貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「えっ、殿下についていって美味しいお酒をたくさん飲むだけでお金がもらえる仕事があるんですか……!?」
何も考えてない聖職者、なのに【聖人】という最高峰の宗教的権威を天啓として与えられた少女──アナスタシアは歓喜した。
探索者の集まる酒場に突撃しては飲み比べを挑み、どんどん手下を増やすという、まるでやくざ者そのもののやり口で勢力を拡大している皇子と相性がすこぶる良いのか、彼女は、毎日のように飲んで騒いでへべれけになって帰ってくるという落伍っぷりを披露していた。他の英傑三人も同じように、皇子についていってお酒を飲むだけの仕事をしていたが、流石にアナスタシアほど羽目を外す者はいなかった。
「天職です……っ! 私、もっとやれます! 自信があります! もっと飲ませてください!」
「この子、根性見せますみたいな言い方でタダ酒たかってますわね……」
「根性あるでござるなぁ」
「これでも【聖人】名乗れるの凄いよなあ」
英傑四人という最上位探索者も飲み比べ勝負に参加するものだから、自分も自分も、と記念のつもりで参加したり、つい空気に乗せられたりする探索者たちが続出したという。
それも皇子の計略だと知らずに。
一方でルーク皇子は、手下となる探索者たちを瞬く間に増やしては、迷宮の踏破計画を立案して探索者たちに攻略を促していた。
──この迷宮は、そろそろ暴走する可能性があるから早期に潰しておきたい。
──この迷宮は、基本的に植物系統の魔物しか出てこないから、廃油を流して
──この迷宮は、罠が多数仕込まれているから、逆に罠を全部作動させたほうが安全だ、うちの
……等々。
何故かは知らないが迷宮に詳しいこの皇子、短い期間で付近の山の竜の巣まで半壊させるほどの指揮能力を誇っていた。得体のしれない暫定E級探索者(※まだ探索者申請手続き途中)が、B級C級の先輩探索者をこき使っているのは、傍から見るとすこぶる不気味であったが、この頃になるともうルーク皇子の手腕を疑うような声は上がらなかった。
例えば、トロルの拠点やミノタウロスの拠点の制圧と解放。
ルーク皇子がまず行ったのは、彼らの巣の付近の水脈の調査である。人間側の水脈に影響がないことを確認したのち、彼らの井戸や溜池に腐肉*2を放り込み、彼らを酷い下痢で弱らせた。
さらには、夜中に
例えば、墓地を徘徊するゾンビやスケルトンの討滅。
これこそ【聖人】の大量浄化魔法で殲滅──というやり方でもよかったが、皇子の目の付け所は違っていた。
彼は【聖人】がいなくなった後も対応ができるように、民間のやり方にこだわった。昼夜問わず活動できる肉体と飽くなき執念で追い回す不死身の魔物たちは、耐久性こそ驚異的だが、力や速度には劣っている。なので投擲網が非常によく効く。骨の隙間に網目が引っかかるため、彼らは網に非常に弱い。網にひっかけてぐるぐるに巻いた後、彼らの頭や爪を槌で叩き潰して、嚙みつき攻撃や引っかき攻撃ができないようにしたら、後は
腐肉や脂肪分はよく燃えるため、彼らゾンビはとても良い燃料になった。捕縛して山積みにした彼らを、植物系の迷宮に放り込んで火を放てば、迷宮を燃やす最高の燃料になるのだ。
水晶人形の力を借りれば、捕縛したゾンビたちを山積みにして、夜のうちに荷車をけん引して迷宮の奥深くまで運搬可能。そして火を放つ。途中で網が焼き切れて、ゾンビたちがあちこちにのたうち回って延焼被害を拡大させるので、植物系の迷宮は壊滅的な被害を受けたという。
例えば、数年に一度発生し、備蓄穀物を食い漁るバッタやイナゴの蝗害。
これらは直接的な対策こそ存在しないものの、影響を緩和する予防策は幾ばくか存在する。防虫網を農村に無料配布することで農作物への侵入を防ぎ、またバッタたちが煙臭や硫黄臭を嫌う習性を利用して、燻煙による干し肉づくり等の推奨を行った。
農作業そのものにも底入れを行う。塊茎類(カブ、ゴボウなどの根菜類)や一部の豆類、刺激の強い玉葱や大蒜類は、バッタやイナゴの蝗害の被害を比較的受けにくいことから作付の多様化を推奨。また、地面をしっかり掘り起こせる有輪犂を各農村に提供することで、地中の卵が冬場に地表にさらされて凍死し、また日光に晒されて死ぬようにした。さらに、豚や鶏はバッタの幼虫を食べるので、家畜として飼うことを推奨した。
これらの内政策は、今日明日いきなり効果を発揮するものではないが、近隣の貴族たちや集落の村長たちを対象とした勉強会が開かれることとなり、今後、バッタやイナゴの蝗害の発生率を抑制することが期待された。
例えば、都市の汚水を吸って成長した巨大スライムの魔物の討伐。
皇子の方針は簡明で、凝集剤を吸わせて始末するというものだった。例えば卵白液を加えてスライムの体内を掻き混ぜることで、不純物が卵白に引っかかって凝集する。さらにオークの樹皮を煮出したタンニン液に、錆びた鉄くずを沈めた液を作って、鉄イオン反応によりたんぱく質類が凝集沈殿する。ウスベニタチアオイなどのアオイ科植物の煮汁も、高分子凝集剤として寄与する。こうした化学反応を活用することで、巨大化したスライムであっても生理機能を維持する内臓を喪失させてしまえば、仕留めるのは簡単なのだという。体のほとんどが水でできているため刃物類も鈍器類も効きづらい難敵とされるスライムだったが、皇子の作戦により犠牲を出すことなく討伐に成功したという。
最初のほうこそ、ただの素人探索者のくせに偉そうに指図する皇子に反発する声も多数上がった。
だがしかし、一つ一つ実績が積みあがるにつれて、周囲も皇子の実力を認めるようになり、ついには困ったときに意見を請うほどに信頼を勝ち得るようになっていた。
やっていることは内政計画とほぼ同じ。
兵力配置や兵站の企画部署が立ち上がった。必要となる物品の事前調達が行われた。探索者ギルドの在庫管理に近代化された予実管理の考え方が導入された。これも今まで好き勝手に探索していた探索者たちが、借金の返済のために皇子の依頼にしぶしぶ協力することが多くなったおかげである。探索者たちがギルドの招集依頼(というより皇子の招集依頼)によく集まるようになり、
英傑たち四人の存在も大きい。
なんとこの四人、本当にこの皇子の親友だったらしい──ということで、探索者ギルドの関係者たちに探索者たちの度肝を抜いた。こうなると、身分にあかせて『黎明の光』と共同依頼をねじ込んできた図々しいやつという物の見方は一転し、『黎明の光』の面々にも認められている相応の実力者、という評価に早変わりする。この時点で、皇子に無駄に突っかかろうとするような奴らは殆ど消え去ったといってもいい。もちろん、それは英傑四人の名声あってのことで、皇子はまさに『たてがみを被った猫*3』というものだったが、存外皇子も馬鹿にされたものではなかった。
──かくして。
皇子が地上に降りてから数えて、四ヶ月ほどが経過する頃には、迷宮の踏破報告もそれなりに出始めて。
魔物の素材の流通数も、以前とは比べ物にならないくらいに増えたという。
「でもなあ、俺本人はしばらく毎晩酒場でどんちゃん騒いでただけなんだけどなあ。迷宮探索を頑張ってくれたのは探索者の皆だし、金品を巻き上げただけだし」
「殿下なら、二か月もあればこれぐらいはお手の物でしょう。ジャヴァリの森の内政計画を思えば、これぐらいは片手間ですものね」
「あの時は大変だったなあ……細かく分かれた部族を取りまとめるのも、公衆衛生や法律や農耕の概念を一から教え込むのも、今の労力の比じゃなかった」
しみじみと振り返る皇子と侍女だったが、実はまだ皇子一行の探索者証明証は発行されていない。それぐらいの速度感であった。
さもありなん、探索者ギルドからすれば青天の霹靂も良いところ。見知らぬ新人が申請しに来たかと思ったら、実はそれが正真正銘の皇子で、突如ギルド運営に
それどころか、『大国の皇子相手に、E級探索者は失礼ではないか、名誉S級の任免証を特例で出すべきでは』みたいな意味不明な横槍も入ったりする始末。要するに前例がなくてぐだぐだしていた。流石にこれには、皇子一行も呆れていたが、地方の組織なんてものはどこもこんなものである。
是非とも皇子と一度会食をしたいだの何だの、煩く言い寄ってきた下心剥き出しの連中も、この頃になってくると逆に皇子に利用されていた。曰く、『会食ができるぐらい暇なら、蝗害予防策の勉強会や、大規模討伐に向けた武具発注の商談をするので、参加してくださいね(意訳)』とやり込められたのだ。
皇子の方こそ暇(※ジャヴァリ領地経営時代比)が出来たぐらいなのだが、そんなことを知るものはいない。
「そういえば殿下、探索者の皆さんから恐れられているみたいですよ」
「……? 俺本人が直接やったことって魔法の鞄の素材を大量に集めたぐらいなんだけどな」
「ふふ、何故でしょうね」
「え、教えてくれないのか?」
酒飲み勝負でやり過ぎたからだろうか、と珍妙な心配をする皇子だったが、恐れられている詳細な内容は、ロナもラネールもカマソッソも、ついぞ誰も教えてくれなかったという。
帝国の皇子だし、竜人族より酒に強いし、無茶振りしまくるし、性の化物すぎるし*4、……と、恐ろしい要素はたくさんあったが、『しょっちゅう石を食っていて怖い』という意見もかなり多く寄せられているというのに、皇子本人はそれに気付く気配がなかったらしい。
ルーク皇子(これで聖人名乗れるの凄いよなあ……)
アナスタシア(これで皇子名乗れるの凄いですね……)