貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
後ほど場所を移動する予定です。
河川整備と開拓の途中で、温泉が見つかったという報告がはいって、一番喜んだのはルーク皇子であった。
「本当か!? もし本当なら、泉質や温度などを確かめなければならないな」
ルーク皇子の喜びも尤ものことであった。
古来より温泉は、「奇跡の水」や「神の恵み」として神聖に扱われてきた。発見されたもののほとんどが、修道院や貴族らが権利を独占的に有するもので、聖人の泉などと銘打って巡礼地のようにされたり、あるいは貴族らの秘湯として高貴なものしか足を踏み入れられないように管理されてきた。
医者たちも、皮膚病、リウマチ、関節痛には湯治がよいとして、温泉に浸かることを推奨してきたほどである。
その温泉が森の河川整備の途中で発見されたというのは、予期せぬ幸運だったといえる。
温泉の熱を利用すれば、冬の期間でも、野菜栽培、ワインやチーズの醸造の促進、織物の染色や革なめしができるかもしれない。
温かい水が湧くというだけで、このジャヴァリの地の産業を大幅に促進できる可能性があった。
しかし、全てにおいて泉質が問題となる。
鉱毒が解けている場合は、農業用にも飲用にも適さない。
温泉水は、硫黄、塩分、鉄分、その他酸性成分やアルカリ性成分が含まれていることが多い。土壌塩類が堆積すれば植物は枯死するほか、温泉水によって皮革の硬化や染色の発色阻害が起こる可能性も否定できない。
すなわち、詳細な調査が必要になるわけで──。
「これは、身をもって調査しないとな! そうだろう?」
「…………」
ロナを始めとする臣下たちは、殿下の喜びようをあえて邪魔しようとは考えなかった。
殿下は理由をあれこれ付けているが、どうみても温泉に入りたがっているようにしか見えない。が、それを指摘して機嫌を損ねるほど野暮ではない。それに、温泉に入るのは臣下たちも多少楽しみであった。
◇◇◇
「ああ、なるほど……蒸気か……入浴するには熱すぎるんだな……」
発見された温泉は、熱すぎる蒸気が噴き出る穴であった。いわゆる間欠泉──一定周期で水蒸気や熱湯を噴出する類の温泉ではなく、常にもくもくと蒸気が立ち昇っている種類のもの。
どうやらここは、森に古くから言い伝えが残っている場所らしい。言い伝えによると、かつてここは『争いの女神』が心臓を一つここに落としてしまい、以来ずっと熱い蒸気が立ち昇る場所になってしまった、と。
それも森の長老たちが皆知っているような有名な伝承ではなく、ごく一部の小さな集落にしか言い伝えが残っていないような跡地だった。
おそらく、蒸気が熱すぎて、今までろくな使い出が思いつかなかったのだろう。便利なものとして言い伝えが広まっていれば有名な聖地として祠ぐらいは奉ってもらえそうなものだが、目の前の跡地は、蒸気が立ち上るのをずさんにも放置されているだけだった。
「どうしましょうか? 川の水を引っ張ってくることでちょうどよい温度に冷ますこともできると思いますが……」
「そうだな……源泉の場所が特定できたら、加水するのも悪くないと思うが……」
ロナが提案するも、ルーク皇子は微妙な声音だった。
確かに加水により温度を調整することで、ちょうどよい温度の温水を得る算段は立てられそうである。
工事に危険が伴うことが予想されたが、こちらには
しかし、である。
「……入浴が楽しみだったんだがな」
検地ついでに入浴するのがお預けとなってしまい、ルーク皇子は露骨に残念そうな素振りで落ち込んでいた。
こう見えて殿下は、無類の風呂好きで有名であった。皇子らしい趣味とも言える。温水をふんだんに使う温浴は、燃料の薪を大量に使用するため、帝国首都でも上位階級の娯楽にあたる。貧乏だと出来ない趣味なのだ。
ただし、今回は熱すぎる蒸気。穴の中を潜って調査すれば水源があるかもしれないが、裸で入浴しようものなら大やけどすることは目に見えている。
「……まあ、これはこれで活用方法はあるな」
殿下の声は、少しばかり残念そうであったが、丸っきり諦めているような声音でもなかった。
……………………。
…………。
「
「…………そうですね」
衝立と天幕を手際よく組み立てた殿下は、
本当に危険な御仁である。自分の肢体をこんなに無防備にさらして、襲い掛かる女がいたらどうするのだろうか。もちろん蒸気浴の際は、腰布を巻いて大事な場所を隠してはいるものの、布がしっとりと張り付いていて全然隠れていなかった。目に毒とはこのことである。
こうしてはいられない、きちんと殿下を見張ってなくてはいけない──ということで、ロナとカマソッソとラネールの三名が一緒に蒸気浴に参加しているが、もう既に空気が怪しかった。
「やっぱりロウリュだよなあ、これがまたいいんだ」
殿下の思い付きは、少々風変わりだった。
蒸気の出る穴に、網かごを設置して、石をそこに乱雑に投げ入れていた。
どうやら石を熱するつもりらしい。
確かにああやって網かごで石を熱しておけば、少し離れたところまでなら熱い石を持って帰ることができるだろうな──等と、うすぼんやりそれを眺めていると、なんと殿下はそこに水を少量注ぎ始めた。
水蒸気が大量に立ち昇って、天幕の中が余計に蒸し暑くなった。
殿下曰く、これがロウリュなのだと。
「本当はね、ロウリュの際は、薬草を煮出した水なんかで蒸気を発生させるといいんだけどね」
知らない発想だが、有用な手立てのようにも思われた。薬草の蒸気を鼻から吸引するということだろう。それは確かに、医療行為として新しい可能性が秘められているように感じられた。森の薬師たちに相談する内容が一つ増えた瞬間である。
得意げに語る殿下は、枝葉で肌をぱしぱし叩きながら、椅子にだらんと座ってくつろいでいた。腰布の面積が少々心もとなく、もう少しで見えてしまいそうなので、三人は視線を下に落とさないようかなりの精神力を要した。
「そして、これがアウフグースってやつだ」
「で、殿下!?」
今度こそ殿下の奇行に、三人は目を丸くした。
もう一つ新しい布を持ってきた殿下は、そのまま、急に蒸気を扇ぎだして、熱風ごと三人にぶつけてきたのである。
熱風だけではない。殿下の髪の艶出しに塗られている、柑橘系の香油の香りが直接やってきて、三人はどぎまぎしてしまった。
熱風を思い切り浴びるのは、これはこれで面白いかもしれない。殿下の纏う匂いが猛烈に煩悩を刺激して邪魔してくるせいで、気分が思い切りかき乱されてしまったが。
こうやって布で温風を思い切り浴びせることを、アウフグースというらしい。
「はは、面白いだろ? このロウリュとアウフグースを流行らせてみようかなって思ってるんだ」
ただ蒸気を浴びて垢すりをするだけ。蒸気浴をそんな風に考えていた三人は、殿下の自由な発想に色々と驚きを覚えていた。
蒸気が湧き出ているだけで放置されていたこの場所の活用方法として、殿下のやり方は色々可能性を感じるものがあった。新しいやり方に戸惑う部族もいるかもしれないが、きっと人気を博することは間違いなかった。
問題は、殿下本人にある。
アウフグースとやらで激しく動いてしまったせいか、腰布がずれて、あまりにも煽情的でまずい。
もちろん三人はかなり重用されている侍女なので、殿下の裸は幾度と目にしたこともある。だが慣れるようなものではない。加えて、汗に濡れて、ほんのり上気して赤み差した頬で、楽しそうに笑う殿下である。
いくらなんでも色気が過ぎる。
「……あまりのぼせちゃうとよくないな。川の水で熱でも冷まそうか」
口数少なくなってなんとなく内股になった三人を気遣ってか、ルーク皇子はそう提案をした。もちろんルーク皇子は、三人がただ単にのぼせているだけだと純粋に信じている。何の邪念も感じられない、無垢で朗らかな笑顔だった。
……………………。
…………。
「えっ、冷た、えっ、殿下!?」
「あ、無理しなくていい、無理しなくて、手や足からゆっくり冷やすぐらいで」
身体の汗を、川の水で流すだけ……と思い込んでいた三人は、殿下がまさか川に身を沈めるとは思わず、絶句してしまった。
川の水は確かに心地よい温度だが、あの天幕内の熱室で蒸された後に入るにしては冷たすぎる。
「慣れてないと心臓に負担がかかるからね。もしさっきので本当にのぼせたのなら、絶対無理したらだめだ、いいね」
「いえ! いえ、大丈夫です! 入ります!」
のぼせてないので三人は入った。熱さではないのだ。三人がどぎまぎして挙動不審になっているのは、熱ではなく、ほんの少し邪な気持ちのせいであった。
川の水は冷たかった。鍛えている三人とはいえ、身が強張ることは避けられなかった。
「ひゃ」
ロナの口から、思わず小さな声が漏れたその時。
殿下が「……ん」と水中で足を組み換えた。少し前かがみになっているその姿勢のせいで、三人は気づかなくてもいいことに気づいてしまった。
これは、さすがに刺激が強すぎる──。
「あ、えっと、つ、次は、外気浴、ですね!」
「殿下、先に失礼します」
「殿下の外気浴の準備を整えて参ります」
三人は慌てて水の中から出た。血を吐くような思いでなるべく見ないようにしたが、ご褒美にしては明らかに度が過ぎている。
殿下は言った。蒸気浴、冷水浴、外気浴、この三つを何度かほどよくこなすことで、身の緊張がほぐれ、
しかし三人は、たぶん今日は整わないだろうと直感していた。絶対に無理だった。己の身の浅ましさのせいで、殿下の御身姿のあらゆる光景を、邪念なしに受け止めることができなかった。
今回の実地調査の名目は、蒸気が本当に有用なのかを確認すること。言い換えると、蒸気浴が本当に効果があるのかどうかを身をもって試すこと。
だが三人は、蒸気浴以外のことに思考のほとんどを持っていかれてしまったせいで、せっかくの蒸気浴体験が「殿下がすごく色っぽかった(小並感)」ぐらいの感想で終わってしまっていた。
……………………。
…………。
「…………。あの三人、タオル巻くことを命じておけばよかったな……」
一方で。
皇子の方も皇子の方で、今回の蒸気浴は自制心を試される、厳しい試練だったらしい。
確かにこの世界の常識では、蒸気浴は全裸であった。
腰布を巻いている皇子のほうが一般的ではないともいえる。
川の水のせせらぎを感じながら、ルーク皇子はもう一度、丁寧に深呼吸を繰り返した。