人間の身でファミリアを作るのは間違っているだろうか 作:仙託びゟ
なお、教唆犯であるところのヘルメスはしっかり焦っていた。
ベル・クラネルを英雄へと戻すため、ウラノスの裏に隠れてヘスティアやフェルズに偽の『ダイダロスの手記』を渡し、『異端児』を誘導して接触、脅迫し、ベルの信頼を回復させるための手伝いをさせるところまでは成功した。
問題があったとすれば、まず昨夜の段階でピュグマリオン・ファミリアがヘルメス・ファミリアを討論会へ招待しなかったこと。この段階で討論会の存在を知れていれば、まだなんとかなったはずだ。
もうひとつ、一般に討論会の存在が周知される前に、『異端児』たちを先回りするために情報が届かない地下へと潜っていたため、討論会に関する情報を一切手に入れられなかったのである。
唯一ヘルメスの行き先を知っていたアスフィは、無理を言って僅か二晩で『ダイダロスの手記』を偽造させたために仮眠を取っており、ヘルメスへその情報を伝えられる者もいなかった。
そうして、最悪のすれ違いが起こってしまったのだ。
「ど、どうするんですかヘルメス様!?」
ヘルメスが誘導したギルドが見える屋根の上、ヘルメスはアスフィからの悲鳴じみた声を聞きながら冷や汗をたっぷりと流していた。
いや、思ったよりベル・クラネルに対する民間からの非難が少ないことは知っていた。ピュグマリオン・ファミリアが『異端児』を連想させる本を出版し、その概念をオラリオに広めていたこともだ。
そのうえでヘルメスは『異端児』との友好を諦めていたし、ベルの信頼暴落は拙いと踏んで行動したのだ。
「それがほんの数時間目を離した隙に、こんなにひっくり返るとは思わないじゃないか……!」
今や、民間人は体感8割ほどが、『異端児』友好派とは言えずとも『異端児』容認派程度までの意見は持っている。あんなに非難していた冒険者も、7割程度が中立派になった。残り3割のうち1割が肯定派だ。
特に、ロキ・ファミリアが『異端児』を受け入れる素振りを見せたのが大きい。さらに言えば、ピュグマリオン・ファミリアが『異端児』友好派なのがさらに大きい。もはや、ヘルメスの策は完全に空回りしていた。
というか、策自体をバラされた。バラされたお陰で『異端児』とベル・クラネルへの同情票が集まっているのはいいことだがすごく納得いかない。しかもあの言い方、言及こそしなかったが、ピュグマリオン・ファミリアは
「……あれ? 詰んだ?」
「まぁ詰んだぴょん」
後ろから聞こえてきた声に、ヘルメスが咄嗟にその場から逃げようとした時、瞬時にその体が拘束され、地面に押さえつけられる。その下手人に、ヘルメスは驚きを隠せなかった。
なにせ、ヘルメスを拘束していたのは――
「……な、なんの真似かなアスフィ……?」
「すみません……確保を手伝わないとピュグマリオン商会と
ピュグマリオン・ファミリアの策略かと思ったら半分以上私怨と愚痴だった。というかヘルメスの自業自得だった。
ヘルメスは気まずげにアスフィから目線を逸らし――まぁどう頑張っても首の可動域的にアスフィの半泣きは見られないのだが――声をかけてきたその人が自分の前へ回り込んできたのを感じて、見上げた。
「……はぁ……俺、君たちに恨まれることしたっけ……『
そこにいたのは、養豚場の豚を見るような目でヘルメスを見下ろすチェレンと、怒り心頭と言った様子のヘスティアとフェルズだった。
「いや、18階層でヘスティアちゃんが拐われて、当時うちの傘下だったリリっちが助けに行かなきゃならなくなったのお前のせいだろ。知ってんだよ」
「……それは……まぁ……うん……」
「ハァ!? アレもヘルメスのせいだったのかい!!?」
「え!? いや、どうだったかなブゴッ!!?」
惚けようとしたヘルメスの顔を、チェレンが容赦なく蹴りぬく。首が折れ、「あっ、ちょっと(天界)
「……あの……ちょっと……? 今のガチで殺す気でしたよね……?」
「あーしら神威とか効かんし、別にお前ら殺すことに抵抗ねぇから。テメェがフィクサーぶって周りの被害も考えずに暗躍したお陰で
あ、マジでヤバイ。ヘルメスはようやくここで、ピュグマリオン・ファミリアのイカれっぷりに気づいた。確かに個性的な面々ではあると思っていた。しかし曲がりなりにも社会に溶け込んでいたし、フレイヤ・ファミリアほど主神を崇める素振りを見せていなかったから、ここまで察することができなかった。
そしてフレイヤから、クノッソスの鍵となるダイダロスオーブを受け取った時の、「全部わかったつもりで、足元掬われないようにね? あと狂信者の虎の尾踏むなら巻き込まないでねホントに」という言葉の意味を理解した。
「まぁ、アレに関してはむしろその後の黒ゴライアス出した主犯であるヘスティアちゃんのが頭にキテるんだけど、それはそれとしてすっとぼけんのはちげえよな?」
「ゔっ……」
「リリっちが恋してるベル・クラネルの主神じゃなければとっくに送還してるとこだわ」
「その節は申し訳ありませんでしたっ!!」
ヘスティア、命の危機を感じて渾身の土下座である。
「いやぁ、ベル・クラネルがタケミカヅチ神の眷属のこと赦しててよかったなぴょん? あれ実質ベル・クラネル守るためのリヴィラの街への
「ゔゔゔ……」
「あの……俺はどうなるんでしょうか……」
容赦ない口撃に呻くヘスティアを見て、ヘルメスが青褪めながら聞く。しかしその目は、未だに助かる道を懸命に探していた。
「ぶっちゃけお前の存在はどうでもいいぴょん。あーしはお前がこれ以上余計なことしないように見張りに来ただけだし」
しかしその言い草には少し苛立ちが来た。自分に非があることは歴然だが、ヘルメスにも神としてのプライドがある。
「……あのさ、一応俺神なんだけど……?」
「情報の神のクセに情報取り落としたせいで完全に空回りしたやつになんの価値が?」
「グボェァアアアアア!!」
そしてそのプライドが粉砕されて、ヘルメスは血反吐を吐いた。そう、それこそヘルメスが内心一番気にしていたところだった。
ただでさえ、ピュグマリオン・ファミリア相手には一切情報を抜くことができず苛立ちが来て勝手に敵視していたのだ。ピュグマリオンが情報関連ではなく工芸を専門とすることを知ってからは特に。強いて言うなら、フレイヤに対するイシュタルの劣等感に似ている。
ところが今回のこれは完全にヘルメスの自滅である。ある意味、ヘルメスのアイデンティティの危機、神としての存在に関わる問題だった。
「言っておくけど、うちの情報工作に
「ゴヴォッ、ゴベヘッ、ウゴベェェェェェェッ!!」
「ちょ、死ぬ! マジでヘルメスが死んじゃうから!! 送還じゃなくてアイデンティティ・クライシスで消滅するから!!」
さっきまで怒り心頭でヘルメスをどうボコるか考えていたヘスティアが止める側に回った。フェルズも気の毒そうなものを見る目でヘルメスを見ている。今ここでヘルメスに対して敵意を漲らせているのはアスフィだけになった。
サカバンバスピスの如くのたうち回るヘルメスに、チェレンは冷めた目を向ける。
「ったく、テメェのせいで
「その変わり身は遅くないか……?」
「やめておけフェルズくん! 煽りどころが沢山ある僕らが突っ込んだら5倍くらいの量になって返ってくるぞ!!」
茶番が進んでいる間に、もうひとつの茶番も進んでいる。やってきた『異端児』――
そうしてやってきたベルがグロスに話をしようとするが、グロスは努めて怪物らしく振る舞い、話を聞く前に襲いかかる。激しい攻防の中で、それでもベルはグロスに語りかけた。
「グロスさん! もういいんです! 僕は大丈夫だから!」
「しかし――」
「僕の、あなたたちの理解者は、僕たちが思っているより沢山いたんです!!」
そして遂に、未だに戦う姿勢を見せ、爪を振り上げたグロスを前にして、ベルは武器を下げた。
一歩間違えれば、格上であるグロスの攻撃を防御なしで受けることになるだろうベルは、しかしグロスの目から視線を外さない。
そんなベルの態度に、遂に、グロスは攻撃をやめた。
周囲の民間人や一部の冒険者がワッと沸く。自身の目を疑いながらも、どこかホッとする冒険者もいる。
ヘルメスはその様子を脇目に見ながら目を細める。絵空事だと思っていた。しかし、見ての通りだ。害悪だとしか考えていなかった『異端児』は多いとは言えないが少なくはない人間に容認された。それが事実。
「旅神の癖に地図のある旅に慣れて、地図のない旅を恐れるとかどんだけヘタれてんだぴょん」
「ガフッ……ごめん、本当に勘弁してくれないか……今のは比喩表現だからギリセーフだったけど、マジで存在消滅するから」
「だまれ
これで消滅したら、今度は一万年分の覗きをしよう。そんなフレーズがヘルメスの頭によぎった時だった。
ベルのもとに、雷光が現れた。
「――自分の名は、アステリオス」
「名前を、教えてほしい」
怪物は縁を語る。その縁に、未だ果てなき英雄の卵は心当たりがあった。だから、少年は返す。己の名を、好敵手へ。
「ベル。ベル・クラネル」
「そうか――ベル、どうか」
彼らを照らすのは眩いばかりの太陽。
それは、月光と違い、すべてが白日に晒され、その上で受け入れられたかのようで。
「再戦を」
アステリオスは、己の唯一の願いを口にした。
「……これ、あーしらが討論会とかやってなくても有耶無耶になってそうぴょん」
「言わないでくれ……いや、むしろ君たちのお陰で最良の結果に辿り着けたんだ、そう思わせてくれ……そうじゃないと本格的にやってられねぇこんなもん……」
「よかったぴょん。その遣る瀬無さが普段そこの団長さんが抱いている気持ちに限りなく近いぴょん」
ヘルメスが完全に項垂れる中、チェレンはちょいちょいとヘスティアとフェルズを手招く。
「ヘスティアちゃん。ラスボス戦始まる前に、ベル・クラネルのステイタスの更新してくるぴょん。多分あの牛さん待ってくれるぴょん」
「はぇ!? あ、あぁ、そうだね! そうだとも! ここでベルくんの主神たる僕がベルくんを支えて……こんなの完全にヒロインじゃないか! ぼかぁやるぞ!! フェルズくん、着地任せた!」
「なっ! やる前に言ってくれ!」
屋根から落下し、フェルズに受け止められながらベルのもとへ向かうヘスティア。なにやらワチャワチャやっていたが、アステリオスからの同意は得られたようで、ベルの背中に
「……神の眼球っていい素材になるかな」
「ヤベェこと言い始めた!! マジでタッケテー!!」
「ちょける余裕があるなら問題ありませんよ」
「アスフィ本当に謝るから!! 休暇!! 10日間休暇出すから!!」
「でもメガネ団長さん、長期休暇貰っても何していいかわかんなくて3日目辺りでもう職場に顔出してそうぴょん」
「ゴハァッ!!」
「アスフィーーーー!!」
自身でも克明に想像できてしまったのか、アスフィが血を吐いた。胃潰瘍である。
バカがバカやってる間にベルのステイタス更新が終わる。どうやらランクアップしたようだ。急激な身体能力の向上から来るズレを、ベルは
そうして、ベルとアステリオスの戦いが始まる。
アステリオスは生まれてからの数ヶ月、常に戦いに明け暮れていた。
ランクアップしたとしてもLv4になりたてのベルでは話にならない。
しかし、今の彼は消耗していた。先日のアイズとの交戦によるダメージ。特に片腕がないのが大きな戦力低下になっている。
一方のベル・クラネル。精神的消耗は激しく、肉体面も迷いがあったとはいえグロスとの交戦でそれなりに消耗している。
このままいけば、敗北は必至。そもそも必要のない戦い。そこに憎しみはなく、勝って得るものもない。その上で命を懸け、はるか格上に挑む。
人々はそこに『冒険』を見る。
『異端児』を見る目には未だ賛否両論あれど、ベル・クラネルを責める目は残されていなかった。
結論から言えば、ベル・クラネルは敗北した。
しかし同時に、多くの者へ強い影響を与えた。例えば、理想を燻らせていた『勇者』に。例えば、迷いを抱えた『剣姫』に。例えば、正義を探し続ける『疾風』に。
『異端児』を唆した主犯については後に、ガネーシャ・ファミリアから「見つけたときには瀕死の状態であったため、そのまま確保、処罰を与えた」と通達があった。「街の風紀に関わるため、主犯が誰かは発表しない」とも。
関係あるかは知らないが、その日ヘルメス・ファミリアが団員のレベルを正しく報告せずギルドランクを上げないことで脱税していたことが発表され、ギルドランクが大幅に引き上げられた。*1また、とある鍛冶神に2億ヴァリスが支払われ、とある炉神の借金が完済されたとかなんとか。
『異端児』という巨大な騒乱を超えたオラリオは、さらに次の狂乱へと歩を進める。
念の為言っておくと、ベルがすぐランクアップに適応したのは、春姫の「ウチデノコヅチ」の経験で慣れがあったからです。