貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
◇◇◇
「話し合おう」
「来なさい、英傑たちよ。もはや対話は不要です。お前たちに世界を語る資格があるか、すべてを──え?」
先手必勝。こういうのは対話が大事である。ごく当たり前のことだが、戦いは避けるに越したことはない。手加減はない、こう見えて俺は、もはや土下座をも辞さない覚悟がある。
教祖サルヴァも困惑しているようだったが、味方のほうも全員驚愕しているようだった。何を言ってるのかと正気を疑うような目線が刺さってくる。やかましいことだ。俺は理性的なのだ。ちなみに口をあんぐりあけて一番驚いているのは、赤毛のオーベルだった。
「人は唯一、他の動物と違って、対話ができる。全ての争いは暴力だけで解決されるわけではない。でなければ対話なんてものは生み出されなかった。そうだろう?」
「え? え?」
「話し合いに来たんだろう? 遥か遠くからこの地まで。だから話し合う。とても単純明快だと思うが」
「え、あの……」
「ちなみにここに捕まっている三人は人質ではないよ。安心してくれ。……返答次第だがね」
返答次第。それを人質というのでは、という冷たい視線を背中からひしひしと感じる。だが俺はいくらでも汚い手段ができる男。何故なら合理的な判断であればそこに
最終形態へと変貌した教祖サルヴァを相手にするのだ。極力不幸な衝突を避けるに越したことはない。
『えぇ……』
『こっちの じじょうも かんがえてよ』
夢の魔獣たちさえもドン引きしているような声を出していたが、俺にはそれがわからない。対話で回避できる争いがあるなら、まずは対話するべき。こんなのは基本中の基本である。
だが、俺のやり方は少々まずかったらしい。人質を匂わせたのが悪手だった。
妖精女王は眉間を不愉快そうに歪めて言い放った。
「弱みに付け込む相手に、対話は成り立ちません。それを人は、風上にも置けぬ下劣な悪と呼ぶのです、私がこの手で成敗いたします……!」
「そいつはどうかな?」
とりあえず言ってみたが、対話の空気ではない。そいつはどうかなと言っておくと何だか余裕感が出るのが俺の好きな所だ。昔、帝国の宮中政治で中央貴族たちとやりあってたときはよくこの手のはったりを効かせていたものである。何が『そいつはどうかな』なのか、正直俺にも分からないが。
実際、俺に人質にされている三人衆はびびってた。多分効いてる。
あと、今更だが、俺のほうが成敗される悪に成り下がっているのが少々納得できない。
「なあサルヴァ、お前の要求を受け入れる準備があると言ったらどうする?」
「──────」
俺はあえて地雷を踏みに行った。
それは効果覿面であった。
なぜならその一言は、緊張感を一気に引き上げ、明らかに一触即発の空気を作ったからである。
ぶぅん、と。
光刃が俺の眼前に突き付けられる。
蛇のような鋭い目をして俺をにらんでいるのは、赤毛のオーベルだった。
「……聞き捨てならないぞ、皇子」
「いや、利害さえ一致すれば交渉はできる。何故ならすべては世界樹の問題に帰着するからだ」
「原罪の樹──世界樹の解放を進めたいお前たち地下教団と、世界樹の解放を阻止したいオーベルと、利害をすり合わせる時が来たようだな」
◇◇◇
教祖サルヴァの願いは、原罪の樹──世界樹の解放。
世界樹は星の生命。この世界に流れるあらゆる感情の器。
この世界樹を活性化させることで世界の人の感情を一個の集合体にした、大いなるひとつなぎの、夢の世界を作りたいというのが彼女たち教団【魂の在処】の悲願。
ゆくゆくは世界の全てを夢の世界に。そこまで至らなくても、今の世界の仕組みでは決して救われなかった人たちの心の故郷を作りたい。
それが教祖サルヴァの願い。
赤毛のオーベルの願いは、原罪の樹──世界樹の駆逐。
世界樹が解放されるたび、
世界樹は古代人が設計した、大地の浄化のための生物装置であり、解放が進むことで地上が魔物の楽園になってしまう。
それを阻止することが赤毛のオーベルの願い。
(両方を知っているというのが俺の強みだ)
ところがその強みが早速台無しになりそう、というのが今の状況であった。
お前たち地下教団と、オーベルの意見をすり合わせよう、と恰好をつけて宣言したはいいものの、いきなりそれは失敗に終わりそうであった。
──何故ならば、戦いが再び始まってしまったから。
「いや今から交渉する感じの空気だったじゃん! なんで!」
五月雨に降りかかる攻撃を捌きながら、俺は心から抗議した。
血だらけの制服を着た、虚ろな顔の少女が乱入して暴れ始めたのだ。
その少女はまるで、泣いているかのように血の涙を流していた。
彼女はワヤ。意識はすでになく、影の腕を使って周囲を無造作に破壊していた。きっと彼女は今、教祖サルヴァに操られているのだろう。
(こんなに手ひどい傷を受けてぼろぼろになって……ということは、彼女なりに抵抗したのだろうけど……)
力及ばず、傀儡にされてしまった。
恐らくはそう見てよい。
確かにこの夢の世界に来て以来、彼女の姿は見つけられなかった。相手の魔の手に堕ちてしまった場合も想定して然るべきであった。
「……何を勘違いしてる、まだ我々の
呼応して、僅かな隙を見出した敵の幹部の一人、
当然それは破棄される。
そのはずだったのだが。
「──甘い、リバーカード
既に設置された術式であれば、起動することができなくはない。叫ぶ
しかもそれは、イカサマのピンゾロダイス。確定で111が出る凶悪な代物。
暴れるワヤの影の腕を回避しながら、俺は短く「逃げろ!」と叫ぶ他なかった。
「ぬいもん! ペンデュラム進化!」
「いと
突然ぬいぐるみが一匹、光り輝いてサボテンの形に成長を始めた。訳が分からない。恐らくあれはペンデュラム進化システムだと思われるが、多分その場合
もしくは二人で使役権を分け合うという高度な術式を使っているのだろうか。
「させないよ」
「義によって助太刀いたす!」
刹那、光の刃がダイス三つを真っ二つに切り裂いた。そしてサボテンの手足を封じるように突き刺さる四本の鎖付きクナイ。このこの初動の速さは間違いない、オーベルと剣聖イオリである。
だが当然、ダイスを切ってもイカサマピンゾロの効果は無効化されない。イカサマピンゾロの効果は、時間を止めること──。
(違う! 今一番見失ってはいけないのは、教祖サルヴァの姿! ワヤの攻撃を凌ぐことに精一杯になってはだめだ──!)
時の止まった世界を知覚できていれば、何かわかったかもしれないが。
当然時間の止まった世界など知覚できるはずもなく。
時間がまるで吹き飛んだような奇妙な違和感と共に。
いつの間にか消えている幹部たちを前に、俺は嫌な予感を隠せなかった。
「! ロナ、状況は!」
「後方に敵! 巨大なサボテンです!」
サボテン? と疑問を口に出す暇もなく。
急に視界に大きな影が生まれて。
上を見ればそこには──大きなサボテンが馬車を振りかざしていて。
「
「無駄な抵抗です──!」
千手観音のごとく手を生やした気色悪い巨大サボテンの肩には、教祖サルヴァ、そして幹部四人が勢揃いしていて。
続けて巨大サボテンの掌底が、二掌、四掌、八掌、十六掌、と倍々算のごとく降り注いで。
『むだ むだ』
『むだ むだ』
けたけたと笑う魔獣たちの声。
叩き込まれる圧倒的な連撃。
全てをかわすには、あまりにも準備が足りていない。
英雄エイルが気炎を上げて、「『身代わりの盾』ですわ!」と大盾で皆を守ろうと奮闘していたが、全然防御が追い付いていなかった。
「汝らに加護あれ──生命の息吹!」
聖人アナスタシアが叫んだ。足元に広がる青白い治癒の魔法陣。
負傷を回復するための咄嗟の応急処置。しかし、剣山のごとく針だらけの無数の拳は、受ける俺たちを徐々に消耗させつつあった。
(いや、おかしい! これほどの攻撃、どれだけ魔力があっても足りないはず……! 俺の計算以上に魔力を蓄えていたのか!?)
幸い、人質にできた幹部三人衆は、ろくな武器を持っていない。
人質にした瞬間に、武装解除して魔道具を全部没収できたからである。
それでも奥の手は隠し持っているようで、連中は、爪に隠し塗った魔法陣を発動させたり、己の手首を切ってその血で即興で呪文を書いたりして対応していた。これで武器を持たせたままだったらと思うとぞっとする。やはり相手は一流の術士。
そして話は魔力に戻る。
やはり何度考えてもおかしいのだ。この夢の世界に魔力炉を複数個構築していると仮定しても、どこかしらに無理がある計算──。
「取引をしましょうか、皇子」
複数人格がまざったような、ぞっとするような声で教祖サルヴァは交渉を呼びかけてきた。
「【原罪の樹:色欲】の力を借りて、天空に領地を飛ばすという話ですが──その計画は、我々教団が正式に引き継ぎます。皇子はただ、原罪の樹の支配権を我々に譲っていただきます」
そう言って教祖の少女は急に服を脱いで、背中をこちらに見せつけてきた。
背中には大きな刻印。
そこにあったのは、【宿業を受けし者:憂鬱】という典礼文字。
それを見て俺は、根底からの計算違いを思い知った。
「……サルヴァ、お前、すでに」
「皇子は知らなかったでしょう。……私もすでに、
そこにいる
名指しを受けたオーベルは、「馬鹿な……こんな展開……知らない……」と目を見開いて固まっていた。
ルーク皇子も赤毛のオーベルも、自分の知っている世界では、まだ教祖サルヴァは原罪の樹の力を取り込むことに成功していないと思っていました。