貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
天空の森のジャヴァリ領に残された士官組──すなわち、情報屋リコッタ、女商人アンシュ、司教エレオノーラは、山のように積まれた仕事を前に頭を抱えて呻いていた。
地上組とは全然事情が違う。地上組の代表者、女海賊メアリーは、海に向かって船をまとめ上げている真っ最中。影絵の動物たちや《影の巨人》を操る女番長ワヤは、
難題は難題だが、地上組のやるべきことは分かりやすい。
その一方で、天空組はやることの多さに忙殺されていた。
農業関係では、木の実や茸類を家畜に食べさせる放牧。保存性に優れた根菜類や豆類を、冬場の保存食や家畜の飼料とする飢餓対策。豆類の輪作による地力回復を農業計画に組み込んだ、連作障害対策。
治水関係では、河川周辺のぬかるんだ湿地帯への排水路網の整備。河川改修および新型水車導入の段階的実行。
産業関係では、集光器(太陽炉)や魔導技術の水平展開。専門的な石工や技術者の招致と育成。灰を利用した石鹸作り。揚水装置による湿地の排水(それに伴う、ボウフラや病原菌の発生源の根絶)と、湿地の農地転用。
経済関係では、領主であるルーク皇子の信用を担保にした「魔石換金券」や「木札手形」の発行による独自経済圏の維持。
「数万人以上の大領地なのに、工数や予算の管理ができる人材が全然いないっスよ……!」
「あかん、読み書きや計算ができない阿呆への教育が追っつかん……!」
「殿下が居たときは、これに近隣領地との交易と、まだまだ途中だった河川開拓と魔物討伐と少数部族の平定を同時にこなしてたんですよね……(白目)」
激務。
睡眠時間は絶対に削るなという厳命により、おおむね家臣団は健康的な生活を半ば強制させられてきていたが、その傍らで絶対的な時間が足りない。元から殿下の家臣だった侍女たち、探索者学校をちゃんと卒業した学士たち、他領地から密偵として送り込まれてきたが殿下に無理やり捻じ伏せられて改心させられた者たち──そういった連中は、文字の読み書きや計算の知識があるものが多く、貴重な頭脳労働者として機能していた。だがその一方で、ジャヴァリの森の住民たち、道中で殿下に襲いかかってきた盗賊たち等は、知識に大いに難がある。今のジャヴァリ領の有様では、どうしても実践型教育になるしかない。
となるともう、予実管理は適当になるし、資料はよく紛失するし、問題は山のように発生する。ルーク皇子が領地を天空に飛ばしてくれたおかげで、帝国に報告するたくさんの資料をうやむやにできたが、今のままでは色々とまずい。
ルーク皇子はよく夜も働いていた。今となればその立場の忙しさも察される。食事しながら決裁、風呂に入りながら決裁、と余暇らしい余暇がなかった。その時と比べれば、今は幾分かまともなのかも知れないが──。
「服役者たちに仕事をさせるのは、この領地では上手くいってますね。本来なら言うことを聞かない手合いが多く、もっと苦労するはずなのですが」
エレオノーラ司教がしみじみと語る。
夜も寝ずに輪番制で働くのは、牢獄に閉じ込められた罪人たちの仕事である。罪人たちは、睡眠する権利を
四六時中絶叫を繰り返すビーバーたちの部屋がここで活きる。彼らは安眠のため、家畜の死骸の処理、皮の加工と染め物など臭いの酷い業務や、屋根工事やら外壁工事など危険の伴う作業に従事させられてきた。
この領地では、凶悪な犯罪者の末路は残忍な処刑ではない。
「なんというか……見せしめになっているというか、犯罪抑止に効果があるっぽいっスね。治安が意外と悪くないおかげで、夜警や清掃人や番人の仕事が減ってるっス」
「せやかてな、頭脳労働は賄えんのや。ウチらが意思決定せなあかん」
安価で回せる単純労働がある一方で、頭脳労働はそうもいかない。リコッタもアンシュもエレオノーラも、ここに泣かされている。最終責任者の殿下が、膨大な情報を処理できる即断即決型の人間だったからこそ何とか回ってきた領地経営も、いざ他の人への権限委譲となると難しいものがある。*1*2
「伝書鳩によると、地上の殿下は、毎晩タダで飲み歩いているらしいっスよ」
「腹立つわあ」
「駄目ですよアンシュ。殿下の仕事してない発言は当てになりません。あのお方は、普通の貴族の御令息ではこなせない業務量をこなしてます」
三者三様、口々に。
ルーク皇子はとにかく、その場にいるだけで与える影響が大きすぎた。臣下の諫言を罰さずに、これを現場の声としてよく聞き入れる。巡察使による中立の意見を公正公明に判断する。それができるだけでも器が広いというのに、意思決定の場に現場の責任者も取り入れる柔軟さがある。血統主義者でもなければ、面子を重視する権威主義者でもない。だというのに誰もルーク皇子にはおいそれと逆らわない。皇子を軽んじたりすることが絶対にありえないからこそできる組織運用。*3
暗殺されることも反乱を起こされることもありえない、と、部下を信じ切っていないとできない、無駄を省いた手法。*4*5
だからこそ、今飲み歩きを出来ているのだ。これがどこぞの盆暗の遊び人の皇子であったら、領地経営の権限の一切をはく奪されたお飾りの領主になるだろう。
「というより、もうお飾りの領主になろうとしているんスかね……?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「それは……」
その可能性も否めない。
普通に考えると、何年も手塩にかけて、帝国有数の大都市に育ててきたこの天空領地を手放すわけがないのだが。
「多分あの殿下、領地のことを『いつでも帰れるしどこでも移動できる便利な家』と思ってるっスよ」
「あかん、化け物や……一体どこの誰が、あれを天使とか抜かしとるんや……」
「殿下、顔だけはいいですからね……」
残された三名の顔色は優れない。給金にも労働環境にも文句の付け所がない、理想的な雇用主ではあるのだが。
あまりにも先が読めない破天荒な皇子。振り回される三人は、絶えない気苦労に涙を一筋こぼしたのだった。
◇◇◇
「――いや、魔術が使えないって、頭おかしすぎるじゃろうが!」
「ワヤの姉御ォ! 空飛ぶ巨大クラゲが!」
「こっちは五つ頭の巨大ナマコだ!」
普通では人の立ち入ることのできない、幻想の世界の海。
帝国東の海域は、酸素が薄く、そこに住まう生物たちは自然と大きな体躯へと進化する傾向にある。
巨大な原生物たちが作り出す独自の生態系。
常人の理が通用しない、濃い霧に包まれた異空間。
海の上では、大陸を循環する魔力――マナが循環しない。
遠い海はまさに魔術師殺しの領域。
であるからこそ、例えばオートマタやゴーレムといった魔道生命体は、本能的に水を嫌う傾向にある。
「大気中の魔力を使えないってことは、自分の体内の魔力だけが頼り……ちゅうことじゃな」
いつもと勝手が違う海上の戦いの中、ワヤは毒づいた。
大陸の魔術は、その殆どが大気中の魔力を借りる
この状況下では、屈指の影使いワヤであっても、存分にその力を振るえるとは言い難い。
だがしかし、その一方で、海の上にのみ漂う別種のマナを操る古代魔術が存在する。
海底都市の住民の末裔は、ばらばらに崩壊する前の古代言語を一部だけ引き継いでいた。
「……なァんだい? アタシがいないうちに、海は好き勝手していい場所になっちまったのかい?」
古の海賊は、久しぶりの海の運ぶ空気が、かつての頃と変わっていないことを歓喜した。
身に染みわたる海の魔力が、大昔の彼女を呼び戻しつつあった。
教えてやるよ――と。極めて香りの強い葉巻の煙が吐き出される。
「アタシが引き継いだ
空を割く雷鳴。
ロナ「殿下が飲み歩きしている間、天空領の内政班と海洋の魔物討伐班とで、かなり文句の声が上がっているようですよ。自分たちも飲み歩きがよかったと」
ルーク皇子「飲み歩きながら、