玉の輿では終われない   作:春雨シオン

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Part11 デビュー戦

 本格的に始動したチーム『プルート』は、すこぶる順調に成長を重ねていた。トランセンドの情報収集及び分析、アグネスタキオンのデータを基にしたアプローチ、シリウスシンボリの経験から成るコツや定石の指導……様々な教えを吸収し、私の走りはどんどんと磨かれていく。

 

 だが、未だ解決できない問題もある。

 

 

「ふぅ……トレーナー、どうだ?」

 

「うーん……。一人で走った時と、併走相手がいる時とで露骨にタイムが違うんだよね。それに併走でも、前の方にウマ娘がいない場合はガクンと遅くなる。」

 

 

 困り顔で告げられた事実には、私も正直自覚症状がある。前を走るウマ娘がいるときは体がかあっと熱くなり、走る脚にも力がこもるのだが、前に誰もいないコースを走る時はイマイチ気分が乗らない。気分が乗らないと走る力も湧いてこない。

 

 

「どうしようかな……。バイツァダストの一番の強みは無尽蔵のスタミナだけど、それを最大限に活かそうと思ったら。狂気的なラップタイムに相手を巻き込んで、強制的にスタミナの削り合いの泥仕合をさせるのがいいと思うんだ。つまり逃げ……その中でも大逃げレベルで走るのがいいと思う。」

 

「それだと私の気分がな……。いや、そうも言っていられないよな。一人で走るのを繰り返してみよう。」

 

「うん。どうしても無理そうだったら、差しや追い込みのトレーニングもしていこう。」

 

 

 私のデビューまでにはまだまだ時間がかかりそうが、うちのチームには既にいつでもデビューが出来そうな奴が二人いる。

 

 

「ダストちんおっつー。ウチのメニューは一通り終わったよん。」

 

「私もとっくに完了済みだ。ほらジン君、グイッといきたまえ。」

 

 

 タキオンから差し出されたプロテインを受け取り、私は一息に飲み干した。相変わらずやたらと甘い。体にいい成分ばかりを配合したものと聞いているが、この甘味はどう考えてもタキオンの趣味でしかないだろうと疑っている。

 

 ……こういうものを作っている分、トレーニングの時間は取れていないはず……それなのに、トランセンドとアグネスタキオンの二人は私と違ってすぐにでもデビューが出来そうだ。レースの理論やセオリーは既に頭に入っているし、ウイニングライブのレッスンも無難にこなしている。

 

 

「お前たちはまだデビューしないのか?」

 

「ま、多少はね? 今は対戦相手の情報集めしてるとこ。」

 

「私はレースに出走するとしたら、それは対戦相手のデータを集めたいが故だが……正直トラン君からの情報で間に合っているんだ。芝での走りはまた異なるから、それなりに有望なウマ娘が出てきたら考えるさ。」

 

「そうか……。」

 

 

 私はトレーナーの、『強いプルートをもう一度取り戻したい』という願いに共感し、拠点をここに定めた。チームのメンバーは適当な奴らを口説いて保たせ、そいつらと共に勝てば周りがついてくるだろうという算段だった。

 

 

「そんじゃ、早速ゲットしたデータの分析してくんねー。」

 

「私も実験に戻るとしよう! いいのが出来たら、すぐに君に飲ませてあげるから期待してくれたまえ!」

 

「あ、ああ。」

 

 

 早々にグラウンドを去っていく二人の姿を見送りながら、私の胸に一抹の不安がよぎる。二人が向かっているのは、チームプルートの部室跡地だ。私としては、貧乏だったころの暮らしを思い出せるあの場所は、復讐心とでも言うべきモチベーションを燃え上がらせるのに最高の環境だったのだが、仮にもダービーウマ娘が所属するチームがそういう部室だと、学園全体の士気に関わるらしい。あれよあれよと校内の綺麗な一室を与えられ、使われていない旧部室には簡易的な実験道具やパソコンが持ち込まれ、メンバーたちの第二の拠点になっている。

 

 

(……あいつらを放置していていいのだろうか。)

 

 

 深く付き合っていけばいい一面も見えてくるのかもしれないが、今の私が2人に抱いている印象はサディスティックで足が速いマッドサイエンティストと、あちこち嗅ぎまわり本人ですら把握していない情報を持つ退屈嫌いな変人だ。どちらもデータを扱う彼女らはいろいろと共感する部分もあるらしく、放置していたら何かよくない反応が起こりそうな気がする。

 

 一度生まれた不安はあっという間に私の胸に膨れ上がり、トレーニングにも中々身が入らない。少しばかり効率を落としながらメニューを完走した私は、引き上げるトレーナーと別れて小走りで旧部室へと走った。建付けの悪い扉を力ずくにこじ開けると、薄暗い室内でパソコンと薬品の明かりに狂気的な笑みを輝かせる2人が見えた。

 

 

「おやぁ? 何だいジン君、もう待ちきれなくなってしまったのかい? それとも私に会いたくなってしまったかな?」

 

「い、いや……ちょっと様子が気になっただけだ。」

 

「そんなつれないことを言わないでおくれよー。ちょうど今試作品が……」

 

「と、トレーナーに呼ばれたからまた後でな!!」

 

 

 バタンと扉を閉め、今度は全力疾走で離れる。久しぶりに監禁の危機感を覚えた。

 

 

「勝てば評判も上がるし、新入部員も増えると思っていたが……」

 

 

 大丈夫なんだろうか。冷静に考えて、今のチーム『プルート』は相当近寄りがたいのではないか? カワイイとキラキラに満ちた青春を想像した彼女らを待ち受けるのは、美しい華と同時に鋭い棘を隠そうとしない薔薇たちだ。

 

 

「……と、とりあえず今は考えないでおこう。まずは自分の問題から解決するんだ。」

 

 

 まずはトレーナーと話し合ってみよう。旧部室ではなく、現部室に私は向かった。スライド式の扉を開くと、トレーナーは真剣な面持ちでパソコンに向かっていた。

 

 

「トレーナー、すまない。今大丈夫か?」

 

「あっ、うん。大丈夫だよ。2人の様子はどうだった?」

 

「まあ、相変わらず不気味だったな……。と、それより私の走りだ。何かいい解決策はないだろうか。」

 

「前にウマ娘がいないと闘争心が掻き立てられない問題……だよね。私の方でもいろいろ事例を探してみたんだけど、中々前例がなくて……逆ならいくらでも見つかるんだけどね。闘争心がありすぎて、周りのウマ娘に気をとられすぎる時の対策……。」

 

「そうか……。」

 

 

 私たちの間に重く、苦しい沈黙が流れた。気まずい雰囲気を振り払うように、トレーナーは努めて明るい声を上げた。

 

 

「ま、まあまだまだこれからだよ! どのみち瞬発力を鍛えるトレーニングは必要だし、スタートに失敗して逃げがとれなかった時だってあるわけだしね。そうなったら正しいレース理論が頭に入ってるのは大事だから、そんなにデビューを焦る必要もないんじゃないかな。」

 

「そうだな。闘争心の問題以外にも、私にはまだまだ基礎が足りていない。ありがとう、トレーナー。もう少し地盤を固めてみようと思う。」

 

「うん、それがいいと思うよ! それに、さ。バイツァダストが結果を焦ってくれてるのは嬉しいけど、そこまで背負い込まなくていいんだよ。」

 

「……何のことだ?」

 

 

 トレーナーは柔らかな笑顔を浮かべて告げた。

 

 

「お飾りでも私は、このチームのトレーナーだからね。このチームに向けられた羨望も嫉妬も、全部理解してる。でもそれまで、あなたに解決してもらおうとは思わないよ。」

 

「! ……気づいていたのか。」

 

 

 トランセンドからの情報を待つまでもなく、このチームが周囲からあまりいい印象を持たれていないことには気づいていた。主な原因はトレーナーにある。経験も実績もないのに、多くの有望株をチームに引き入れ、潰れかけのチームはあっという間に期待の新星に生まれ変わった。その躍進を面白く思わない者は多い。

 

 幸いメンバーはそういった感情を向けられることに慣れているのか、さほど気にしている様子はない。不安のタネのウインディも、皆から注目されてるのだとむしろご機嫌になっているほどだ。無論、私も例外ではない。昔から『呪い』のせいで、そう言った羨望の的になるのはよくあることだった。好きでもない奴を袖にしただけで妬まれ恨まれ……はっきり言ってやってられない。

 

 

「うん。でも、バイツァダストがいつも言ってるように、それは勝てばいいことだから。今はとにかく、デビュー間近のトランセンドとアグネスタキオンに全力投球だよ。2人を勝たせることが私の仕事だし、それは貴女が気にしなくてもいいことだから。バイツァダストも、チームのことばかりじゃなくて自分のことも大事にしてほしいな。」

 

「……そうか、わかった。すまないな、気を遣わせて。」

 

「ううん、こっちの台詞だよ。明日からも頑張ろうね!」

 

「ああ。トレーナーも、あまり無理しないでくれ。それじゃ。」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ひとまず問題を先送りにした私は、それから基礎的なトレーニングに励んだ。一番時間のかかるスタミナトレーニングをほぼ省略できる分、時間をとにかく筋トレとレース理論の勉強に費やした。充実した日々は目まぐるしく過ぎていく。そしてある日、それは唐突に告げられた。

 

 

「あ、ダストちん。ウチ今度の日曜にデビューするから。」

 

「そうか……え!?」

 

「あっはは、その顔が見たかったんだよね! いつもクールでかっこいい所ばっかだったから、結構新鮮な感じだ。」

 

 

 いたずらっぽく笑うトラン。まったくデビューの雰囲気なんて感じさせなかったが、どうやら情報を得ることに長けている奴は情報を隠すことも得意らしい。

 

 

「どこでやるんだ?」

 

「阪神……って、何々? まさか、応援に来てくれるとか?」

 

「当たり前だ。私のデビュー戦の前に、雰囲気も感じられるだろうしな。」

 

 

 レースの勉強の一環で沢山のレースの映像を見てきてはいるが、実際のものとはやはり感じ方が違うはずだ。それにチーム『プルート』の一番槍、見届けないわけにはいかない。

 

 

「他の奴らも連れていくか?」

 

「ん~……ま、トレちゃんがいたらそれでいいんじゃない? もちろん、皆来てくれたら嬉しいのは嬉しいけどねん。皆忙しいんだし、付き合わせるのも申し訳ないじゃん?」

 

「それなら縄をつけてでも全員連れて行くさ。お前のために一日も捧げられないほど、薄情な奴らじゃない。」

 

「……そう? そんじゃ、ダサい走りしてらんないねー。」

 

 

 早速トレーニングしてくる……と、トランセンドは駆け出した。その眩しい笑顔は、デビュー戦の成功を否が応でも予感させた。日曜日を楽しみにしながら、私も自身のメニューに取り組んだ。

 

 

 そしてついに、その日が訪れた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここが阪神レース場……当たり前だが、北海道のそれとはまるで違うな。」

 

「ジンやウインディも、その内使うことになると思うよ。」

 

 

 私が思ったよりもあっさりと、チームメイトたちはトランのデビュー戦の応援に同行してくれた。特にタキオンが不安要素だったが、中々いいところあるじゃないか。

 

 

「ダートのレース、それもデビュー戦の割には客が入ってんな。」

 

「……そうなのか? かなり空席が目立つと思っていたが……。」

 

 

 私の台詞に、シリウスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「ハッ、それはアンタがG1しか見てねえからだろ。ダートは芝に比べると地味だし、デビューする前のウマ娘なんざ、よほどの注目株じゃねえと見に来ねえよ。」

 

「そういうものか……。」

 

「う、ウインディちゃんのデビュー戦はこれよりもっともっと注目されるのだ!」

 

「あはは……あっ、出てきたよ!」

 

 

 トレーナーの指差す先を見ると、体操服にゼッケンをつけたトランセンドが出てきた。いつもとは違い、伊達メガネをつけていない。

 

 

「トレーナー、どうだ? トランセンドは勝てそうか?」

 

「……うん。対戦相手に突出して強そうな子はいないと思う。」

 

「投票でも1番人気のようだねぇ。」

 

 

 タキオンの言葉通り、実況に堂々の一番人気と紹介され、トランセンドには多くの期待が寄せられているようだ。

 

 

「確かに順当に走れば勝ちだろうよ……だが……」

 

「シリウス、何か不安要素があるのか?」

 

「トランの奴をよく見てみな。はっきり言って、落ち着きがない。」

 

 

 言われた通りに見てみるが、私には普通の態度にしか思えない。確かにいつものような余裕たっぷりの笑顔はないが、それにしたって集中しているだけじゃないのか?

 

 

「わ、私もシリウスに賛成だよ。すごく緊張してるんだと思う。」

 

「アンタもよく見ておくんだな。練習と実践はまるで違う。」

 

 

 レース経験者たちの言葉には重みがある。私はトランに視線を戻し、真剣に見つめた。出走者たちが全員ゲートに入り、一斉に駆け出した。大歓声がそのスタートを後押しし、走るウマ娘たちの足にも力がこもる。

 

 

「始まった!」

 

 

 トランは逃げを練習していたはずだが、スタートはあまりよくない。トレーナーの言葉通り、ダートは逃げや先行が主流であるため、8人のうち実に6人がハナを奪い合う展開になった。その中で出遅れたトランセンドはやや後方に付けざるを得なくなり、逃げは完全に封じられた。

 

 

「大丈夫なのか……!?」

 

「時計はシニア級を出したことだってある! 今からだって、十分に取り返せるはずだよ!」

 

 

 トレーナーの言葉通り、トランセンドは走りながら少しづつ順位を上げている。このまま最終直線に突入して、後はぶっちぎるだけだ。

 

 

「いけいけー! そのままなぎ倒すのだー!!」

 

「……フゥン、あれは駄目だねえ。」

 

「タキオン……? どういう意味だ?」

 

「そいつと同じってのは気に入らねえが、私も同意見だ。見てなジン、トランは負けるぜ。」

 

「何……!?」

 

 

 そんなわけがない、トランセンドが敗けるわけがない……そう信じていたが、最終直線での伸びが足りない。必死の形相で走る彼女は、結局最後まで目の前の一人を抜くことが出来なかった。

 

 

『1番人気のトランセンドは2着! 1着は―――』

 

 

 大きく肩で息をするトランを呆然と見ながら、私は呟いた。

 

 

「……何でだ? 何故トランは負けた?」

 

「簡単な話だよ、ジン君。ラップタイムがぐちゃぐちゃなのさ。」

 

「ラップタイム……? それこそあり得ない! あいつは誰よりも入念に準備してたんだぞ?」

 

「データは嘘をつかないものだとも。声援に驚いたか、それともスタートに失敗して焦ったか……どちらにせよ、彼女本来の走りではなかった。帰ってきたら聞いてみるといい。」

 

 

 不意に私は肩を叩かれ、反射的に振り向いた。シリウスだ。シリウスシンボリが、いつもとは異なる真剣な面持ちで私を見つめていた。

 

 

「これが現実のレースってことだ。実力がある奴が勝つんじゃねえ。()()()()()()()()()が勝つのさ。」

 

「……とりあえず、控室に行こうか。トランセンドを迎えてあげないと。」

 

 

 トレーナーの声に無意識に頷き、私はフラフラと観客席を後にした。トランを迎え、励まさなければ……それを頭ではわかっていたが、心はレースに置き去りにしたままだった。

 

 

(トランセンドは勝てる……強いウマ娘だった。だが現実にはこうして、1位を譲っている。)

 

 

 これがレースの現実(リアル)。心血を注いで磨きぬいた走りを、発揮できないまま終わることさえある戦場。その厳しさの前に私たちチーム『プルート』は屈し、初戦を黒星で終えたのだった。

 

 

 

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