貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
「まったく殿下は、自分の御身を大事になさらず、本当っ、本っ当に……もう!」
ロナ、ラネール、カマソッソの三人からは軽率さを怒られて。
「今思うと素っ裸で夢の世界に連れ込まれたの、結構ひどい仕打ちだと思ってますわよ……」
英雄エイル率いる英傑四人からは、領地に招待してそうそう無茶ぶりしたことを怒られて。
「いやー、殿下の正気疑ったっスよー。公爵閣下の使節をお待たせしてまでお招きした大事な賓客を岩で埋めろなんて、侍女衆の皆さんざわついてたっスからねー」
「あのなあ殿下、ウチらも深夜まで真剣に討論したんやで。百歩譲って牛用の媚薬を盛ったけども、岩で埋めるのははやりすぎちゃうかって」
結局、埋めたあと岩から救助するという、傍から見れば無駄極まりない(あと失礼極まりない)行為をする羽目になった
かくして、夢の世界の大騒動の幕引けは、俺から皆へのお詫び祭りで始まった。
「……なんじゃ、まあ、夢の世界の勝負は決着がついたみたいじゃの。のう、
「ワヤは、問題なかったのか?」
「ん、夢の世界で魂が傷ついたみたいで、虚脱感はあるがの。生活に支障はないわい。
「俺の場合は魂の損傷が酷いから、安静にしろって典医に言われちゃったね」
執務室で休憩をとっていると、ワヤが差し入れの紅茶と焼き菓子を持ってきてくれた。夢の世界で手ひどい怪我を負っていたように見えたので、ちょっとだけ心配だったのだ。幸い、大事には至っていないらしい。
紅茶はいい香りだった。このジャヴァリの地域で取れる茶葉が独特だったので、ちょっといくつか薬草茶や紅茶として挑戦してみたかったのだ。またこの森を活かした新しい産業になるかもしれないなと思うと、嬉しい発見であった。
「安静……?」
「そうだね」
執務室にいる時点で、安静にしていないじゃろうがという怪訝な目がちらりと。
そういうところじゃぞ、と釘を刺されてしまった。耳が痛い。とはいえ多少お目こぼししてほしいところである。暇だから何かやりたかったのと、あと経験上領主の仕事を溜め込んでよかったことなんて一つもなかったので少しずつ執務にあたっている、というのが本音である。
「……すまんな、
「おう」
ワヤの謝罪の呟きには、色んな含みがありそうでよく分からなかった。自分が戦いに役立たなくて申し訳ない、なのか、自分がかつてお世話になった恩人が俺に迷惑をかけて申し訳ない、なのか。いずれにせよ俺は気にしていないので、曖昧に返事しておいた。
「……これで、よかったんじゃろうな」
その呟きは、誰に向けたものだったかは、あえて聞かないまま。
◇◇◇
「我々は旅に出ることにしました、皇子」
「そうか」
数日間の療養を終えて。
少しやつれた顔をした教祖サルヴァは、しかしどこか憑き物がとれたような落ち着いた表情でそう語った。
「我々教団は、原罪の樹の解放を一つでも進めようとして、視野狭窄に陥っていたようです」
「もう原罪の樹の解放には関わらないのか?」
「……どうでしょうね」
一番大事な質問をしたつもりなのだが、肝心の答えをはぐらかされてしまった。それはそれでどうなのだろう、こいつら本当に野に放っていいのだろうか、と考えれば考えるだけキリがない。ただ、こちらの計画の邪魔にならなければ我関せずというのが俺の流儀なので、積極的に邪魔する理由も今のところはない。
もうちょっと正確に言うと、俺は別に
このことを赤裸々にオーベルに言ったら、怒られるだろうなとは思っているのだが。
「じゃあ、俺がこの森の奥にある原罪の樹を好きに使っても?」
「……ええ。もう、この地の計画は諦めます。貴方との勝負はついたのですから」
「そうかい」
教祖の少女は、やや不服そうに自分のお腹を撫でていた。そこには淫紋のようなものが浮き出ていた。
当たり前である。この俺が、危険思想を持つ人物を、何の首輪もつけずに野に放つような真似をするわけがない。ありったけの魔力をつぎ込んで、魂に思いっきり服従の刻印を刻み込んでおかなくては、おちおち夜も眠れないだろう。ということで容赦なく行った。
曰く、高度な呪術師でも、時間経過以外の解呪をあきらめるほどの強力な呪いらしい。
ここ十年近くで何万何千個もの魔石を食べてきた俺が、ありったけの魔力量で刻印を刻み込んだ結果がこれである。果たして、何百年もの間生きてきた魔女サルヴァに服従の刻印が効くかどうかが賭けであったが、この結果を見る限りは大成功したといってもいい。やはり、何万何千個もの魔石を食べて、相手の精神力を牛用の媚薬で弱らせて、さらには《特攻:教団関係者》などの効果がたくさんついた称号を集めまくったのが決め手であろう。
「しばらくは、思い出を振り返る旅にしようと思います。それが終われば、大陸の今まで見たことのない場所を巡る旅にしようかと」
「そうか、きっといい旅になると思うよ」
「その旅の中で、救われぬ人たちに手を差し伸べられたらと思います。夢の世界にこだわらないやり方で、ですが」
教団そのものは、これからも存続し続けるとのことだった。
俺からはあえて何も申さなかった。もちろん流石に、
「俺は俺のやりたいことをやるつもりだ。行く先を阻むものがあれば全力でそれに対処にあたる。これからも、君と対立しないことを祈るよ」
「……ええ。お互いに良い関係を続けましょう」
案外、手打ちとはこういうものである。
全員殺して関係者の根絶で終わるとか、どちらか片方が消滅して終わるというのは物語の中の話。組織の頭同士で落としどころを見つけて終わることが現実には多い。今後、俺の邪魔をしないという言質が取れただけでも御の字であるわけで、服従の刻印まで施すことができてしまったのは大儲けといえる。あえて外交的・政治的文脈で言うなれば、俺は
「今後、帝国領土内に入国する場合は、あらゆる活動に監視の目がつくがいいか?」
「……拒否権はないのでしょう? 当然です、異議はありません。皇子の格別の恩赦に感謝します」
まあ、処刑されないだけ恩情のある措置とは言えよう。領主に害なす時点で処刑されてもおかしくないのだ。ましてや末席とはいえ皇族。一族郎党晒し首になっても文句は言えまい。それが公権力による監視で手打ちならかなり優しい処置にあたる。
とはいえ、『帝国領土内に入国する場合は、あらゆる活動に監視の目がつく』というのも疑問ではあるが。どうやってそれを実現するのかという実効性は限りなく怪しい。こんなのはほとんど言葉だけの処分であり、帝国は捕まえたいときにお前の身柄を拘束する、と言っているようなものだった。
「……ワヤは」
旅に連れていくのか、と俺は質問しようとした。
だが、言葉が終わる前に、教祖サルヴァは首を静かに振った。
「夢の世界で、あの子と戦いました。あの子は私を止めようと全力を尽くしていました。……あの子はいい主を見つけたようです」
「……」
「どうか、ワヤを――あの子をよろしくお願いします」
少し前まで敵対しあっていた間柄だというのに、今はもうすっかりそんな空気はどこにもなく。
教祖の少女は、ある一人の娘のために、深く頭を下げていた。
◇◇◇
「もし僕がただちに原罪の樹を停止させるべきと判断したら、すぐに焼却処分すること。その前提であれば、原罪の樹の封印解放を止めない」
赤毛のオーベルは、ほとんど見送りの準備も整ってないうちに、颯爽とこの領地から立ち去ることを選んだ。
まるで英雄エイルを筆頭とした、四人の英傑たちと顔合わせすることを、極力避けようとしているようであった。
気まずさであろうか。あるいは罪悪感であろうか。
「皆と挨拶していけばいいのに。あの四人だったらきっと、オーベルと仲良くなれると思うぞ」
「……すまない。僕は、使命を優先したい」
「そうか」
どんな使命があるのかは知らない。だが、今会いたくないという気持ちだけは分かった。
彼女の顔は、深く曇っていた。
「また、皇子とも会えるかな」
「なんだよ突然」
「……ごめん、忘れて」
「いつでも会えるよ、いつでも来い」
オーベルの返事はなかった。軽く鼻をすすっている音が聞こえてきた。
「友達になろうぜ、オーベル」
「…………またね」
襤褸切れの外套を羽織った赤毛の少女は、そのまま孤独な足取りでまたどこかへと向かっていった。
深く関わりあうことを恐れているような、いつか来る悲しい別れを恐れて深い仲になることを避けているような、そんな雰囲気が伝わってくるような去り際であった。
「──オーベル! お前は! もう俺の友達だからな!」
去り際の背中に大きな声をかける。
余計なお世話かもしれないが、こういう言葉がたまに心の支えになることだってあるのだ。
赤毛の少女は、背中を向けたまま片手だけ振って答えた。それがどうにも格好つけた、きざったらしい仕草だったので、俺は思わず笑ってしまった。
◇◇◇
ランカスター公シェリル2世は、送り出した使節の女性の報告を聞いて、開いた口が塞がらなかった。
文句を付けにいったジャヴァリの領地が、森ごと空に飛んでしまったという内容だった。
「土と荒地しか残っていないそうです……」
果たしてどんな利権をもぎ取ってやろうか、難癖ならいくらでも付けてやろう、と欲目をかいて考えていた計算が、すべて水の泡になった瞬間であった。
次回予告
領主やりながら冒険者デビューするらしい