貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
小さな泥棒娘、【怪傑少女】リコッタ。
ハーフリング種と呼ばれる小人族の彼女は、夜闇の帝都を自由自在に飛び回る情報屋でもあった。
裏路地から裏路地へ。地下水道、隠れ倉庫、馬小屋、廃棄所、憲兵の目に付きにくいあらゆる場所を熟知しており、警邏の隙を突いて行動するのはお手の物。大道芸人に扮し、大きいトランクケースを片手にあちこちを歩いて、次の瞬間には町娘に化けて人混みに溶け込む、まさに神出鬼没の義賊。
そんな彼女だからこそ。
帝都の夜の中、真っ向の勝負で捻じ伏せられてしまったのは、屈辱に他ならなかった。
「《
麻痺毒を打ち込まれたリコッタは、這う這うの体で逃げ回ったものの、追っ手を撒ききれず、この《蝙蝠》の少女に捕らえ上げられてしまっていた。
とにかくこの《蝙蝠》は、格が違った。投げナイフを始めとする暗器は悉く躱され、空を切る鞭さえも弾かれ、近接格闘さえも鮮やかであった。いたずら指輪を十本の指全部に嵌めているリコッタだが、白煙のいたずら、つむじ風のいたずら、眩しさのいたずら、犬吠えのいたずら、眩暈のいたずら、なども的確に対処されて、とにかくしつこく付け狙われ続けた。
裏路地から裏路地へ、隠し通路やら屋根の上やらを駆使して何度も何度も距離を取ったものの、粘り勝ちをされてしまったというべきか。
この《蝙蝠》を名乗る少女は、必死に暴れるリコッタを大きく傷付けることなく、無力化することに成功していた。
「聞きなさい、リコッタ。お前は偉大なる殿下に目をかけられました。殿下の拝顔の栄に浴する機会を与えます、付いて来なさい」
「……な、に、を……っ」
身体の自由が利かないリコッタに、成す術はなかった。
その日、帝都の夜闇から一つの影が消えた。
……………………。
…………。
「待たせたね。俺が君の雇い主のルーク・マギデリックだ。よろしく頼むよ」
「アッ」
やい、このクソ貴族、このリコッタ様を捕まえようたぁ不届きな野郎っスね、アタシは頭に来てんスよ──。
そう啖呵を切ってやろうと思った刹那、リコッタは心臓が鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。
顔がいい。
「帝都の地理に精通しているんだってね。夜目も利くし、耳もよくて、指先が器用で、あと直感も鋭いって聞いてるよ。変装も得意で、声音も、女声から男声まで幅広く出せるんだってね。君みたいな人材がちょうど欲しかったんだ」
「アッ」
顔が、いい。
「《
「アッアッ」
お腹を触られた。
ひゅ、と息が詰まった。
何故、と考える間もなかった。
心臓が高く跳ねた。
「ごめんね、君、犯罪者だから、一応
「エッ」
何を──。
と疑問が口に出る間もなかった。
ぎゅり、と子宮を握りつぶされるような、背筋が凍るような、あまりにもおぞましい悪寒が背筋をぞわぞわと走ったのは、間を置かずしてすぐのことだった。というより握りつぶされている。ぎちぎちに。死ぬ。絶叫が耳を貫いた。誰の声か分からなかった。しばらく遅れてリコッタは、その声が自分自身の声なのだと理解した。人の内臓を内部からきりきりに捩じり上げているような、得も言われぬ恐怖。否。何か熱いものがごりゅごりゅと奥に満たされていっている。はち切れんばかりである。死。塗りつぶされる。魂が。千々に。
光景が白く眩んで、喉の奥から胃液がせり上がりそうになった。上下も分からない。天地が回っている。下腹部を中心に身体中に植物の根が侵食しているような感覚。下腹部に二個目の心臓ができたような感覚。あらゆる血が、この『殿下』を名乗る少年の強烈な魔力に塗りつぶされているような感覚。蹂躙。小さな虫がうぞうぞと身体中を食いつくすような感覚。恐怖。嵐。暴力。死。
「痛くないかい?」
甘い囁き。脳髄が痺れる。自分が蕩けていることに気付いたのは今更のこと。止まらぬ侵食。千切れそうな自我。浅い呼吸。破裂しそうな心拍。ぎちぎちと、下腹部が痛いほどに締め上げられて、異様に熱い。涙が止まらない。
全てが快美。
「────────」
何も聞こえなかった。音を理解できない。
はく、はく、と縺れる口で空気を吸って喘いだ。全身を白い稲妻が貫いている。目に余るほどはしたない。理性が溶けていく。
白む光景の中、記憶がどんどん霞んでいく。
これが、ルーク殿下との出会い。何度思い返しても、史上最悪の存在だった。
……………………。
…………。
「アタシはこんな奴、御主人様なんて認めねーっスよ! アタシのこと無茶苦茶にしやがって! 滅茶苦茶にしやがってぇ⋯⋯っ」
普人族ではないリコッタは、帝国では比較的劣る身分の平民であった。
細かな話だが、帝国の精霊教会では原理派が主流である。すなわち、神は自分を模倣して普人の祖をお造りなさり、亜人たちは魂が堕落しているから見た目が違う形なのである、という考え方。決定的な差別はないものの、上流階級には亜人蔑視の空気がどことなく漂っている。
獣人や精人などの亜人が跋扈するジャヴァリ森林地域はやはり、帝国からはとんでもない蛮地扱いされて然るべき場所なのだ。
それを思うと、第一の腹心に黒アールヴのロナを擁し、蜘蛛や蝙蝠の亜人を重用するルーク皇子は、異端児というか、極端に開明的である。
あと、容赦ない。
何がとは言わないが、滅茶苦茶すぎる。リコッタは事あるごとに滅茶苦茶にされていた。
「うー⋯⋯本当、最悪っス⋯⋯。何かお腹締まってきたし⋯⋯」
余談だが、ルーク皇子に重用されている家臣たちは、何故か身が締まっている傾向にあった。特に、
あんなのが毎日続いたら、自分なら死ぬ。週一回でも耐え難いのに、それ以上続いている先輩方の気が知れない。
ふと、気になって《蜘蛛》と《蝙蝠》のお姉様(弟子入りした際、お姉様呼びを強要された)に質問したことがある。嫌にならないのかと。だが、答えは要領を得なかった。はぐらかされた。
『抵抗しようとすればするほど、つらいですよ。魂に嘘をついてはいけません』
『幸い、殿下は、我々がどれだけ見苦しくても、優しく受け止めてくださります』
深淵の一端を覗き込んだような気がして、リコッタは思わず後悔した。知りたくなかった。尊敬するお姉様方が、こんなに心酔して骨抜きにされているとは。
確かに
あの顔の良さで、あの甘い声で、弄ばれて。
「!? 駄目っス! 駄目っス! 絶対に駄目っス! あんなん続けられたらアホになるッス!」
いっそのこと、夜伽を務めさせられるほうが遥かにましである。あの見目麗しい皇子に愛されて、蕩けるような一夜を過ごせるなら文句はない。だが
「このリコッタ様は、悪徳貴族どもを懲らしめる華麗なる怪盗ッス。ルーク皇子は悪徳貴族も悪徳貴族ッス。絶対にあんな非道皇子なんかには、負けないッス⋯⋯っ!」
固い誓い。
リコッタは今まで負けたことがない。ルーク皇子にもである。もちろん、多少は我慢ができず、ちょっとみっともない醜態を晒すこともあるが、それは精神の負けを意味しない。リコッタは常に、勝つつもりなのだ。
「貧民によく施し、喜捨に財貨をなげうって、人を身分で差別しない殿下とはいえ、このリコッタ、容赦はしないッス。いつか目にもの見せてやるッス⋯⋯!」
なお、今のところリコッタは、どう勝つのか具体的に思いついていない。ただ、本当に洒落にならないぐらい滅茶苦茶にされているので、何か一矢報いたいという気持ちに嘘はなかった。
Tips:
■【怪傑少女】リコッタ
成人向け戦略RPG【ナイツ オブ カルマ】では、特殊ユニット・盗賊として味方になる。マップ上の隠し宝箱や罠を解除するには彼女が必須であり、彼女個人の特性として、暗闇マップの視野の広さが1.4倍になる。また彼女が味方にいれば、情報屋から仕入れる情報を半値以下にすることが出来る他、探索者ギルドで受注し損ねたクエストを情報屋から受け直すこともできる。戦力としても最低限の役割はこなせるため、便利屋としてかなり活躍するユニット。
性欲が凄い。