貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、輪廻の英傑と、転生の教祖⑬:その名は教祖サルヴァ

 ──もちろん、注意しておかなくてはならない課題はまだ山積みである。相手の意表を突いた盤外戦術による優位を得たからと言って、それが現在直面する危機を緩和してくれるわけではない。

 

「……だから何だというのですか。この場ですぐにあなたたちを制圧してしまえばよいのです」

「お前たちは俺たちを殺せないんだぜ? 夢の世界で俺たちを殺してしまって、現実世界で二度と目覚めないとなってしまったが最後、お前たちも岩に埋まったまま二度と日の目を拝めないと思ったほうがいい」

「戯言を──」

 

 教祖の少女が指揮棒を振るう。

 羽ばたく蝶の群れが、またもや大きくうねってクジラのような魚影を作り上げる。二匹、三匹、と強大なクジラの数が増えると同時に、彼らは空をぐるぐると回り始めた。その円環からゆっくりと虹色のヴェールが広がって、まるでオーロラ現象か、あるいはシャボン玉の薄い膜のようであった。

 七色の薄膜には絵柄がうねっていた。よく目を凝らせば星座が描かれていることがわかった。そしてそれが、教会によくあるステンドグラスのような模様へと変質して。

 

 ステンドグラスの牡牛座──猛牛が俺たちに向かって突撃してきた。

 とっさに赤毛のオーベルが足元を切り払い、英雄エイルが真正面から受け止めるも、その勢いは殺しきれなかった。牡牛は、()()()()()()()()。そしてそれらは鋭利な刃物となって、俺たちを細かく切り裂く暴風となった。やがて、それらは蝶の群れになり、虹の天へと帰っていった。

 蝶の通り過ぎた跡には、鮮やかな血飛沫が点々と。

 

「殺さなくとも、やりようはあるのです。いたぶる手段は無数にあるのです。貴方たちの四肢が無事である保証はもうありませんよ」

 

 教祖の発言は、ぞっとするほど現実味を帯びていた。

 しかし。

 

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」

 

 天を灼け星花火! と誰かが叫んだ。賢者キルケがすでに多重魔法陣を展開し、詠唱さえも終えていた。

 瞬間、複数の光の粒が天に打ちあがり、そしてあらゆるものを薙ぎ払わんと空気を震わせて連鎖的に爆発を引き起こした。

 空に打ち上げられた大花火。

 まばゆいばかりの黎明の光。

 まさに星花火(スターマイン)の名を冠するにふさわしい極大魔術。

 

 空を泳ぐクジラたちは痛みに大きく吠え、天から燃え尽きた蝶々たちがぼろぼろと大量に落ちてきた。

 その光景に、教祖サルヴァが顔をしかめたのがはっきりと分かった。

 

「……なるほど。賢者キルケ、貴方から潰さねばならないようです」

「!」

 

 び、と教祖サルヴァの指揮棒が、術後の反動で動けない賢者キルケへと向けられる。そこに盾を構えた英雄エイルが割って入った。

 地面が黒く染まり、大量に目が生えた。目には万華鏡のようにきらきら輝く光の粒が埋まっていた。それが小さな星座だと気づいたときには遅かった。

 わらわらわら、とステンドグラスの蟹が大量に湧き出して、賢者キルケや英雄エイル、他の皆の足をじわじわと鋏で千切り始めた。

 

 この蟹の群れに全身を飲み込まれたら死ぬ──。

 

「隙あり! 秘剣・桜吹雪!」

 

 その刹那。

 皆が目をそらしたその隙に、巨大サボテンの左膝に八つの剣閃が迸った。剣聖イオリの一瞬の技前。

 巨大なサボテンが痛みに吠え、片膝をついて崩れた。大量の蟹たちの行動が一瞬乱れる。

 だがしかし。

 

「かかったな──花の十六腕(ディエシセイス・ブラソズ・デ・フルール/dieciséis brazos de flor)」

「!?」

 

 博士(ドットーレ)が、サボテンの傷口から大量に蔦の腕をはやして、逆に剣聖イオリを絡めとって捕まえた。すぐさま赤毛のオーベルが光の刃を振るって救助に向かうも、今度はサボテンの拳が二人諸共を襲って吹き飛ばした。

 そこをさらに畳みかける、大きな蚯蚓(ミミズ)たちと、ウサギの魔獣たち。

 

(……連携に隙が無い、恐ろしいほどかみ合っている)

 

 押し寄せる蟹の波を足で蹴散らしながら、俺は舌を巻いていた。

 普通、人形(ゴーレム)であれ、使役魔獣であれ、使い魔の術者には癖がある。どうしてもその術者特有の動きの特徴や無駄というものが出てしまうのだ。

 それがこんなに、どうして完璧に連携が取れているのだろうか。これが仲間同士の絆というものか。長年の連帯の為せる業だろうか。

 

 否──違う、と直感が囁いた。

 

 相手は入念に備えてくる性格である。だからこそ、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを断言できた。そしてそれは恐らく──。

 

「ロナ、援護を頼む」

「……止めても行くのですね、殿下」

 

 そうだ、と俺は答えた。そんなに辛そうな顔をしないでほしかった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 その姿は、さながら天の女王のよう。

 指揮棒をふるう四本腕の少女は、()()()()()()()()()()()()、それを操っていた。

 教祖サルヴァは、ひどく冷たい目をしていた。

 

「天の門、開かれり」

 

 空泳ぐクジラの群れが、再び魔法陣を形成した。今度はより一層強大な陣が広がっていた。いうなれば、巨大術式の第二段階が始動し始めたといったところであろう。

 

 天の魔法陣に書かれている文字は、メレケト・ハ・シャマイム(מְלֶכֶת הַ שַּׁמַיִם)。

 それは、旧約聖書『エレミヤ書』にて、天の后と例えられた女神の名。

 別の名を、アスタルト、アーシラト、アナーヒター。

 八つの枢要悪の大悪魔の一角、憂鬱のアスタロトの権能。

 

 夢幻世界の交響楽団(終わらない夜のオーケストラ)の指揮者にふさわしい、夜の天の支配者。

 

「二度と来ない朝を待ち望んでいるのですね。可哀想な人の子よ。私が夜を支配しているというのに、朝が来ると思っているのでしょうか」

 

 さながら、彼女こそが夜そのもの。

 世界の半分を支配する存在。

 

 死者の霊魂(プシュケ)を司る蝶の君主。夢に住みつく兎の主人。

 夢の妖精女王。魂の在処を求める者。

 

 それは天の中心。

 その名は憂鬱。その名は大罪。

 

 その名は、教祖サルヴァ。

 

「命までは取りません。どうぞそのまま安らかに……」

 

 慈しみを含んだ声で祈りを捧げる、心優しき化け物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が夜を司っていようがなんだろうが、明けない夜はない。絶対だ。これはお天道様が生まれた時からずっとそうなんだよ」

 

 ふと、下を見れば。

 そこに立っているのは、全身血だらけの青年がぽつんと。

 

「……無理をしましたね、皇子」

()()()()()()って気付いたからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()ここまできた」

 

 皇子の話は、本当に無茶苦茶な仮説であった。確かに殺すつもりはなかった。皇子を人質にできなければ、現実世界に戻った時に岩から脱出する術がないからである。

 だが、皇子の行動は無謀な賭けのようなもの。殺されないという保証がない。

 

 時間さえかけてよいのであれば、皇子以外の人間を外部からこの夢の迷宮にどんどん引きずり込んで、協力者を作って岩からの脱出を手伝わせる──という方法もなくはないのだ。

 その場合、こちらも何日岩の中で体力が持つかの危険な賭けにはなるが──。

 

「殺しはしませんが……その手足を潰します」

「そうか」

 

 言うや否や、巨大サボテンは大きく振りかぶって拳を多数叩き込んだ。ここでうだうだと会話を続けて、油断をするつもりはなかった。この皇子は危険なのだから急いで継戦能力を削ぐべき、という単純な原則に基づいた判断である。

 皇子はそれを避けもしなかった。やたらと頑丈な衝突音。しかし、骨が砕けたような音も聞こえた。なぜ避けなかったのか、という一抹の疑念。

 

「……残念だったな」

 

 ぽつりと。

 血だらけの皇子がそう呟いて。

 

「やっぱりお前たちは、念入りすぎた」

 

 何故か、満面の笑みを浮かべながら。

 そのままゆっくりと歩みを続けて、片膝をついている巨大サボテンの腰元に抱き着いて。

 

「お前たち、使役術を四人で共有しているんだな。誰が気絶しても戦闘を継続できるように、念のためにそうやったんだ。……それが()()()()だよ」

 

 もう一度皇子に巨大サボテンの拳の連撃が降りかかった。

 しかし、皇子は全然離れる様子もなかった。博士(ドットーレ)の花の腕に絡めとられようと、隊長(カピターノ)のぬいぐるみに足を殴られようと、ウサギの魔獣や大きい蚯蚓に嚙みつかれようと。

 その皇子は微塵もひるむことはなく。

 

「命までは取らないさ。無事である保証はないがね」

 

 言うなり皇子は、魔力を循環させ始めて──。

 

 

 

 

 

「ん゛おッ!?」

 

「祈れ。長い夜が終わることをな」

 

 

 

 

 

 目から星が散るような強烈な衝撃。思わず声が出た。というより抑えられなかった。下腹部の魔力が急にめちゃくちゃにかき乱され始めたのだと理解したときには、全てが遅すぎた。

 

 




皇子「最長であと数日間か……」
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