チームプルートのメンバー集めは予想よりも遥かに早く終わった。全てのメンバーを私がスカウトしたわけだが、その顔ぶれは粒ぞろいだ。後は奴らをトレーナーがきちんと制御してくれるかどうかだが―――
「……ま、初めから期待はしてなかったさ。」
「チームの雰囲気が最悪でーす。」
おちゃらけて発言するトランセンドに敵意の籠った視線が向けられる。一応ちらりとトレーナーを見るが、借りてきた猫より頼りになりそうにない。努力は認めるが、この面子に対抗できるような器がない。
「これで5人……とりあえず、チームとしての体裁は整ったな。とりあえず自己紹介から始めるとしよう。」
「言い出しっぺからやらせてもらおう。私の名前はバイツァダスト、ダート専門だ。トゥインクルシリーズには、自分自身の価値を証明するために来た。これからよろしく頼む。」
簡潔に自己紹介を済ませ、軽くお辞儀をする。恐らくはトランセンドのものであろう拍手が、パチパチと一人分だけ虚しく響いた。
「それじゃあ次は―――」
「私にやらせてもらうよ。」
……へぇ、中々意外な奴が名乗りを上げた。こういうのはめんどくさがるタイプだと思ってたんだが。
「はじめまして、諸君。アグネスタキオンだ。まだデビュー前だが、芝を主戦場にするつもりだよ。ここに来た目的はウマ娘の最速の果て―――可能性の先を見るためさ。特にその片鱗を、私はバイツァダスト君の中に見ている。」
そして―――と軽く呟きながら、タキオンはこちらに歩み寄ってきた。……なんだかものすごく嫌な予感がする。
「この通り、最初にジン君から声をかけられたのが私さ。つまり私が彼女にとっての一番と言っても過言ではない!」
「それは過言だ。蹴られる前に離れな。」
タキオンはしな垂れるように私の背中に抱き着き、体重を預けて来る。背中に柔らかな感触が伝わるが、女どうしでは何も嬉しくない。多分私の方がデカいしな。
周りからの……というかシリウスからの視線がより一層冷たくなる。あくまで私は塩対応を続けるが、タキオンは余裕たっぷりという態度で続ける。
「おや、そんな態度でいいのかい? 君ィ、私たちの契約を忘れたわけじゃないだろう?」
「……チッ。わかったから脇腹を指でなぞるのはやめろ。」
ジャージが厚い生地だったからよかったものの、正直くすぐったくてしょうがない。今すぐ振り払いたい衝動に駆られるが契約には逆らえない。タキオンをスカウトする際に提案した、私自身をモルモットにする契約だ。
私は振り向いて薬を受け取ろうとした。だがタキオンは、私に何かを手渡そうとするわけでもなく、ニヤニヤとサディスティックな笑みを浮かべている。
「おっと、記念すべき最初の投薬だよ? ここは共同作業といこうじゃないか!」
「……何?」
「私が飲ませてあげよう。ほら、口を大きく開けたまえよ。」
「おい、調子に乗ってんじゃ―――」
激昂して割り込もうとするシリウスを手で制し、私はタキオンに向けて口を開け、舌を出した。
「早くやれよ。私だって恥ずかしいんだ。」
「……クク、いい子じゃないか。よく味わってくれたまえ。」
タキオンの白くて細い指が顎を下から持ち上げ、私は斜め上の方を向かされる。濁って色のわからないタキオンの瞳の中に、私は確かに嗜虐の悦びを見た。痛みを覚悟したがあくまでも柔らかく、私の舌の上に試験管の冷たさと硬さが伝わって来る。
少し遅れて、どろりとした食感と奇妙な甘さが舌にじんわりと広がる。タキオンの視線と私の視線がぶつかり、思わず目を反らした。小さく喉を鳴らし薬を全て嚥下すると、タキオンは興奮が抑えきれないという表情で笑った。
「どうかなジン君、感想は?」
「……こんな倒錯的なことに二度と巻き込むな、だな。」
「ハーッハッハッハ! 強がる君の顔は実に可愛いよ。」
次に顔に触れたらウインディよろしく噛みついてやろうと思っていたが、何かを察知したのか満足げに尻尾を揺らしながら離れていく。
「野郎……!」
「抑えろ、シリウス。あいつの実力は本物だし、私の夢のためには必要だ。」
鋭い犬歯をむき出しにしながら唸る猛獣2匹を押さえながら、私は口元を拭った。
「……チッ。だが忘れるなよ、必ず私が上を行く。」
「いいだろう。楽しみにしておく。」
「へぇ? なら―――」
「ッ!」
乱暴に腰を抱き寄せられ、タキオンと同じように顎の下を持ち上げられる。
「この場でやってやろうか? 他の奴らに見せつけてやるにはいい機会だろ。」
「……面白い。やり方はわかるのか?」
「………チッ、ピクリとも動揺しねえじゃねえか。つまらねえ。
投げやりに解放され、私は突然自由になった。シリウスは吐き捨てるように、そのまま自己紹介をしていった。
「シリウスシンボリ。ドリームトロフィーリーグに出る。理由は特にねえよ。」
「……口は悪いし態度もデカいが、こんな風に
「なっ……おい!」
「違わないだろ? ―――意気地なし。」
少し流し目を送っただけでたじたじになる。 ……シンボリ家はどうしてこう押しが弱いんだ。
「う~……。」
「ちょいちょい、ダストちん。そろそろウインディちゃんが爆発しそうだよん。」
おっと、放置しすぎたか。早めにフォローしておこう。
「次はチームプルート、1番の期待株だな。ド派手なのを頼むぜ。」
「! ふっふっふ……ハーッハッハッハ! その通りなのだー! ウインディちゃんは、シンコウウインディなのだ! ダートでてっぺんになるウマ娘なのだー!」
「そんでウチはトランセンドね。どうぞよしなに~。」
さらりと自己紹介を済ませたトランは、楽しくて楽しくてしょうがないという表情をしていた。私が提示した生の映画の最前線という条件を早速満たし、彼女の言うゾクゾクが止まらないのだろう。だが、昨日私が言ったのはそれだけではない。
「フゥン……君があの写真を送りつけてきたウマ娘というわけだね? 名前は覚えさせてもらったよ。」
「これからが俄然楽しみじゃねえか。なぁ?」
「圧をかけるな、圧を。」
さっそく新人にガンをつけに行くじゃじゃウマ娘2人を見ていると、人見知りなのか大人しくしているウインディが急に可愛く見えてくる。トランは伊達メガネの奥で瞳を輝かせているが、そろそろ介入しなくては。トランと2人の間に割り込み、上目遣いで彼女らを見つめた。
「―――それに、私以外にそんなに構うなよ。」
……何を言ってるんだ、私は。胸の中の私は絵に描いたような真顔をしていたが、2人が目にした私はそうではなかったらしい。渋々ではあったが、何とか2人を引きはがした。
「役者だねえ、ダストちん。」
「あまりからかうな。顔から火が出そうなのをなんとか抑えているんだ。」
自己紹介をするだけなのに、めちゃくちゃ疲れた。私の一人芝居を延々と見せつけられた観客たち―――トランセンドとトレーナーの反応は、雪と墨のように対照的だった。ニヤニヤと笑みを浮かべて面白そうなトランに、あたふたしてばかりのトレーナー。この人に自信を持たせるのは、もう少し時間がかかるだろう。
「トレーナー、貴女からも挨拶をもらいたい。いいだろうか?」
「えっ、あっ、は、はい!」
「……本当に頼むぞ?」
大きく咳払いをしたのち、トレーナーは小刻みに震えながら言った。
「わ、私がこのチーム『プルート』のトレーナー、リリースパイダーです! これからよろしくお願いします!」
「……。」
どっちが育成されるウマ娘なのかわからない。あまり頼りがいは感じられないが、チームメンバーの反応はどうだろうか……と不安になりながら反応を窺うと、意外や意外悪くない。
「ウマ娘のトレーナー、悪くないじゃないか! モルモットは多ければ多いほどいいからねぇ。」
「よろしくねートレちゃん。」
「……にっしし。中々いい反応しそうな奴なのだ……。」
……本当に悪くない反応なのだろうか。とんでもない受難の日々が待っているような気がするが……まあ、初めて出会った日に見たあの瞳。タキオンの言葉を借りるなら、狂った色をした瞳。私の見立てが間違っていなければ、彼女はチーム『プルート』のためならなんだってするだろう。それこそ、得体の知れない実験だろうと、日常的に襲い来るイタズラだろうと。
だがそんな浮いた雰囲気をただ一人、認めない人物がいた。そいつは鼻を鳴らし、威圧するように話だした。
「……フン、そんなに怯えんなよトレーナー。実績も経験もねえアンタには、
「ッ……!」
「……。」
制止しようかと思って、やめた。これはトレーナー自身が乗り越えるべきだ。
「……それは、私自身が一番よくわかってるよ、シリウスシンボリ。」
「へぇ?」
「ダービーウマ娘に、カブラヤオーの再来、名門からやってきた才能の申し子……そんな凄いウマ娘たちをあずかれるほど、私は腕のあるトレーナーじゃない。あなたの言う通り、私はただのお飾りだ。」
「でもそれならせめて……せめて、あなたたちに恥じない飾りでありたい。頼りなくてみすぼらしい飾りだけど、今に必ず豪華で煌びやかなものになってみせる。」
「……ハッ、なら精々努力するこったな。」
……やっぱりこいつは頼りになる。年長者として、シリウスシンボリはチームの地に足のつかない不安定さを引き締めてくれた。私たちは仲良しこよしをしに来たわけじゃない。ここにはそれぞれの目的があり、それを果たすために集まった。
「よし、それじゃあここに宣言する! チーム『プルート』再始動だ!」
――――――――――――――――――――――――
「そ、それじゃあ早速アップして、その後は併走トレーニングをしていこうか。ダート組と芝組に分かれてね。併走だからって手を抜かず、今の段階で出せる全力を見せてほしい。」
「フゥン、まずは私たちのデータが欲しいというところかな?」
「う、うん。全く知らない0からのスタートだから。」
「まあいいだろう。だが、ジン君のデータは私が……。」
「情報収集ならウチがやっておこっか? そういうの得意分野だからね。」
「トランセンドの情報は信用できる。お前はシリウスとちゃんと走っとけよ。」
「つれないねえ……ま、ダービーウマ娘と走れる機会というのは悪くない。よろしく頼むよ。」
「フン、どっちが上かってのを教えておかねえとな。」
「おい! 早く走るのだ!」
自分で作っておいて何だが、何とも凸凹なチームだ。勝てば人も集まるだろうと思っていたが、正直華もない。というより、華はあるけど棘まみれと言うべきか……。
「しかし、やけに周囲の視線が多いな。今日出来たようなものなのに、妙に注目を集めている。」
「あぁ、それなら不思議じゃないよ。だってこのチーム、めちゃ話題になってたし。」
「そ、そうなのか!? ウインディちゃんも目立ってるのか!?」
「そりゃねー。だって最初のメンバーがバイツァダスト、その後アグネスタキオンだよ? どんなコネ使ったんだって皆気にしまくりだったんだよねー。」
「お、おお……! って、それじゃウインディちゃんを見に来てないのだ!!」
「今から頑張ればいいだろ。ほら、併走行くぞ。」
騒がしいが、初めての本格的なトレーニングだ。ようやくレースに向けた活動が出来ている気がする。私とウインディ、トランがスタートに横一列に並んだ。
「トレーナー、合図頼む。」
「オッケー……スタート!!」
一斉に飛び出した私たちは、トランセンドがハナをとる展開になった。私に走り方のセオリーの知識なんてないから、選抜レースの時はとにかくスタートダッシュだけ練習した。無理にでも先頭をとれば、後は誰にも抜かされないよう走ればいいだけだと思っていたからだ。
だが今こうして、まさしく後塵を拝す展開になってみると新たな発見が多々ある。
(凄い砂だ……! 前に一人だけなのにこれなのか!)
トランセンドが蹴り上げた砂が、後ろを走る私たちを襲う。体に当たった場合は服に遮られ大した影響はないが、顔に向かって飛んでくるのがヤバい。目に入りそうになったり、口内でジャリジャリしたり……本番では先頭をとるのが丸そうだ。
(―――と、普通なら思うんだろう。)
だがこの障害、この不安感! 溜まっていくフラストレーションが薪となり、闘争心がメラメラ燃えて来る。目の前を走るトランの背中が、憎たらしくてしょうがない。誰の許可を得て、私の前を走っているんだ!
「トランセンド! そこを譲れ!!」
「……ッ! はは、いいじゃん! ゾクッと来たぁ!!」
「ぐぅ~~~……ッ!!」
トランセンドの速度が更に上がるが、私の足もまだまだ十分に動く。ここからさらに、二段三段ギアを上げられる!
(速く、速く、もっともっと速くッ!! 誰にも、私の前を走らせたくない!!)
不意にガクンと、トランセンドのスピードが落ちた。スタミナ切れだろうか? だがどちらにせよチャンス、今こそ先頭を奪い取って――――
「ストップストップ!! ジン、もうゴールしてるって!!」
「……は?」
後ろを振り向くと、確かにゴール板を通り過ぎた後だ。トランセンドは大粒の汗をかきながら、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべていた。
「嘘だろ? まだまだ走れるぞ。」
「1000mだから早く感じたのかな……。走ってる時、周りは見えなかった?」
「……トランセンドの背中だけしか見てなかったな。」
それならラップ走のトレーニングと……後は最高速を高めるために瞬発力を……と、ブツブツ呟きながら何かをメモしていくトレーナー。私にはよくわからないが、後でタキオンやシリウスに確認してみるとしよう。
「ダストちんおっつー。最後の直線、迫って来るダストちんめっちゃゾクゾクしたよ。追われる感覚……クセになっちゃうかも。」
「私も追いかける方が性にあっているのかもしれない。楽しかった。」
「ウインディちゃんは!? ウインディちゃんはどうだったのだ!?」
「……すまん。普通に後ろにいたから気づかなかった。」
「うぅ~~~!! 今度からお前の前を走ってやるのだ!」
走ることに興味はないと思っていたが、本当は違ったのかもしれない。幼い頃、ルドルフやシリウスと走るのは楽しかったし、今の併走だって夢中になってしまった。私は走るのに興味がないんじゃなく、興味がないフリをしていただけなのかもしれない。
「じ、ジ~ン! ちょっと来て! 2人がジンが見てないと走らないって言いだしちゃって……!」
「わかった、今行く!」
今日再始動したばかりのチーム『プルート』。中々、楽しい日々になりそうだ。