貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します   作:ナロウ・ケイ

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貞操逆転世界の悪徳皇子と、旋乾転坤の探索者稼業③

 探索者。

 

 それは地上に溢れかえる魔物を討伐し、時には前人未到の迷宮に眠る希少な資源を持ち帰る、文字通りの「開拓の尖兵」である。ギルドに依頼が舞い込めば魔物の巣を根こそぎ駆除しに向かい、災厄の兆候があれば危険を承知で調査に赴く。地殻の鳴動による地形変動が起きれば、真っ先に新たな地勢調査を行うのも彼ら探索者の職務であった。

 

 だが、それはおよそ、高貴な身分の人物がやるべき仕事ではない。

 常に死の影が付きまとい、野宿は日常茶飯事。身体をろくに洗うことさえ叶わない、泥と返り血にまみれる過酷な汚れ仕事。

 一般市民からは華々しく見える仕事でも、実情はろくでもないものだった。

 

 

 

 

 

「すみません、新規に探索者登録をしたいのですが」

「あ、えっ、⋯⋯新規登録ですね?」

 

 探索者ギルドの受付にやってきたのは、どこかに気品を感じる青年だった。

 安物の外套を羽織り、革鎧も中古のようだが、立ち姿があまりに美しい。絵になっているとはまさにこのことだった。

 顎を引き、背筋を真っ直ぐに伸ばしたその所作には、泥にまみれた生活感など微塵も感じられない。彼の発する声の響きには、他者に傅(かしず)かれることが当然であるかのような、天性の「圧」があった。

 

 そして、その青年の背後には、場違いな「影」が控えていた。背筋を伸ばし、下がった位置で静かに佇む三人の女性。黒を基調とした地味な旅装に身を包んではいるが、その隙のない立ち居振る舞いを見る限り、彼女が単なる連れではなさそうである。主人である青年を警護する高度な教育を受けた「侍女」であることは、誰の目にも明らかだった。

 

 僅かに見とれていた受付嬢のプレセは、青年の声に我に返ったように答えた。受付嬢として十年以上働いてきたプレセだったが、これほど気品を感じる相手を応対するのは初めての経験であった。

 

「では、魔力の登録からお願いします。申請用紙を記入する間の時間で、魔力紋の登録処理を行います」

 

 手続きの第一歩は、魔力の確認である。個人の資質としての魔力量と、適性のある属性を判別する。魔力紋は指紋や虹彩と同様に、個人を特定する唯一無二の識別票となる。首に下げる認識票(タグ)と、ギルドが管理する巨大な石版にその紋様を登録することで、初めて探索者としての身分が保証されるのだ。

 

 青年は淡々と、しかし確認を怠らない様子で二つの質問を口にした。

 

「水晶が壊れたら、どの程度の賠償金が発生しますか? それと⋯⋯仮に、登録後に魔力量が成長して増えたとしても、ギルドの罰則には当たらないでしょうか?」

 

 その問いは、受付嬢のプレセには奇妙に映った。

 魔力測定で水晶が壊れるという前例は聞いたことがない。否。あるにはあるのだが、それは帝国の誇る宮廷魔術師団の団長が本気を出して水晶を割ったとか、当代の賢者に選ばれた少女キルケが反発し合う多属性を共振させてしまい弾き割ってしまったとか、そんな次元の話である。在野の普通の人間が水晶を割るだなんて話は聞いたことがない。

 

「ええと⋯⋯水晶は帝国工房謹製の魔導具ですので、それなりの金額になると思います。一般市民の一年ぐらいの生活費にはなるでしょうか。

 それともう一つの質問ですが、登録魔力の成長は、定期更新の際の測り直しで問題ございません。どちらかというと、属性が増えたり欠損したりして魔力紋が変質したりすると首元の認識票が反応しなくなるので、認識票の挙動がおかしくなったりした場合は再登録いただけたらと思います」

 

 訝りながらもプレセは答えた。

 自分の魔力によほど自信があるのか。

 あるいは常識に疎く物をあまり知らなかったのか。

 粋がっている発言であれば可愛らしいのだが、もしも調子に乗ったお坊ちゃまがのぼせあがって探索者稼業に身を乗り出してきたのなら、少し釘を差しておかないとまずい。

 

「新規に探索者登録を行った場合、E級からの登録となります。階級制限により危険な任務は受注できないため、ご了承ください」

「探索者学校で基礎科目は修了済みなのですが、この場合どうなるでしょうか?」

「あら、卒業生の方ですか?」

 

 少し期待したのも束の間。

 

「あー⋯⋯途中退学ですね」

「E級からですね」

「あ、はい」

 

 探索者学校の卒業生であれば、ある程度の実力は保証されているという考えから、D級やC級からの登録になる。だが彼の場合、どうやら途中退学らしい。

 こう言ってはあれだが、探索者学校を途中退学になるということは相当素行が悪かった恐れがある。実際、書いてもらった履歴書には素行が悪いことで有名な「勇猛の獅子」寮の記載があった。そんな勇猛の獅子で中途退学に至るということは、この青年、本当に札付きの悪だった恐れがある。

 

 念のため『噂好き精霊の耳飾り』に手をかざして確認すると、その通りの噂が聞こえてきた。魔導具『噂好き精霊の耳飾り』は、精霊たちの噂をこっそりと聞くことができる代物。色んな噂がたくさん聞こえてくるせいで、あらかじめ聞きたい内容を強く意識して集中してないとろくに囁きを聞けないという致命的な欠点があるものの、こういう素性のしれない人物への判定にはもってこいなのだ。ギルドの各支店長に一対だけ貸与されている希少な耳飾りだが、この支店では熟練の受付嬢であるプレセがそれを借り受けて業務にあたっている。

 案の定、この青年からは『媚薬酒で酒盛り宴会を開いたよ』『賭博で大金を巻き上げて、借金を返せない娘たちを手下にしてこき使ったよ』とろくでもなさすぎる噂が聞こえてきた。本当に酷い話だった。

 この青年、見た目は綺麗なのに相当の悪童だった。

 

(魔力に自信があるのかもしれないが、素行に相当の問題がありそうね)

 

 などとプレセが呆れていると。

 

「ちなみに、登録後すぐに、他の探索者パーティと共同で依頼を受けることは可能ですか?」

「? はい、制度上は可能ですが」

「では『黎明の光』の四人と共同依頼を受けるための手続きをしたいのですが」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 まさか『黎明の光』の名前をここで聞くとは思ってもいなかった。

 受付嬢として歴の長いプレセも、流石に無表情を貫くことは不可能であった。【英雄】エイルを筆頭に、【剣聖】イオリ、【賢者】キルケ、【聖人】アナスタシアで構成される、『偉大なる天恵(アイコニック)』を授かった探索者四人パーティ。それが『黎明の光』である。

 恐れ多くも、まさか登録したての探索者が『黎明の光』との共同依頼を希望するとは。

 

「⋯⋯⋯⋯探索者としてのランクを上げていけば、いつかはそういった機会が訪れるかもしれませんね」

 

 笑いもせず怒りもせず、プレセは精神を整えて何とか平坦な声を取り繕って返した。

 失笑の声がどこかしらから聞こえてきた。新人のくせに生意気だ、言葉の意味はわからんがとにかくすごい自信だ、オイオイオイ、死ぬわアイツ、ほう『黎明の光』ですか⋯⋯たいしたものですね、等の冷やかしの声。建物内にいる先輩探索者のお姉様たちが、見た目の格好いい青年をにやにやしながら眺めている。

 

「ああいえ、すみません、実は紹介状を預かってまして」

「…………」

 

 青年はそう言って、胸元から紹介状なるものを取り出してきた。ここでようやく受付嬢のプレセにも、話が読めてきた。

 おそらくこの青年は、かなり高位の貴族なのだろう。そして実家の権力を笠に着て、高位探索者の『黎明の光』と共同依頼を受けようと無理難題を言ってきているのだろう。

 頭の痛くなるような話だった。この手の話は非常によくある話だった。勘違い馬鹿貴族の道楽行為。迷惑千万この上ない。

 

「…………内容を照会いたしますので、奥の応接室にてお待ちくださいませ」

 

 万が一この青年が本当にやんどころのない高貴な出自の青年で、万が一この紹介状とやらが法的効力を発揮するようなものであった場合、断っては国を挙げての問題になりかねない。さりとて無審査で通してしまって、この青年はただ身分詐称をしていた詐欺師でした、という話になってしまっても一大事である。

 胃の痛くなるような厄介話が舞い込んできたことに、受付嬢のプレセは内心で大きなため息をついて呻いた。

 

 こんな無茶苦茶な紹介状を公的に用意できるなど、まさか皇族でもあるまいに。裏を返せば、この文章が法的効力を発する公的なものである可能性は限りなく低い。だが、無視できないのも事実である。

 

(なんでこんな怪しすぎる手紙に、皇室の紋章の印璽がされているのよ……)

 

 皇室の貴族が探索者登録するはずがない。常識で考えればそんなことはすぐに分かるのだが、プレセは心を無にして、自分は働く人形、自分は働く人形だと念じながら奥に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「すまん、四人まとめて申請しようと思ったんだが……」

「大丈夫ですよ、ルーク様。今日一日では申請が終わらない想定でしたので」

 

 にぎやかな酒場の一角にて。

 慰めなのか皮肉なのか分からない物言いで、ロナが答えた。

 外では殿下と呼んではいけないので、様付けで呼ぶことに決めてあるのだが、自分の妻に様付けで呼ばれるのも違和感がある。とにかく腑に落ちない。ラネールやカマソッソ共々、ルークと呼び捨てでも構わないと伝えているのだが、全然そう呼ばれる気配はなかった。

 

「身元不明の侍女が三名*1、そして真偽不明の怪しい紹介状を持ってきた男性が一人*2、すぐに審査が下りるはずがありません」

「事前に伝書鳩で手紙を送ったんだけどな……」

「返礼の手紙もありませんでしたから、多分道中で紛失しているのかと」

「だよなあ」

 

 伝書鳩が殺されたり、手紙をすり替えられたりするのはそう珍しくない出来事である。

 そもそも伝書鳩を保有できるのは、皇室や、大貴族や、修道院など限られた組織の人間だけであり、民間人は民間組織の伝書鳩を借りるしかない。

 かくいう俺も、普段は皇室の伝書鳩を借りたり、帝国貴族の伝書鳩を借りたりして手紙のやり取りをしていたのがほとんどで、探索者ギルドのような民間組織あてに手紙を送った経験は数えるほどもなかった。

 今回は、道中で修道院に立ち寄って、身元を明かして、寄付金を支払って鳩を借りたのだが、それでこの結果である。多分途中で、悪意を持つ何者かにより手紙が紛失したのだ。ひどい話である。俺はこう見えても敵が多いので、心当たりは山ほどある。

 

 悪意を持つ人物は、俺が探索者ギルドにやってきていることを知っている。が、今のところは直接危害を加えに来ていない。こういうのが一番困るのだが。

 

「探索者ギルド側は、突然猛烈に怪しい集団がやってきたことに頭を抱えているでしょうね」

「迷惑かけちゃったなあ……」

「手紙を出しなおしますか?」

「いや、しばらく様子見だな」

 

 酒場の隅でちまちまと庶民の料理を食べながら、俺たちは今一度やるべきことを整理しなおしていた。

 

「別に探索者登録しなくても、野生の魔物を倒してしまっても構わんのだろう?」

「ですね」

「問題ないかと」

「ルーク様の御心のままに」

 

 俺の問いかけに三人とも同意した。問題ありである。

 自分でいうのもあれだが、これは俺の質問が悪い。多分【賢者(キルケ)】あたりがブチ切れる。

 探索者登録はきちんと済ませておいたほうがいい気がする。俺は腕力と財力と権力に自信があるが、腕力と財力と権力で全部押し切ってはいけない*3

 

「でもなあ、今のうちに《地底を這うスライム王》《聖杯を持つゴブリンの騎士王》あたりを討滅したほうが、絶対、将来に禍根を残さないんだよな……」

「放置すると、そんなにまずいのですか?」

「今のところは大丈夫だけど、繁殖力が桁違いだからな……」

 

 史実通りであれば、あと半年は大丈夫だろうと思っているが、逆に猶予があと半年しかないなら手を打っておきたい段階でもある。《地底を這うスライム王》と《聖杯を持つゴブリンの騎士王》は、それぞれ王の名を冠する魔物である。魔物には危険種とか突然変異種とか伝承種とか幻想種とかが存在するが、王を名乗る魔物は大抵、伝承種以上の存在であることがほとんどだ。

 王の名は伊達ではなく、その強さは、大規模な討伐隊を編成して挑む必要があるぐらいには脅威的である。

 なので、探索者になって早々にはその辺の魔物を叩いておきたいところなのだが。

 

「この分だと、探索者登録が間に合わないかもな⋯⋯」

 

 念願の探索者デビュー、まさかの申請手続きで頓挫。

 あれだけ探索者として自由な生活がしたいだの何だの、周囲に放言していたというのに、この有様である。やるせなしとはこのことだった。

 

 

 

*1
帝国支配に叛乱した森の部族の跡取り娘と、帝国暗部機関の暗殺者二名が、まともな身元証明書を出せるはずもない

*2
しかも皇室関係者しか使えないはずの印璽が押されている

*3
当たり前である

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