貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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閑話:貞操逆転世界の悪徳皇子と、小さな狩人

 …………。

 ……。

 

 

 

 

 人の会話を模倣する、知能なき虚ろなもの。

 存在の歪な、この世あらざる生き物。

 不幸を招く屍肉喰らい。

 

くい を あらためて

 

 それを目撃した時、位相の異なる世界から、緩やかに存在の散逸──死が始まる。

 

まずうちさあ

ごちそう あんだけど

たべてかない

 

 ワルプルギスの夜の淫夢を司る魔獣。

 精霊の成り損ない。

 成仏に失敗し、子孫の死に絶えた、遥か古き祖先の霊。

 

 この森では、小さな子供に言い聞かせる、ある約束がある。

 どこか違う場所に迷い込んだら、決して、何も食べてはならないと。

 

おまたせ

ぼくの ち しか

なかったけど

いいかな

 

 黒い霧。赤い瞳。敵愾心。

 生理的にどこか受け付けない、漠然とした不安。

 

あばれんなよ』『あばれんなよ

 

 そのものには、何も悟られてはならない。

 目を合わせた瞬間、深淵が心の奥底を覗き込む。

 

きみ さっきから ちらちら

はっきり わかんだね

 

 命乞いをしてはいけない。何も願ってはならない。

 この世あらざるものに約束すれば、それは無理難題を要求し、最後には、心を壊されるのだから。

 

いま なんでもするって いったよね

いきすぎ

 

 そのものを目撃しても、()()()()()()()()をしなくてはならない。

 決して驚いてはならない。それを悟られてもならない。

 

 古くよりある言葉にて、驚くことを魂消(たまげ)るという。

 驚きを悟られてしまったものは、その魔獣に、魂を抜かれてしまうのだ。

 

たまげたな

 

 また、もし幸運にもそのものから逃れられたなら、もう二度と逢おうとしてはならない。

 一度は見逃しても、次は無いのだから。

 

またきみか

こわれるな

ああ かんがえてやるよ ……かえすとは いってない

 

 その魔獣は、名を持たず、また名前を言ってはいけない存在として忌み嫌われていた。

 

 

 

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 

 

 

『きたないよぉ』『うええ』『嫌だあ』

 

 精霊たちの嫌がる声を耳にして、俺は意識を取り戻した。

 目に飛び込んできた光景は、全く見覚えのない、歪みと濁りの曖昧な空間。どこかの部屋の内部のようだが、境界が分からず、角にあたる部分が不自然に消失している。

 俺にはすぐにわかった。おそらくは夢の中の世界であろう。

 

「あー……魔獣先輩かあ」

 

 俺は嘆息した。おそらくどこかの誰かの夢の中に紛れ込んだのだろう。

 原作「ナイツ オブ カルマ」では、ある特定の条件を満たすことで、味方ユニットの夢の中に入り込むことができるのだ。その条件とは、①好感度が一定以上の味方と一緒に眠って、②その状態で淫夢の魔獣に目を付けられること。

 今回は特に、全員サカリダケの媚毒にやられている状態で、淫夢の魔獣にとっては絶好の獲物だったはずである。

 

(ということは誰の夢の中なのか、その特定から始めないといけないよな)

 

 部屋の外に出る。

 扉の外は、赤い絨毯の敷き詰められた廊下があった。壁には絵画が飾られており、幼い少女が笑顔で踊っている。花冠を頭の上に載せた、黒アールヴの少女。

 強烈な既視感があったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 多分、夢の主はこの少女だと思うのだが──。

 

『ひええ』『怖いよお』『タッケテー』

 

 小さな精霊たちが口々に嫌悪感を訴える。あまり長居してはよくない気がする。そういえば俺は一体何故、精霊たちと会話できるのだろうか。どんどん記憶に靄がかかっているような感覚。大事な記憶を徐々に失っていくような、得も言われぬ喪失感がある。怖い。

 

「……おーい! 誰か! ……おーい!」

 

 思わず叫んだが、返事はない。返事が来たらよかったのに、と淡い期待を抱いていたが、そう上手くはいかないようだった。

 代わりに、くすん、くすん、と泣き声がする。誰が泣いているのだろうか。

 この泣き声の方に向かわないと、と直感したが、声の聞こえてくる場所が今一つ分からなかった。

 さてどうしたものかと思案に耽ると、ふと、袖が引っ張られたような感覚。

 

 振り返ると、見覚えのない少女がいた。

 いつの間に、という疑問を口にするか躊躇った。少女は()()()()()()()()()。まるで最初から視力を奪われているかのようだった。

 

「……お兄さん、誰?」

 

 黒アールヴの少女が、すんすんと鼻をすすって泣いている。

 彼女は、ベロニカ(勝利を運ぶもの)という名前だった。

 

 

 

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 

 

 

「お兄さん、不思議な匂いね、葡萄のお酒みたいな匂い」

「ん?」

「くらくらするの、変なの」

 

 ベロニカと名乗った少女は、ずっと片手を開いて、閉じて、と繰り返していた。よく分からない仕草だった。何の意味もなくその様子をぼーっと眺めていると、少女に「お手々がね、しっくりこないの」と悲しそうに喋っていた。手がしっくりこないとはどういうことだろうか。

 

「お兄さんは、ロナのこと好きかしら?」

「……ロナ?」

「ベロニカのこと、ロナって言うのよ」

「…………」

 

 絶句した。

 ロナ、という名前の響きが、強い衝撃を伴って脳天を貫いた。気がした。

 多分その名前は、かなり真相に近い。今この夢の中では、その名前が確実に核心の鍵となっている。

 

「ロナ……?」

「お兄さん?」

「多分、その、ロナって名前、俺の友達の名前だった気がする……」

「ふぅん?」

 

 ロナおともだちなんだ、と少女はぼんやり呟いていた。

 俺の言葉の意味がよく分からなさそうな様子だった。俺もよく分からない。

 

「……すまない、ロナについて教えてくれないか?」

「えー……お兄さんが教えてよ」

 

 警戒されてしまった。そりゃそうだろう。彼女から見れば俺は不審者である。しかも俺の友達のことを俺じゃない他人に聞くなんて、馬鹿げている。

 幼女に警戒されるなんて、ちょっと心が傷つく。

 

「えっと……多分、一緒によく寝てた気がする」

「一緒に? 一緒に!?  男女なのに!?」

「その子は、えっと、日記をつけていて……俺のこと、鬼畜とか酷い人とか許せないとか書き殴っててさ……」

「それおともだちなの……?」

 

 真顔で驚かれてしまった。というか引かれてしまった。

 

「でも、多分、そんな嫌われてなかったと思う。結構、仲が良かった自信あるんだ」

「そうなの?」

「一緒に魔石を食べたりしてさ」

おばか! 毒よそれ!

 

 怒られてしまった。

 

「いや、毒抜きをしてたんだ。魔石って魔力で洗うと毒素が抜けていくんだ」

「…………? なんかぞわぞわする」

「?」

「…………うん、何か、その話、ぞわぞわしちゃう、分かんない」

 

 そういえばどうやって魔石浄化していたんだっけ、と肝心なところの記憶が抜け落ちてしまっていた。思い出せない。思い出せないのだが、結構破廉恥なことをしていた気がする。夢の中の世界あるあるだが、思考が散漫で、脳の回転がぼんやりしていて、後から思い返したら大抵支離滅裂なのだ。

 

「とにかくロナは、俺の友達だったと思う」

「うん……」

 

 話を聞きながら、ベロニカは、お腹をさすって頬を赤らめていた。さっきからお腹が落ち着かない様子だった。膝をもじもじさせて、ふぅ、ふぅ、と息をしている。顕著な反応だった。

 

「お兄さん、嘘つき?」

「え、え? 急にどうしたの」

「ベロニカに、何か酷いことした?」

「いや……そんなつもりは、ないはず……」

 

 自信はない。記憶が曖昧なので確証をもって答えられない。

 それに、心当たりがないわけではない。

 確か俺たちは、サカリダケの媚毒にやられた状態で夢の中に入ったはずなのだ。サカリダケとやらがよく分からなくなってきたが、多分、破廉恥なキノコだったはずである。

 

「あー……多分、破廉恥なキノコのことかも」

「それ、やらしいお話じゃない? ベロニカ、聞いてもいいお話?」

「今、君に起きてる異変がそれのせいかもしれない」

「!?」

 

 急にベロニカはぎょっとした顔を見せた。

 

「え、ちがうもん! ベロニカやらしくないもん!」

「大丈夫、それはキノコに惑わされているだけだ、正常な反応なんだ」

ちがうもん!

 

 だっ、と急にベロニカは立ち上がり、走り出した。

 見失うとまずい、と思った俺は咄嗟に彼女を捕まえた。お腹から抱きしめる形になった。それがまずかった。

 

「ひゃあっ!?」

 

 急に甘い声をあげたかと思うと、ベロニカは身を震わせた。

 悶えているように見える。どうやらお腹が弱いらしい。

 

「っ……、っ」

 

 おばか、と口だけが動いているように見えた。そうは言っても困ったものだ。

 この子は唯一の手掛かりなので手放すことはできない。できないのだが、お腹から抱きしめるのはかなりまずかったようで、ベロニカはとうとうぽろぽろと泣き出してしまった。

 






このベロニカって少女、一体誰なんでしょうね……。


■Tips:
魔獣先輩
主人公たちを夢の中に誘う悪魔。何故かは知らないが、ファンからは魔獣先輩と呼ばれておもちゃにされている。

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