貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
──司教のエレオノーラは絶句した。
長い人生を生きてきたが、まさか今日に限って、こんなことが起こるとは思ってもいなかった。
この場には四人、選ばれた子供たちがいる。
一人は【英雄】の子供。
一人は【剣聖】の子供。
一人は【聖人】の子供。
一人は【賢者】の子供。
いずれも、十年に一人現れるかどうかの【
周囲の子供たちは拍手喝采した。まるで英雄譚を目の当たりにしたような、新たなる時代の幕開けに立ち会ったかのような高揚ぶりであった。
その暖かい祝福の中、ひときわ大きな声で「おめでとう! おめでとう!」と心からの賛辞を送っている少年がいた。
四つも天恵を授かった少年。いずれも大外れの天恵を、精霊の気まぐれで
目鼻立ちは端正で、どことなく品の漂う、明るい美少年だった。
(何ということだ。この子は、あんな惨めな目にあったのに、他の子の喜びをまっすぐに祝福している……!)
司教は、この少年の正体を知っている。
かのルーク皇子である。
確か噂によれば、傲慢不遜で、責任感がなく、見た目も醜悪だと聞き及んでいたものだが──。
百聞は一見に如かずとはこのことである。
実際の彼は、絵になるような美少年であり、そして快活な性格であり、人に嫉妬しない真っ直ぐな心根をもつ男の子であった。
どうして精霊は、こんな少年に試練を与えたもうたのだろうか。
慣例に習えば、血筋が優れたものや、人格の優れたものは、精霊に愛されて天恵に恵まれるというのに。
つくづく世は不条理に満ちている、と司教は痛感した。
…………。
……。
「司教殿! 精霊石が!」
「!」
しばらく祝福を与えていると、またもや不思議なことが起こった。
精霊石が怪しい輝きを帯びて震え出したのだ。
これはまずい、と聖油をなじませて、急ぎ
熱を持った精霊石は、そのまま自らの鳴動に耐え切れず、四つに割れた。
おおおぉぉぉ──という精霊たちの声が、大聖堂を満たし、そしてそのまま遠くに消えていった。
場は、不思議な沈黙に包まれた。
(……おお、何ということだ)
司教はまたもや言葉を失っていた。
精霊石の最期。それがまさか今日起きるとは。
数奇な出来事は重なるということだろうか。
沈黙は徐々に、小さなざわめきになり、こらえ性のない子供たちは、好き好きにぽつぽつ会話を始めた。
これは一体どういうことだろう。
さっきの声は何だったのだろう。
どうして儀式は止まってしまったのだろう。
早く自分の番が回ってほしいのに。
前がつっかえて何も見えない。
不満はやがて、不安と入り混じる。
何があったのか教えてほしい、と無邪気な質問が飛び交うようになった。
司教はいよいよこの場をどう収めようか頭を悩ませた。
──だが。
「! 精霊石が割れている!」
誰か目ざとい子供が、壇上の精霊石が割れていることに気付いてしまったらしい。
ついに見つかってしまったか、と司教は観念した。
この場は混乱するかもしれない。
しかしこの場をどう言い繕うべきか、適切な言葉が見つからない。
万事休すか、と司教が悩んだ、その刹那であった。
「司教殿、この場に四人もの【
朗々として落ち着いた声がその場を素早く制した。
見れば、そこにはルーク皇子がいた。
「そして、子供たちの中には、長く立ちすぎて疲れてしまった子たちがいる。聖歌の間は、座らせて休息を取らせるように」
あまりに堂々とした物言いだったので、司教は思わず頷いてしまった。
確かに少し時間を稼いで方針を整理するには、うってつけのやり方であった。
近付いてきたルーク皇子は、口だけで「話がしたい」と短く伝えてきた。
一も二もなかった。司教は彼の要求に応じることにした。
…………。
……。
「精霊石が割れるなんて尋常ではない。何かしら異変の予兆じゃないかどうか、司教殿は情報をお持ちか?」
「いや……前例はございませんな」
司教、ルーク皇子を筆頭に、幾人かの司祭たちが祭壇の脇に集まって、これからのことについて話し合った。
というよりも、ルーク皇子が議論を積極的に推し進めつつ、情報を整理しているように見えた。
「なるほど。普通、式典中に異変が起きた場合は、要人の暗殺を疑うものだが……警邏の兵たちからは何か報告は?」
「いえ、見張り台のものたちに訊いたのですが、怪しい影は見当たらなかったと」
「引き続き警戒を高めるように。必要であれば、私の護衛のために引き連れた衛兵十名を使っても構いません」
ルーク皇子の言葉は不思議な説得力に溢れていた。
この場合、要人とはルーク皇子か、司教かのどちらかである。
「古今東西より、祭典の途中になにか異変が起きた場合、混乱に乗じ、隙を突いて暗殺を謀る不埒な影が現れます。デボン三世の国家建立宣言、ペルム大帝の結婚式、聖オルドビス卿の生誕祭。……歴史を振り返れば、枚挙に暇がありません」
「つまり、今回の騒乱は何者かが手を引いており、暗殺者が潜んでいるのではないかと?」
「最悪の場合はそうです。杞憂であればよいのですが。少なくとも、精霊石が割れてしまった以上、式典を継続することは難しいでしょう」
「……そうですな」
司祭は同意する他なかった。何者かが騒乱を引き起こしたのではないか、というのは方便だろう。確かに何者かの関与はあるかも知れないが、式典のやり直しの口実を作っているのが主目的だろう。いずれにせよ、司祭にとっては渡りに船だった。
子供たちの保護者は、大聖堂の隣にある礼拝堂に集まっている。
先に保護者達には、精霊石が割れてしまった事情を説明し、【天恵の儀】については後日改めて執り行うことを伝える他ない。
多少の混乱は生じるだろうが、仕方がない。
あのまま子供たちが、天恵を貰えないと癇癪を起こしたり泣いたりしたほうがひどい混乱になったであろう。
「すみませんね司教殿、式を中断すべきという提案は、私の我儘でもあるんですよ」
「あ、いえ……不埒者を警戒するのは当然のことかと、ええ」
「いえ、それだけでなく……このままだと私や四人たちが責められかねない。私は四つも天恵を授かって、あの子たちは格別な天恵を授かった。なのに、精霊石が割れてしまった。天恵を授かれなかった子たちが不公平だと怒り出すのは目に見えてます」
「……そう、ですな」
皇子はあたかも『皇子個人の我儘』という体を取ろうとしてくれているが、実態は違う。精霊石が割れて式を中止せざるを得なくなったのは、教会側の不備でもある。
だというのに、四人の子供たちに嫉妬が集まるのを防ぐため、そして場の混乱を収めるため、自ら泥かぶり役を買って出ているのだ。
これを度量と呼ばず何とするか――。
聖歌隊が歌っている間に、ある程度の方針が固まった。
そんな最中である。
伝令の者が大慌てで、司教たちのそばに駆け寄ってきた。
「──ほ、報告! 魔物が! 魔物が! この大聖堂の近くに!」
「なんと!」
魔物の出現。突然の出来事である。
すわ一大事か、とみんなが浮足立つ最中、皇子は冷静に前に出た。
「大聖堂のどこですか。今みんなが集まっているこの大聖堂構内には、魔物は影も形も見えません。まずは落ち着いて」
「は、は! その、ええと、離れの、天文塔の傍からです……!」
「天文塔というと、【鐘の塔】ですね。分かりました。貴方の働きに感謝します」
ルーク皇子は僅かな苦笑を浮かべると、そのまま「仕切り直しですね」と肩をすくめていた。
今は緊急事態だというのに、不思議とこの少年は堂々と落ち着き払っていた。
そのおかげか、この場にいる司祭たちはみな、何とか狼狽えずに済んだのだった。
…………。
……。
『魔物の襲撃が警戒される以上、皆には大聖堂と礼拝堂の外に出ることを禁じてください』
『順番に、礼拝堂のものたちを大聖堂に合流させましょう。そして保護者と子供を引き合わせてあげてください。それが一番、皆を安心させるはずです』
『私は信頼のおける護衛と一緒に魔物を狩りに行きます』
『すまないが、あの四人の子たちをお借りします』
『割れた精霊石、捨てないでくださいね。後日寄進をするので買い取りたいです』
矢継ぎ早に指示が出され、そして人々はその通りに動き始めた。
精霊石が割れてしまうという不吉なことが起きたというのに、そして魔物が突如湧いて出てくるという異常事態が発生したというのに──混乱は最小限に収まっていた。
(……これがもし、あの皇子がいなかったらと思うとぞっとする。天恵の儀が受けられずに騒然とした子供たちが、今度突如「魔物がやってきた」という知らせを聞きつけたとしたら。保護者たちが順番を無視して、言うことを訊かずになだれ込んだり、子供が魔物を恐れて、勝手にどこかに逃げたり隠れたりしてしまったら。大聖堂に残るのが一番安全なのに、それを無視して外に出たりしてしまったら)
一番恐ろしいのは、人々が慌てふためいて、集団全体が恐慌状態に陥ってしまうことである。
聖歌の力は素晴らしいものだった。
怒鳴り声や泣き叫ぶ声がどこかに生まれたら、それは伝染する。
子供たちは誰かが泣いたらつられて泣く。
しかし、聖歌隊が歌ってくれているおかげで、場の雰囲気は厳かなままであった。
というよりは、不安感が一気に子供たちに広がるのを遅らせたというべきか。
(ああ……何ということだろう。あの不幸な皇子に、あらん限りの祝福を。精霊たちよ、この老いた我が身にどれほどの幸運が残っているかは分からないが、どうか、どうか、あの皇子に幸せを分け与えていただきたい)
大聖堂に篭るしかなくなった司教は、誰に聞こえるでもなく、ただ静かに
確かにあの皇子は、【農夫】と【鉱夫】と【船漕士】と【運搬人】と、あまりにひどい天恵しか与えられなかった。
きっと彼は今後、行く先々で、人々に馬鹿にされるであろう。
だがしかし、あの皇子には間違いなく、器と人徳がある。
人々を導いていく立場には不可欠な、大切な能力が備わっている。
エレオノーラ司教は、かの少年の安全を、心から祈った。
聖職者の祈りには加護の力があると言われている。気休め程度の効果しかないとも言われているが、そんなことはどうでもよかった。
あの皇子は、精霊たちに愛されて然るべき存在である――。老い先短い聖職者の祈りごときであれば、いくらでも捧げるつもりだった。
司教様というと相当偉い立場になります。
主人公は、無意識のうちにどんどん後ろ盾を手に入れていってますね。