貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
──戦いの帰結は呆気なかった。
邪魔者が侵入できないように、予め新月の夜に自動発動する結界を準備して。
万が一の戦闘になった時に備え、麻痺毒を仕込んだ短刀と、強力な痛みの呪文、矢除けの加護、そして影の蝶と影の腕まで用意して。
最後の切り札として、《影の巨人》バロールの召喚術式まで用意周到に仕込んでいた、仮面の少女ハーレクイン。
そんな彼女の敗因は、単純に有効な手段を全部潰されたというのが全てである。
何故か、麻痺毒の短刀が効かない皇子(幼い頃から、浄化しきれなかった魔石毒の残り滓を摂取してきたため)。
何故か、痛みの呪文が効かない四人(俺は一回死を乗り越えているので気合で耐えたが、他の三人は何でこんなに精神力があるのか不明である)。
何故か、遠隔攻撃対策として用意した矢除けの加護を無視して、どこからともなく傷口と魔力を齧ってくる精霊たち(何十匹も揃えば相当な脅威であろう)。
挙句の果て、最後の切り札として用意したはずの《影の巨人》バロールが瞬殺され。
分かりやすい言い方をすれば、相手は最初から打つ手全てが無効化されて、ほぼ詰んでいたのだ。
「……っ、貴様のような、忌まわしき貴族なんぞに負けるとはな……」
「魔石美味しい! 魔石美味しい!」
「……話を聞け」
勝ち方も完璧だった。
もし仮に、大量の魔物を召喚する方針を取られていたら、時計塔に運び込まれた全ての魔石は消費され尽くして、食べられる魔石が残らなかったことになる。
無論、《影の巨人》の召喚にも大量の魔石が消費されて、大半は魔力のほとんど残っていない屑石に成り果てていたものの、全体の一割程度はまだ食せる程度に魔力を残していた。これぞ完全勝利である。
「聞いてるさ、ハーレクイン。それともワヤと呼んだ方がいいか?」
「……好きにせい」
「へえ、そっちの方言訛りの喋り方の方が素なんだな。知らなかったよ」
「……」
むっつりと黙り込むハーレクイン/ワヤ。分身はすっかり消え失せており、彼女はただ一人縄に縛られてぽつねんと床に転がされている。
じゃあワヤと呼ぶよ、と呼びかけても無視されてしまった。残念だが当然である。昨夜の騒動を思えば当たり前の距離感であろう。だが昨夜のことは全て終わったことだと俺は思っている。大事なのはこれからのことである。
そう、昨夜。
振り返れば今回は、全て計画通りに進んだとも言える。
何が一番理想的だったかというと、
つまり、影の巨腕が破壊した建物や床、オブジェなども、誰が壊したのか目撃したものはいない。
ただ、召喚途中で心臓を破壊された《影の巨人》の遺骸だけが、そこに横たわっているのみ。
つまり、今回の騒動は、邪教徒が《影の巨人》の召喚に失敗した、ということにできる。目撃者がいない以上、ハーレクイン/ワヤの名誉は守られており、彼女たちを処刑せざるを得ない状況には至っていない。
そもそも一般人の死者は出ておらず、今回はあくまで事件を未遂に防いだ形になる。
なので。
「……卑しい身分の出じゃけん、言葉が荒いんじゃ。笑うな」
「笑わないさ。こっちなんか石喰ってるんだぜ?」
「……」
「……笑ってくれよ」
「……」
ワヤの硬い表情からは何も読み取れない。俺のような若造如きでは、到底彼女の影は見通せない。なのでちょっとおふざけを入れてみたのだが、全然砕けてくれる素振りもなかった。
「殺せ」
「殺さないよ」
「何故じゃ」
「仲間になって欲しいからだ」
どこか自暴自棄になっている彼女に、俺は諭すように話しかける。
こういう手合いは、心を溶かすのに時間がかかる。だから今日明日で全てを片付けようとは微塵も思っていない。ゆっくり時間をかけて対話をするしかないのだ。
「なれるものか、偽善者め」
「なれるよ」
「おどれのような生まれも育ちも違う奴に、何が分かるんじゃ」
「分からなくても、分かりあわなくても、適切な距離があれば雇用関係は成り立つ。それぐらいは分かるさ」
「ワシは、おどれを殺そうとしたんじゃ」
尚も拒絶を続けようとする彼女に、俺は思わず微笑ましくなって笑ってしまった。
そんなことは些事である。
「大丈夫だ。後ろの二人、《
「……は?」
「今は俺の優秀な家臣だ」
「──────」
ワヤは信じられないものを見たような顔で絶句していた。
だが嘘ではない。実際、この二人は俺を殺そうと寝首を搔きに来たし、それを返り討ちにしてこのように手懐けたのだ。もう何年も前の話である。
「何故……」
「うん?」
「何故そんな奴を信頼できるんじゃ」
「そんなの決まっているさ」
尤もな問いである。何も映していなかった仄暗いワヤの瞳が、かすかに揺れているのが何となくわかった。
彼女の背景を多少知っている俺には分かる。彼女が人生を通してずっと拒絶してきた、そんなあり得ない信頼関係が、そこにあったからである。貴族と平民の間にある確固たる信頼関係。
だから俺は、誠意をもって彼女に答えた。
「彼女たちを支配している奴隷紋を、俺の手で解放してな」
「……そ、んな」
「そのあと俺のに上書きしたんだ」
「…………」
ワヤの瞳がもう一度仄暗くなった。急激に心の距離が出来たのが分かった。
とはいえ、ここで下手な偽善を口にする方が不誠実である。実際、何で《
強いて言えば、時間が全て解決してくれたのだろう。
「死ね、腐れ貴族」
「やだね、お前も薄々気付いてたんだろ? 世の中綺麗ごとだけじゃないんだよ」
「……知っとるわ、外道め」
「だけど、全て綺麗ごとじゃなくても、時間をかけていつの間にか生まれる信頼もあるんだよ。俺と彼女ら二人の関係は、暗殺者と暗殺対象のままじゃないんだよ」
「…………」
時間なんてありゃせんわ、と拗ねたような小さい声が聞こえた。
だが全然強い口調ではなかった。反論を試みたというよりは、思わず零れただけの言葉なのだろう。きっとそれは、俺と《
だからワヤは、小さな声でしか囁けなかったのだ。
今の会話には、確かな手ごたえがあった。俺がそう思い込んでいるだけなのかも知れないが、少なくとも拒絶一辺倒ではなかった。
「改めて言うよ。仲間になって欲しい。俺にはお前が必要だ」
「……殺せ。おどれのような腐れ貴族に、ワシが力を貸すと思うたか」
「貸してくれるさ。俺が孤児院への寄付をしているのは知っているか? 精霊教の司教の一人と繋がりがあって、魔物災禍孤児の救済活動を継続しているんだ」
俺の言葉が逆鱗に触れたのか、ワヤはきつい目で俺を睨みつけて罵倒した。
「……ッ、馬鹿にしよって! それぐらい知っておるわ! その上から目線の、民から搾取して偽善を振りまくだけの行為が、ワシは、ワシは……!」
「偽善が嫌いか? 思ったより青いな、ワヤは」
「……ッ」
しばらくの沈黙。
俺の活動を知っていることの方が驚きだが、これで確証が持てた。俺は少しだけ考えて、言葉を口にした。
「俺のことを知っているなんて、勉強熱心だな。でも違うだろ、ワヤ」
「……」
「お前は感心したんだ。平民に救いの手を差し伸べようとする貴族がいるってことに。だから知っていたんだよ。そうでもなきゃ、俺みたいな末席の皇子を知っているはずがない。社交界に身を置く貴族ならいざ知らず、お前が知っていた理由としては不自然だ」
「……ぅ、ぅぅ」
小さなうめき声。反論の言葉はない。
「仲間になれ。偽善が嫌なら、もう少し良い形を模索できる。お前が仲間になれば、もっと別の形を考えられる。上から目線だなんて言うなら、同じ目線に立てるように協力してくれ」
「…………」
「強情だな」
相変わらず、何の反応もなかった。否、なかったことにした。
気が付けば、ワヤの目に涙のようなものが浮かんでいたからである。だから俺は見なかったことにした。
今の会話に、彼女の心に響いたものがあるとは思わない。歩み寄りも、お互いの理解も、あったとは思わない。そこまでおこがましいことを、俺は口に出来ない。
だが、それに類する何かがあったのであれば──。
彼女の頑なな心のどこかに、罅をいれることぐらいは、出来たのかも知れなかった。
「──よし! じゃあ魂でも焼くか!」
「……え」
「大丈夫。一般的な奴隷紋みたいな刺青とかじゃないよ。お前は俺のものって、刻印を直接魂に焼き付けるだけだからな」
「は、へ、え?」
そう伝えると、ワヤは間抜けな声を漏らしていた。
まるで、情緒が全部吹き飛んだような顔つきだった。
ほぼ同時に、後ろから溜息が聞こえたような気がした。殿下はこれだから、本当に人の心を玩具だと思ってらっしゃる、とひそひそと漏れ聞こえる声。おかしな話である。俺ほど人情に溢れた貴族もそうそういないと思うのだが。
「言っとくけど、お前が人除けの結界を張ったんだからな。鳴いても叫んでも助けは来ない。それにこっちには鞭もある。
「ぁ、ぅ」
「逃げられないぞ、覚悟しろよ」
「ぇ、ぁ」
色々と情緒をぶち壊されて目をぐるぐると回しているワヤを前に、俺は思わずにやりと笑った。
彼女の瞳の奥に、憎悪のような仄暗いものはもう見えない。そういうものをこうやって取り除くのが、俺流なのだ。代わりに、人の心を持ちあわせない非情なものを見るような、怯えの色が僅かに見えた。
「……罪な人ですよ、殿下は。ワヤ様も覚悟なさいませ」
同情するような口調でロナが呟いた。何が罪な人だろうか。俺はあくまで凶悪事件を未然に防いだだけである。これではどちらが悪人か分かったものではない。本当にロナは、俺を何だと思っているのだろうか。
「大丈夫、早く済ませるよ」
俺の言葉に、ワヤ含めて四人が四人、めいめいの表情を浮かべていた。
せめてもの優しさ、武士の情けのつもりだったのだが、全然伝わっている様子はなかった。
早くお仕置きさせてェ〜〜!!
って思ってました。無事書けてよかったです。