貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「──古代の哲人曰く、人には四大徳あり、それを知恵、勇気、節制、正義と呼んだ」
『あはは、そうね、
『すごい、すごいね、オーベリア』
「だが、人には七つの枢要悪も宿っていた。原罪の実に口を付けたその日から、人は徳と罪を抱えて生きることになった」
赤髪の少年、オーベルは、学園にある大樹に火を放ちながら、誰にも聞かれぬような声で
大樹は命の悲鳴を上げて、その役目をひっそりと終えようとしていた。
探索者学園にある大迷宮、『天まで届く時計塔』。
その中心を貫く大樹は、かつては『傲慢の
文明を手に入れ、畏れ多くも勘違いした人々の原罪の象徴。
「なあ
『知らなーい』
『ねー』
『何だろねー』
「知ってるくせに」
赤髪の少年はつまらなさそうに毒を吐いた。
いつも精霊は、大事なことをあえて教えない。あらゆることを知っている癖に、幼稚で、意地悪で、何が起きても上の空。多数の人が飢饉や災害で亡くなっても、くすくす笑って、大変だったねー、としか言わない。命の概念も、個の概念もない、曖昧で不定形な存在。まだ見ぬ未来に何が起こるかを知っていながら、それに興味がなく、楽しいことばかり優先する生物。害虫。
「言葉をばらばらにされて、文明を失っちゃったんだって。人が神に挑もうとした末路だよ。傲慢の罪の象徴さ。この
『そうだねー』
『あったかーい』
『きゃはは、明るいよー』
「
じゃあさ、と赤髪の少年は、涙声で呟いた。
「僕がさ、原罪の木を全部封印することができるのは、一体何回目になるんだろうね」
『可愛いね、オーベリア』
『愛しい子、オーベリア』
『好きよ、オーベリア』
精霊たちは、そっと少年に引っ付くだけ。まだ
「教えてよ、
『あはは』
『そうなんだ』
『不思議だね』
「言えよ。──言えってば」
気が狂いそうだ、と少年は呟いた。
少年の孤独な戦いに、味方するものが現れた。そうとしか考えられなかった。少年の代わりに、邪教徒を弱らせ、出鼻を挫き、計画を掻き乱すものが生まれたとしか言い表せなかった。一縷の希望だった。なのに精霊は教えてくれない。何一つ。
「ルーク皇子だろう。きっと彼だ。だって彼は、ジャヴァリの森林地域に向かったじゃないか。僕の知らない原罪の木の場所を知っているんだ」
『あはは、あの子だ』
『おもしろーい』
『懐かしいなー』
幼稚な声。神経を逆撫でする、人でなしの声。精霊に愛される騎士になぞ、なりたくはなかった。
大樹の焼ける匂いが、少年を現実に引き戻す。
「僕は、歪な形でも、今のままの世界が好きだ。徳があり、業がある、人の世界が好きだ。この優しい世界を変えようとする奴が現れるぐらいなら、僕は、何度だってやり直してみせる」
──せめて、ルーク皇子が味方でありますように。
孤独な戦いの中、少年は静かに祈った。誰とも関わらない少年。誰も悲しませたくない少年。誰かとのお別れをもう二度と味わいたくない、弱くて愚かな少年。
少年の魂には、
世界樹の雫を飲み干せば、いつでもやり直せる、その資格が。
◇◇◇
「えええ!? そう来たか!? やり直せるならやり直したいなあー……」
四人の英傑たち(【英雄】エイラ、【剣聖】イオリ、【聖者】アナスタシア、【賢者】キルケ)から手紙をもらった俺は、その思わぬ報告内容に声を上げてしまった。衝撃的な内容だった。まさか、『天まで届く時計塔』を攻略し、あろうことか大樹を焼き払う奴が現れるとは思ってもいなかった。そもそもこうならないように、世界樹を見張らせる目的で英傑たちにいくつか頼みごとをしていたのだが、これは計算外である。
「失敗したなー……。原罪の実と世界樹の雫、一つずつしか取れてないんだよなー……」
百年に一度しか出来ないとされる、極めて希少な
死んだ世界樹を復活させる手段は、一応ないわけではない。一つは原罪の実と世界樹の雫を使う方法。だが、百年に一度しか手に入らない希少な
(だが、一体誰が世界樹を焼いたんだ? 考えられるとしたら邪教徒ぐらいだが……
くすくす、と精霊が笑う声。こういう時、俺は大体何が起きたかを知っている。
俺の予想だにしないことが起こっているのだ。そしてそれを精霊が笑っている。俺が迷走すればするほど、精霊は面白がってくすくす笑う。思考の迷路に入ってしまっているのだ。
「こいつめ、ちょっとは手伝えよ」
『きゃあ、いひひ、いひひ』
『くすぐったいよー』
『意地悪はだめー』
頭にしがみついている精霊をくすぐりながら、俺は思考を整理した。
「邪教徒じゃないってことだな? お前らのおかげで分かったよ、ありがとよ」
『えー?』
『ほんとぉ?』
『そうかなー?』
「こらこら、意地悪する子は、こちょこちょだぞ?」
『きゃあいけずー!』
『もー!』
『ずるっこだ! ずるっこ!』
精霊との対話にはコツがある。こいつらは素直だが素直ではない。面白いことしか興味がないのだ。だから情報を引き出す時は、それを念頭に置いて会話する必要がある。
「あーあ、焼いた奴と会えたらなあ。もっと面白いことできるのになあ」
『! 何で!?』
『どうして?』
『そうなの?』
「うん。焼いたって『尽きない木炭』しか手に入らないんだ。それはそれで喉から手が出るほど欲しい燃料源なんだけどさ、俺、今は船作りたいんだよね。箱舟」
『⋯⋯?』
『お船?』
『ふうん?』
「これ以上は秘密だよ? あーあ、世界樹を焼いた奴と会えたら面白いのになあ」
精霊たちが黙った。小さな精霊たちは基本、透明無色の空間の歪みか、ぽわぽわした光なので、表情は見えない。だが恐らく、今はうずうずしているに違いない。
『⋯⋯うー』
『会える、よ』
『あの子』
「ふうん?」
あの子呼ばわりということは、精霊に名前を覚えてもらっている子ということだ。つまり精霊と対話できる資格を持つもの。
となると四人の英傑が俺を裏切っているのか、邪教団の主教か、はたまた別の人物か。何人か候補が脳裏をよぎったが、まだ絞り切れてはいない。大きなヒントには違いないが、もう少し情報を精査する必要がありそうだった。
会えるということは、遠からず遭遇するということだ。基本、待ちでいい。準備だけしておけば何とかなる。
これ以上探ると怪しまれる。精霊との会話は、お喋り程度にしておかないといけない。全ての秘密を知る全知の存在。
精霊たちをくすぐってしばらく遊んでから、「じゃあお仕事するね」と会話を打ち切った俺は、早速、信頼できる部下たちに手紙を書くことにした。
■Tips:
オーベリアの名前は、オーベロンとベリアルを由来としてます。