貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、迷宮探索学園の狂騒曲⑳:あるいは道化師の舞踏会

 計画は、途中までは順調だった。

 仮面を被った少女、ハーレクインは、魔法陣の起動を確認してほっと一息をついた。

 

 計画のあらましは簡単であった。

 新月の夜に、時計塔に蓄積する瘴気の力を借りて、大量に魔物を召喚すると同時に、学園全体を迷宮化するための迷宮核を起動するというもの。大量の魔物たちを倒すことに目が向いているうちに、学園の迷宮化を完了させてしまうのだ。

 

 予行演習は問題なかった。

 試しに召喚した魔物たちをけしかけて、新入生の歓迎会を襲撃するという目論見はうまく行った。

 魔石の調達も問題なく進んでいた。ウリーザを利用して、質の良い魔石を定期的に手に入れ、それらを結界石として力場の集約点に安置した。結界石となった魔石は、人の目に見えない様に影の中に隠してあり、新月の日に自動的に呪文を歌うように細工を施してあった。

 

 まさか今日の今日に、計画を狂わせるほどの大量の魔石が地上に搬入されるとは予想外であったが。

 

(全く、あの少年は御しがたい。あんなに大量の魔石を一か所に集中されてしまっては、魔法陣の力の流れがそちらに引き寄せられてしまうではないか)

 

 急いで影の力を借りて、人の目を盗んで魔石をこっそりと各地に運び直し、再度結界を張り直すことで何とか本来の計画どおりに立て直したものの。

 計画を完璧に遂行するための零時の鐘には、残念ながら間に合わなかった。

 

 結果的には、ハーレクインの計画よりも先に、魔物の召喚陣が起動してしまったことになる。

 

(まあいい。学園全体を異界化するのは間に合わなかったが、明日の零時にもう一度試せば問題ない。魔物の大量召喚による混乱は一日では収まらないはず。新月の日に間に合わなかったとしても、月の光の加護がほとんど働かないということに変わりはない)

 

 先ほどまで魔石を各地に安置することに追われていたハーレクインは、まだ時計塔内部に入ることができていない。

 鐘の音の起動までは確認したので、あとは時計塔の文字盤部分を窓のように開いて、内部に召喚された魔物たちを一気に外に解放すればいいだけ──。

 

 迷宮化のための下準備は生半可なものではなかった。それこそ帝国獅子威會の者たちの力を借りて、"縄張りを守る"という名目で、結界石を安置するための場所を守り続けたのだ。傍から見れば、ただの納屋になっているだけの古い建物や、旗が立っているだけの謎の支柱や、落書きが残った石造や、そんなどうでもいいものばかりに見えただろう。だが、時計塔を中心に巨大な魔法陣を構築しようと考えたときに、それらの点を結ぶことで魔力の流れがほぼ均等に展開される。

 この結界石のおかげで、計画の日には、ハーレクインの許可なしには誰も時計塔に入ることができなくなる。計画を妨害しようとするものの介入を防ぐための策である。

 

 とはいえ油断はできない。

 今はまだ、魔物の召喚陣が成功しただけで、まだ学園の迷宮化の魔法陣は起動していない。

 

(あとは、私の懐にしまってある、この偏四角多面体(トラペゾヘドロン)の魔石を時計塔に設置するだけ。そうすれば、明日の零時にはこの学園全体の迷宮化が始まる)

 

 

 

 

 

 そう考えていた矢先のこと。

 夜の闇のせいで気付くのが遅れてしまったが、何者かが何かを運んでいるのが目に入った。

 結晶人形が、()()()()()を一生懸命に運んでいた。

 

(え──?)

 

 計算にない魔石。

 このままでは力の流れが歪んでしまう──と焦りを覚えたハーレクインは、すぐに冷静さを取り戻して足を止めた。結界を張っていたはずの場所に、何故か結晶人形がいる。つまり、何人たりとも侵入できないはずの場所に何者かが存在している──。

 しかし、身を隠すにはすでに遅かった。

 

「よう、遅かったな」

 

 時計塔の入り口に立っていたのは、魔石を悠長にぽりぽりと齧る少年。

 そして、既に戦闘態勢を整えている侍女が三人。一人は知っているが、二人は知らない人物だった。

 咄嗟にナイフを投げるも、軽くあしらわれた。

 

「────────」

「何を絶句してるんだよ、ハーレクイン。今頃眠り薬で全員夢の中、とでも思ってたのか?」

 

 足元の石を蹴り飛ばすもあっさりと回避される。どうやら眠り薬はおろか、一緒に混ぜていた痺れ薬さえも全く効いていないらしかった。

 状況は切迫していた。鐘の音はいまだに鳴り続いている。禍々しい深紅の空は相変わらずそのままで、これからの凶兆を暗に示していた。

 しかし、その魔力の発生源である時計塔には、どうにも見慣れない文字列の呪文がこっそりと混ぜ込まれてあり──。

 

「な、んだ、これは……」

「魔物召喚陣だろう? お前が書いていた奴を少し改変させてもらった」

 

 魔石を齧っていた少年は、腰元から短刀を二本取り出して、構え直した。帝国流の騎士剣術には存在しない、奇妙な構え方だった。

 挑発するような口調で、その少年は続けた。

 

「なあ、道化(アルルカン)のふりは楽しかったか? お前が縄張り争い(シマ争い)だとか言い出して、ウリーザをけしかけて魔石調達をしていたのはもう分かりきってるんだよ」

「…………」

 

 まだら模様の獣の仮面で、ハーレクインは目を更に細めた。

 あのルーク少年は、もう既に真相に気付いているであろう。もはやこの仮面に意味はない。どうあっても戦いを避けられないと理解したハーレクインは、視界を狭めるだけの仮面をゆっくりと外した。

 

「ハーレクイン、もとい【影使い】のワヤ。お前の持っている偏四角多面体(トラペゾヘドロン)の魔石を、俺によこせ」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 女番長、ワヤ・ニシチャル=ケンナの正体は、ハーレクインの操る影絵人形であった。否、いつも仮面を被っているハーレクインの正体は、女番長ワヤ・ニシチャル=ケンナだったというべきか。

 

 彼女の正体は、影を操る邪教徒であった。

 通常攻撃が範囲攻撃で二回攻撃という破格の能力は、影を使った広範囲攻撃をできるため。

 彼女がいつも独特の方言を使っていたのは、声と喋り方の特徴を誤魔化すため。

 仮面を被ったハーレクインと滅多に顔を合わさなかったのは、片方が影絵人形であることを極力露呈させないため。

 

「入学者の歓迎会に参加しなかったのは、あの日のうちに時計塔の傍に怪しい影がいないかを調査していたからだよ。俺はたまに精霊と会話ができる体質なもんでね、怪しい影がないかを精霊たちにも探させていたのさ」

「そうか」

 

 飛び交う無数の影絵たち。

 十二本の影の(かいな)が宙を飛んで、無造作に襲い掛かってくる。一瞬の隙を突いて《蜘蛛(ラネール)》が前に躍り出るも、地面から無数の影が飛び出て彼女を妨害した。ハーレクイン/ワヤの攻撃の手は無数にあり、かつ、守りは堅牢であった。

 

「魔法陣を構築する呪文を見つけたのも、精霊たちのおかげさ。学園の随所に、慎重に、巧妙に仕込まれていたそれらを、ほんの少しだけ改変させてもらった」

「小賢しい」

 

 ロナが放った魔法の矢が弾かれる。奇妙な軌道の曲がり方だった。

 おそらくは矢除けの加護だろう。かなり古くからある呪術だが、彼女のそれは遥かに強かった。方言で誤魔化しているが、恐らくはかなりの《詠み手(詠唱術士)》なのだろう。

 流石は邪教徒の幹部の一人。本来であれば、ハーレクイン/ワヤを倒すことができるのは物語のもっと後半なのだ。

 

痛みを (crucio)

 

 短い詠唱と共に痛みの呪いが飛んでくる。

 俺を庇って《蝙蝠(カマソッソ)》が飛び出して、短い絶叫を上げた。魂が焼かれるほどの激痛。尋常の苦しみではない。だが──。

 

「させるか!」

「!」

 

 咄嗟にハーレクインの胴体を蹴とばす。衝撃。そして鈍痛。交差する刹那、俺の足にナイフが突き刺さっていた。恐らくは毒ナイフだろう。これで《蝙蝠》を始末しようとしたのだ。油断も隙もない。

 後ずさるハーレクインに向けて、ロナが追撃で氷の矢を放った。が、やはり矢除けの加護に阻まれる。

 一進一退の攻防。息つく暇もない。

 

(十二本もある腕が厄介だな⋯⋯! 精霊たちに()()()()()()()()()ものの、全然対処が追いつかない⋯⋯!)

 

 地面を連続して殴りつけてくる腕の数々。石畳が割れ、礫が飛び交う。まさに暴力の雨。

 回避に失敗すれば、大怪我は免れない。何とか避けたとしても足元の地形がどんどん酷くなり、迂闊に飛び退れば足元を取られて転倒することになる。正しく凶悪な攻撃であった。

 四人がかりで戦っているというのに、戦況はほぼ互角。悪夢以外の何物でもない。

 しかし──俺は一縷の希望を見いだしていた。

 

「なあ、ハーレクイン。お前、焦っているな? 全然毒も効かないし、痛みの呪文も効かないからな」

「……ッ」

 

 返事はない。

 代わりに大量の影絵の蝶が襲い掛かってきた。《蝙蝠(カマソッソ)》が怪音波の叫び声を放って、一部の蝶を散らしたものの処理が追いついていない。代わりにロナが火球を放って影絵たちを大きく燃やした。

 

 その炎の中から、不意を突いて影人形が飛び出した。

 

(! まずい!)

 

 慌てて蹴とばす。奇妙な蹴りごたえがあった。

 でん、でん、と地面を転がったそれは、ワヤの姿だった。ハーレクイン(道化師)の姿の少女とワヤ(女番長)の姿の少女が、揃って俺をにらみつけた。

 俺の足には、へどろのように纏わりついた影がじゅくじゅくと泡を立てて沸騰していた。

 

「……へえ、分身か。もう切り札を使うんだな」

「……煩い」

 

 殴りつけてくる影の腕を避け続けながら、俺はあえて煽るような言葉を放った。

 足の痛みで霞む視野の中、それでも俺は確信していた。ワヤは今、追い詰められている。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「父さん、母さん、私は貴族が憎い」

 

 優しかった父と母は、領主に課された重税に耐え兼ね、困窮の中で餓死することになった。

 

「牧師様、私は貴族が憎い」

 

 孤児院に引き取られた自分に優しく接してくれた牧師は、貴族の子供の不興を買って、縛り首にされてしまった。

 

「嗚呼、私は貴族が憎い」

 

 縋るものは、ほとんどなかった。

 影を操れる能力を買ってくれた雇い主は、自分に、使命に殉じるよう囁いてきた。

 譬えそれが、世を混乱に導くような教えであったとしても。

 手を差し伸べてくれたのは、その教団のみだったのだ。

 

「私が、圧倒的な力を持って、優しい領主になれたなら」

 

 その頃には、世の中の不幸が少しでも減っているだろうか。

 決意を固めた日から、少女は、仮面を被ることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 




 ■Tips:
 小さな精霊たちは、ぽわぽわした丸い光に包まれた不可視の存在です。
 位相がずれてたまに人の目に見えることもありますが、基本的には、別の位相の隙間に住んでいるため目に見えません。
 強烈な敵意を持った時にだけ、黒い靄のような形で目に見えることがあります。
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