貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「あのね、女の子はお腹に赤ちゃんが出来るの、そんなに触ったらだめよ」
「ごめんね」
「⋯⋯赤ちゃんが出来ちゃうでしょ」
「そうかなー?」
照れながら説教するベロニカの知識は怪しかった。別にお腹を触っても赤ちゃんは出来ない。だがまあ可愛い勘違いなので、あえて正す必要はないと思った。
見ると、いつの間にか頭の上に花の冠が乗っかっており、随分と可憐な姿になっていた。目隠しの布が強烈な違和感を放っていたが、夢の中の世界だからか、もう見慣れてしまった。何故視界を遮ってるのかは分からない。この目隠し、ほどいたほうが良いのだろうか。
(早くどこかに隠れている淫夢の魔獣を倒さないと)
夢の中の迷宮は、淫夢の魔獣を倒すと霧散する。もしくは魔獣が満足すれば終わる。それまでの間、じわじわと魔力を吸い取られる。場合によっては無視してもいいが、場合によっては致命的な危機を招きかねない。俺の場合は魔力保持量が非常に高いので大丈夫だが、夢の主(多分ロナという名前の少女)の魔力保持量に自信はない。
本音を言うと、夢の中の世界には中々潜り込めないので、ゆっくりと探索したいのだが。
この少女のことを考えると、さっさと終わらせてしまった方がいいかもしれない──。
多少の損なら目を瞑ろう、と判断した俺は、息を吸い込んだ。
「⋯⋯おーい! 魔獣! どこにいるんだ!」
『えっ』『ちょ』『ヤメテー』
精霊たちがざわざわと慌て始めた。ベロニカは、きゃ、と小さな声をあげて驚いていた。念のため彼女の視界を手で覆い隠しておく。この子さえ気を付けておけば、魔獣は怖くない。
構わず俺は声を上げた。
「おーい! 出てこーい!」
「⋯⋯お兄さん?」
「お願いします、何でもしますからー! (棒読み)」
ざわり、と。
呼びかけに呼応して、空間がどくんと脈打った気がした。
きゃあきゃあと精霊たちが嫌がる声がしたが、俺はそのまま発言を止めずに続けた。
「おーい、お前一番雑魚って言われてるぞー!」
「── おまえ もう いきて かえれねえな !」
「意外と早く現れたなー(嬉しい誤算)」
絶叫。精霊たちが羽音を鳴らして強い警戒をあらわにした。
こう言ってはかわいそうだが、魔獣は直接戦闘に弱い。なので雑魚弄りをするとすごい勢いで食らいついてくるのだ。
弱肉強食の地、ジャヴァリの森で、戦闘能力に乏しいというのはとても恥ずかしいことなのだ。
白い毛のふわふわした二足歩行の獣。懐中時計を首にかけた兎に似た外見。処女をこじらせ雄同士の睦み合いを妄想する、倒錯した思想を持つ
生理的嫌悪を誘う、得体の知れない気持ち悪さが込み上げてきた。
「そんな情けない弱さで恥ずかしくないの?」
「ちがうだろ いいかげんにしろ!」
「なんだお前、根性無しだな(棒読み)」
「いいよ こいよ! いのちかけて いのち!」
「やだよ(即答)」
相当頭に来ているみたいだが、俺も大概頭に来ている。小さな精霊たちが『うぇぇ』と気持ち悪そうにしている。ベロニカは、可哀想に、俺に目を隠されながら震えている。
過去に散逸した古代基層言語っぽい発音で、何を言ってるかは部分部分しか分からないが、とりあえず煽れそうな感じの言い回しで会話っぽい何かを続けておく。向こうが腹を立ててくれたらいいのだ。
案の定、魔獣は半泣きで震えていた。
「ばかやろう おまえ ぼくはかつぞ おまえ」
「こんなんじゃ勝負になんないよ(棒読み)」
体当たりで飛びかかってきたところを軽くいなす。これぐらいは朝飯前である。
体術は確か、誰かに教わったはずだ。黒アールヴ流の近接格闘術。先ほどから大事な情報が思い出せない。
「てめぇら ぼくのおもちゃで いいんだ! じょうとうだろ!」
「おっ、そうだな(適当)」
「ああもう めちゃくちゃだよ!」
歯を食いしばってもう一度とびかかってきた魔獣を、またもや軽く捌いて床に転倒させる。
自分で作り出した夢の世界なのに強くなれないなんて、つくづく弱い生き物である。
「ぬわああん もおおおおおおん!」
嘆きの悲鳴。
空間がびりびりと震える。愚かな魔獣はまだ気付いていない。直接俺と戦う必要なんか全く無いのに、この魔獣は俺に挑発されて、冷静さを失っている。やはり精霊系の生き物は、感情が強すぎて賢くない。あとはこの魔獣にとどめを刺すだけでいい──。
「きゃっ」
その瞬間。
ベロニカが小さく声を上げてしまった。
「おまえ さっきから ちらちら」
「ッ!」
慌てて魔獣を蹴とばした。
が、急に魔獣はどろりと溶けて実態を失ってしまった。まずい。
目撃されることで、恐怖を駆り立てる生物。夢の中に追いやられた古き時代の霊。俺が微塵も怖がっていないせいで全然力を発揮できなかった魔獣が、急激に力を取り戻していった。
ベロニカの目隠しは、いつの間にか、枯れた花びらになって散っていた。彼女の透き通った瞳から、ぼどぼど、と血が零れ始めた。
「あっ、あっ、あっ」
「! 卑怯だぞ! 俺と戦え!」
「まあ たしょうはね」
けたけたけた──と絵画たちが笑い始めた。
天井からたくさんの蝙蝠が羽ばたいた。悲鳴と讃美歌を気味悪く混ぜ合わせたような、そんなア・カペラが聞こえてきた。
多数の影絵が、壁を床をと、縦横無尽に跳ねまわった。おそらく影のどこかに隠れている。高速で泳ぎ始めた影の群れ。そのどこかに紛れて、魔獣が機を窺っている。
「うれしい……うれしい……」
「もういい、全部滅茶苦茶にしてやる」
「くいあらためて」
震脚。魔力を込めて地面を思い切り蹴る。
地面がびりびりと震え立つ。魔力を使った浸透勁。鈍い唸り声。痛みに耐えかねたのだろう、魔獣が突然壁から飛び出してきた。
回し蹴り。が、魔獣は溶けて消える。脳天を狙ったのに間一髪で逃げられてしまった。
「ちっ」
「おまえはもう こっから でれないんだよ」
ベロニカの血が止まらない。
もう一度震脚を放つべきか、と構え直して気付く。床から多数の薔薇。俺は大きく後ろに飛び退いた。
炎の薔薇。火の粉が熱気と共にぶわりと舞った。
「じゅうじゅうに なるまで やくからな」
赤い絨毯が全部、赤い薔薇へ。
とっさに壁を蹴って岩壁に捕まる。脇に抱えたベロニカが重い。間を空けず、猛火が地面を覆い尽くした。
「は! お前も熱い癖に、よくやるぜ」
「あばれんな あばれんなよ」
がばり、と大口を開けた兎が噛みついてくる。
好機。足を思い切りその大口に突き入れる。おごえっ、という嗚咽。俺の足首に鈍い痛み。そのまま逆足で踵落とし──とはならず、ぬるりと影になってまた溶けて消える。
一進一退。先ほどまでの優勢が嘘みたいに、急にじれったい戦局になってしまった。
「あぁっ」
「ベロニカ、安心しろ、大丈夫、絶対に勝つ」
「ち、ちがうの、お腹がっ!」
お腹? と気を取られた瞬間、俺の手の甲に鈍い痛みが走った。ガラス片が大量に突き刺さっている。
姑息な真似を、と俺は舌打ちした。もう一度壁を蹴って場所を変える。
全く息つく暇もない。最も深い切り口からは手の甲の骨が見えていて、あんまり見ていたくない。気持ち悪い傷口だった。
その刹那、うぷ、とベロニカが嘔吐を始めた。酔ったのだろうか、と俺が様子を伺ったのも束の間。
「あっ、ああっ、赤ちゃんが」
「──は?」
目が点になるとはこのことだ。
「いま、お腹を蹴ったの」
感情が追いつかない。
少女の顔は。
目から血をこぼして。
青褪めながら。
真摯に何かを訴えている。
「いま、ベロニカのお腹を、蹴ったの」
けたけたけた、と趣味の悪い笑い声。見れば確かに少女のお腹が、奇妙にぶくりと膨らんでいた。