貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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※ルークが探索者学校に出かけるちょっと前の話です


閑話:貞操逆転世界の悪徳皇子と、母への贈り物

 

 

 ──それは、ルーク皇子のちょっとした思い付きから始まった。

 

「今、遠くの別荘で療養中の母上に、絵を贈ってあげようと思うんだ」

「まあ」

 

 ルーク皇子には母親がいる。

 血の繋がった父親が皇帝(歴史的に珍しいことに男の皇帝である)という立場であるルーク皇子にとって、もっぱら親として日頃から近い距離にあったのは母親の方である。否。本来であればそうなのだが、ルークの母親はどちらかというと趣味人であり、皇帝の配偶者の立場を利用して、読書や観劇や踊り等に没頭して過ごしていた。政治的な駆け引きに疲れてしまったのだろう。

 乳母や侍女や家庭教師に面倒を見てもらいながら育ってきたルーク皇子は、あまり親からの寵愛を受けてこなかったと言える。

 

 それでも、いつ出会っても楽しそうに過ごし、自分の知らない楽しそうなことを沢山知っている母親は、ルーク皇子にとって憧れだったらしい。物心ついたころからルーク皇子は、ずっと母親を慕っていた。

 五歳で熱にうなされてから急に人が変わったようになった皇子だったが、母を想う気持ちは変わらないようであった。

 

 本当に、天使のような子供である。

 男系皇帝が続くと政治的に遺恨がのこるからと、ほぼ末席の帝位継承権しか与えられず。

 貴族連中からも『血筋だけが重要な種馬』と見なされ、乳母や侍女や家庭教師とひっそり遊ぶことしかできず。

 そんな過酷な環境にあって、ルーク皇子は、我が儘一杯で引きこもりがちで不健康な子供だったところから、溌溂とした活動的な可愛らしい子供に成長したのだ。

 素晴らしい立ち直りだった。涙ぐましい努力といえる。血筋の良くない令嬢に血縁目当てだけで言い寄られたり、侍女たちの中に密偵やら暗殺者やらを紛れ込まされたりと、どこか心が歪んでもおかしくないような目に遭っているというのに。

 

「絵を眺めていたら、きっと母上も俺を思い出して、寂しさが紛れるはずと思うんだ」

 

 手紙で届いた『最近会えなくて寂しい、元気に過ごしているか』という連絡。

 皇子の実情を知る一部の使用人たちからは、あまりにも身勝手で呆れてしまうような手紙だったが──どうも皇子には逆に映ったらしい。

 

「母上には悪いことをした。鉛の取り過ぎだから、少し静かな暮らしをすると良いって、帝都から遠ざけてしまったのは俺だからね」

 

 返す返す、まさしく天使のような子であった。身勝手な親を責めるでもなく、純粋に思いやるとは。

 ルークの母親は、腐っても皇帝の配偶者。再び皇帝の寵愛が厚くなれば発言力は増えるし、子供を産めば、その子は政治的な影響力を持ちうる。そのため『何者かの手によって、水銀や鉛を使った()()()()()がひっそり陰で行われていたのではないか』……と。そんな噂がまことしやかに囁かれていた。実態は不明である。

 ただ事実として、静養のために帝都から少し離れた別荘に居を移してから、ルークの母親の容体は随分と持ち直した。

 

「……殿下はお優しいのですね」

「よかったらロナも一緒に絵のモデルになってくれないか? 一時、代わりばんこで母上の身の回りの世話をしていたラネールやカマソッソにも絵になってもらう予定なんだ。そうすれば寂しくないかなと思ってさ」

 

 殿下の提案であれば、断る理由はない。ロナは一も二もなく頷いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 親を大事にするのは当然のこと。

 ましてや、自分が政治的に多数の敵を作ってしまった現状、母親を帝都から遠ざけるのはやむを得ないことだった。

 とはいえ、完全に俺のせいである。母親のために絵を贈るのは、せめてもの罪滅ぼしである。

 若い画家が真剣な眼差しで絵画作成に時間をかける中、俺は少しばかり反省をしていた。

 

(結果的に、俺の我が儘で色んな政敵ができたからなあ……。追いやってしまったのは俺のせいだよなあ……。母さんには悪いことをしたよ)

 

 五歳までのルークの記憶、そしてその頃の思い出。今でこそルーク皇子と同一の心に解け合った俺は、母親を邪険に扱いたいとは微塵も思ってもいない。母上は母上。お世辞にも良い親ではない。良い親ではないが、親としての情は確かに感じた。周囲の侍女たちが噂するほど、母上は悪い人じゃない。

 もちろん、強い人ではないし、正しい人ではないが、無邪気で優しい人なのだ。だから、息子の絵を贈って無聊が慰められるなら、それぐらいお安い御用なのだ。

 

 そんなことを言ったら、周囲の侍女たちから感激されることこの上なく。

 お前さんはよその貴族からうちに送り込まれた密偵役の侍女だよな、とか、お前さんはこっそり俺の機密書類を盗もうとした侍女だよな、とか、お前さんは俺のこと暗殺しようとした侍女だよな、とか、お前さんは隠れて邪教を信奉している侍女だよな、とか、そんな連中から『殿下は本当に天使のように慈悲深くいらっしゃる』とか誉めそやされた。

 全員俺が、《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》と同じやりかたで改心させた連中である。

 どうしてお前らが俺の代わりに泣くんだ、と思ったが。

 

「……殿下」

「ん、ああ。すまん、少し動いていたか?」

 

 ロナの諫めるような声に、俺は少し姿勢を正した。

 若い画家は「別に構いませんよ、当たりさえ付けたら後は見なくても描けますので」と凄いことを言っていたが、あんまり動くのはよくないだろう。

 

「ここまで来たら、途中まではアトリエで仕上げます。中仕上げで一度、総仕上げの前にもう一度、同じ構図で座っていただけたらと思います」

「ありがとう。執務で時間が中々取れないからね、とても助かるよ」

 

 正直、大助かりである。画家にもろくでもない奴がいる。裸体でモデルになってほしい、とかいう奴もいたぐらいだ。そういった意味では、今回お仕事をお願いした画家はとてもまともな人だった。

 

「そういえば、母親は劇の鑑賞が好きでね」

「はあ」

 

 雑談をしようと思ったが、無駄に話しかけると迷惑がられるかもしれないな、と思い直した俺は、話をほどほどに打ち切った。母親への贈呈品、ということで気合を込めてくれたが、ちょっと余計な情報を言ってしまったかもしれない。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「…………あー、まあ、うん。最近の母上は、悪徳貴族ものの劇に嵌ってるって、言ったっけなあ」

「…………」

 

 完成品は素晴らしかった。非の打ち所がなかった。しくじった。隣にいるロナの絶句がとても痛かった。

 俺が言った言葉は皇子の言葉。本当に迂闊だった。悪徳貴族ものの劇に嵌ってるとか言ったら、忖度されるに決まっている。

 

「…………殿下、とても、その、色々と考えてしまう絵というか」

「……うん。まあ、その。贈らないと、なんだけど」

 

 完成した絵は、要望通りの四人の姿。だが、四人とも元気ですよ、という意図とはちょっとずれた仕上がりになっている。

 

 俺の人相、こんなに悪かったか? 

 あとロナとか《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》の顔、ちょっと蕩けてないか? 

 ……と、疑問がちらほらと。

 

 こんなの母親に送ったら、誤解されないだろうか。三人とも俺の女です、お手付きの侍女にしてます、みたいなように受け取られないだろうか。息子が元気という意味で絵を送ろうと思ったのに、何というか、息子が元気(最低の意味)みたいになっては困る。

 そんな感じでロナと頭を悩ませているそんな折だった。

 

「──殿下! 申し訳ございません! 既に、絵が、発送されてまして!」

「? 絵ならここにあるけど」

 

 火急の用、とばかりに飛び込んできたのは、《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》の二人だった。絵が発送とはどういうことだろうか。

 

「いえ、違います! あの画家は二つ作っていて、出来のいい方を、その、発送済みだったのです!」

「え……?」

 

 出来のいい方。発送済み。

 青い顔をした《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》を見て、俺は色々吹き飛んだことを理解した。

 

「出来がいいとは何だ」

「もっと、その……殿下に貫禄が増し……我々が、その……お慕いしている、ような……」

「あー……」

 

 最悪だった。仕事が早い。腕前が高い。顧客の要望まで忖度出来る。全部合体して見事に事故が起きていた。

 つまり俺は、実の母親に『うぇーい、オタク君見てるー?』系レターを送り付けた皇子になっていた。実家に交際中の女性を紹介したみたいなものだ。考えられうる最低の形で。ひどい。

 

「……まあ、母上には後で説明すればいいか」

 

 俺の噂やら風聞やらは滅茶苦茶になったような気がするが、まあそれはそれで仕方がない。割り切りというものが大事である。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ──後にこの絵は、『三人をかどわかす悪徳皇子』と題されて、高額で取引されることになる。

 この絵の登場により、「天使のような少年に悪そうな顔をさせる」という題材の絵がしばらくの間、人気になるのだが、そのようなことなど四人は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 ──────-

 

※翻訳者より

 歴史の謎に包まれた美少年、ルーク皇子の外見を残した貴重な一次資料として、この絵画は近いうちに『とある変わった皇子について(日本語訳:貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します)』の表紙になります。

 ルーク皇子が一体何を見て、息子が元気(最低の意味)と悟ったのか、気になった皆様は是非書籍の購入をおすすめいたします。

 

 出版社情報 …… 帝国学術院 歴史編纂委員会(日本語版:オーバーラップ文庫)

 

 

 

 

 




 お世話になっております。ナロウ・ケイです。

 ……はい、ということで!
 この度「貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します」がオーバーラップ文庫様より書籍化いたします!

 ここまで来れたのも、ひとえに皆様の応援のおかげでございます。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

 イラストはさぼてん定食様(https://x.com/Cactus0130)です!
 登場する女性陣に美麗なイラスト(かつエロ注文をアホほど付けてしまったやつ)を描いていただきました。
https://over-lap.co.jp/%E8%B2%9E%E6%93%8D%E9%80%86%E8%BB%A2%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%82%AA%E5%BE%B3%E7%9A%87%E5%AD%90%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E4%BF%BA%E3%80%81%E3%81%B2%E3%81%9F%E3%81%99%E3%82%89%E9%AD%94%E7%9F%B3%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%81%A6%E5%BC%B7%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%80%81%E7%A0%B4%E6%BB%85%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%82%92%E5%9B%9E%E9%81%BF%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99+1/product/0/9784824014375/?cat=BNK&swrd=
 魔石浄化(意味深)のイラストまで、本当に頭が上がりません……!

 2025年12月25日に文庫サイズで発売いたします。
 本作品には店舗別で特典SSが付いており、それぞれ違うSSを書き下ろしでご用意させていただきました!
 是非チェックください!

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 引き続き本作をよろしくお願いいたします。

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