貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、輪廻の英傑と、転生の教祖⑤

 夢の神殿の最奥部にて待ち受けるは、蝶の羽を持つ痩せた少女。

 哀れみと慈しみを湛えたその瞳は、いったい何を映し出しているのか誰も分からぬまま。

 

「……来ましたか、英傑たち」

「お前を止めに来た。歪んだ理想を世界に押し付けるなんて真似は、させない」

 

 胎動する空間。踊る影。

 真っ黒に色の抜けたウサギたちが、その赤い瞳だけをぎょろりと向ける。あらゆる物体が現実と夢の境界を曖昧にさせられた、この歪な異空間では、意志の強さだけが己の存在を規定する。心が弱いものは存在そのものがゆっくりと発散していくのだ。

 花の冠をつけた妖精の少女は、複数の人格が混ざったようなぞっとする声で、強く断じた。

 

「すべての世界を、あらゆる人の苦しみを、優しい夢に昇華するのです。邪魔はさせません」

「優しいものか。お前の世界には明日がない、続きも未来も、もう二度と」

 

 対峙した少年は、光の剣の切っ先を、妖精の少女に向けた。

 退魔の剣、クレイヴ・ソリッシュ。またの名をクラウソラス。金属の柄に仕込まれた水晶により増幅された、輝く光刃。

 精霊さえも殺す、古代文明の生み出した遺骸物(アーティファクト)

 

「分かり合えると思ったのですが、残念です。この世界はあまりに悲しみが多く、そして救いがない。それが人の業であるというなら、今の大陸の在り方を変えるしかないのです」

「だから皆を夢の世界に閉じ込めようというのか。教祖サルヴァ、僕はお前を否定する」

 

 少年の声に呼応して、亡くなったはずの四人の遺骸が立ち上がった。道化、博士、隊長、富豪──その誰もが、少しでも境遇が違えば分かり合えたはずだった少女たちである。

 虚ろな四人の遺骸を前にして──それでも、少年は否定を重ねる。

 

「死んだ人は戻らない。夢の世界に逃げたところで、そこにいるのはその四人じゃなくて、お前の思い出の再現だけだ」

「思い出と共に暮らしたい人の願いを叶えて、何が悪いのですか。人は誰しも強くないのです。だから私が、少しでも優しいものに作り替えようというのです──」

 

 女王の蝶の羽が大きく広がった。

 植物の蔦がゆっくりと地面を蝕み始めた。らあ、らあ、らあ、と歌う黒い影の兎たち。

 半分結晶化したその身が、怪しく輝く。この空間の胎動に呼応して、淡い光を帯びて、きりきりきりと高い音を鳴らして震え始める。

 

 一触即発。戦いの予兆。

 少年は、意を決した。

 

「それでも、それでも守りたい世界があるんだ!」

「来なさい、英傑たちよ。もはや対話は不要です。お前たちに世界を語る資格があるか、すべてを決めましょう──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それが、原作【ナイツ オブ カルマ】のエンディングの一つ、「魂の救済」ルートである。

 主人公たち英傑四人が教祖サルヴァと直接対峙して決着をつけるという、王道のシナリオ。

 

 選択肢次第では、教団の四天王のうち一人だけが死なない(※例えば自分が英雄を選んだ場合は、道化役に落ちた英雄役を救える)ルートを選べるのだが、それでも他の三人の幹部は命を落とすという厳しい末路。

 悲しい境遇にあった教祖サルヴァの過去が垣間見える、物語の中でも重要なエンディングなのだが、このエンディングを目指そうとすると色々と犠牲が大きく伴う。

 

 もちろん、他のエンディングも含めて、犠牲の大きなシナリオは極力選びたくないというのが俺の思いである。

 なので俺は、そうならないようにあれこれと色んなところに手を伸ばしてきた。

 そう、そのつもりだったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢の中の世界か」

「そのようですね、殿下」

 

 目覚めは上々。予想より遥かにいい展開を迎えた俺は、さっそく状況を整理しようと周囲を見渡した。

 例の如く、歪みと濁りの曖昧な空間。赤い絨毯の敷き詰められた床。ところどころに茨のツタが絡みついた謎の石壁。

 夢の中の世界はこれで二回目である。かつて一度、ロナと一緒に夢の迷宮に閉じ込められたことがあるが、今回もその時と同じような雰囲気が肌から伝わってくる。なんというか、肌に触れている空気が周囲の人の感情のゆらぎに合わせてぴりぴりと反応するのだ。

 

 今の空気に緊張感はない。つまり、危機はまだ訪れていないということだ。逆説的な読みだが、これが結構役に立つのだ。

 俺のそばには、ロナがいた。かなりいい展開と言える。近くに仲間がいて、しかも会話が通じるというのは、夢の中の世界において大きな優位を得たも同然である。

 

「しかし殿下、このとおり私は小さな(わらべ)になってしまいました……。足を引っ張らなければよいのですが」

「無理しなくていいよ。早くみんなと合流しよう。《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》、【道化(ワヤ)】、そして英傑の四人の力を借りる必要がある」

 

 今回も、ロナは目隠しをされて、花の冠を付けていた。目隠しからは茨のツタがはみ出ており、少々痛ましい。

 夢の中の世界では、自分の心の中の姿が映し出される。きっとロナにとって、このベロニカの姿が心にずっと残ってしまっているのだろう。理由はわからないが、いずれ彼女から話を聞けるだろうか。

 

「やっぱり、あいつら邪教徒たちが打って出るなら夢の世界だ。ここまではほぼ、読み通りと言っても過言ではない。準備は整えたからな」

「はい」

 

 準備は整えた。清潔な湯で沐浴もしたし、晩餐の食事も採った。部屋でゆっくり過ごせるように紅茶を用意して、お香まで準備した。

 そして、全部に睡眠薬と媚薬を仕込んだ。毒を盛るようで本当に悪いが、とにかく盛った。無味無臭になるよう、成分だけを煮出して水気を蒸発させて粉末結晶にしたものを、全部に仕込んだ。成分析出は化学の知識で、計画の実行は《花園》の手練れの二人、《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》である。しかも時間をかけて遅効性の効果が出るように、体に吸収される時間が長くなるよう、油で濡らしたり、牛乳に溶かしたりして飲食に盛った。失敗するはずがなかった。

 実行の際、「物語に出てくるエグイ悪徳貴族じゃん……」と賢者(キルケ)にドン引きされたが、計画の遂行のためにはやむを得ない措置である。薬ぐらい盛る。合理的な判断であろう。

 

 繰り返しの説明になるが、原作「ナイツ オブ カルマ」では、ある特定の条件を満たすことで、味方ユニットの夢の中に入り込むことができる。その条件とは、①好感度が一定以上の味方と一緒に眠って、②その状態で淫夢の魔獣に目を付けられること。だが、今回はちょっと例外で、淫夢の魔獣そのものではなく、夢の妖精女王の力を借りたというわけだ。どうせ相手が夢の世界に招きこむことは読めていたので、先手を打っただけに過ぎない。

 教祖サルヴァの用意したこの夢の迷宮を、俺たちは踏破する必要がある。

 

 

 

 

 

「殿下、古い扉が()()()()()()()()

「多分《蜘蛛(ラネール)》と《蝙蝠(カマソッソ)》だ、この中にいると思う」

 

 古い扉が見えます、ではなくあるのを感じます、とロナは言った。きっと目隠しをされている今、本当に周囲をそうやって感じ取っているのだろう。

 勢いよく扉を蹴り飛ばす。埃が立ったが気にせず中に入る。ロナと背中合わせになって簡単にクリアリングを行ったが脅威はなかった。そこには、折れた小さな櫛を胸に抱えて泣いているぼろぼろの服の少女と、呆然として泣いている少女がいるだけだった。

 俺の記憶が正しければ、櫛の持ち主は《蜘蛛(ラネール)》で、櫛を折ったのが《蝙蝠(カマソッソ)》だったはずである。

 夢の中の世界では、一緒にいる人の心の中の思い出が垣間見えることがある。確かこれは原作の《蜘蛛(ラネール)》と一緒に夢の迷宮に迷いこんだときに見えるエピソードの一つだったはずである。親に捨てられた《蜘蛛(ラネール)》が、最後に渡された思い出の櫛。その家族の形見を壊してしまった《蝙蝠(カマソッソ)》と喧嘩をするが、最終的には「一緒に《花園》で、新しく家族になればよいのです」と仲直りするお話だった。

 

「……おみぐるしいところを、もうしわけありません」

「……殿下、ごぶじだったのですね」

「! 二人とも思い出したのか!」

 

 取り急ぎ二人の安全を確認する。ちびっ子がこれで三人に増えたが、問題はない。

蜘蛛(ラネール)》も《蝙蝠(カマソッソ)》も、まだ動揺から立ち直っておらず、ぐずぐずに泣いているが、あまり深く触れないほうがいいだろう。多分櫛を壊してしまった日のことを生々しく思い出してしまっているのだ。

 

「みんなと合流を急がないとな……特にワヤは、あの教祖の少女に取り込まれてなければいいが」

 

 部屋の外に出て廊下を見渡す。

 気配はない。

 

「……仕掛けてこないということは、上手くいってるな」

 

 ぼろぼろに泣いている二人と、目が見えず壁伝いによたよた歩いているロナを庇いながら前に進む。

 ここいらで害獣、もとい夢の魔獣をけしかけて襲ってくると思っていたが、それもなさそうである。俺なら絶対にそうする。ばらばらに分かれていて合流もうまくいっていないうちに物量で崩して制圧する。それをしてこないということは、向こうに何か問題があってそれができないのだろう。

 

 多分、赤髪のオーベルか、英傑四人が暴れてくれているのか。

 もしくは、俺の用意した強烈な媚薬が、夢の世界を維持している教祖サルヴァを苦しめているか。

 あるいは、向こうの幹部たちが俺のことを過剰に警戒しているのか。

 そもそも、聖人(アナスタシア)に予め作らせておいた護符のおかげで、俺たちの精神汚染が全然進んでいないとか。

 

 向こうは不意打ちのつもりで夢の迷宮に誘い込んできたのだろうが、こちらも事前にある程度の準備を行っている。

 

「殿下、向こうに植物のツタが伸びているのを感じます」

「……なるほど、向こうが奥か」

 

 仮説は後で検証すればいい。今は、早めに味方と合流するのが先決であった。

 

「……しかし殿下、今から夢の世界に誘い込もうとする人間が、易々と媚薬入りの食事を疑いもなく飲食するでしょうか?」

「いい質問だね、ワトソン君」

「わと……?」

 

 廊下を進みながら、俺はロナの尤もらしい疑問に答えた。

 

「植物の知識に長けている博士(ドットーレ)が、解毒の花を持ち込んでいる恐れがある。媚薬による精神揺さぶりは、それほど長い時間は期待できないだろうね」

「ではやはり」

「ああ」

 

 いくつか先手は打ったが、策だけで勝てる相手ではない、ということである。

 

「……夢の中の世界には、水晶人形(クリスタルゴーレム)も、《影の巨人(バロール)》も持ち込めない。戦力面でも、ちょっと厳しいかもな」

 

 





■こぼれ話①:
 この時代では、すり潰すとか煮出すなどの調薬の知識はありますが、例えば溶媒を変える(例:水からアルコール)、蒸発皿で蒸発させて粉を作る、という知識はまだ体系的に整理されていません。こなれた一部の錬金術師は知っていますが、世に広く公開された知識ではありません。また析出のためにわざわざ陶磁器をつかったりガラス器具を使うという発想も、一般的ではありません。
 純度を高める方法を知っている金持ち皇子が、蒸留した高濃度アルコールを潤沢に使ったりガラス器具を調達して、化学実験することを部下に命じていたそうです。

■こぼれ話②:
 夢の中の迷宮に、武器を持ち込むことはできないはず……ですが、ちょっとだけ裏技があるみたいです。
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