貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、迷宮探索学園の狂騒曲23:あるいは道化師の舞踏会

 

 ──戦いの帰結は呆気なかった。

 

 邪魔者が侵入できないように、予め新月の夜に自動発動する結界を準備して。

 万が一の戦闘になった時に備え、麻痺毒を仕込んだ短刀と、強力な痛みの呪文、矢除けの加護、そして影の蝶と影の腕まで用意して。

 最後の切り札として、《影の巨人》バロールの召喚術式まで用意周到に仕込んでいた、仮面の少女ハーレクイン。

 

 そんな彼女の敗因は、単純に有効な手段を全部潰されたというのが全てである。

 何故か、麻痺毒の短刀が効かない皇子(幼い頃から、浄化しきれなかった魔石毒の残り滓を摂取してきたため)。

 何故か、痛みの呪文が効かない四人(俺は一回死を乗り越えているので気合で耐えたが、他の三人は何でこんなに精神力があるのか不明である)。

 何故か、遠隔攻撃対策として用意した矢除けの加護を無視して、どこからともなく傷口と魔力を齧ってくる精霊たち(何十匹も揃えば相当な脅威であろう)。

 挙句の果て、最後の切り札として用意したはずの《影の巨人》バロールが瞬殺され。

 分かりやすい言い方をすれば、相手は最初から打つ手全てが無効化されて、ほぼ詰んでいたのだ。

 

「……っ、貴様のような、忌まわしき貴族なんぞに負けるとはな……」

「魔石美味しい! 魔石美味しい!」

「……話を聞け」

 

 勝ち方も完璧だった。

 もし仮に、大量の魔物を召喚する方針を取られていたら、時計塔に運び込まれた全ての魔石は消費され尽くして、食べられる魔石が残らなかったことになる。

 無論、《影の巨人》の召喚にも大量の魔石が消費されて、大半は魔力のほとんど残っていない屑石に成り果てていたものの、全体の一割程度はまだ食せる程度に魔力を残していた。これぞ完全勝利である。

 

「聞いてるさ、ハーレクイン。それともワヤと呼んだ方がいいか?」

「……好きにせい」

「へえ、そっちの方言訛りの喋り方の方が素なんだな。知らなかったよ」

「……」

 

 むっつりと黙り込むハーレクイン/ワヤ。分身はすっかり消え失せており、彼女はただ一人縄に縛られてぽつねんと床に転がされている。

 じゃあワヤと呼ぶよ、と呼びかけても無視されてしまった。残念だが当然である。昨夜の騒動を思えば当たり前の距離感であろう。だが昨夜のことは全て終わったことだと俺は思っている。大事なのはこれからのことである。

 そう、昨夜。

 

 振り返れば今回は、全て計画通りに進んだとも言える。

 何が一番理想的だったかというと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり、影の巨腕が破壊した建物や床、オブジェなども、誰が壊したのか目撃したものはいない。

 ただ、召喚途中で心臓を破壊された《影の巨人》の遺骸だけが、そこに横たわっているのみ。

 つまり、今回の騒動は、邪教徒が《影の巨人》の召喚に失敗した、ということにできる。目撃者がいない以上、ハーレクイン/ワヤの名誉は守られており、彼女たちを処刑せざるを得ない状況には至っていない。

 そもそも一般人の死者は出ておらず、今回はあくまで事件を未遂に防いだ形になる。

 なので。

 

「……卑しい身分の出じゃけん、言葉が荒いんじゃ。笑うな」

「笑わないさ。こっちなんか石喰ってるんだぜ?」

「……」

「……笑ってくれよ」

「……」

 

 ワヤの硬い表情からは何も読み取れない。俺のような若造如きでは、到底彼女の影は見通せない。なのでちょっとおふざけを入れてみたのだが、全然砕けてくれる素振りもなかった。

 

「殺せ」

「殺さないよ」

「何故じゃ」

「仲間になって欲しいからだ」

 

 どこか自暴自棄になっている彼女に、俺は諭すように話しかける。

 こういう手合いは、心を溶かすのに時間がかかる。だから今日明日で全てを片付けようとは微塵も思っていない。ゆっくり時間をかけて対話をするしかないのだ。

 

「なれるものか、偽善者め」

「なれるよ」

「おどれのような生まれも育ちも違う奴に、何が分かるんじゃ」

「分からなくても、分かりあわなくても、適切な距離があれば雇用関係は成り立つ。それぐらいは分かるさ」

「ワシは、おどれを殺そうとしたんじゃ」

 

 尚も拒絶を続けようとする彼女に、俺は思わず微笑ましくなって笑ってしまった。

 そんなことは些事である。

 

「大丈夫だ。後ろの二人、《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》っていうんだけどさ、こいつらは俺を殺そうとしたことがある」

「……は?」

「今は俺の優秀な家臣だ」

「──────」

 

 ワヤは信じられないものを見たような顔で絶句していた。

 だが嘘ではない。実際、この二人は俺を殺そうと寝首を搔きに来たし、それを返り討ちにしてこのように手懐けたのだ。もう何年も前の話である。

 

「何故……」

「うん?」

「何故そんな奴を信頼できるんじゃ」

「そんなの決まっているさ」

 

 尤もな問いである。何も映していなかった仄暗いワヤの瞳が、かすかに揺れているのが何となくわかった。

 彼女の背景を多少知っている俺には分かる。彼女が人生を通してずっと拒絶してきた、そんなあり得ない信頼関係が、そこにあったからである。貴族と平民の間にある確固たる信頼関係。

 だから俺は、誠意をもって彼女に答えた。

 

「彼女たちを支配している奴隷紋を、俺の手で解放してな」

「……そ、んな」

「そのあと俺のに上書きしたんだ」

「…………」

 

 ワヤの瞳がもう一度仄暗くなった。急激に心の距離が出来たのが分かった。

 とはいえ、ここで下手な偽善を口にする方が不誠実である。実際、何で《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》の二人がこんなに俺のことを慕っているのかは不明である。彼女たち《花園》の実情を知る貴族からの『かの者を処刑せよ』という陰口から庇って、一般的な侍女と同じような生活水準を与えて、実の母親の警護という重要な任務を与えた程度のことで、そう易々と信頼が生まれるとは思っていない。

 強いて言えば、時間が全て解決してくれたのだろう。

 

「死ね、腐れ貴族」

「やだね、お前も薄々気付いてたんだろ? 世の中綺麗ごとだけじゃないんだよ」

「……知っとるわ、外道め」

「だけど、全て綺麗ごとじゃなくても、時間をかけていつの間にか生まれる信頼もあるんだよ。俺と彼女ら二人の関係は、暗殺者と暗殺対象のままじゃないんだよ」

「…………」

 

 時間なんてありゃせんわ、と拗ねたような小さい声が聞こえた。

 だが全然強い口調ではなかった。反論を試みたというよりは、思わず零れただけの言葉なのだろう。きっとそれは、俺と《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》の間に、絆のようなものがあることを、薄々感じ取ったからなのだ。

 だからワヤは、小さな声でしか囁けなかったのだ。

 今の会話には、確かな手ごたえがあった。俺がそう思い込んでいるだけなのかも知れないが、少なくとも拒絶一辺倒ではなかった。

 

「改めて言うよ。仲間になって欲しい。俺にはお前が必要だ」

「……殺せ。おどれのような腐れ貴族に、ワシが力を貸すと思うたか」

「貸してくれるさ。俺が孤児院への寄付をしているのは知っているか? 精霊教の司教の一人と繋がりがあって、魔物災禍孤児の救済活動を継続しているんだ」

 

 俺の言葉が逆鱗に触れたのか、ワヤはきつい目で俺を睨みつけて罵倒した。

 

「……ッ、馬鹿にしよって! それぐらい知っておるわ! その上から目線の、民から搾取して偽善を振りまくだけの行為が、ワシは、ワシは……!」

「偽善が嫌いか? 思ったより青いな、ワヤは」

「……ッ」

 

 しばらくの沈黙。

 俺の活動を知っていることの方が驚きだが、これで確証が持てた。俺は少しだけ考えて、言葉を口にした。

 

「俺のことを知っているなんて、勉強熱心だな。でも違うだろ、ワヤ」

「……」

「お前は感心したんだ。平民に救いの手を差し伸べようとする貴族がいるってことに。だから知っていたんだよ。そうでもなきゃ、俺みたいな末席の皇子を知っているはずがない。社交界に身を置く貴族ならいざ知らず、お前が知っていた理由としては不自然だ」

「……ぅ、ぅぅ」

 

 小さなうめき声。反論の言葉はない。

 

「仲間になれ。偽善が嫌なら、もう少し良い形を模索できる。お前が仲間になれば、もっと別の形を考えられる。上から目線だなんて言うなら、同じ目線に立てるように協力してくれ」

「…………」

「強情だな」

 

 相変わらず、何の反応もなかった。否、なかったことにした。

 気が付けば、ワヤの目に涙のようなものが浮かんでいたからである。だから俺は見なかったことにした。

 今の会話に、彼女の心に響いたものがあるとは思わない。歩み寄りも、お互いの理解も、あったとは思わない。そこまでおこがましいことを、俺は口に出来ない。

 だが、それに類する何かがあったのであれば──。

 彼女の頑なな心のどこかに、罅をいれることぐらいは、出来たのかも知れなかった。

 

 

 

 

 

「──よし! じゃあ魂でも焼くか!」

「……え」

「大丈夫。一般的な奴隷紋みたいな刺青とかじゃないよ。お前は俺のものって、刻印を直接魂に焼き付けるだけだからな」

「は、へ、え?」

 

 そう伝えると、ワヤは間抜けな声を漏らしていた。

 まるで、情緒が全部吹き飛んだような顔つきだった。

 ほぼ同時に、後ろから溜息が聞こえたような気がした。殿下はこれだから、本当に人の心を玩具だと思ってらっしゃる、とひそひそと漏れ聞こえる声。おかしな話である。俺ほど人情に溢れた貴族もそうそういないと思うのだが。

 

「言っとくけど、お前が人除けの結界を張ったんだからな。鳴いても叫んでも助けは来ない。それにこっちには鞭もある。()()()()()()

「ぁ、ぅ」

「逃げられないぞ、覚悟しろよ」

「ぇ、ぁ」

 

 色々と情緒をぶち壊されて目をぐるぐると回しているワヤを前に、俺は思わずにやりと笑った。

 彼女の瞳の奥に、憎悪のような仄暗いものはもう見えない。そういうものをこうやって取り除くのが、俺流なのだ。代わりに、人の心を持ちあわせない非情なものを見るような、怯えの色が僅かに見えた。

 

「……罪な人ですよ、殿下は。ワヤ様も覚悟なさいませ」

 

 同情するような口調でロナが呟いた。何が罪な人だろうか。俺はあくまで凶悪事件を未然に防いだだけである。これではどちらが悪人か分かったものではない。本当にロナは、俺を何だと思っているのだろうか。

 

「大丈夫、早く済ませるよ」

 

 俺の言葉に、ワヤ含めて四人が四人、めいめいの表情を浮かべていた。

 せめてもの優しさ、武士の情けのつもりだったのだが、全然伝わっている様子はなかった。

 





 早くお仕置きさせてェ〜〜!!
 って思ってました。無事書けてよかったです。
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