」
「報告せんかった理由は?」
「情報収集方法の都合上、襲撃のタイミングが不明であり、報告する前に襲撃が開始したためです」
「ふむ……」
嘘はついていない。が、言っていないこともある。おそらく、襲撃タイミングが読めなかったのは本当だろう。今回、植物のモンスターは地中から奇襲を仕掛けてきたのだ。それを考えれば、それは本当であると考えられる。
だが、恐らく報告しなかった理由はそれだけではないだろう。ロキならばそもそも、
「なぁ、その情報源、うちにも使わせてぇな……」
「お教えしたくありません」
「んん? なんや言い方が変わったな。教えられんから教えたくないかぁ。なんでやぁ?」
「神ロキも、山の女神の前で山羊と相撲を取ったときのことを吹聴したくないでしょう。人には知られたくないことがあるものですよ」
予想外の切り返しにロキが固まる。
「(は? なんて? いや、アカンやろ。なんで知ってんねん。どこから漏れた? 鷹の羽衣なんか目じゃないクッソ黒歴史のトップシークレットやんけ!! アカン\(^o^)/オワタ)」
「おい、ロキ? なぁ、なに言ったんだ、コレ……?」
フリーズして脳内でパニックを起こすロキに、今まで後ろで控えていたベートが声を掛けるが、ロキの意識は帰ってこない。
なにを山羊と相撲くらいと思う方もいるだろう。この話は、ロキが所属する神族とは別の神族との戦争の結果、とある女神が嫁いでくることになったことに起因する。
その山の女神、ここ数年でなにかと有名になった女神で、名をスカジと言うのだが、これがまたとんでもない女傑で、戦争で父が死ぬと敵討ちのために敵地であるアースガルドへ乗り込み大立ち回りしたのである。
アースガルドの神々は戦争は優勢だったが、この命知らずの特攻に焦り、慌てて和平を結ぶために、うちの男神と婚姻しないかと提案する。
すると彼女は結婚相手に、アースガルド随一の美男子である光を司る神にして、下界では皆さんご存知『学区』を運営している神、バルドルを指名したのだが、アース神族はこれに難色を示す。なんせ顔面良し神格良し権能良しの優良物件、やべー女とはいえ敗戦の姫に渡すのを渋ったのだ。
そのため、アース神族は「袋被った男神の中から当てられれば結婚していいよ!」と条件を出す。残念ながらスカジは脚だけでは判断がつかず、別の男神と結婚することとなったのだ。
で、ここまでは前座である。
アテが外れたスカジ。和解の条件としてこちらからは「なんかオモロイことやって笑かしてみろや」と無茶振りをする。
ソレに対してアース神族は「そんならウチのロキが抱腹絶倒ギャグやったるわ!!」とキラーパス。
憐れロキはやべー女の目の前で一発ギャグをやる羽目になり、起死回生の策として山羊と相撲を取ることになったのだが、これがただの相撲ではない。
すなわち、乳首相撲である。
ロキは自身のない胸にポツンとついている乳首に雄山羊のヒゲを結びつけ、引っ張り合いの相撲を取ったのだ。*1
これにはスカジさんもニッコリ。和平となった。なお、スカジさんと夫は後に相性の問題から別居している。
「な、なななななななななな、あん、あんああアンタ、そっそそれどっどどど、どこでっ……?」
「はい、傘下の神に……」
「ニョルズかぁ!!!!!!!」
ニョルズ。アース神族の漁の神。港町メレンでファミリアを構える、オラリオの水産資源を支える主神であり、ピュグマリオン・傘下の神。
そして、袋を被って指名された、スカジの夫、美脚系男神である。
そりゃ山の女神と海と漁の神の相性がいいはずもなく、お互い自分の地元に住みたいと言ったため数日毎に交代でそれぞれの実家で暮らしたのだが、ニョルズの実家に住んでいた時はスカジが海鳥の声に嫌気が差し、スカジの実家に住んでいた時はニョルズが狼の遠吠えで眠れず、あえなく別居することになったのである。
「…………まぁ、あれやな! 人には知られたくないことのひとつやふたつあるわな!!」
「わかっていただけたようで、ありがとうございます」
「あはははははは、ハァ……まぁええわ。ほんで、せめてあのけったいなモンスター嗾けてきた黒幕くらいは教えてほしいんやけど。もうどうやって知ったとかは聞かんからさぁ……」
いろいろと詮索するのを諦めたロキだったが、当初の目的は諦めていない。実際、これに関してはピュグマリオン・ファミリアに明かすことで不都合もないだろうという判断だ。
一方のガラテアは少しの間逡巡する。ここで「ディオニュソスが黒幕である」と正直に告げた場合、ロキは即座に報復に動くだろう。しかし、ディオニュソスがそう簡単に捕まるとは思えないし、逃げられれば本戦力と合流してしまう。
ディオニュソスは『闇派閥』の残党や、恩恵がない代わりに魔石を持ち、恩恵持ち並の力を発揮する謎の存在、そしてピュグマリオン・ファミリアでも探りきれていない何者かと繋がっている。現状の戦力を鑑みて、相当うまくやらなければ『大抗争』の二の舞になりかねない。それも『大抗争』は戦力の多くが悪神の眷属だったため、最悪神の方を暗殺すればよかったのだが、今回の敵戦力にはそれでは済まない相手――恩恵を持たない強者も混ざっている。下手につついてピュグマリオンにまで危機を及ぼすわけにはいかない。
それならば、ロキには相手の戦力を自分でじっくりと分析させた方がよいのではないだろうか。そう考え、ガラテアは最小限の情報を与えることにした。
「黒幕は『エニュオ』と名乗っているようです。どのような意味かは分かりかねますが」
「『
大きな疲労を抱えて、ロキは去っていく。だが彼女は幸運だっただろう。地雷を踏まずに帰ることができたのだから。そういう意味では、ニョルズに感謝すべきである。
まぁ、あとでニョルズはロキにボコされるのであるが。
「で、お願いってなんですかね?」
一方、こちらはピュグマリオン傘下、ソーマ・ファミリアの副団長(未だLv1)である、リリルカ・アーデ。数年前までは入ることなどかなわなかったおしゃれめな喫茶店でケーキを奢ってもらいつつ話を聞いている相手は、また珍しい組み合わせ。
ひとりは彼女と同じピュグマリオン傘下のファミリアで主神を務めている美男子、薬神ミアハ。ひとりはオラリオの代表的鍛冶系ファミリアの主神である眼帯の女神、鍛冶神ヘファイストス。そして、『ギルド』に勤めるハーフエルフの人気受付嬢であり、ある冒険者の担当アドバイザーを務める、エイナ・チュール女史である。
一見まとまりのない集まりであるが、リリルカ以外の3人にはある繫がりがある。そして、それこそがリリルカへの要件に繋がっていた。
「実はな……とある冒険者のサポーターをやってもらいたい」
「……冒険者のサポーターですか」
リリルカの顔が露骨に曇る。彼女の冒険者嫌いは未だに続いたままだった。現在はハトホル・ファミリアの面々と迷宮に潜ることもあるが、リリルカから見るとハトホル・ファミリアの団員は冒険者ではなく飼育員である。
そんなリリルカの様子を見て、ミアハもまた心を痛める。彼の眷属もまた、迷宮にトラウマを抱いてしまっている。経緯こそ違えど心に傷を持つ
「あぁ、そして、その冒険者から、とあるナイフを盗んできてもらいたい」
「ハァ?」
リリルカから素っ頓狂な声が漏れる。目の前にはギルド職員。そんな中で、白昼堂々そんなことを頼むなんてどうかしているんじゃないのかこの神は。顔がよくても神は結局ろくでなしか。そんな声である。
しかしもちろん、ミアハがそんなことを事情もなしに頼むはずもない。慌てて事情を説明する。
「実はな、私とこちらのヘファイストス神の共通の神友に初めての眷属ができたのだ」
「へぇ、そりゃまた、おめでとうございます」
「うむ。その眷属の少年もまた、非常に善良ないい子なのであるが……冒険者としてやっていくにはいかんせん純朴すぎるきらいがあってな……」
「……あぁ~……なるほど?」
リリルカは得心がいく。田舎から英雄譚を夢見て出てきた若者に多いタイプの冒険者だ。しかし、リリルカは誰よりも冒険者という人種の汚らしい一面を知っている。おきれいなだけでは、冒険者はやっていけない。
「なるほど、ミアハ様とヘファイストス様、それからチュール様はその方に、『裏切られる』体験から警戒心を持ってほしいんですね。それでナイフを盗めと……」
「えぇ。そのナイフは私が鍛えたナイフで、その子の主神からの初めての贈り物なのよ」
「重っ」
「ちなみに2億ヴァリス」
「高っ、いや妥当……?」
数年前、数十億ヴァリス+プライスレスを背負ったリリルカだからこそ、そう呟くだけで済んだ。
「ま、まぁそれだけの品が盗まれたとなれば、多少は警戒心も芽生えますね……」
「そうね。盗んだ後はこちらから折を見て返しておくし、捕まったら捕まったで私たちから説明するから」
「……ちなみに、なんで私なんですか?」
「それは私が推した。リリルカのスキルのことになるから詳しくはこちらのふたりにも話してはいないが、以前見せてくれたものがあったろう。あれならば、適任ではないかと思ってな」
リリルカはそういえばと思い出す。ミアハの前で一度、必要に駆られて変身魔法である《シンダー・エラ》を披露したのだ。ミアハがあえてスキルと言ったのも、リリルカのステイタスを勝手に話すわけにはいかないという意味でのブラフだろう。そのあたりの気づかいができるのは流石に自分のとこの主神とは違うなとリリルカは遠い目になった。
「では、私はその方にサポーターとして声をかけて、機を見てナイフを盗んで差し上げればいいんですね?」
「あぁ。それで大丈夫だ」
「もしもの時はちゃんとサポートしていただけると?」
「それならあーしらに任せるぴょん!」
「……いつからいらっしゃいました?」
「最初っからぴょん」
いつの間にか近くにいたチェレンが笑顔で胸を張る。配達部門と銘打っているが、彼女たちの職務が配達であると同時に隠密であることを、リリルカは聞かされている。知らないのであろうヘファイストスとエイナなどは、突然の『
「うちの部門員が隠れて見ててやるぴょん! 危なくなったらフォローしてやるぴょん?」
「アハハ、心強イナー」
リリルカ、迫真の棒読みである。
こいつらは絶対、面白くなるまで見てるしギリギリまで助けない。そして、間違いなく手遅れになる前に助ける。
リリルカは、そっと溜め息をついた。