貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
◇◇◇
──普通の子よりもひと月遅れて産まれ、母体の血に塗れてこの世の生を受けた黒き森の姫がいた。
胎児のうちから、身体の成長を意図的に弄る
無理な呪術の反動で、双子のうち片割れが産まれる途中で亡くなって。
母と妹を殺して生まれたその少女は、族長の血を引く子として黒アールヴたちに、大切に育てられてきた。
古き伝承に従い、赤き月が訪れるときに産声を上げた忌み子。
月輪を信仰する黒アールヴのため、部族の勝利と栄光の象徴として生まれてきた彼女は、皮肉にも、森の聖地を守る戦いの最中で片腕を失い、帝国の人質に召し捉えられてしまった。
──それも、目を抉られ、奴隷のような扱いを受けて。
『貴様ら黒虫どもが大事にしているその巨木、それを竜骨とした大きな船を建造させてもらおう。さすれば、帝国の海洋交易の商圏はより広がり、飢える民が減るのだ!』
帝国の貴族は愚かものが多い。
一度は敗北した【黒き森の氏族】たちだったが、あまりにもひどい帝国のやり口に耐え兼ねて、再び反旗を翻すことを決意した。
その影には、叛乱を焚きつけながら、
……………………。
…………。
それが、追加DLC『大いなる実りのジャヴァリ・ランド編』の大まかな話である。
この章では、主人公に選択肢が提示される。
かたや、ジャヴァリの地の世界樹を切り倒せば、色欲の
かたや、ジャヴァリの地の世界樹を守り通せば、色欲の
選択肢はどちらも魅力的だが、話が本格的に進むのは数年先のこと。
原作【ナイツ オブ カルマ】の時系列では、主人公が学園から卒業してからようやくこの地に挑めるようになるのだ。
なので、今、このジャヴァリの地にはまだ何も表立った事件は起きていない。裏で策謀は進みつつも、世界を巻き込むような騒動にはなっていなかった。
というよりも、根底からあらゆるものがぶっ潰されている状態であった。
例えば。
大規模な河川工事の影響で、地域の水利が大幅に変わってしまい、龍脈の流れ──あるいは瘴気の澱み、魔力の循環と呼べるものが大きく狂ってしまった。結界石の意味がなくなる大事件。それはつまり、この地を深層迷宮化しようと四苦八苦していた邪教徒の苦労が根こそぎ覆る最悪極まりない一手だった。この状態で勝手に
その一方で、腐敗と堕落を極めていた、形ばかりの辺境義勇団の連中の権勢はほとんど削ぎ落とされてしまった。皇子の肩書に勝るものなし。圧倒的人望を備えた皇子を脇に置いて、現地住民の理解を得られない者たちに寄りつく者などいるはずもない。今まで付近の貴族らと共謀して、物資密輸、人身売買、盗品横流しなどを行っていた義勇団の連中は、何故かはわからないが、時々協力してきた野盗たち(体のいい使い捨ての手先)をどんどん失い、皇子の言うことを聞く傀儡組織として骨抜きになってしまった。
というより、皇子が物理的にも政治的にも強すぎて、一年も経たない間に実質の発言力を失ってしまった。知らないうちに周囲からそっぽを向かれてしまったと言っていい。
こんな状況では、現地民を焚きつけて、叛乱を引き起こすことなどできるはずもない。小規模な叛乱は大きな儲けになるので、義勇団のものたちもひっそりと協力していた(というより邪教徒にあることないこと吹き込まれて踊らされていた)のだが、その計画もあらゆる意味で頓挫してしまった。
これにて、『大いなる実りのジャヴァリ・ランド編』は完結、である。
始まりもせず終わってしまった。
邪教徒の黒き預言の書にある【原罪の木】計画がまた一つ木端微塵にされてしまった。
──はずだった。
◇◇◇
「この子を、産まなきゃ」
追い詰められたような切実な声。
赤い瞳からぽろぽろと血の涙をこぼしながら、ロナがいけないの、ロナが産まなきゃ、と憔悴しきったように少女が呟く。
夢の中の城内を走りながら、俺は強い言葉で否定した。
「ちがう、それは赤ちゃんじゃない、命じゃない!」
「ひどいこと言わないで! 今動いてるのよ!」
けたけた笑う声。不愉快極まりなかった。
飛びかかってくる絵画の群れ、皿と什器、花瓶、鎧。真っ当に跳ね返えすだけでも手が血まみれになる。かといって足を止めては、燃え上がる赤い薔薇の絨毯に追いつかれてしまって身を焼かれるだろう。
「この子に罪はないわ!」
「それは偽物だ、赤ちゃんじゃない」
「ちがうもん、お兄さんがロナのおなかをいじくり回したんだもん、赤ちゃんできちゃったんだもん」
「それは精霊の卵だ! 精霊系の魔物が人に寄生して埋め込む種が肥大化しただけだ!」
俺は大声で説明した。
精霊の卵、悪意の種、色んな言い方はあるが、要するにそれは人の子ではない。意味/感情/文脈/概念を食べる高次情報生命体が寄生しているだけなのだ。
今回の場合は、魔獣の子供と言い換えてもいいだろう。
「うそよ」
「本当だ! 精霊は人に寄生するんだ!」
ベロニカの瞳は、驚きに揺れていた。俺の背後で精霊たちがざわざわとざわめいているのが分かった。何で知っているの、みたいなささやきが聞こえたが今はどうでもいい。
げらげらげら、と笑い声が大きくなる。それに合わせて俺は跳躍を大きくした。
小さな子供には衝撃的な真実だったかもしれない。彼女がどうしてお腹の中の命に固執しているのかは分からないが、これは伝えなくてはいけないことだった。
少女は、色んな情報に混乱しながら、それでもお腹をぎゅっと抱いて守っている。
『その皇子 嘘つきだよ 子供が欲しくない から ごまかしているんだ』
「黙れ!」
たまに何やら人語を喋るかと思ったら、ろくでもない内容だった。
その辺にあった花瓶を掴んで思い切りぶん投げる。鈍い音。破砕音。ぎゃあ、という間抜けな声。弱い癖に厄介、それがこの魔獣なのだ。本当に腹立たしい。
「この、子が……」
ごぽ、と口から血を吐き出して、ベロニカは震えた。
「ようやく、ベロニカ、赦されると、思ったのに」
「許しのために子に縋るな! 気を強く持て! というかそれは命じゃないんだ!」
「ベロニカ、殺しちゃったのよ、お母さんも、赤ちゃんも」
鼻声。声が震えている。
惨すぎる話だ。記憶に靄がかかっていてよく思い出せないが、おそらくベロニカと名乗るこの少女の核心に触れつつある。元から既知の情報なのか、それとも未知の情報なのか、判別は付かなかったが、何であれこんな形で知るべきでなかった。人の心を弄ぶ魔獣めと、改めて怒りが沸き上がった。
『じゃあ うまなきゃ うまなきゃね』
おぎゃあ──と。
お腹から声が聞こえる。本当に悪趣味極まりない。外道。
命を一度殺してしまった少女の罪悪感に付け込んで、こんな真似をしているのだったら、到底許されることではない。
案の定、少女は顔を青褪めさせてしまった。
「どうしよう、ベロニカ、分かんないよ、もうやだ……」
「俺を信じろ! それは命じゃない!」
『嘘つきは 信じちゃだめ 今ある 命を 信じて』
ばくり、と大口を開けた兎が飛び掛かる。俺はそれを思い切りぶん殴る。錐揉みしながら飛ぶ魔獣。だが、足を止めた俺がまずかった。
瞬間、背後までぶわりと炎の円陣が俺を包んだ。
戦いの疲れからか判断を誤ってしまった。同時に、黒塗りの影たちが、次々に俺の背後に追突し始めた。背中の肉が削がれたような嫌な感触がした。
『円陣 全壊』
「!」
魔獣の号令と同時に、炎の渦が密度を上げて俺と少女に襲い掛かる。俺は咄嗟に、少女を庇うように抱きかかえながら炎の壁を突破した。
身体が焼かれるように熱い。が、この程度何ともない。怒りでばっちり冷えている。心が。
きゃあ、と少女の小さな悲鳴が聞こえた。まさか炎を突破するとは思っていなかったのだろう。それは少女だけじゃなく、兎の魔獣も同じだったに違いない。魔獣の飛び退く反応が一瞬遅れた。
突然舞い込んできた勝機。
「捉えたぞ、兎」
『それは 残像さ』
「いいや違うね」
兎の首を片手で鷲掴みにする。淫夢の魔獣は、またもや戯言を吐いて現実を改変しようとしていたが、俺がそれをねじ伏せた。夢の世界は好き放題に改変できる。だからこそそれをねじ伏せる強い意志が必要なのだ。すべてが曖昧な夢の世界だからこそ、嘘を信じ込んでしまったらそれが真実になるし、逆もまた然りなのだ。
しばらく藻掻いた兎は、あ? 、え? 、と予想外の出来事に疑問を浮かべていた。きっと初めてのことなのだろう。亜竜の幼体並の強靭な魔力を持つ人間に遭遇したのは。
「滅茶苦茶にしてやる」
『あ゛っ』
刹那、ぱぁん、と兎が爆ぜた。俺にも予想外だった。魔力でぐちゃぐちゃにかき混ぜるつもりだったが、風船みたいに弾けるとは思わなかった。
あぶない、あぶない、と血だらけの兎が身体を再生させながら、大きく息を吐いていた。追い撃ちで貫手を一発放ったが手応えは浅い。
『心臓 持っていかれちゃった』
「ちっ」
血濡れの俺の手にはどくんどくんと脈打つ気持ち悪い心臓が一つ。
瞬間、心臓目がけて机やら椅子やら多数の什器が俺に向けて飛んできた。大きすぎる獲物は蹴り飛ばしたがいかんせん数が多い。ベロニカを庇いながらだと到底防ぎきれない。何かに引っ掛けたのか、左腕の皮が大きく削げた。
『返せ 返せよ 僕の心臓』
力を込めて心臓を握り潰すと、うぎゃあとのたうち回る声が聞こえた。効いてはいるらしい。いかに夢の住民と言えど、俺が手足に魔力を纏って放つ体技は無駄ではないようで、浅からぬ負傷を受けているらしい。
だが、少女のほうが保たなかった。やめて、とベロニカは絶叫した。
「お腹の子が苦しんでるの、やめて!」
「⋯⋯⋯⋯」
なら尚更この心臓を握りつぶさねば、と指に力を込める。うがあ、と兎の魔獣は四つ割れの口を広げ──化け物めいた本性をいよいよ隠しもしなくなった。痛みに追い詰められているのだろう。それはベロニカのお腹の中の子も同じこと。ぎぃぎぃぎぃと聞いたこともない悲鳴が聞こえてくる。
ただ、少女の懇願するような願いは、聞いてあげられる余裕が無い。その子は偽物なのだから。
「あ、あ、やだ、やだっ! 死んじゃやだっ! もうロナから何も奪わないで!」
「⋯⋯⋯⋯奪わない。だから、まやかしに縋らないで」
心臓からうぞうぞと大量の触手が生えて、今度はベロニカと融合しようと根先を伸ばし始めていた。もう間に合わない。逡巡を押し殺し、俺は心臓を握り潰した。
申し訳なさといたたまれなさを味わいながら。
『ミ°ッ』
「あ──」
ごぽり、と少女がまた血を吐いた。その血の中に、ぴちぴちと跳ねる羽虫のような何かがいた。
ほぼ同時に、今いる城が鳴動して震え始め、様々なものが形を失って崩れはじめた。夢の終わりはもう近かった。
魔獣が、大きく身震いした。
『何を、する、お前』
「本当はさ、夢の中の世界って色んな訓練をするのに最適な空間だったんだけどな、そんな悠長な話じゃなくなったんだよ」
早く失せろと言うまでもなく、夢の兎はぐすぐずと崩れて解けはじめた。どうせ心臓をつぶしたところで高次情報生命体であるこの魔獣が死ぬはずもなかったが、核となる臓器を失った負傷は大きいらしく、身動きする気配はない。
大小様々な泡が空間に満ち始めた。あらゆるものが
古の時代を生きた精霊の成り損ない。俺との死闘を経て、名もなき夢の魔獣は、もう悪態さえも吐く気力を失っている。
「あ、あぁ⋯⋯」
少女が泣きそうな声でお腹をさすっていた。もうそこに不気味な膨らみはない。喪失の痛みをたたえた空虚な瞳には、僅かな涙が滲んでいる。実のところ彼女は何も失っていないが、確かに失ったのだ。命を失うことを再び思い出したのだ。
後味が悪い。
そんな仕打ち、あんまりじゃないだろうか。抱きしめたら怒られるだろうか。
多分これは、二度と思い出したくない心の傷だったはずなのに。
「⋯⋯⋯⋯」
天に昇る泡沫の中で。
泣いている少女を抱きしめて、俺は子守唄を一つ歌った。
詳しくは思い出せないが、確かこれは黒アールヴに伝わる古い歌だったはず。誰から教わったのだろう。
ベロニカは、鼻をすすりながら、ひっそりと泣き続けていた。
夢の終わり。目が覚めたら、もう嫌なものは全部跡形もないはず。
「⋯⋯お兄さん、許さないわ、大嫌い」
「いいよ、ごめんね」
「ロナね、お兄さんのこと、ちょっと好きだったのに」
涙でぐずぐずになった声音で、恨み言が続く。だが本当に嫌いなら、泣きながらこんなに頭を寄せてくることも絶対にしないし、寄りかかってくることもないはず。いじらしい子供なりの、精一杯の反抗だった。
「絶対に、絶対に、ずっと嫌いだもん」
「俺は君のこと結構好きだよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯お兄さんのお馬鹿」
抱きついてくる力が強くなった。それと反比例するように、世界はますます、泡の中に溶けて縮退していく。気がつけば俺の身体も、少女の身体も、少しずつ泡に溶け始めていた。
「⋯⋯ごめんなさい。お兄さん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「お別れの前にひどいこと言っちゃった⋯⋯ロナ、悪い子ね」
お礼が言えるなんて偉い子である。さよならの前にきちんとお礼を伝えられるのは、大人でも上等な部類に入る。
だが一つだけ言っておくと、これでお別れではない。賭けてもいい。この少女と俺は、絶対に親しい間柄なのだ。
「大丈夫、お別れじゃないよ」
「本当?」
「きっとすぐ会えるさ。目が覚めたら、俺と君は仲直りさ」
このまま消える直前まで抱きしめておけば、きっとすぐに会える。そんな嘘みたいなおまじないを一言。まあ、ただの嘘なのだが、小さな子供に涙は似合わないわけで。大人はこれぐらいの方便は用意しておくものなのだ。
「⋯⋯仲直りしないもん」
「頑固だなあ」
「だから、仲直りするまで、何度もお話⋯⋯だもん」
「わがままなお姫様だなあ」
これは苦労しそうである。最後の最後まで、ついぞベロニカという少女が何者なのか思い出せなかったが、今となっては、もうそれは良いのだ。
仲直りするまで、ずっとお話をすればいいのだから。
ばいばい、という小さな声がした。
俺の返事は、間に合わなかった。
◇◇◇
(目ぇ覚めたらこんなに全部ぶち壊しなことあるか?)
びっくりした。自己嫌悪である。
起きたら裸で抱き合ってた。四人で。しかも最悪なことに朝勃ちしてた。ロナに押しつけて。死にたい。サカリダケのせいもあって、言い訳のしようもない有り様だった。
あの終わり方で、こんな始まり方があっていいはずがない。本当に何が『目が覚めたら、俺と君は仲直りさ』だろうか。頭イカれてるのか?
一方、ロナもロナで、明らかに情緒が迷子になっていた。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
抜け出そうとのたうち回った跡があった。
だが結局、我慢に失敗して、下腹部を痙攣させて震えていた。
これは俺が完全に悪い。夢の中で別れる前に抱きしめてたのだが、現実世界でも同じように強く抱きしめていて、ロナは抜け出せなかったのだ。熊一頭を投げられるような俺の膂力に、黒アールヴが勝てるわけがない。
彼女は半泣きだった。彼女は悪くない。俺がとどめを刺したのだ。本当に申し訳ないことをした。
気まず過ぎる。
親しい間柄だとは思っていたが、まさか主従関係で、故郷を攻め滅ぼした側と滅ぼされた側で、皇子と侍女だとは思わないだろう。
(やっちまったなあ⋯⋯)
ロナに至っては、本当に可哀想なことをした。彼女の場合はおそらく、長いこと禁欲していたのだろうと思われた。多分。予想でしかないが、断片情報から予想して、そんな気がする。
その上で、サカリダケの強烈な精神作用で性欲を爆発的に掻き立てられながら、俺という異性に抱きしめられて丸一夜。ちょっと暴発しても仕方ない。
「あー⋯⋯⋯⋯。おはよう、ロナ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
不幸中の幸いだったのは、ラネールもカマソッソも寝静まっていたことだろうか。彼女の尊厳は、半分は守られたのだ。
「⋯⋯殿下ぁ」
すごい目だった。睨むような、恨むような、困り果てたような、縋るような、許さないような、甘えるような、そんな感じの、妙にしっとりした質感のある湿度の高い目付きだった。
心の傷を抱えたヒロインを救い出して持ち上げてから、言い訳できない状況で我慢失敗腰ヘコさせて叩き落とす、この高低差でしか得られない栄養があります。