貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「貴殿が誉れ高き、ジャヴァリ卿か。高名はかねがね伺っておる」
「挨拶が遅くなりました、モロー伯爵。ジャヴァリ森林地域を任されております、ルーク・マギデリック・ジャヴァリ子爵と申します」
モロー伯爵との挨拶は微妙な空気から始まった。
皇族であるのに、遠くの僻地に任ぜられ、しかも侯爵位でも何でもなく子爵位付きとは、あからさまな左遷である。とはいえ、男の身空でありながら領地経営を任されるというのも珍しい話。このまま皇子を名乗り続けて中央政治に励んでいた方が明らかに恵まれたであろうに、それをかなぐり捨てて、危険なジャヴァリの地を選んだのだから、相当な変わり者である。
きっとモロー伯爵も面食らっただろう。
大学を中退させられた若造が、いきなり僻地送り。しかしその若造は、中央の軍閥などからはあからさまに危険視されている。果たして今後どのように付き合うべきか、決めあぐねているに違いない。
少なくとも、モロー伯爵は皇室派ではない。俺は皇室派ということになっているので、派閥抗争的にはあまり仲良くない間柄となる。
執事に案内され、交渉の席に着いた俺は、単刀直入に話題を切り出した。
モロー伯爵への土産話は、たくさんあるのだ。
「お手紙しました通り、ジャヴァリの地は今、開発が盛んでして。近いうちに一大都市に成り上がればと目論んでおります。その際には是非とも、伯爵のお引き立てがあればと思いまして」
「率直に問う。人と金が足りないと思うが」
「ええ、人手は足りておりません。ただ資金に関しては、酒と肉と宴で、領民に頑張ってもらっておりましてね」
「酒と肉と宴」
あんまりにも率直な問いかけだったので、俺は面食らってしまった。向こうも俺の説明に面食らったようだが。
俺のやり方は、かつてのピラミッド建造と同じやり方である。
労役者たちには、御馳走をたらふく食べてもらい、酒と宴で毎夜遊んでもらい、毎日きちんと働いてもらう。帝国の商流圏に入っていないジャヴァリの地は、物々交換で経済が回っている。なので、労働に対する対価の考え方が即物的なのだ。
帝国商圏で使われる金貨銀貨よりも、綺麗な装飾具とか、実用性のある毛皮とかの方が高価に扱われる。本来、こんな大規模公共事業をまともにやろうとすれば、洒落にならないほど資金が嵩むのだが、それを肉とか酒で誤魔化せているのはこのジャヴァリの地ならではのことである。
あと、獣人も
「そういえば伯爵、道中、不届き者をいくばくか捕縛させていただきました。賞金首だった連中ですね」
「それについては私からも感謝を述べたい。我が領地を荒らしていたならず者たちを片付けてくれて助かった」
「いえいえ、モロー伯爵への手土産になったのであれば幸いです」
ロナとの二人旅は、極めて順調だった。野盗や賊たちがたくさん攻め込んできてくれたのだ。
どこぞの貴族の令息のお忍びの旅と勘違いして、カモだと思ってくれたのだろう。わんさか釣れた。
釣れすぎてしまい、道中、食糧に困ってしまったほどである。仕方がないので、子分たちは解放して、賞金首である親分連中だけを憲兵たちに引き渡した。
一応、俺の従者として十人程度引き連れているが、本当は食糧事情さえ許せば、百人でも二百人でも引き連れまわしたかったぐらいである。
もちろん帰りに、
「とにかく人手が欲しいのです、伯爵。犯罪奴隷や傷病者、退役者、使い物にならない連中でも結構なので、数だけください」
「……ほう」
モロー伯爵の声音が、少し高くなった。内心、しょうもない計算をしているのだろう。
疫病患者を送り込んで、俺の領地に疫病を蔓延させて、邪魔してやろうとか。あるいは他所の地から不健康な犯罪奴隷を多数買い付けて、高値で俺に売り付けようとしているのかもしれない。
だが俺はそれでも一向にかまわない。俺の手元には世界樹の雫がある。世界樹の雫を千倍程度に希釈して傷病人に与えれば、並大抵の病気は快癒するのだ。
経営者としての経験がないと今一つピンとこないと思うが、廉価でこき使える人手というのは本当に貴重なのである。世界樹の雫がどれほど貴重で、上手く使えば不老不死の霊薬になるとしても、今の俺には人手の方が重要である。
人がいれば出来ることが格段に増える。出来ることがあれこれ増えてから、もう一度世界樹の雫を狙えばいい。世界樹の雫一つ分と、俺に忠誠を誓う千人の人手であれば、今の俺は後者の方が欲しいのだ。
何故ならば。
「ジャヴァリ森林地域の深部は、常に毒霧が立ち込めて迷宮化しております。おかげで魔物が尽きなくて困っておりましてね。人の手はあればあるだけいい」
そう、迷宮化である。
植物系、動物系の魔物が数多く生息するジャヴァリ森林地域は、複雑な生態系を擁しており、奥に進めば進むほど危険な魔物が数多くいる。
まあ危険と言っても、《影の巨人》で高さ二〇メートルぐらいまで持ち上げてから地面に叩きつけて殺せる魔物がほとんどなのだが。
とはいえ、狼の群れ十数匹が集落を襲ったりするだけでも、普通の村では、脅威である。そんな魔物の群れが来る日も来る日も沸いて出るのが、このジャヴァリ森林地域なのだ。
こんな有様で人の手が足りる訳がない。
食肉には困らないが、魔物を狩るための人手は慢性的に不足している。
俺の陳情を受けて、モロー伯爵は鷹揚に頷いた。
「卿の要望はわかった。だが、傷病者や犯罪奴隷であてになるのかね? それなりの元手を出してもらえるなら、きちんとした騎士を派遣してもよいのだが」
「いえ、問題ありません。戦闘要員より、仕留めた魔物の解体や、川の開拓工事、運搬、雑務に人が必要なので。
「…………」
絶句していた。
「皇子が?」
「はい」
モロー伯爵の顔が険しくなった。
毒霧耐性があり、熊より強い奴がもっといれば助かるのだが、まあ、適材適所というものだ。辛うじてロナが、俺より遥かに少量とは言え魔石を食べているのと、幼い頃からジャヴァリで暮らしていたというのとで、多少の毒霧であれば耐えられるぐらいだろうか。ラネールやカマソッソも毒の耐性は多少あるが、ロナよりは一段劣る。そうやって考えると、やはり俺が適正な人材になる。
あと、俺が身にまとう若い雄の匂いで、やたらと魔物が釣れるのも計算に含んでいる。
なので、皇子とか関係なく、俺が魔物を狩るのが理想的だと考えている。
「⋯⋯⋯⋯そうか、まあ、自由にやりたまえ」
妙に言い淀んでいる伯爵だが、まあ、気持ちはわからなくもない。男の身の上で、事故死も有り得る危険な現場に身を置くのが信じられないのだろう。
もっと突っ込んだ話、暗殺してくれとばかりの芸当である。俺が敵対勢力なら、喜んで刺客を送りこんで始末する。魔物狩り中の事故を装って、いくらでも手の打ちようがある。何となれば、近場の危険な魔物を釣り出して俺と引き合わせてもいい。いわゆるMPK行為だ。もしどうしても俺のことが憎々しくて、始末してたまらない奴がいたら、この絶好の機会を逃さないだろう。
気圧されてしまったのか、モロー伯爵は妙に歯切れが悪くなってしまった。情報量が多すぎて、まだ咀嚼中なのかもしれない。まあ、未開地の開拓に先駆けた挨拶かと思いきや、商談になっているのだから、この反応も仕方ないことだが。
「伯爵。犯罪奴隷や傷病者の話だけではなく、他にも欲しいものがございます。こちらに品目を一覧化させていただいております」
「ふむ」
物資の要請かね、とモロー伯爵は目を細めた。
「鉄の道具は割り増して購入させていただきます。草刈りはもちろん、地面の掘削にも、調理の道具にも、とにかく鉄器が欲しい。行商人を回してほしいですね」
「ふむ⋯⋯。君のいる危険な場所に行商に向かいたがる奴が、果たしてどれだけいるかね?」
「危険? 道中の賊は私が平らげましたが?」
「…………」
毛皮、薬草、宝石の原石、蜂蜜など、金になりそうなものはいくつか見つかった。ジャヴァリから輸出する特産品の目録としては、悪くないと思う。
元より、辺境義勇団の酒保商人(※多少割高だが)もいるにはいるので、モロー伯爵から斡旋してもらう分の行商人には価格競争相手になってもらいたいだけである。
「強いて言えば、酒と塩と香辛料が欲しいですね。宴に振舞うため、慢性的に不足しております」
「……なるほど、我が領地には小さな港がある。そこから持ってこさせよう」
交渉はそれなりに順調に進んだ。
道路の舗装はまあ、儲かれば向こうが勝手にやってくれるだろう。こちらは淡々と高値で鉄器類や不足する食糧類を買い込み、安値で輸出するだけ。
儲けは後から付いてくる。ジャヴァリの真の資源は迷宮。尽きぬ魔物を狩り続け、魔物素材をどんどん輸出して経済を回すのだ。
「医薬品、衣類、武具、防具は必要だろう? 専売の契約書さえ書いてくれるのであれば、回してやれるがどうだ」
「自前で賄える分があるので、優先順位はそこまでですね。鉄器類であれば欲しいですが。とにかく製鉄技術に乏しいので、鉄器類は何にも優先されます」
必要品目を書き起こした目録には、あえて多数の物品は書いていない。あれもこれも欲しい状態ではあるが、輸入に頼る産業構造を固めてしまうのはまずい。自前で用意できるものは自前で。そうやって産業を育てていくことで依存度を低くすることが、外交の基本である。
格好をつけた言い方をしてしまったが、要するに「そう簡単に植民地にはならないぞ」ということである。
このまま言いなりになって、医薬品、衣類、武具、防具の安定した輸出先に成り下がった場合、今後も継続的に国富は流出するし、いざ帝国全土が医薬品不足などになった場合、輸出が打ち止められてしまう可能性が高い。ましてや専売契約など結んだら、目も当てられない。
(ただでさえ鉄器類の弱みを晒しているんだ。その上、帝国通貨が流通しない僻地という欠点も孕んでいる。この先の交易が、どう転んでもかなり不利な換金レートになるのは明白だ)
何もない僻地が突然、物資の大消費地になったのだから、それで十分大儲けであろうに。交易の利権を大商会に適切に配分すれば、伯爵の儲けも相当の上がりにあるはず。
この構図に伯爵が乗ってくるのは自明の理と言える。
「鉄器鉄器というが、お前たちは製鉄をしないのか? それこそ木材は唸るほどあろう」
「冶金技術に乏しいのと、川の水を汚染できない事情がありましてね」
「まさか本気で運河を作る予定なのか?」
「ええ。今はただの生活用水と農業用水のためで、本格的に水車の導入も進めていますが、いずれは運河にするつもりですよ」
伯爵の指摘通り、製鉄業を自前で賄う構想もないわけではない。ただ優先度がそこまで高くないのだ。鉄器は飛躍的に農業効率を高めるが、農地がまだそれほど広くない。冶金にしても、鉄の鋏、馬車の車輪、釘、刃物、などを簡単に修繕する程度の技術で事足りる。
「……よくもまあ、こんな短期間で、金になりそうな領地を作り上げたものだな」
呆れたような、感心したような様子で伯爵は笑っていた。
さもありなん。これは俺の手腕というよりは、各部族長たちが暖かく俺を迎え入れてくれたのが大きい。
これがもし、俺でなかったとしたら。
ジャヴァリの地理を詳しく知らず、影の巨人も水晶人形も引き連れておらず、黒き森の姫のロナも従えておらず、逆らう賊どもを
きっとこのジャヴァリの地の開拓は、相当困難だったに違いない。ほぼ間違いなく、途中で頓挫していたであろう。
「伯爵はこの先、長く儲けられることでしょう。共存共栄できればこの上ございません。私も皇族の端くれでして、皇室から
「ふむ⋯⋯」
皇室を使えるのは俺の数少ない切り札の一つである。これはかなりの鬼札で、使い方によっては、地方諸侯の自治権を脅かすこともできる。巡察使、顧問、相談役、とにかく何でもいい。お題目さえ作れば、皇室派は喜んで手駒を送ってくるだろう。
俺がモロー伯爵に仄めかしたのは、あんまりやり過ぎると皇室からお目付け役を呼び出すから、
「なるほど⋯⋯。もう少し詳細を詰めて話し合う必要がありそうですな、ルーク殿。我々がより良い関係を築くために」
「私もそう思いますよ、伯爵」
──結局この日は、モロー伯爵と仲良く談話して、晩餐をご馳走になって、ゆっくり就寝して終わった。
重要な話は頭出し程度にとどまり、条文の取り交わしもなければ、決定事項もなかった。だが、俺がやりたいことは全部モロー伯爵に伝えたし、その感触は悪くなかった。この先の細かな調整は、事務方である俺の家臣たちに任せても問題はないだろう。
(ロナが成長すれば、こういう話も一人で纏められるようになるだろうか? 俺の名前ならいくらでも代貸しするつもりなんだが)
彼女自身は『滅相もない』と謙遜していたが、俺はそうは考えていない。ずっと一緒にいて場数を踏んでもらっているので、多分、任せたらそれなりにはやってくれるはずである。
小さな案件から任せていけばいいだろうか、と俺は考えを巡らせた。
補足:
ロナにもモロー伯爵にも、今回の話は大きな利権の構想のように見えていますが、当人であるルークはさほど大きな話とは思っていません。