貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
ジャヴァリの森の、それほど深くない場所にて。
樹齢数百年の巨木が鬱蒼と生い茂り、独自の生態系を作り上げている場所へ、場違いな集団が足を踏み入れていた。
率いるのは、一人の貴族の少年。
この地が並の冒険者すら命を落とす危険な場所だとは夢にも思っていないらしい。実に考えの甘い、世間知らずな貴族のお坊ちゃんの行進だと言えよう。
ろくに舗装されていない道を進む荷馬車の速さは、あきれるほどに呑気だ。
車体には、贅沢な調度品や着替えでも詰め込んでいるのか、やたらと大量の荷物が積まれている。
おまけに護衛の数は片手で数えるほどしか見当たらず、代わりにどこかのお城からそのまま連れてきたような、頼りない給仕や下仕えの女たちがぞろぞろと従っている。総勢で数十人という大所帯だが、戦力になりそうな者は皆無に等しい。
せめてもの魔物避けなのだろう。荷馬車の車輪や荷台には、銀色に光る金物がぶら下げられており、進むたびに、がらがら、きんこん、とやかましい音を鳴らしている。
だが、そんな浅い工夫で遠ざけられるのは、知性のない野生の魔物程度である。人間相手には意味がない。
これほど無防備でありながら、ここまで他の盗賊たちに襲撃されず、無傷で来られたこと自体がいささか不可解といえるほどの強運だった。
「おい、お前ら。仕事だァ」
茂みの陰、木々の隙間から獲物の様子を品定めしていた盗賊団の頭の女性が、低い声で部下たちに呼びかけた。
彼女らの視線の先、木漏れ日がきらめく川辺では、例の美しい風貌をした貴族の少年が、無警戒に水浴びをしている。
透き通るような白い肌としなやかな体躯。
その光景の美しさに、武器を握るのも忘れてぽかんと見とれていた阿呆な連中の頭を、頭領の女性は容赦なく拳で小突いた。
「見惚れてんじゃねえよ。……どうしてあんな大所帯でこんな危険な森を移動してんのかはわかんねえがよ。こいつはまさに、母鳥にひな鳥まで付いてきた*1ってやつだ。神様の思し召しってところだろうね」
頭領の言葉に、女たちは我に返り、めいめい武器を片手にいやらしく舌なめずりをする。
「へっ、あの顔といい、あの柔肌といい……誘ってやがるなァ。荷物を奪った後は、あの坊やを好き放題するのが楽しみだねェ」
下卑た笑みを押し殺しながらも、彼らは夜の訪れをじっと待つことにした。日没までの時間と移動速度、そして付近の水場の位置取りから、襲撃場所はすでに目星がついている。後は、準備だけであった。
◇◇◇
襲撃が実行されたのは、森全体が深い闇と静寂に包まれ、一行が寝静まった深夜だった。
用いる明かりは、必要最低限のものだけ。
夜盗行為に手慣れている彼女らにとって、松明を掲げるなど愚の骨頂である。明るすぎて自分たちの位置を教えてしまう他、松明自身の明かりを見てしまうと明暗差で目が眩んで、夜闇が見通せなくなってしまう。
盗賊たちは腰に小さなカンテラを吊り下げ、その上から厚手の布をかぶせて光を遮断していた。獲物のすぐ近くに接近するその直前まで、気配を殺して進むくらい、彼女らにはお手の物だった。
相手の人数が多いということは、必然的にこちらも力押しになり、多少の乱戦は覚悟しなければならない。
その前提であれば、隠密のための多少の身軽さは捨ててでも、武装は手厚くしていくのが鉄則だ。
不意を突かれた相手は、夜間で衣服もまともに着ていない軽装である可能性が高い。ならば、切れ味の鋭い刃物でなくとも、骨を叩き折る棍棒や、肉を潰すメイスのような打撃武器があれば十分に優位に戦える。
これまでの数々の略奪経験から最適化された、完璧な襲撃計画。
相手は数十人いるとはいえ、そのほとんどは武器の握り方も知らない素人の集まりだ。昼間、護衛と思しき侍女のような女も確かに数人目視できたが、警戒に値するほどではない。相手の戦力はその程度、赤子の手をひねるようなもの。
「さあ、いくぜ! やっちまいな!」
頭領の鋭い号令と同時に、盗賊たちが闇からわっと一斉に攻め込んだ。
あとは淡々と制圧するのみ。誰もがそう確信した、まさにその刹那。
「……やっぱりか。今日、川で水浴びをしてるときに、妙に視線を感じたんだよな」
静まり返ったはずの野営地に、どこからか声が響いた。
恐怖に震える声ではない。その場に似つかわしくないほど、妙に艶を含んだ少年の声。
息を呑む盗賊たちの前に、月明かりを浴びてゆらりと現れたのは、昼間見たあの美少年だった。彼は寝間着どころか、衣服すら乱れていない。
「すまないね。昼間は体力を温存していたからね。夜警はむしろ、俺の仕事なんだよ」
貴族の少年は、首を傾げてみせる。だが、その瞳は暗闇の中でらんらんと怪しい光を放っていた。
「俺にとっても夜のほうが都合がいいんだ。……本気の姿を、他の下仕えたちに見せなくて済むからね」
くすくすと不敵に笑う貴族の少年。その顔には、世間知らずなお坊ちゃんの面影など微塵もなかった。
例えるならば、罠を張り、獲物が飛び込んでくるのを待ち構えていた狩人のような表情。
ぞっとするほど嗜虐的な表情を浮かべる少年を前に、盗賊たちは、自分たちの方こそが飛び込んでしまった「ひな鳥」だったのではないか──と、本能で理解し始めていた。
◇◇◇
(刃物の持ち合わせがないなんて、楽勝だったな。……多分俺をなるべく無傷で抑え込みたいから、打撃武器中心にしたんだろうけど)
その日の収穫は二十人余り。ただでさえ大所帯での移動なのに、ますますの大所帯になってしまい、この剣呑な森からさらに場違いな集団になってしまった。
制圧作業は大変であった。俺とて、二十人全員の魂をかき混ぜるのは骨が折れる。なので、腕が立ちそうな数人に目星をつけて、徹底的に懲らしめるだけにとどまった。他はまあ、武器を破壊したり、手足を折ったり、鳩尾に一発入れて気絶させたり、縄で縛ったり、その場でひん剥いたりと、力業で強引に無力化しただけに過ぎない。
普通、二十対一の戦力差では到底勝ち目がないが、俺には無尽蔵の魔力による身体強化と、それなりの武術の心得と、常人の四倍の天恵の加護がある。野生の熊と一対一で勝てる俺からすれば、二十人が束になってかかってこようがさほど脅威でもなかった。
(……近くに川があるから、こいつら全員まとめて丸洗いしとくか)
ちょっと
野盗の連中は、あまり清潔な見た目をしていなかった。彼女らを家臣に加えるのは決定事項なので*2、ここいらで綺麗にしたほうがよさそうであった。ちなみに丸洗いにするのは俺の仕事である。家臣たちは家臣たちで、食料調達やら地図作りやら調理やら洗濯やら、盗賊の拠点から使えそうなものをかっぱらう仕事*3やらで忙しい。それに脱走を企てられたり武器を奪われて反逆されても困るので、当然の分業だった。
――のちに、年下の少年にひん剥かれて好き放題されたことで何かが目覚めてしまい、「殿下は天使」派閥と対立する「殿下は悪魔」派閥を作り上げる連中が生まれた、という妙な噂話があったりなかったりするのだが、それはまた別の話であった。
ルーク「動物を洗うようにガシガシ洗っているだけなんだけど」
ロナ「動物を洗うようにガシガシ洗われたい人もいるんでしょうね(白目)」