貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、狂瀾怒濤の新天地⑥:川の整備

 夜中、どこかの貴族邸宅にて、小さな夜会(サロン)が催されていた。参加している貴族たちは皆、あの年若く溌剌としたルーク皇子に思うところがある面々。必然的に話題は、かの迷惑皇子に移ることとなった。

 

「ふん⋯⋯。忌々しい例の皇子も、今や地方に封ぜられることになって無力な身となった。ようやく邪魔者が一人減った」

「左様。我々は帝国の忠実なる臣民。この国の繁栄のために身を粉にして働いておるのだ。徴税吏員と共に多少の権益にあずかっても、それは()()()()()というものだ」

「何が複式簿記だ。あの皇子、記帳法や口別商品勘定を知らないとみえる。素人もいいところだ。帳簿と帳票を後から確認さえすればよいのだ!」

「然り。複式簿記になれば楽になるなどほざいておったが、幻想もいいところだ。一つの帳簿に全部まとめてしまっては、()()()()()()調()()()()()ではないか」

 

 複式簿記。

 いままでの単式簿記を合体させるという荒唐無稽な思いつき。まさに素人の考えと言ってもいい、愚かな発明。

 

 一部の会計官からは、帳票の定型(フォーマット)が整っており、網羅性も高く、後から数字の出入りを検証可能だと高く評価されていたが、余りにも現場を知らないとみえる。数字に差が出た時、後から数字を調整しにくくなるとなれば、現場は大きく混乱するであろう。帳票の付け方も複雑で難しい。無知蒙昧とはこのことだ。

 

 あの皇子はそれこそ、

『覚えるのはたった四つ。

 資産の増加、負債の減少、資本の増加、収益の発生は借方(左側)に記入。

 逆に、資産の減少、負債の増加、資本の減少、費用の発生は貸方(右側)に記入。それだけでいい』

 等と説明していたが、知ったようなことを言うものだ。これはよいと賛同する会計官たちも大きな視点が抜けている。想像力が足りていないのだ。

 どこの大貴族でも大抵、帳簿には不備があり、数字を上手く工面して帳尻を合わせてきているのだ。それを詳らかにしようとするなど、強引にも程がある。帝国とて一枚岩ではない。いたずらに地方領主たる諸侯への締め付けを強めれば、国家分裂を招きかねない。

 皇子の考えた複式簿記の考え方は、その利便性から徐々に広まりつつあるが、それに反発する勢力も多かった。

 

「地方領地になれば、その苦労も身に沁みて分かろう。あの忌々しい皇子にはいい薬になるはずだ」

「ふん⋯⋯。男は大人しく、女貴族にでも愛でられておればよいのだ」

「左様。顔立ちが良いとは言え、所詮は男。政治を()()()()と勘違いしておる」

「然り。あの見目麗しさに皆、絆されておるのだ。あ奴は傾国の悪漢よ」

 

 美酒を嗜みながら、めいめいの貴族が不満をぶつける。腐ってもルーク皇子は帝国皇子。実権はほぼないとはいえ、蔑ろには出来ない。身分の低い者たちに妙に好かれているのも厄介であった。貴族らしい気位の高さがなく、妙に議論の整理が上手いのも癪であった。正論ばかり垂れる厄介者、というのが彼の立ち位置に近い。

 

 とはいえ、書類仕事の勘所も押さえているようで、稟議の事前根回しもそつなく、予算付替えの調整やら案件の進捗管理やらも抜かりはなかった。宮廷の行政官たちと良好な仕事関係にあるのは、『私は貴族だぞ』と偉ぶって無茶なことを言ったりせず、皇子の名の下で財務・行政・司法の管轄の垣根を越えた調整を図ってきたからである。

 そう言った経緯もあって、大きな案件や面倒な案件を抱えた役人たちが皇子に泣きついてくることもしばしばあり、結果、実権はないはずなのに発言力が付いていったという次第であった。

 

「無様なものだ。ジャヴァリの僻地で現実を見るがいい」

「うむ。苦労でもして、あの根性を叩き直されてくればよいのだ。その上で泣きついてくるなら、まあ、可愛がってやろうぞ」

「然り。あの男、見てくれだけは良いからな」

「左様」

 

 暗い談笑。

 朗らかな少年かと思えば、時折、色気の片鱗を見せるのがあの憎らしい皇子であった。上目遣いで『お願いします、御婦人』と囁かれて、靡かない女は少ない。ましてや皇子は身分の上下に拘らない。身分の低いものから多大な信頼を勝ち得るのは道理と言える。傾国の男子と揶揄されても仕方のない話である。

 

「あのジャヴァリで一体何ができる。農業か? 工業か? 商業か? 何をおいても不足しているというのに。精々足掻くといい」

「念のため《花園》の手合いに監視させるか?」

「要らぬ。精鋭をそちらに割くより、別の仕事をさせるほうがよかろう」

 

 まさに羽根をもがれたひな鳥のよう。

 遥か離れた地の皇子へ、嗜虐めいた嘲弄が幾度となく続いた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「農業も工業も商業も全部やろう」

「全部……?」

 

 瘴気の毒の漂う湿地を横断できる奴が、少なくとも二人いる。毒にやたら強い俺と、水晶人形(クリスタルゴーレム)である。

 昼夜問わずせっせと大きな岩を運んで、水をはじく【水除けの宝珠(オーブ)】を使って水路を埋め直したり掘り直したりして、とりあえず川を作った。

 

 川づくり。

 勿論、作ったと軽々しく言えるような代物じゃないのは事実だが、人手はたくさんある。瘴気の毒の湿地はともかく、平地あたりは人海戦術で何とかした。

 探索者学校から帝都に帰ってくる途中、俺を襲ってくる賊たちがたくさんいて本当に良かった。駅馬車の整備されてない道を行き、水浴びやら焚き火の設営やらを平然と行って本当に良かった。隙だらけの貴族の美少年、そう思い込んで襲い掛かってくる阿呆の多いこと多いこと。

 

 川があれば、荷物の運搬が非常に便利になる。水車を作れば、粉ひき作業等の農業も自動化できる。

 とはいえそのためには、流れる水の流量を増やし、川底を十分深くする必要があるのだが、そんな大きな川が一朝一夕で簡単にできるはずがない。

 

 なので最初の目的は、飲用水のための上水道。ならび、灌漑のための農業用水となる。

 

「やることは簡単だ。今流れている川を整備するだけだ。大きくて邪魔な石を取り除いて、川底をなるべく平坦化して、人里が近づいたらそこで農業用水や上水道に分岐させたらいい」

 

 ──なのでやってみた。有言実行。案ずるより生むが易し。

 もちろん川辺には凶悪な魔物がたくさん棲みついている。凶暴な肉食魚(ピラニア)水棲魔(ケルピー)、そして絶叫するビーバー。そいつら有象無象を纏めて滅茶苦茶にするのが、【水除けの宝珠(オーブ)】である。水を吹き飛ばした魚は無力であり、身体が水で出来ている水棲魔(ケルピー)に至っては致命傷である。ビーバーは非常に喧しかったが単純武力で何とか制圧した。

 

 結果、平地の開拓と同じような早さで川の整備がどんどん進んでいった。

 交易路にも水資源にもなるのだから、河川開拓は内政の基本中の基本と言ってもいい。たくさんある潤沢な人手と、水を吹き飛ばせる最強の迷宮遺骸品(アーティファクト)の組み合わせによって、河川改修は驚くほど早く進んだ。

 

 新川通の開削。中流の一本化。細かい支流の閉塞。

 本当は、治水事業にはもっと細かい事前準備が必要で、やれ豪雨で氾濫しないかとか、やれ土砂堆積をどうするかとか、そう言った事前情報の収集が欠かせないのだが、幸いこの地は未開拓地のジャヴァリである。後からやろうの一言で押し切った。

 

 そうした強引なやり方によって、数十人ぐらいの人手にしてはかなりとんとん拍子で河川整備が進んだわけである。

 魔物の弊害もほぼなく、作業中の水も弾き飛ばせるとあれば、まあ、陸地整備とさほど変わらない。

 夜目の利く《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》、そして影の魔物を多数使役できるワヤがいるのも大きかった。魔物に悩まされながら昼間だけしか開拓できない……という状況だったら、今より遥かに時間がかかっていたはずである。

 

(たまに川底から小さな魔石も見つかるしな)

 

 作業中、魔石をぽりぽり食べているのを見咎められたこともあった。道端の石を食ってる危ない奴を見かけたかのような、そんな驚愕の表情だった。道端の石と違って魔石には毒素があるので、なおのこと性質が悪い。

 だがまあ魔石食いは自己強化に欠かせないので、これを辞めるわけにはいかない。

 

「殿下。川辺に蔓延っていた魔物の討伐を感謝したいと、近くの部族の使者が来ております」

「分かった、通せ。人手を借りれるよう交渉する」

 

 川の整備は、いろんな人たちに好意的に受け入れられた。

 飲み水は誰もかれも必要なもの。そこに棲みつく魔物の駆除は、当然、頭を悩ませてきた問題である。それらを圧倒的速度で薙ぎ払い整備していく俺がいるのだから、まあ、有難い話なのだろう。何百匹と群れを成して襲ってくる凶暴な肉食魚(ピラニア)を、入れ食い同然の食用魚としか思っていない俺が言うのもあれだが、まあ、人手の多いことに越したことはない。

 

 まだまだ終わりの見えない大規模事業ではあるのだが、先行きの不安はほとんどなかった。

 

 

 

 





 中世ヨーロッパは、治水管理や治水工事の事例があまりないです。
 ドイツのライン川や、オランダの干拓ぐらいでしょうか。
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