貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「へえ、あんたが新入生にも拘らず、姐さんに一度も挨拶しなかった最後の男の子なんだ?」
「可愛い顔してんじゃん」
「お姉さんたちと遊ぼーよ? きゃはは!」
――どうしてこうなったのだろうか。
同級生に挨拶しようと思ったところ、「面貸しな」と声をかけられたのが運の尽き。そういえば男女比十対一だったなとか、貞操逆転世界だったな、なんて思い出した俺は、連れられるがままに上級生の部屋に足を踏み入れることになった。背後で殺意を押し殺しているロナを宥めつつ、俺は例の姐さんと呼ばれている人物のところまで案内されていた。
「え、晩餐会のときにあんな子居たっけ?」
「確か《勇猛の獅子》に組分けされた男子って八人だったよね」
「あの子が九人目ってことかあ」
「やば、アタシあの子で無限にチュコれるわ」
ひそひそと噂をする声が聞こえてくる。男女比が極端なせいか、学寮の雰囲気は女子高のそれに近い……のかもしれない。女子高の寮生活を知らないので、あくまで想像だが。あと無限にチュコるな。
ちらちら見られながら噂されるのはあまり気持ちがいいものではない。居心地が悪いとはこのことだ。ちょっかいをかけてくる女の子たちもいるが、その度にロナが睨んでいる。あまりお互いに刺激し合って欲しくない。
俺の記憶が正しければ、この帝国探索者大学で、姐さんと慕われている人物は唯一人。今会うには早すぎるのだが、好都合といえば好都合である。
「……ほう、ええ顔付きの男じゃのう。このワシ相手に物怖じ一つもしとらん」
視線の先には、バンカラ姿の獰猛な女がいた。
最強格の味方ユニットの一人。
通常攻撃が範囲攻撃で二回攻撃、しかも自動回復と
その名も、ワヤ・ニシチャル=ケンナ。まさしく古き良き女番長、という風格の人物であった。
「お初にお目にかかります、ルークと申します」
「ほぉ? ルーク、ルークか……」
自分で言うのもあれだが、ルークという名前はありふれた名前の一つである。貴族にしては古風なぐらいで、田舎者に多い名前でもある。そもそも皇子が入学するということは学校関係者にしか書面通達しておらず、俺はあくまで一介の貴族の庶子ということになっている。なので名乗りだけなら『片手を不具にしている奴隷を引き連れた田舎者』『ちゃんとした従者さえ雇う財力のない木っ端貴族』みたいに見られてもおかしくはない。
ただ、人の噂に戸は立てられないともいう。今年の一年生の中には、容姿端麗で物腰柔らかな皇子が紛れ込んでいる、という噂が既に広まっていた。今は、果たして誰がその皇子なのかと探り合っている状況らしい。
物腰柔らかな皇子。そんな噂が流れているなら、この学園ではちょっとやんちゃに過ごした方が、正体を誤魔化せていいかも知れない。
そんなことを考えていると、俺に色んな野次が飛んできた。
「おうおうルーク坊や、てめえ入学したばかりなのに、姐御にすぐに挨拶しなかったらしいじゃねーか?」
「どこの芋貴族か知らねーけどよ、ここじゃ爵位じゃなくて実力が物を言うんだぜ?」
「他の
本当に治安が悪い。
確かに、原作でも治安の悪さをネタにされていた《勇猛の獅子》寮だが、いざ実物を目の当たりにすると想像以上の有り様であった。不良モノのシナリオを書きたい、女番長キャラを出したい、ギャルを出したい、弱肉強食なR-18シナリオを書きたい、みたいな制作陣の気持ちが前のめりに出てしまった結果と言える。
はっきり言って、どこの寮生たちも
騒がしい中、女番長のワヤが咳払いを一つ入れた。
「……まあええわい。困ったことがあったらいつでも頼れ。おどれみたいな
「姐御! こいつに
「駄目ですぜ姐御! こいつを脱がして土下座さしたらな、示しがつかんですよ!」
急に場が賑やかになった。
脱がして土下座なんて凄い話だ。別に脱いでも俺は構わないのだが、流石にそれをやるとロナがどう暴発するか分かったものではない。一度死んだ身なので大抵のことは大したことがないと思ってしまうようになったし、この身体は半分俺の身体じゃないし、あと皇族なので風呂や着替えでよく裸を見られてるし、正直今更羞恥心なんて微塵も湧かないのだが、ロナの反応だけが気掛かりである。
一応、原作知識を踏まえて説明すると、学園編では
「ほら! 下半身だけ脱がしてシャツ一枚だけにするやつ! ギリギリ見えそうで見えない、けど必死で下半身を隠してもらうあれ! あれをやりましょうよ!?」
誰が先輩の一人が口走った台詞に、俺は思わず笑ってしまった。
妙に凝ったシチュエーションである。煩悩まみれの発想ここに極まれりというやつだった。男女逆転させたらまあ確かに刺さる人には刺さるシチュエーションなのかもしれない。フェチが過ぎる。
それに。
「いやちょっとはみ出るからやめてくれ」
「!!」
冗談めかして答えたら、上級生たちのざわめきが大きくなった。勝確じゃん、とか、誘ってんのかあの雄、とかそんな声が聞こえてくる。
俺がしれっとため口を叩いていることなんて誰も気に留めていなかった。周囲の視線が矢の如く突き刺さった。獲物を見据えるような獣じみた視線の数々。
今が好機である。俺は咄嗟の思い付きで口を開いた。
「でも俺、頭悪いやつに裸見られたくないんだよね」
「!?」
俺は続けざまに、賢い人のほうが色気がある、目の前のことも頑張れない奴に将来性を感じない、物知りな人に憧れる、なんて大法螺をあれこれ吹き込んだ。
社交ごっこをやって仲間とつるんでばかりいる連中にはあんまり魅力を感じないが、こつこつ何かを頑張っている奴にはご褒美をあげたくなる、とか。
どれだけ威風堂々としてオラついた奴でも、こいつ俺より頭悪いんだなと感じたら冷める、とか。
そんなことをのべつ幕なしに垂れたのだ。
「他の
最後の締めくくり。これで完璧である。
題して『不良寮の連中をスケベで釣って勉強させよう』作戦である。分かり易すぎるが丁度いい。このまま戦闘に突入してもいいが、どうせなら釣り餌があった方がいい。
咄嗟の思い付きだが、これでみんながやる気を出してくれたなら結果上々というものだ。途中から俺の目論見に気付いたロナは白い目になっていたが、まあ、口を挟まないということは反対ではないということだろう。
ざわめきは相変わらず大きいまま。今はまだ戸惑いが殆どを占めているらしい。
それもそうだろう。突然意味の分からない提案を口走られたとして、はいそうですかと信じられるはずもない。
「おい待てや。てめえアタシらを好き勝手に操れると思ってんのか? おちょくってんなら男でもぶっ飛ばすぞ、あ?」
噛み付くような、どすの利いた声。
不良の幹部らしき女が胸糞悪そうな表情で俺を睨み付けていた。
反骨心と敵愾心の塊のような口上。まあそうなるだろう。納得の反応である。いくらスケベを餌に釣ろうとしても、人はそう簡単に靡いてくれるものではない。
否、結構な人数は心揺らいでいるように見えた。だがまあスケベだけで押し切れるわけではなさそうだった。
ひょっとすると原作通りに戦闘に突入するかもしれない。
それならそれで仕方がない。俺は覚悟を決めた。
「おちょくってないさ。約束は守るよ。精霊に
「知るか、ナマ抜かしてんじゃねえ、アタシらは今すぐ無理矢理てめえをひん剥くことも出来るっつってんだ。あ?」
場の空気が途端に張り詰めた。挑発が過ぎたのか、不興を買った相手もそれなりにいるらしい。
「やめんかァ」
流石に見かねたのか、女番長ワヤが仲裁に入ってきた。だが事は簡単に収まりそうになかった。幹部らしき女は既に煮えくり返っているようだった。
「姐御、駄目ですぜ。このガキ、《勇猛の獅子》全体を舐め腐ってやがります。代紋に泥付けようってんなら、けじめをつけなきゃいかんのです」
「アホォ、どっちが代紋に泥塗っとるんじゃあ。オス一匹に色めき立ちよって」
女番長のワヤが、幹部らしき女を一発派手にしばいた。
それでも幹部らしき女は、凄むことを辞めなかった。
ざり、と後ろで足音が聞こえた。ロナが臨戦態勢に入っていた。場の緊張は一気に高まった。
「殿下」
「……まあ、これも想定はしてたけどさ」
俺は肩をすくめた。流石に『不良寮の連中をスケベで釣って勉強させよう』作戦はすんなり実現とはいかないらしい。
「おい小僧! 早う
女番長が部下の胸倉をつかみながら、しっしと手を振っていた。今のうちにどこかに行けと言っているらしい。
だが俺はあえて、幹部らしき女の傍に行って挑発を重ねることにした。
「本気で脱がしたかったら、授業においでよ。俺は学寮には帰らないから、寮室で待ち構えても意味がないよ。俺を捕まえたかったら授業棟に足を運ぶしかないね、お姉さん?」
「……っ!」
場の空気が更に色めき立ったのが分かった。計画通りである。この手の連中にはオスガキっぽい煽りが効くと思っていたが、予想的中であった。この場にいる皆の頬の赤みが増すのが手に取るように分かった。やはり不良は煽り耐性が低いと見える。年下の異性に煽られたせいで、幾人かは感情が真っ直ぐ顔に出ていた。
後はその場を悠々と立ち去るのみ。刺すような視線を背中に感じるが、そんなの俺は関係なかった。
むしろ
(原作では、主人公は"何かの誤解だ"と必死に謝って場を丸く収めようとするが、別にそこまで真似しなくてもいい。結局原作でも戦いは免れなかったわけだし)
どうせなら原作より過激にした方が楽しい。せっかく貞操逆転世界なのだから、お姉さんたちを煽った方が色々面白いに決まっている。今この場を丸く収めようとしたところで、どうせ一部のしつこい連中は俺をつけ狙うに違いないのだから、この場の正解はむしろ"過激派を刺激して暴走させる"である。
それに――。
(俺は原作展開を知っているからな。さっさと《勇猛の獅子》寮を支配しておかないと、邪教徒の連中の邪魔をできない)
…………。
……………………。
一つ、俺の計算外を挙げておくとすれば。
まだ精通したばかりの十三歳のオスガキに入れあげるような年上のお姉さんは、まあそんなに多くないんじゃないかと高を括っていたことである。
男女比が十対一の世界、まあ男も十人に一人はいるし、腹立たしい少年なんかに付きまとう変わり者はそう多くないだろう――と俺は思っていたのだった。
品のある顔立ちで、服からはみ出るとか妄想を掻き立てるようなことを言って、「俺より勉強できるなら脱いでもいいよ」とか煽ってくるオスガキ。
この子可愛いと思う人も、こいつ分からせてやると思う人も、この子に翻弄されたいと思う人も、将来どうなるか楽しみと思う人も、多種多様にいた模様。