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私がシンコウウインディと出会ったのは、昨日の夕方のことだった。ドリームジャーニーと別れ、人通りが少なくなった頃を見計らって寮の自室に帰って来た時だ。何気なく部屋に入った私を出迎えたのは、右手に走った強い痛みだった。
「痛ッ!? な、なんだ!?」
「わーっはっはっはー! ビックリしてるのだー!」
痛みが走った部分を見ると、小さな噛み跡がついている。こいつ、私に噛みついてきたのか?
「な、何だお前! 何考えてるんだ!」
「ウインディちゃんのこと知らないなんて、お前勉強不足なの……だ……。」
噛みついてきたウマ娘は、私の顔を見て固まった。私の中でかつてのローマの皇帝が短刀で刺され、お前もかと呟いて血の海に沈む。……私の未来の姿を見たような気がして、頭を振ってそのイメージを追いだした。
「もういい、とにかく自己紹介をしよう。私はバイツァダスト、今日からこの部屋で一緒に寝泊まりする。お前は?」
「……はっ! う、ウインディちゃんはウインディちゃんなのだ! し、シンコウウインディちゃんなのだ!」
「そうか。まあ、これからよろしく頼む。」
私に対する反応を見るに、シンコウウインディもどこかの御令嬢なのだろう。態度からはそんな気配を微塵も感じないが、甘やかされまくったドラ娘というところか?
「……。」
「おい。……おい、シンコウウインディ。」
「な、何なのだ!」
「こっちの机とベッドは私が使っていいのか? それから、長いからウインディと呼んでも?」
「……! ふ、ふーん! ウインディちゃんは悪の魔王だからな! 子分にはそのくらい許してやるのだ!」
「誰が子分だ。 ……まあいい、とりあえず私は荷解きをするから、少しうるさくなるぞ。」
事前に置いておいた鞄から私のあまり多くはない私物を取り出し、机やクローゼットに仕舞っていく。やけに背後から視線を感じるが、今は無視しておこう。
「……お前、それ以外に荷物はないのか?」
「ああ。意外か?」
「だ、だってちっちゃなカバン一つしかないのだ! そんなの―――」
「おかしいか?」
「―――!」
何を言おうとしていたのかは知らないが、振り向いた私を見てウインディは口をつぐんだ。 ……きっと、相当ひどい顔をしているのだろう。コンプレックスをいきなり刺激されたからといって、大人げない態度だった。
(……駄目だな。せめて同室の奴とくらい、いい関係を築いておかなくては。私の目的のために、ここで余計な心配事を作るべきじゃない。荷解きもちょうど終わったし、少し話しかけてみるか。)
「その……悪かった、ウインディ。少し疲れてたんだ。」
「私は北海道から来たばかりでな。よかったら、色々話を聞かせてくれないか?」
「…………ふぇ? そ、それは……ウインディちゃんのこと、聞きたいのか?」
「ああ。時間が許す限り、出来るだけ色々と知りたいな。」
「―――! にっしし……どぉーしても知りたいっていうんなら、教えてやるのだ!」
何とか機嫌は回復したらしい。少なくとも瞳に怯えの様子はなく、むしろ輝きを取り戻したようにも見える。しばらくはウインディの話に付き合うとしよう。
「ウインディちゃんはなー! 生まれてからずーっとすごかったんだぞ! お父さんもお母さんも、うちの社員もみーんな、ウインディちゃんのことを褒めていたのだ!」
「でも……幼稚園で知ったのだ! この世界がヘンだってこと!」
『うちの社員』……こいつは社長令嬢かなにからしいな。そして世界が変だと来たか。確かにそれは身に染みてわかっている。
「まあ確かに、世界には妙なことがあるな。」
「そうなのだ! ウインディちゃんがご飯を食べても、靴を脱いでも、お昼寝をしても……全然、誰も、褒めてくれないのだ! 誰もウインディちゃんに注目しないのだ!」
「だからウインディちゃんは、自分から目立ってやることにしたのだ! イタズラをしたり、暴れたり……悪の怪人になってやるって決めたのだ!」
「でも……それだけじゃ、全然足りなかったのだ。イタズラは楽しいけど、すぐに皆から忘れられるのだ。だからウインディちゃんはここに来たのだ! トゥインクルシリーズにでて、一番すごいウマ娘になって……!」
「皆に注目される、世界一のウマ娘になるのだ!」
つまるところ、こいつは子供の頃からずっと甘やかされて育った結果、承認欲求を拗らせまくったわけだ。自分が一番、世界は自分を中心に廻っている……そう信じ切っている。正直、私が一番嫌いなタイプだ。
……だが、中央のトレセンに合格しているあたり、こいつも只者ではないのは確かだ。恐らく、小さな頃から専門的なトレーニングを積んできたのだろう。莫大な財産を築いた資産家は、たいてい次に名声を求める。海外の金持ちは色んな所に寄付をする習慣があり、ノブレスオブリージュなんて綺麗事で隠してはいるが、結局のところ名誉が欲しいのだと私は思う。
とにかく金持ちは名声を得るため、色々な方法を使う。そのうちの一つであり、そこそこポピュラーなものに『優秀なウマ娘を輩出する』というものがある。家に生まれたウマ娘に幼い頃からトレーニングを積ませ、トレセンに入学させるケースも多い。シンコウウインディも、その一人ではないだろうか。
……くだらない、とは思わない。
「そうか。ウインディは大きな夢があるんだな。いいことだ。」
「……! お前もそう思うのか?」
「ああ。頑張れよ。」
「……ふっふっふ! お前、中々話がわかるのだ!」
「そりゃどうも。ところで……。」
この部屋の中に入った時から気づいていたが、洗濯籠に入れられているジャージがやけに泥で汚れている。もちろんターフも下は土だが、ここまで汚れることはないだろう。ということは、こいつの専門は芝ではなく……
「ウインディはダートのウマ娘なのか?」
「そうなのだ! お前、中々勘のいい奴なのだ!」
「そうか……私もダートが専門なんだ。これからはライバルになるかもしれないな。」
「本当か!? お前、ウインディちゃんと一緒に走るのか!?」
露骨に機嫌がよくなり、満面の笑みを隠そうともしない。だが私としても、こんな身近にいてくれるとは嬉しい誤算だった。私の夢……というより、目的。
(最初の獲物は決まった。『シンコウウインディ』、お前だ。)
恨みはないが、目的のためだ。獲物に毒を仕込んで、力尽きるまで何日も追い続けるコモドドラゴンのように。どこまでもお前を追跡し、そして喰らいつくしてやる。
――――――――――――――――――――――
(……と、そう思っていたはずなんだがな。)
初日の威勢はどこに行ったのかと、自分でも呆れそうになる。注目されるために悪事を働くという、ウインディの厄介さを舐めていた。見た目や態度に反して高等部のウインディとは、学内で遭遇する機会も多い。その度に落とし穴や水のトラップなど、やけにこった仕掛けのイタズラをくらう。まだ出会って二日目だというのに、随分懐かれてしまった。
そして今もまた、部屋に入った私はまんまとイタズラに引っかかり、こうして醜態をさらしている。ムカつくことこの上ない。
「にっししし……やっぱりお前にいたずらするのが一番面白いのだ! もっともっとウインディちゃんに注目するのだー!」
「クソ……。ああもう、私はこれからやらなきゃならないことがあるんだから、邪魔するんじゃないぞ。」
いつまでもウインディに構ってはいられない。私は自らの机に向かい、鞄から名刺やらポスターやら、選抜レースの後に押し付けられた資料を広げる。
(とりあえず、テイオーとマックイーンが言っていたスピカとやらは……これか? 本当に?)
入部しなきゃ埋める……ただそれだけの簡潔な文章が、力強い達筆で綴られている。こいつら、まともに勧誘する気があるのか?
リギル、カノープス……チーム以外にも、個人のトレーナーの名刺も複数ある。これは後で、ホームページでも探してみるとしよう。とにかく軸としては、私のやりたいようにやらせてくれるのが前提だ。実績もなく、金もなく、それでいてやる気だけはあるようなチームがいい。我ながらめちゃくちゃなことを言っている自覚はあるが、選べる立場を精々利用させてもらおう。
「む~……つまんないのだ! ウインディちゃんを放っておいて、何やってるのだ!」
「あっ……おい!」
後ろから伸びてきた手がさっとチラシを掴み、止める間もなく奪われる。
「何なのだ、これ? ポスター?」
「はぁ……まあ隠すようなものでもないか。私のレースを見て、チームに入ってほしいって奴が寄こしたんだ。」
「レース……ってことはお前、スカウトされたのか!?」
「まあな。そこに置いてあるポスターだの名刺だの、全部スカウトに来た奴らのものだ。」
「こ、こんなに……。」
私の机を見ながら、呆然とするシンコウウインディ。わなわなと肩を震わせる様子を見て私は―――正直、スカッとしていた。何度もイタズラを繰り返していた相手が、引く手あまたのウマ娘だと知った気分はどうだ? 初めて与えた、恵まれたウマ娘への一撃に酔いしれる。
「……~~っ! むかつく! むかつく、むかつく、!!」
「おい、怒るのはいいが破るなよ。そのポスター。」
「うるさいのだ! 子分のくせに生意気なのだ!! これじゃ、ウインディちゃんなんか……っ!」
両方の拳を握り締め、肩を震わせている。よほど悔しかったのだろう。まあ、私の知ったことではないが。精々敗北を噛みしめてもらおう。薄笑いしながらウインディを見つめていると、彼女はおもむろに扉に向かって歩き出した。
「おい、そろそろ門限だぞ。どこに行くつもりだ。」
「もう決めたのだ! もうやめるのだ! レースも、頑張るのも……! 全部全部、もう嫌なのだ!」
「そうか。まあ、消灯までには帰って来いよ。」
バタンと大きな音を立て、乱暴に扉が閉じられた。甘やかされまくった我儘放題のあいつには、このくらいいい薬だろう。うるさい奴がいなくなって、チームの厳選にも集中できそうだしな。
「鬼の居ぬ間に洗濯……さっさと終わらせるか。」
――――――――――――――――――――
予想通り、ウインディのいない静かな部屋での作業は予想以上にはかどった。結論としては、どこもイマイチ惹かれない。一番希望に沿いそうなチームはカノープスだが、何と言うか緊張感が足りない。リギルは論外だ。ルドルフがいるし、トレーナーは徹底した管理主義と聞いているからな。
(まあこれ以上は明日以降の面談をしてからにするか……。もうすぐ消灯だし、体にもダメージが残っている。速めにベッドに入ろう。)
シャワーや歯磨きを済ませ、さっさとベッドに潜り込む。真っ暗な部屋の中、疲れた体を柔らかな大地に放り出す。5分もしないうちに眠りの世界に旅立つかと思っていたが、予想に反して中々寝付けない。原因ははっきりしている。私の向かい側にある、空っぽのベッドのせいだ。
「……何を考えているんだ、私は。関係ないはずだろう。疲れてるんだし、さっさと寝ろよな。」
寝返りを打ち、反対の壁側を向く。とにかく意識からそれを追い出そうとしたが、つい扉の方に耳を傾けてしまう。もしかしたらガチャリと開く音がして、廊下から誰かが帰ってくるかもしれない。
「……ああ、クソ。今からやることは眠れないからやるだけだ。そうに決まってる。」
誰も聞いているはずのな言い訳をしながら体を起こし、薄い生地の靴下を履く。素足だとペタペタと音が鳴るからだ。廊下に出る扉に耳をくっつけ、外に誰もいないことを確かめる。こっそりと部屋を抜け出し、唯一心当たりがある場所に向かって歩き出す。
ストーカーから逃げまわることで磨かれた隠密スキル。私にスキルツリーがあるなら、どれほど歪なものになっているのだろうか。本当に、何が役に立つかわかったものじゃない。こうして誰にも見つからず、目的地までたどり着けたわけだからな。
「空き教室……やっぱりここにいたか。」
「……! お、お前! なんでここがわかったのだ!?」
スマホの微かな明かりに照らされ、涙目のシンコウウインディが体育座りしているのが見える。椅子だってあるのに、わざわざ教室の隅で床に座って震えている。
「静かにしろよ……。もう他の奴らは寝てる時間なんだからな。」
「う……。」
ウインディはイタズラをした後、すぐにどこかへ走り去ってしまう。だがそれを執念深く追いかけ、こっそりとこの場所を突き止めていた。イタズラに使うタネ……落とし穴を掘るスコップや、大容量の水鉄砲なんかが隠してある、このイタズラの倉庫とでも呼ぶべき場所を。
「ほら、帰るぞ。私は眠いんだ。」
「う、うるさいのだ! ウインディちゃんは……ウインディちゃんは……!」
……ああ、そうか。このグズグズと泣き言を言う姿を見てようやく、私は私がここに来た理由を理解した。ウインディの手首を掴み、無理矢理に立たせる。ビクリと怯えた反応はするが、抵抗はしようとしなかった。
「いいか、シンコウウインディ。私はお前に勝ちたい。」
「な……何を言ってるのだ?」
「お前とレースをして、お前を倒したいんだ。それが何だ、走る前から逃げ出しやがって。やめるんじゃない。やめないでくれ。レースに出るんだ。」
「……な、何だお前。ウインディちゃんがやめたらいやなのか?」
少しだけ顔が緩んだ。こいつはおだてて持ち上げてやった方がいいようだな。
「お前は両親だけじゃなく、会社の人からも褒められたんだろ? それに私から逃げる時の瞬発力、目を見張るものがあった。お前はすごいウマ娘だ、違うか?」
「……ち、違わないのだ! ウインディちゃんはすごいのだ!」
「そうだろう、そうだろう。だからお前はこれからもレースに出て、スカウトされて、トゥインクルシリーズに出るんだ。そして私と競い合うんだ。」
「出るのだ! お前と勝負するのだ!」
「よし、なら帰るぞ。もう門限どころか消灯寸前だが……まあ、一緒に説教されてやる。」
逃がさないように、ウインディの手をしっかりと握って寮に向かって歩く。いつもなら離せ離せと喚くところだろうが、夜中ということもあって静かなものだ。帰り道ではあっけなく寮長のヒシアマゾンに見つかってしまったが、ウインディを連れ戻しに行っていたこと、初犯であることなどが考慮され、私は運よく情状酌量と相成った。ウインディは朝になったらありがたいお説教を賜ることになったが、仕方のないことだろう。
「はあ、ようやく帰ってこられた。さっさと寝るぞ。」
「わ、わかったのだ……。」
ウインディは意外にも素直に歯磨きをし、さっさとパジャマに着替えた。そこまではスムーズだったのに、後は寝るだけというところでモジモジしだした。
「そ、その……今日は……」
「……気にするなよ。同室で、同じダートの仲間だろ? このくらい、どうってことないさ。」
「―――! ふ、ふーん! やっぱりお前はよくできた子分なのだ!」
生意気なだけの子供かと思っていたが、礼を言うくらいの良心はあるらしい。いいところもあるじゃないか……と思っていた矢先、私のベッドにもぞもぞと潜り込む感触に鳥肌が立つ。
「……おい、何してるんだ。」
「お、お、お前がいいって言ったのだ! 今日はその……お前が寂しいだろうから、ウインディちゃんが一緒に寝てやるのだ!」
「…………もういい。早く寝ろよ。」
シングルベッドには、二人の女子高生を受け止めるほどのスペースの余裕はない。せまっ苦しいし暑苦しいが、ウインディは満足げに寝息を立てている。
(……やれやれ、すっかり安心した顔しやがって。)
散々迷惑をかけられたはずなのに、何故か怒る気にはならない。頭の中で理由を探ると、小さな頃の思い出に行きついた。薄い布団にくるまり、二人でくっついて眠った寒い冬の夜のこと。
「……もう少し、待っててくれ。母さん。」
なんだか急に寒くなった気がして、ウインディの頭を胸に抱いた。少しだけ、温かくなった気がした。