貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
月陰暦415年。
蟹の月/Cancer 十五夜目。
我が一族は帝国に反旗を翻し、あえなく鎮圧されてしまった。
帝国貴族の趣味は頗る程度が低い。反吐が出る。
連中は、族長の娘である私を晒し者として、奴隷扱いすることに決めたらしい。
形の上では「異種族融和の推進、ならび【黒き森の氏族】と帝国の友誼の架け橋として、族長の娘である私を、皇族付きの家臣として重用する」と喧伝されているが、それは建前に過ぎない。
実態は、私を人質に取ることで【黒き森の氏族】の封じ込めを行っているのだ。その上で、他の少数部族たちへの見せしめとして、私を飼い殺しにしているに過ぎない。
この上ない恥辱。自裁を許されているなら、この場で首を切って果てても構わない。
月陰暦415年。
蠍の月/Scorpio 七夜目。
冷めた食事、硬い床での就寝、異郷の地での孤立。
死に至るような苦痛ではない、大したことはない、と自分に言い聞かせる。
我儘な少年の子守は手が焼ける。この皇子も不遇の身と聞くが、同情はできない。下人である私とさして変わらぬ粗食を貪る、可哀想な殿下。親子共々爪弾きにされている、ただ皇帝の血を引き継ぐだけというだけの忌み子。
血で人に貴賤をつける愚かな国。帝国。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二夜目。
熱を出した。孤独の熱病がこれほど心細いとは。
死にたいのに死ねない。自裁を許さない隷従刻印の制約が恨めしい。呪われてあれ、帝国め。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 四夜目。
殿下が見舞いに来た。放っておけば良いものを。仕事が増えてむしろ困る。
遊び相手がいなくて淋しいだけだろうに。私のような不具の奴隷に、興味も何もないくせに。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 六夜目。
殿下が熱を出した。私のせいだろう。
愚かな殿下。くだらない情けを部下にかけて奇病を罷るなんて。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 七夜目。
殿下の身に何かあれば、我が一族を今度こそ攻め滅ぼす、と息巻く貴族がいた。
恥を知るがいい。帝国貴族の下劣さに反吐が出る。攻め滅ぼす理由が欲しいだけではないか。呪われてあれ。
かくいう私も、まだ熱病から完全には復帰できていない。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 八夜目。
投獄された。牢獄はひどく寒い。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 九夜目。
目をくり抜くだのを話している。
何もかもがくだらない。黒アールヴの魔眼が貴重な錬金術の素材だと抜かしている。下劣な帝国民め。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十夜目。
殿下も可哀想なものだ。
容態を心配されているのではなく、熱を出した理由について熱心に議論されている。
毒を盛られたことにするのが都合がいい、黒き森へ侵攻する理由になる、だの。
下らない国だ。哀れな殿下。私と共に死に絶えるがいい。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十一夜目。
殿下が私に罪なしと証言なされた。
愚かな殿下。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十二夜目。
木の床とはいえ、獄中よりまともな寝床で眠ることができた。
牢獄よりは遥かにいい。月輪の光が私を照らしてくれる。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十三夜目。
殿下が我が一族への侵攻を公に反対なされた。
愚かな殿下。私に同情でもしたか。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十四夜目。
殿下が参られた。曰く。
「異種族融和の推進をお題目として取り上げたのであれば、尚の事、かの娘の失態を赦し、懐の広さを見せるべき。これを理由に少数部族に攻め入れば、それこそ人質でしかなかったことを各国に明るみに出してしまう愚策。二度と同じこと(※ロナを人質にして【黒い森の氏族】を封じ込めること)ができなくなる。【黒い森の氏族】に寛大な顔を一度でも見せておくことが、未来の強い交渉札となる。【黒い森の氏族】だけではなく、似た境遇の他の少数部族の集落や、小国家からの信頼を買う交渉札だ。
帝国が侵略国家であると他国に思われているからこそ、そうではない別の道もあることを印象付けておかねば、この先あらゆる些事も戦いでしか解決できなくなる」
とのこと。
宮廷政治はよく分からないが、強行派の貴族たちに対する不満分子がいることを知っていて、旗頭を自ら買ったという。
体のいい道化役。都合のいい盾。だが皇子の名前があるお陰で、不満分子も声を出しやすくなり、議論は拘泥したらしい。
わざわざ損を買って出るなど、誠に愚かな殿下。
泣けてくる。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十五夜目。
酷い夢を見た。思ったより、獄中の生活が怖かったらしい。
夜の森で過ごす一人の孤独には耐えられるのに、敵地で悪意を浴びながら過ごす孤独には弱かったらしい。
殿下にお召し物を賜り、身を清潔にすることを許された。食事も。
未だに議論は続いているが、私の処遇は少しずつ改善していた。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十七夜目。
数日前から、殿下は目を疑うほど変わられた。
よく分からないことをもじもじと喋り、時々癇癪を起こすような内気な子供だったのに、いつの間にか大人を言い込めるほど弁が立つようになった。
この身は殿下の護衛。殿下の身の回りの補佐。そのはずなのに、私のほうが守られてばかり。何と無様なことか。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十八夜目。
議論も落ち着き、殿下も私も容態が一段落した。帝国貴族の興味は別の議題に移ったらしい。【黒い森の氏族】の話はもはやどこかに消え失せ、今は、第四皇女殿下がいずこの国の婿を迎え入れるかの話で持ちきりだった。
明確な否決ではなく、議論の先延ばしでやり過ごした。概ねは殿下の差配だった。強行派の貴族らも一枚岩ではなかったらしく、利権の話で勝手に揉めて、議論が縮退したらしい。
「そういうものだよ」
と訳知り顔で悟ったようなことを言う殿下が憎らしかった。
年端もない小僧に、私が何も手助けになれていないとは。
侍女として手酷くこき使われるならまだしも、敵の皇子に甘やかされるとは度し難い。悔しい。
この優しさを信じていいのか、もう分からない。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 十九夜目。
私の処罰が決まった。幾ばくかの休暇の返上。沙汰としてはとても軽い。目でもくり抜かれるものと覚悟していたが、そうはならなかった。
殿下たっての陳情によるものらしい。
愚かな殿下。何故。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十夜目。
右腕になることを誓わされた。
殿下は人を見る目がない。
久しぶりに大泣きしてしまった。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十二夜目。
外道の殿下、畜生、鬼、人でなし。
この哀れな身を弄んで楽しいか。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十三夜目。
笑顔で「今日もやろう」と言われてしまった。
壊れそうだ。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十四夜目。
許さない。
下着も服も着替えねばならないような羽目になったのは殿下のせいである。
私のせいではない。屈辱。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十五夜目。
故郷の歌を歌っていいと、故郷の言葉を喋っていいと殿下が赦しなさった。
アールヴの言葉は思い出の言葉。淋しい心が少し紛れた。
殿下はアールヴの歌に興味があるらしい。家庭教師ごっことばかりにいくつか教えたが、教えている私の方が、幾分か気持ちが晴れた。
祖母の優しい手が懐かしい。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十六夜目。
誰も優しくしてくれないが、殿下だけはお優しい。
有用な部下でなければ優しくしてもらえないかもしれない、と不安が胸をよぎった。だが殿下は「そんなこと気にせず出来ることやってくれたらいいよ」と相変わらず寛大であった。
未だに信じてよいのか分からない。
月陰暦415年。
山羊の月/Capricornus 二十七夜目。
外道の殿下、畜生、鬼、人でなし。
廊下に声が漏れていたらしい。声なんて我慢できるか。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
月陰暦420年。
乙女の月/Virgo 六夜目。
涼し気な目元、整った横顔、憂いを帯びた表情。
絶対にそんなに深いことを考えてないのに(殿下は本当の本当の本当に考えなしの鬼畜である)、時々真面目な顔をするので質が悪い。
この間も「あれ、俺って十歳になったっけ?」と年齢を忘れてるような有様だったのに。
月陰暦420年。
乙女の月/Virgo 八夜目。
日記が見つかった。殿下の人でなし。
今度は絶対に見つからない場所に隠す。
※ちなみにまだまだ見つかります。
※殿下は精霊に愛されてるので、精霊ちゃんがこっそり見つけてくれます。