貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
…………。
……。
人の会話を模倣する、知能なき虚ろなもの。
存在の歪な、この世あらざる生き物。
不幸を招く屍肉喰らい。
『くい を あらためて』
それを目撃した時、位相の異なる世界から、緩やかに存在の散逸──死が始まる。
『まずうちさあ』
『ごちそう あんだけど』
『たべてかない』
ワルプルギスの夜の淫夢を司る魔獣。
精霊の成り損ない。
成仏に失敗し、子孫の死に絶えた、遥か古き祖先の霊。
この森では、小さな子供に言い聞かせる、ある約束がある。
どこか違う場所に迷い込んだら、決して、何も食べてはならないと。
『おまたせ』
『ぼくの ち しか』
『なかったけど』
『いいかな』
黒い霧。赤い瞳。敵愾心。
生理的にどこか受け付けない、漠然とした不安。
『あばれんなよ』『あばれんなよ』
そのものには、何も悟られてはならない。
目を合わせた瞬間、深淵が心の奥底を覗き込む。
『きみ さっきから ちらちら』
『はっきり わかんだね』
命乞いをしてはいけない。何も願ってはならない。
この世あらざるものに約束すれば、それは無理難題を要求し、最後には、心を壊されるのだから。
『いま なんでもするって いったよね』
『いきすぎ』
そのものを目撃しても、
決して驚いてはならない。それを悟られてもならない。
古くよりある言葉にて、驚くことを
驚きを悟られてしまったものは、その魔獣に、魂を抜かれてしまうのだ。
『たまげたな』
また、もし幸運にもそのものから逃れられたなら、もう二度と逢おうとしてはならない。
一度は見逃しても、次は無いのだから。
『またきみか』
『こわれるな』
『ああ かんがえてやるよ ……かえすとは いってない』
その魔獣は、名を持たず、また名前を言ってはいけない存在として忌み嫌われていた。
…………。
……。
『きたないよぉ』『うええ』『嫌だあ』
精霊たちの嫌がる声を耳にして、俺は意識を取り戻した。
目に飛び込んできた光景は、全く見覚えのない、歪みと濁りの曖昧な空間。どこかの部屋の内部のようだが、境界が分からず、角にあたる部分が不自然に消失している。
俺にはすぐにわかった。おそらくは夢の中の世界であろう。
「あー……魔獣先輩かあ」
俺は嘆息した。おそらくどこかの誰かの夢の中に紛れ込んだのだろう。
原作「ナイツ オブ カルマ」では、ある特定の条件を満たすことで、味方ユニットの夢の中に入り込むことができるのだ。その条件とは、①好感度が一定以上の味方と一緒に眠って、②その状態で淫夢の魔獣に目を付けられること。
今回は特に、全員サカリダケの媚毒にやられている状態で、淫夢の魔獣にとっては絶好の獲物だったはずである。
(ということは誰の夢の中なのか、その特定から始めないといけないよな)
部屋の外に出る。
扉の外は、赤い絨毯の敷き詰められた廊下があった。壁には絵画が飾られており、幼い少女が笑顔で踊っている。花冠を頭の上に載せた、黒アールヴの少女。
強烈な既視感があったが、
多分、夢の主はこの少女だと思うのだが──。
『ひええ』『怖いよお』『タッケテー』
小さな精霊たちが口々に嫌悪感を訴える。あまり長居してはよくない気がする。そういえば俺は一体何故、精霊たちと会話できるのだろうか。どんどん記憶に靄がかかっているような感覚。大事な記憶を徐々に失っていくような、得も言われぬ喪失感がある。怖い。
「……おーい! 誰か! ……おーい!」
思わず叫んだが、返事はない。返事が来たらよかったのに、と淡い期待を抱いていたが、そう上手くはいかないようだった。
代わりに、くすん、くすん、と泣き声がする。誰が泣いているのだろうか。
この泣き声の方に向かわないと、と直感したが、声の聞こえてくる場所が今一つ分からなかった。
さてどうしたものかと思案に耽ると、ふと、袖が引っ張られたような感覚。
振り返ると、見覚えのない少女がいた。
いつの間に、という疑問を口にするか躊躇った。少女は
「……お兄さん、誰?」
黒アールヴの少女が、すんすんと鼻をすすって泣いている。
彼女は、
…………。
……。
「お兄さん、不思議な匂いね、葡萄のお酒みたいな匂い」
「ん?」
「くらくらするの、変なの」
ベロニカと名乗った少女は、ずっと片手を開いて、閉じて、と繰り返していた。よく分からない仕草だった。何の意味もなくその様子をぼーっと眺めていると、少女に「お手々がね、しっくりこないの」と悲しそうに喋っていた。手がしっくりこないとはどういうことだろうか。
「お兄さんは、ロナのこと好きかしら?」
「……ロナ?」
「ベロニカのこと、ロナって言うのよ」
「…………」
絶句した。
ロナ、という名前の響きが、強い衝撃を伴って脳天を貫いた。気がした。
多分その名前は、かなり真相に近い。今この夢の中では、その名前が確実に核心の鍵となっている。
「ロナ……?」
「お兄さん?」
「多分、その、ロナって名前、俺の友達の名前だった気がする……」
「ふぅん?」
ロナおともだちなんだ、と少女はぼんやり呟いていた。
俺の言葉の意味がよく分からなさそうな様子だった。俺もよく分からない。
「……すまない、ロナについて教えてくれないか?」
「えー……お兄さんが教えてよ」
警戒されてしまった。そりゃそうだろう。彼女から見れば俺は不審者である。しかも俺の友達のことを俺じゃない他人に聞くなんて、馬鹿げている。
幼女に警戒されるなんて、ちょっと心が傷つく。
「えっと……多分、一緒によく寝てた気がする」
「一緒に? 一緒に!? 男女なのに!?」
「その子は、えっと、日記をつけていて……俺のこと、鬼畜とか酷い人とか許せないとか書き殴っててさ……」
「それおともだちなの……?」
真顔で驚かれてしまった。というか引かれてしまった。
「でも、多分、そんな嫌われてなかったと思う。結構、仲が良かった自信あるんだ」
「そうなの?」
「一緒に魔石を食べたりしてさ」
「おばか! 毒よそれ!」
怒られてしまった。
「いや、毒抜きをしてたんだ。魔石って魔力で洗うと毒素が抜けていくんだ」
「…………? なんかぞわぞわする」
「?」
「…………うん、何か、その話、ぞわぞわしちゃう、分かんない」
そういえばどうやって魔石浄化していたんだっけ、と肝心なところの記憶が抜け落ちてしまっていた。思い出せない。思い出せないのだが、結構破廉恥なことをしていた気がする。夢の中の世界あるあるだが、思考が散漫で、脳の回転がぼんやりしていて、後から思い返したら大抵支離滅裂なのだ。
「とにかくロナは、俺の友達だったと思う」
「うん……」
話を聞きながら、ベロニカは、お腹をさすって頬を赤らめていた。さっきからお腹が落ち着かない様子だった。膝をもじもじさせて、ふぅ、ふぅ、と息をしている。顕著な反応だった。
「お兄さん、嘘つき?」
「え、え? 急にどうしたの」
「ベロニカに、何か酷いことした?」
「いや……そんなつもりは、ないはず……」
自信はない。記憶が曖昧なので確証をもって答えられない。
それに、心当たりがないわけではない。
確か俺たちは、サカリダケの媚毒にやられた状態で夢の中に入ったはずなのだ。サカリダケとやらがよく分からなくなってきたが、多分、破廉恥なキノコだったはずである。
「あー……多分、破廉恥なキノコのことかも」
「それ、やらしいお話じゃない? ベロニカ、聞いてもいいお話?」
「今、君に起きてる異変がそれのせいかもしれない」
「!?」
急にベロニカはぎょっとした顔を見せた。
「え、ちがうもん! ベロニカやらしくないもん!」
「大丈夫、それはキノコに惑わされているだけだ、正常な反応なんだ」
「ちがうもん!」
だっ、と急にベロニカは立ち上がり、走り出した。
見失うとまずい、と思った俺は咄嗟に彼女を捕まえた。お腹から抱きしめる形になった。それがまずかった。
「ひゃあっ!?」
急に甘い声をあげたかと思うと、ベロニカは身を震わせた。
悶えているように見える。どうやらお腹が弱いらしい。
「っ……、っ」
おばか、と口だけが動いているように見えた。そうは言っても困ったものだ。
この子は唯一の手掛かりなので手放すことはできない。できないのだが、お腹から抱きしめるのはかなりまずかったようで、ベロニカはとうとうぽろぽろと泣き出してしまった。
このベロニカって少女、一体誰なんでしょうね……。
■Tips:
魔獣先輩
主人公たちを夢の中に誘う悪魔。何故かは知らないが、ファンからは魔獣先輩と呼ばれておもちゃにされている。