貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、旋乾転坤の探索者稼業⑨

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 その日、赤い空を背負った軍勢が、人の街に襲い掛かっていた。

 

 身の丈ほどもある気性の荒いイノシシの魔物に跨って、怒涛の勢いで突き進んでくる騎馬部隊。

 人並み外れた膂力と器用な指先で重厚な剛弓を引き絞り、執拗に矢を放ってくる弓兵部隊。

 さらには、拙いながらも数に任せて不吉な混沌魔術を放ってくる魔道士集団──。

 

醜鬼共(ゴブリン)の反逆……恐ろしき黒い渦(ater gurges)だ……」

「そんな……奴らの王はとうの昔に死んだのでは!?」

「どうして誰も、奴らに気づかなかったんだ!」

 

 人々は恐怖に惑い、冷静さを失っていた。

 醜鬼(ゴブリン)たちには、知恵がなかった。粗末な知性はあったが、人のそれと比べるとおこがましいほどのものだった。軍の概念も、武器の概念も、魔術の概念も、まるで人に及ばない未熟なものだった。繁殖する早さや生命力こそ恐ろしいものだったが、数が揃ったところで大した脅威ではなかった。

 ──そう、今までは。

 

 醜鬼(ゴブリン)たちに、王が現れた。

 凶悪な軍勢を統率する、偉大なる王。

 

 身の丈を超える無骨な大剣を軽々と振り回し、死角を突いた攻撃さえも跳ね返す、野性的な直感を持つ蛮王。

 巨体に見合った無尽蔵の体力を持ち、大熊の魔獣に跨って戦う、好戦的な覇王。

 

『全ての聖杯がここに揃った……! 人の子よ、貴様らには過ぎた玩具(オモチャ)だ。返してもらうぞ……!』

 

 地響きのような掠れ声。

 緑黒い皮膚は鎧のように分厚く硬化し、全身に刻まれた無数の傷跡が修羅場を潜り抜けてきた証を物語っている。尋常ならざる巨体から放たれるのは、異形ならではの泥臭い威圧感と、王として君臨する圧倒的な覇気。

 吊り上がった黄色の瞳は、狡猾さと残忍な知性でぎらついている。

 

 その者は、聖杯に選ばれし存在。

 その者は、虐げられてきた魔物たちの解放者。

 

 醜い言葉を操るもの(バルバローイ)の君主。

 近親相姦、人肉食、首狩り、人身御供といった残虐行為を好む外道。

 秩序を乱すもの。終焉をもたらすもの。

 

 その名は、大熊殺しのアッルズ。

 またの名を、《聖杯を持つゴブリンの騎士王》。

 

 

 

 

 

 それが、追加DLCシナリオの一つ、『ゴブリン王の聖杯伝説編』に登場する最恐の敵、ゴブリン王である。

 

 聖杯と呼ばれる「異神の頭蓋骨」を集めるゴブリンたちは、何度殺してもかなり短い時間で再出没する。

 シナリオが進むにつれて、敵の強さも密度もどんどん上がっていき、最後の最後にこのゴブリン王が強大な壁として立ちはだかる。

 あらゆる魔術をその大剣で切り裂いて無効にし、生半可な物理攻撃では火力不足で相手へのダメージが通らないという鬼畜仕様。しかも大剣による全体攻撃と、呪いの咆哮によるバフ剥がし+麻痺攻撃を頻繁に行ってくるため、事故率も非常に高い。弱点らしい弱点はないが、光の刃、光の弓矢、などの特殊な攻撃は特攻扱いでダメージが通るため、強いて言えばそれが狙いになる。それでもなお、追加コンテンツに登場するボス格の存在であるため、並大抵の立ち回りでは倒せないという難敵にあたる。

 

(こんな奴と真正面から戦うわけにはいかないからな)

 

 なので、俺は一計を講じた。

 

 俺達には、(借金で言うことを聞くしかない)探索者たちがいる。(近くの墓場に湧いてくる)ゾンビたちがいる。(無尽蔵の体力と頑丈な体を持つ)水晶人形(クリスタルゴーレム)がいる。

 

 水晶人形が荷車で運んでいるのは、麻袋の山。その中には、腐臭を放つゾンビの肉塊と、わんさか取れた唐辛子が詰まっている。

 それを何度も、何度も、淡々と敵の巣窟である洞窟の内部へと運び込むだけ。

 

 道中、異変に気づいたゴブリンたちが群がり、水晶人形へ容赦ない攻撃を浴びせていた。

 刃が弾ける音。棍棒が叩きつけられる音。魔術が放たれる音。だが、水晶の身体には痛みも傷も届かない。我が水晶人形(クリスタルゴーレム)は、血走った目を向けてくる小鬼たちを完全に無視し、機械的に作業を継続してくれた。

 

 数日間かけて、洞窟内が「準備」で満たされたのを見届けた俺たちは、晴れてその()()に着火した。

 

「洞窟の出口は合計で十七個だっけ?」

「はい。そのうち、九つの出口は《影の巨人》の運んだ巨石で埋め終わり、残りの出口にはもうすでに、ラネールの硬化糸を張り巡らしているので、無理に通ろうとすると四肢が飛ぶことになります」

「十七個の出口を持つ洞窟か……かなりの規模だな。聖杯の力で洞窟内に地下迷宮を作って暮らしていただけはあるな」

 

 一応、懸念はあった。

()()の搬入の途中で、ゴブリンたちの妨害にあって失敗するのではないか、とか。

 洞窟の中は空気の通りが悪いため、不完全燃焼になるのではないか、とか。

 派手に燃えきる前に、ゴブリンたちが洞窟の出口に殺到して大暴動を起こすのではないか、とか。

 

 そういった懸念を一つ一つ払拭するために、俺たちは敵の動向を慎重に観察した。

 まず、残念ながらゴブリンたちは非常に頭が悪い。何度も入っては出てくる水晶人形(クリスタルゴーレム)のことを怪しい外敵だと攻撃する知性はあっても、彼女が運び込む荷物のことを怪しむ知恵はない。得体の知れない麻袋を、腐った人肉と香辛料としか理解できないゴブリンたちは、日夜やってくる頑丈な侵入者への攻撃を優先するあまり、麻袋への対応は二の次三の次になっていた。

 また、水晶人形(クリスタルゴーレム)の侵入に気が立っていた彼らは、他の出入り口への警戒が薄れていた。ラネールが硬化糸の罠を仕込むことができたのは、気を引いてくれている陽動役の水晶人形(クリスタルゴーレム)の存在あってのことである。

 

 最後、着火する魔術はおなじみの黒魔術。

 褐色瑪瑙(ファイア・アゲート)の魔石と、火蜥蜴(サラマンダー)を模したタリスマンを、ゾンビたちに身に着けさせておけば。

 そう、これは黒アールヴにおける火炎巨人(ウィッカーマン)の儀式魔術の模倣──いつの日か天文塔を業火で焼き払った大魔術の再現である。

 

「まあ、俺の血で書いた呪文だし、俺が褐色瑪瑙(ファイア・アゲート)の魔石にたっぷり魔力を注いだから、暫くは燃え盛るだろうけど」

「洞窟を内部から焼くのは理由があるのですか?」

「ああ、洞窟の壁面を高温で焼いたら結晶化が進むんだ。酸素不足ならなおさらね。これが終わったら、たくさん魔石を採掘できるはず」

「………………」

 

 白い目で見られているのをひしひしと感じるが、そんなことは関係がない。

 きっとあの洞窟の内部は、酷い状況になっているに違いなかった。褐色瑪瑙(ファイア・アゲート)の魔石と、火蜥蜴(サラマンダー)を模したタリスマンによって業炎を周囲にまき散らすゾンビたちが、麻袋が燃えて解放されて、のたうち回って暴れ回っているに違いない。挙動は既に植物系の迷宮で確認した。すでに検証は実施済みである。

 加えて唐辛子を大量に焼いた煙が、鼻から入って喉や肺などの粘膜を苛烈に刺激する。目に入った煙は激痛を生むし、煙を大量に吸ったものはまともに立っていられなくなる。こうすることで、洞窟内に連鎖的な恐慌(パニック)を生み出して、軍勢による集団行動をできなくさせるのが目的である。

 あとは、全身ひどい火傷を負って、呼吸さえもままならない上、体中が硬化糸でずたずたになったゴブリンたちを仕留めるだけの簡単な作業。というより、高位種族でもない限り通常のゴブリンはこの段階で息絶える。極まれに大怪我を負いながらも脱出に成功するゴブリンが発生するが、待ち構えているのはB級C級の腕利き探索者たちである。連中に勝ち目などあるはずもない。

 

「……あの、一応報告しますが、高密度の魔力反応が」

「わかった、英傑四人を向かわせよう」

「途中で動かなくなりました……」

「え?」

 

 ロナの報告を聞いた俺は、思わず素で聞き返してしまった。

 流石にこの報告は耳を疑ってしまった。確かにまだゴブリン連中は、聖杯と呼ばれる「異神の頭蓋骨」の蒐集が全然終わっていない段階で、王の覚醒も不完全である。とはいえ、洞窟内で俺の魔力を注いだ火炎魔術を思いっきり解放しただけで、こんなにいとも容易く死滅するであろうか。

 昔と比べて俺の魔力がかなり成長したのは認める。魔術を切り裂く大剣対策のために、唐辛子を山ほど焼いた激痛の熱煙も用意したし、ゾンビを暴れ回る熱源にしたことで入り組んだ迷宮内のあちこちにきちんと業炎が行き届くように設計もした。

 だが、こんな呆気なく決着がつくとは思ってもいなかった。

 

「念のためもう少し焼いておくか……?」

「そうですね。当初の予定通り、二時間は警戒態勢を続けるのがよいかと」

 

 硬化糸がちらりと姿を覗かせる洞窟の入口は、奥で赤々と燃え盛っているのがほんのりと分かる程度であった。ただ、熱煙はかなり広がりを見せているようで、あちこちの入口からもうもうと立ち上っていた。思わず煙を吸ってしまった一部の探索者も、腐肉の焼ける酸っぱい臭いと唐辛子成分の激痛にもだえ苦しんで、四つん這いになって動けなくなっているのが目に入ってきた。

 内部の惨状たるや、想像を絶するほどに違いない。

 

「二時間かあ」

 

 とはいえ、大陸の安寧を脅かしかねなかった魔物相手に油断はしたくない。牛乳と紅茶に粉唐辛子を少々まぶしたスパイスティーを飲みながら、俺はゆっくり二時間を待つことに決めたのだった。

 




皇子「洞窟内の地形もぼんやり知ってるから、特に苦労することはないな」
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