貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、迷宮探索学園の狂騒曲26:第三章エピローグ

 

 ──魔石は唸るほどあった。

 学園陥落のために、ワヤ/ハーレクインが時間をかけてため込んできた魔石たち。

 そこに加えて、俺が宝石亀を討伐する等して一気に集めた魔石の数々。

 山のようにあったそれらの備蓄を、残された日数だけで浄化しきるには無理があった。

 そもそもロナにしても一日に二十個ちょっと浄化するのが精一杯。《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》に二日おきに四〜五個ずつ頑張らせると考えて、あとはワヤに残り全て⋯⋯というわけにはいかない。

 

 魔力保有量の問題ではなく、均質で純度の高い魔力をゆるゆると出し続けることが難しいのだ。

 いかに高度な呪術を操れるとはいえど魔力をあっさり吹きこぼすワヤと、何年もかけて俺と一緒に魔力制御の研鑽に努めてきたロナとの間には、天と地ほどの差がある。

 

 即ち、大量に積み残されたこれらの魔石たちを浄化するためには──。

 

 

 

 

 

「帰りの馬車の中でも毎日魔石浄化を続ければいい、ってことだよな」

 

 そう、帰り道でも作業を続けることが求められる。

 水晶人形(クリスタルゴーレム)が牽引する幌馬車(ほろばしゃ)に乗った俺たちは、どうせ長旅で何もできないのだから、と日夜ずっと魔石浄化に励んでいた。

 

 正直、皇子特権を振りかざせばもっといい馬車を用意できた。だが吊り下げ式の豪華な馬車を用意したところで旅が早くなるわけではない。ただの浪費である。それなら同じ資金を使って、より荷物を多く運べる幌馬車(ほろばしゃ)を借りたほうが、魔石やら写本やら酒やらを積み運ぶことができるというものだ。見栄を張って格調高い馬車に乗るより、どこかの商隊が使ってそうな幌馬車(ほろばしゃ)の方が余程実用的であった。

 

 それに、広い幌馬車(ほろばしゃ)にしたおかげで、馬車内で寝転がったり四つん這いになったりしても余裕があった。平たく言えば、魔石浄化の儀式をするのに十二分の空間があった。

 

 なので。

 

「⋯⋯っ、ほぉ⋯⋯っ」

「ふーっ⋯⋯ふーっ⋯⋯」

「ぁ⋯⋯んっ」

 

 馬車の中は死屍累々であった。

 いつもは頼れる《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》も、あれだけ剣呑だったワヤも、床にへたり込んで全く動けなくなっていた。満身創痍とはこのことであろう。

 かつて敵対し合った関係でも、今や仲良く、顔を真っ赤にしてひぃひぃ言っている。当然逃げ場はない。約三週間ほどの馬車旅は有意義なものとなった。

 

(ただ、難点を上げるとすれば、ロナ以外は軒並み辛抱が足りてないんだよな)

 

 とはいえ悩みがないわけではない。贅沢な悩みと言えばそれまでだが、魔石浄化の協力者が四人もいてなお、欲が出てもう少し効率を追い求めてしまうというもの。

 

 丹田の辺りから湧き出る魔力を、均質になるまで丁寧に撹拌し、熱を加えて純化させる。その後、純化した魔力を体外に放出して魔石をゆっくりと洗う。もちろん、撹拌中に魔力を外にこぼしてはいけないし、放出していいのは撹拌が終わって純化した魔力だけ。魂を触るとくすぐったがる人がいるが、そういった敏感な人はかなり辛抱強く我慢しないといけない。

 残念ながら、ロナをはじめ四人とも、辛抱が長続きする類ではなかった。ロナだけ突出して無理くり我慢を続ける才能があったものの、所詮は力ずくというもので、俺が力加減を失敗したらすぐにくずおれるような有様だった。

 

 表面張力というものがある。

 器に水を並々と注ぐと、容器の(ふち)より高く盛り上がっても水が溢れずぎりぎりのところで留まる現象である。だが一度溢れだすと容器の縁より盛り上がった分は全部流れ出る。

 魔石浄化の作業はそれに似ている。魔力放出を全くしないのであれば多少辛抱が利くようだが、俺が丹田あたりを揉んで魔力を絞り出すとなると、途端にぼろぼろになる。

 

 もうちょっと頑張ろうね、と優しく声をかけても同じ。

 ワヤの痛みの呪文は我慢できたのにこれは我慢できないんだね、と煽っても同じ。

 

 まだまだ魔石があるんだから我慢しろと言っているのに、あっさりと魔力をじゅぶじゅぶふきこぼすものだから、本当に我慢しようと努力しているのか疑わしくなってくる。そんなことはないと重々分かってはいるのだが。

 

(いや、まあ、絶対手を抜いてるはずはないんだけどな。本気で我慢してないやつが出していい喘ぎ声じゃないし)

 

 もちろん、四六時中やかましいわけではない。静かに息を殺そうとしている苦心の痕跡は見られる。元より、ロナや《蜘蛛(ラネール)》や《蝙蝠(カマソッソ)》は控えめな性格であり、大きな声を出すような性分ではない。気位が高いワヤも同様である。

 そんな彼女たちが、熱い息を吐きながら、彫刻のように整った端正な顔立ちを歪ませて、時々獣の唸るような声を漏らす有様は、少々背徳的に過ぎた。というより、美女が出していいようなものじゃない凄みのある声がたまに出て、何というか、()()()()()ものがあった。

 おんおん喧しいだけの喘ぎ声より、こらえ切れずに滲み出るよがり声の方がいい──。

 

 閑話休題。

 俺の好みの話はどうでもいい。だがこの話をぽろっとこぼして以来、ロナも《蜘蛛(ラネール)》も《蝙蝠(カマソッソ)》も、意地でも喧しい喘ぎ方をしなくなった。声よりも先に涙の方が零れ出るぐらいである。そういう方向では、ある意味我慢強いと思う。

 

 

 

 

 

「世界で一番不幸、みたいな顔をしてるんじゃないぜ、ワヤ。お前も見たと思うが、ロナの方がよほど頑張っているんだぞ」

 

 床に横たわっているワヤに向かって、俺は誤解しないように諭した。

 酷い目に遭わせやがって、と恨めしげな視線が刺さる。自分の計画を潰されて、目の敵にしていた貴族に捕らえられて、魔石浄化なんて()()()()()()()()作業をさせられて、と、確かに不憫と言えば不憫かもしれない。

 

 だが、ロナのそれと比べたら何でもない。

 額に汗を滲ませて、へぅ、へぅ、と息も絶え絶えになって、ちょっと人に見せられないぐらい凄まじい茹だり方で身を悶えさせて──。

 

「……外道め」

 

 鬼、畜生、人でなし。人の尊厳に敬意を払え、とあらん限りの非難。

 とんだ濡れ衣である。

 

「違う。彼女は誰より俺に忠実な侍従なんだ。それだけだ」

「……忠実な侍従にしていい仕打ちなものか」

 

 酷い誤解である。まるで俺が、()()()()()()()()()()()()()()()のような口振りだった。断じて違う。ロナのことは一個人として尊重しているし、俺にとっての彼女はかけがえがない存在である。長年の相棒と言ってもいい。

 ただちょっと、魔石浄化を頑張って貰っているだけ。

 並大抵の拷問では音を上げない《蜘蛛(ラネール)》や《蝙蝠(カマソッソ)》より、根っこが辛抱強いので、もうちょっと活躍して貰っているだけなのだ。

 

「魔石浄化でちょっと、まあ、はしたない反応をしたところで、そんなことで崩れるような信頼関係じゃないさ。俺にとってロナは腹心と言って過言じゃない。多少のことで手放すつもりはない」

「…………」

 

 まどろみの中でぐずぐずになっているロナの身を起して座らせる。

 虚ろになった彼女の瞳に、俺の顔が映っているのかどうか。薄ぼんやりと俺のことを見ていることだけは分かるが、もはや彼女に碌な思考能力は残ってなさそうに見える。流石に数にして()()()()()()()をずっと浄化させてきた影響が祟ってか、馬車旅で一番消耗しているのは彼女であった。というより全体の八割以上の浄化をロナが担っているので、当然と言えば当然である。

 

「……じごくの、はてまで……おとも、します……」

 

 か細い声。呂律も回っているか怪しい。だが、意志だけはそこにあった。

 

「地獄の果てまで連れていける従者がいるとすれば、一人目は間違いなくロナだな」

 

 俺は苦笑いしながら呟いた。

 そう、地獄。

 

 これから俺は、宮廷政治やら、領地開拓やら、先行きの見えないものに巻き込まれていく。

 それこそまさに、地獄への旅となるかもしれない。今までのような身勝手が許されるのかは定かではない。俺個人としては、より一層好き放題やる予定なのだが、未来がどう転ぶかは分からない。そもそも俺は、非業の死が待ち受けている身である。何とか足掻いてその運命を変える必要がある。その過程は楽ではないだろう。艱難辛苦を乗り越えて、それこそ地獄に飛び込むような覚悟が求められるかもしれない。

 

 そう思っていたが。

 

「……おどれも、ある意味の地獄を作っとるんじゃ、だぼ」

「?」

「……おどれには分からん。人の心を平然とぐちゃぐちゃにするようなおどれにはな」

 

 吐き捨てるようなワヤの台詞。

 救いを施し、心を掻き乱し、地獄の沼にどっぷりと嵌らせる業深い悪魔──と。

 彼女の言葉はまるで詩的な表現で、今一つ理解できなかったが。

 

「お前も、地獄の果てまで付いてきてくれるんだろう?」

「…………それは、その」

 

 俺の問いかけに、言いよどむ沈黙が続いた。照れ隠しと躊躇いを足し合わせたような、変な空気だった。

 合間を見計らって「勿論です」と《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》が答えた。聞かれてもない彼女たちが、さも当然と答えてくれたのは心強かった。

 

 がたんごとん、と馬車の揺れる音がやけに大きく響いた。力なく俺にしなだれてくるロナの頭を抱きかかえつつ、俺は外の景色をぼんやりと眺めた。

 広大な大地がある。果てのない空がある。少し足を踏み出せば、きっと俺の見たことのない景色が広がっている。

 

(まあ、地獄なんてしょうもないもの、俺が全部滅茶苦茶に潰してやるつもりだけどな)

 

 決意を固める。

 俺が欲しいのは、地獄の果てまでのお供ではなく、滅茶苦茶な俺を支えてくれる存在である。何故なら地獄なんてものは、俺が全部掻き乱す腹積もりだからだ。

 

 

 

 

 

 かくして、馬車は道を往く。

 これから先どこにたどり着くのかは、誰も知らない。ただ俺は、案外悪いものではないはず、どうせ何とかなる、と根拠もなく楽観的に考えていた。それは朝露が日差しに煌めく、穏やかな日のことだった。

 

 








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