貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「ククク……来たか、赤毛……」
「お前の命も、もはやここまで……」
「ここであったが百年目……息の根を止めて見せる……」
神殿の屋上の庭園。そこにたどり着いた赤毛の少女、オーベルは顔をしかめた。
息の根を止めて見せる、と豪語した三人は、三人ともぐったりと地面にぶっ倒れていた。まさに虫の息。先に息の根が止まりそうなのは、どう贔屓目に見ても向こうの方だった。あと、妙に吐息混じりのしゃべり方で、太ももをもじもじとさせて見悶えているのが気色悪かった。
「随分な歓迎だね。パーティでもするのかい?」
大量のぬいぐるみと大量の
状況は悪い。足元から急に植物が生え始めて、それがオーベルの足を取ろうと邪魔してくる。おそらくこれは
「飾り付けなら僕も手伝ってあげるよ──そうら」
魔物の物量に押されて包囲されるも、オーベルはとっさに巨大
別に遊んでいるのではない。行動を読んでいるのだ。オーベルの読みでは、この魔物たちは繰り手が操っている。そして術式が単純であれば魔物をいなすのは容易であり、高度であれば術者の負荷が重くなる。
光刃でぬいぐるみを焼き、それを投げ飛ばす。宙に舞う火の粉。瞬間、オーベルは火の粉に紛れて跳んだ。
(やはり、ぬいぐるみと
縮地法、と呼ばれる歩法がある。瞬時に
そこに、目をくらます光の刃。これを消したり発光させたりして一気に前に進むと、相手は遠近感が狂ってオーベルを見失う。
この夢の世界を曇天の夜にしたのが相手の失敗だった。夜闇に紛れて距離感を狂わせて戦うのは、オーベルの得意戦術だった。
何故ならば、オーベルの戦いは、長らく孤独だったから。
「ぬるい」
「!?」
とびかかってきた兎の害獣が一匹、一刀両断される。続けざまに、オーベルの足元が大きく燃え上がったが、彼女はそれをいとも簡単にひらりと避けた。生半可な不意打ちは効かない。
飛んでくる神経毒の針を光刃で振り払う。風を切って飛んでくるトランプは避ける。数歩退いて、今度はぬいぐるみを一匹踏みつけて大きく跳躍する。いかに相手が多勢とはいえど、ほとんど大抵は一対三程度の細かい戦闘の繰り返しに過ぎない。鍛錬を積み、無意識のうちに光刃で防御できる方向がいくつかできれば、あとは逆に死角に意識を払えばいい──。
「……花の単腕(ウン・ブラソ・デ・フルール/un brazo de flor)」
「!」
地面が突如裂け、大きな腕が突き出した。とっさに避けたものの、続いてとびかかってくる
花の咲いた茨の蔦で出来た腕。おそらくは
「いけ、ぬいもん! だいばくはつだ!」
急に飛びついてきたぬいぐるみ三匹が、光を放った。咄嗟に光刃を躍らせて八つ裂きにする。遅れて爆風が連鎖する。ここまでが一瞬の駆け引き。勢いを完全に殺し切ったとは言えない。
大きく吹き飛びながらも、地面を転がる勢いを利用して衝撃を殺す。肩が地面にこすれて削げてしまったが、出血は浅かった。
「──こいこい、雨四光」
立て続けに襲い掛かるのは、鋭利な札。複数枚あるそれらを、一部打ち払って一部いなす。躍りかかる札の雨。肌を薄く切り裂かれる嫌な感触。致命傷はない。防いだ。だが──左手首をえぐるように突き刺さった一枚だけが、オーベルの誤算だった。
(なるほど、連携が取れていなかったわけではなく、誘いだったか)
隙あらば飛び掛かってくる兎の害獣を切り飛ばしながら、オーベルは一息入れた。
奥の手を切るべきか、僅かな逡巡。
光の呼吸の七ノ型、フォーム:バリツの使い手であるオーベルは、古代文明の
呼吸を、編む。
左手首がひどく痛む。
「────────────」
僅かな瞬き。
まるで陽炎のように。
闇夜。駆け足。一陣の風。
(僕が姿を消せば、きっと)
あらゆる時間が遅く流れた。
花の巨腕が二本に増えて、オーベルのいた場所を叩いた。
兎の害獣たちとぬいぐるみたちが、きょろきょろと周りを探した。
カジノチップたちがじゃらりと唸って、三人を守るように取り囲んでいた。
(君たちは、攻撃と索敵と防御に迷う)
花の巨腕がさらに増えて、三人を守った。
ぬいぐるみたちが背中合わせになって、個々に陣形を取り始めた。
トランプのカードたちが地面に伏せられて、踏めば発動する罠を作り上げていた。
そのあらゆる動きを、縫うように。
(ここだ)
兎の耳を掴んで投げる。
花の腕がそれを叩き潰した。
ぬいぐるみたちがそこに飛び掛かって爆発を起こした。
トランプをわざと踏む。
『BLACK JACK!』とけたたましい音とともに、スペードの柄の剣が21本飛び出した。
それらの動きにまぎれたオーベルは。
まるで音を置き去りにするかのごとく一気に駆け寄り。
「!?」
「首を置いていけ──!」
一瞬のうちに、
◇◇◇
「ちの においの するやつじゃ かくれんぼは むりだよ」
「ぶんしん も できないの? そんなんじゃ あまいよ」
◇◇◇
切り飛ばした首が喋った。
ありえないことを目の前にして、オーベルの思考が一瞬だけ止まった。
(あ──)
そうか、と理解するより先に身体が動いた。嫌な予感がして大きく飛びのいた。
が、既に遅すぎた。
オーベルの胸元には、ダーツの矢が三本。
「うごくと あたらないだろ」
首がにたにた笑って喋る。
ここは夢の世界で、兎の姿の夢魔は、姿を自在に変化できる。そのことを思い出したオーベルは、瞬時に状況を理解した。
つまりここにいる三人は、全部偽物で、本物の三人がどこかに潜んでいて──。
「花の六腕(セイズ・ブラソズ・デ・フルール/seis brazos de flor)」
「!」
反応は一瞬。
一刀両断。回転切りの要領で、一回転をして六本の腕をすべて薙ぎ払う。
が、今度は大量の花びらが視界を覆った。ぞっとする気配。視野を奪うときは大体──。
横に大きく飛び退く。ほぼ同時に、クラブの柄をあつらった
「今だ、ぬいもん! しねしね光線!」
背後に予兆。
転がって避けると同時に、空を割く一条の光線。高温で焼かれた空気の独特の匂い。すぐそばを通り過ぎる殺意の波動。
続けざまに複数の方角から放たれる光線を、オーベルは紙一重で、ひらりひらりとよけ続ける。
しかし──。
「あばれんなよ あばれんなよ」
いきなり兎に抱き着かれたオーベルは、動きを狂わされてしまった。
瞬間、植物のツタが伸びて彼女を縛り、眩い光線が彼女を襲った。咄嗟に光刃で斜めに受け流がすも、ほぼ同時に兎の魔獣が脇腹に齧り付いて、肉を嚙みちぎってくる。
「……ッ」
もう片手の光刃で兎を切り落とし、ツタを刈ってオーベルは跳ねた。
見計らったように、花札で出来た猪と鹿と蝶が突撃してきたものの、それをオーベルは飛び越えた。
息つく間もない。
どこかに敵が潜んでいる。そこを叩く他ない。だがどこに──。
(この庭園の植物のどこかに、紛れ込んでいるというわけか)
かくれんぼ、と例の魔獣は言った。
確かにこれはかくれんぼに違いない。数の点で極めて劣勢ではあるが。この庭園にあるもの一切合切を全部薙ぎ払うことができたら、話は早い。もちろんそんなことは不可能である。痛みと疲労のためか、思考はまるで回らなかった。
矢継ぎ早に飛び込んでくる攻撃を捌きながら、オーベルは息を吐いた。左手首を抉った切り傷が、酷く痛んだ。
◇◇◇
「大丈夫ですわ、オーベル! この程度の増援、私が全部引き受けて差し上げてよ!」
――盾を掲げた明るい笑顔の少女が、魔物の群れを押し返しながら叫んだ。
「一点突破はお手の物でござる! 一撃必殺は拙者の得意分野、いざ仕る!」
――妖刀を握った独特の口調の少女が、遮二無二に魔物の群れに切り込んだ。
「ここはオレに任せて先に行け! オレにいい考えがあるんだ」
――杖を掲げた皮肉屋の少女が、魔物の群れ目掛けて渾身の大魔術を放った。
「主は言いました、希望の最期は死にあらず、です」
――薬酒を飲みながら祈りを捧げる少女が、魔物の群れを足止めする大結界の維持のために立ち止まった。
力強い言葉が背中を押した。
オーベルは足を止めなかった。喩え涙が視界を歪めても、たとえ少しでも足を止めるわけにはいかなかったから。
魔物暴走の大災禍。もう二度と引き起こすわけにはいかないもの。
(大丈夫だよ、皆。僕に任せてくれよ。僕、強くなったんだよ。あの頃より、うんと、遥かに)
星の息吹。破滅の唄。予言の書。古代の塔。全部嫌いなもの。
何故ならば、思い出してしまうから。全てが優しかった、あの頃の楽しい思い出を。
すり減っていく心の芯には、とても純粋でささやかな、守りたい光景があった。
たとえその中心に、自分がいなくとも。
◇◇◇
一方で。
この状況をして、相対する三人は勝利を確信していた。
屋上の庭園に潜んでいる
準備に不足はない。あとは、『生贄』の魔方陣を発動し、あの憎き赤髪の少女――オーベルの魂を少しずつ魔力に転換していくだけ。教祖であるサルヴァ猊下にその身を捧げれば、あとはいかようにもできる。
もはや、上空から天つ星が落ちてくるような奇跡にでも遭遇しない限りは勝ちも同然。
隙の大きい大技は隠し玉として取っておいて、今は優位性を崩さないように油断なく追い詰め続けるのみ。
稀代の術士である
「ちょっとまって」
突如、夢の兎が空を見上げた。
「しらないやつだ」
◇◇◇
箱。落下。地下を目指していたはずなのに。
「え、あ、あ、あああっ!」
遥か高い場所から落ちる感覚は微塵も慣れない。かつて例の鬼畜皇子に『大丈夫大丈夫、神殿にしっかり祈りを捧げてきたんだからいけるいける』と、まったく何の根拠もなさそうな感じで後押しされて、そして必死の覚悟でそれを行った。
死ぬかと思った。本当に嫌だった。なのにあの皇子はいけるいけると言うものだから。
「うお、キッツいでござる……♡」
「死んだわ」
「グエー」
ひょお、と背筋が寒くなる予感がした。本当に死ぬやつ、という予感が頭を支配した。
――衝撃。
地を砕く一撃。天の神の与えたもうし怒りの鉄槌、と例えても遜色ないほどの、あまりにも凄惨なそれは。
どこに着地したのか分からないが、多分地面を砕き。
何か割ったらいけないものを木っ端微塵に破壊したような感じの音がして。
ぼっごぉ、と着地した場所を陥没させたような感覚が遅れてやってきて。
「あわわわわわわわわ」
泣きたい。本当に怖かった。心臓が今でも止まらない。当たり前である、心臓が止まったら死ぬ。だが本当に動悸が止まらない。
もしかして私、何かやってしまいまして? と問いかけたくなる気持ちを必死にこらえた。
地面が崩落する。
あ、また落ちる、と
≪盾撃:鎧袖一触≫。
かつて【長命の宝石亀】なる強大な敵を一撃で粉砕せしめた、特殊奥義。あのド畜生皇子曰く、『味方全員が致死攻撃を受けた場合、それを全部身代わりとなって受け止め、対象相手に反射する』という効果であった。
ただし、一度しか発動しないとも言っていた。次に発動するには、神殿にしっかり祈りを捧げなおさないといけないと。
つまりもうない。
さっき地面を滅茶苦茶に砕いて終わった。
「ひぃいいいいい」
落ちた。
英傑たち四人は、なんか知らないが、今もう一回落ちていた。地下を目指していたはずなのに一体どうして、という疑問は、微塵も解消されなかった。
オーベル「この庭園にあるもの一切合切を全部薙ぎ払うことができたらって、確かに思ったけどさぁ」
ウサギ「親方ァ! 空から女の子が!」