玉の輿では終われない   作:春雨シオン

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Part9 情報屋とのデート

 トランセンドから送られてきた集合場所と時間に了承の返事を返し、私はウインディと同じベッドで眠った。翌朝指定の場所に行くと、ぶかぶかのコートといやに長いネクタイをしたトランセンドが手を振っている。一歩間違えればダサくなりそうな奇抜なファッションだが、彼女には妙に似合っている。

 

 

「ありゃ、ダストちん制服で来たんだ?」

 

「ああ。私はロクに服を持ってないからな。白いTシャツとジーパンの女を連れて歩きたくはないだろう。」

 

 

 私はとにかく貧乏だったから、自分の私物もほとんど持っていない。母は気を使っていろいろ買ってくれようとしたが、家計のことを考えれば買ってもらう方が心苦しかった。今は奨学金をもらいながらトレセンに通っているが、支給された金額は学費や生活費だけではなく、いくらか余剰分がある。小遣いまで用意してくれるとは、支援機構も懐がデカい。

 

 

「ふ~ん。そんじゃ、まずはショッピングにしよっか。ダストちんをウチ好みにコーディネートしちゃうよん。」

 

「……まあいいさ。私はよくわからない。」

 

 

 とりあえず私は服屋だかブティックだかに連れていかれ、そこであれこれ試着させられた。トランセンドの着ているような奴は似合わないだろうと思っていたが、彼女は意外に無難なものを選んだ。

 

 

「ガーリーなのは普段着ない感じなん?」

 

「そうだな……ファッションに興味もなかったし、金をかけたくなかったからな。母さんから化粧をならったこともあるが、最近はさっぱりだ。」

 

「え、これすっぴんマ? まつげバシバシ肌ぷるぷるじゃんよ。」

 

「まあ、これからダートの土で汚れる顔だ。綺麗なのを見られるのも今日だけかもな。」

 

「そんじゃ、とびきり可愛くしてあげなきゃねん。あ、これとか似合うんじゃない?」

 

 

 手渡された服を見て、本当に似合うのかと訝し気な視線を向けた。だが渡してきた本人は自信満々にサムズアップしているし、とりあえず着てから判断してみようと、私は試着室に向かった。

 

 

「どうだ?」

 

「うわ、かーわいー! めっちゃ似合うじゃん。」

 

 

 手渡されたのは真っ白なワンピース。裾が長いのだけが気になるが、ゆったりとしたシルエットで動きやすい。

 

 

「そうか。私も結構気に入っている。」

 

「お、どこどこ? 一番お気にのポイントは?」

 

「値段だ。」

 

「コマンド―? まだお金払ってないんだから、ひき逃げしたりしないでね?」

 

「お前は何を言っているんだ。」

 

 

 トランセンドは妙な反応をしてきたが、このワンピ―スは実際安い。肌ざわりが若干悪いのがその要因だろうと思うが、それほど気にならない。

 

 

「私服で集合と言われたからな……安いし、今日はこれを着て過ごすか。」

 

「お、よきよき~。じゃあとりま写真撮ろ写真。友達に自慢しよ~っと♪」

 

 

 私の肩を抱き寄せ、トランセンドは掲げたカメラに映るように顔を近づけた。

 

 

「ほらダストちん、指ハートつくってよ。」

 

「舐めるなよトランセンド。私とて指ハートくらい出来る。」

 

 

 これでも花の女子高生だ。多少は勉強している。

 

 

「お、いいじゃーん! それじゃ早速……パシャリと。」

 

 

 自撮りをした後、私はトランセンドに色々な場所に連れまわされた。その場所全てに共通するのは、意味不明で摩訶不思議な場所ばかりだということ。遅いけどそろそろお昼にしようかと入ったアンティークカフェでは正体不明のゲテモノ料理を提供された。味はよかったから、まあよしとしよう。

 

 食後のコーヒーを二人で楽しんでいた時、トランセンドはポツリと呟くように尋ねてきた。

 

 

「……ね、ダストちん。今日どうだった?」

 

「悪くない一日だった。私一人じゃ絶対に行かないようなところで、一々新鮮な驚きがあったな。」

 

 

 何より、高級店と言えるようなところが一つもなかったのが素晴らしい。私に遊びを誘ってくる奴なんて、どいつもこいつも銀座で寿司だのミシュラン3つ星だの言いやがって、マニュアルでもあるんじゃないかと疑うほどだ。

 

 

「その礼と言っては何だが、そろそろ話そうか。私が周囲のウマ娘たちを魅了してしまう、この身の『呪い』について。」

 

「呪い―――ヤバ、めっちゃゾクゾクするじゃんよ……! あ、メモとっていい?」

 

「……まあ、いいだろう。だが誰にも話すなよ。」

 

「まずは、私の過去に触れる必要がある。少し長くなるぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「会長……お誘いは嬉しいのですが、あまりにソワソワしすぎでは?」

 

「す、すまないなエアグルーヴ。だがどうも一人でいるのは……。」

 

 

 所変わって、別のカフェの店内。トレセン学園のツートップ、シンボリルドルフとエアグルーヴもまた、貴重な休日を二人での外遊に費やしていた。

 

 

「バイツァダストが来てから、会長はすっかり変わりましたね。」

 

「やはりそうか……きっと以前より、情けない姿を見せてしまうことが多くなったのだろうな。」

 

「そんなことは……! ……いえ、そうですね。前の貴女の方がクールでした。」

 

「……君は以前より手厳しくなったな。」

 

 

 苦笑しながらカップを傾けるシンボリルドルフ。そんな彼女を真っ直ぐと見据え、エアグルーヴは堂々と言い放った。

 

 

「ですが、今の会長はとても親しみやすくなったのではないかと思います。こういっては何ですが、超越的な雰囲気がなくなったというか、角がとれたというか……。」

 

「……! そうか、嬉しいよ。」

 

「ですが、彼女にも困ったものですね。わざわざバイツァダストが出かけることを知らせてくるとは……。」

 

「私をからかうためだったとしても、シリウスの方から話にきてくれるのは嬉しいことだとも。」

 

 

 実はこの外出の少し前まで、ルドルフは生徒会室に籠りきりになっていた。全てのウマ娘の幸福……そのためなら日進月歩、一日たりとも休んでいる暇などないと仕事に励んでいたのだ。

 

 

『休みの日にまでお仕事かよ。会長サマは相変わらず勤勉でいらっしゃるな。』

 

『! シリウス……!』

 

 

 そこに現れたのが彼女の幼馴染であり、恋敵でもあるシリウスシンボリ。出入口に寄りかかるように立つ彼女は、悪い笑みを浮かべながらルドルフに告げた。

 

 

『だが、アンタがその背負い込む必要もねえ業務にかかりきりになっている間に、お友達は大人の階段を上ってたりしてな。』

 

『どういうことだ……!』

 

『デートだよデート。アンタの知らねえウマ娘と、今外出してんのさ。』

 

『な……!』

 

 

 ルドルフは頭を思い切り殴りつけられたような衝撃を受けた。眩暈がして立っていられず、書類を握る手もおぼつかない。

 

 

『か、彼女をデートに誘うのは私か……そうでなくとも、君が最初だと思っていたのに……。』

 

『……言うなよ、そんなこと……。』

 

 

 互いに脳を直接攻撃しあう応酬の後、シリウスシンボリは用は済んだとばかりにふらふらと部屋を出て行った。ルドルフは仕事を再開しようとしたが、まるで何も手に着かない。仕方なく気晴らしをしようと外に出たが、一人だけだとあれこれ嫌な想像ばかりをしてしまう。苦肉の策として頼った副会長は、これ以上なく嬉しそうに誘いを受けたのだった……。

 

 

 

「改めて謝罪させてほしい、エアグルーヴ。折角の休日だというのに、私のようなつまらない女につきあわせてしまったな。」

 

「そんな……! 誘っていただいた時、本当に嬉しかったです。やっと真の意味であなたの右腕になれたようで……。」

 

「……ありがとう。そうだ、何か私に頼みなどはないか? 今日の礼がしたい。」

 

「この時間が何よりの褒美です。あなたと時間を共にすることが出来る幸甚に浸らせてください。」

 

「そうか。ならついでに、私の話を聞いてくれないか? バイツァダストと共に過ごした、幼少期のことだ。」

 

「この話は紅茶のお茶請けとしてはあまり面白いものではないかもしれない。私の―――ある種、告解のようなものだからな。」

 

「ぜひ聞かせてください!」

 

 

 ルドルフは小さく笑い、ゆっくりと語り出す。その顔が何故か、少しだけ寂しそうだとエアグルーヴは思った。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 バイツァダストと知り合ったのは親の繋がりだった。彼女の父親は頭角を現し始めた新興企業の社長でね。互いに繋がりを強めるため、家族ぐるみでの交流が何度かあったんだ。

 

 

「はじめまして! 私はバイツァダスト! ねぇ、あなたはなんてお名前?」

 

 

 月並みな表現だが、世界に色がついたと思った。一目惚れだったさ。彼女の一挙手一投足、全てが魅力的に見えた。後に彼女と知り合ったシリウスもきっと同じ気持ちを抱いたんだろうな。ラモーヌは……彼女は昔から、底がしれないものだからな。

 

 

 何度も何度も、速さを競いあった。彼女と競り合うのも、彼女を巡ってシリウスと戦うのも楽しかった。シリウスは何度もバイツァダストに質問していた。

 

 

「なあ、ジン! オレとシリウス、どっちがかっこよかった!? どっちの方が好きだ!?」

 

「ずるいぞシリウス! ジン、私だろう?」

 

 

 どっちの方が好きか……子供だから出来る、単純で残酷な問いだ。でもそう言われた時彼女は、決まってこう答えた。

 

 

「どっちもかっこよくて、どっちも大好きだよ。」

 

 

 ……どっちも好き。答えになってないと怒りたかったが、彼女の笑顔を見ていたらそれでいいと思った。ずっとずっと、こうしていたいと思っていた。

 

 

 だがいつしか、歯車が狂った。空前絶後の大不況が襲い掛かったのだ。私の両親も、バイツァダストの親御さんたちも……自らの事業を守るため、忙しく駆け回っていた。目元が窪み、目元に濃いクマを作る二人を夜に見るのは辛かった。

 

 だが、バイツァダストのそれは私の比ではなかったはずだ。

 

 

「―――亡くなった? バイツァダストの、お父さんが……?」

 

「……そうだ。私たちは通夜に出るつもりだが、お前はどうしたい?」

 

 

 いくつもの企業を抱え、いわゆる富豪という立場にあった男性の最後の別れとは思えないほど、質素で小規模なものだった。資金繰りのため駆けずり回り、疲れで朦朧とした末の事故だったと聞いた。 ……バイツァダストは、父の遺体と顔を合わせることさえできなかった。

 

 

「ジン、大丈夫だ。私がずっとそばにいる。」

 

「……うん。ありがとう、ルナちゃん。」

 

 

 バイツァダストは母親の傍を決して離れなかった。無理もない、ただ一人残った親に縋りたい気持ちでいっぱいだったのだろう。私も、シリウスも、彼女を全力で支えるつもりだった。

 

 

 ―――だが彼女は、私たちの前から姿を消した。私たちに、一通ずつの手紙を残して。

 

 

「……ジン。」

 

 

 その時からだった。全てのウマ娘に、幸福を。私が今も掲げる理想は、一人の幼馴染を救えなかったことから始まっていたんだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「と、こんなところだな。父さんの残した遺産は、負債とほぼ相殺された。私と母さんは身一つで放り出されたが、マイナスからのスタートにならなかっただけよかったと思うべきだろうな。」

 

「それで……北海道まで行ったってこと?」

 

「母さんの旧友を頼ってな。……いかん、思ったより昔話が長くなったな。とにかく私の一族に生まれる女は、金持ちや権力者を魅了するという宿命を持って産まれてくる。その女が誰かと結ばれ娘を産んだならば、その娘に呪いが移る……その最後尾が私ってわけだ。」

 

「……俄かには信じらんないけど、実際魅了されてる子たちがいるわけだしな~。ねね、それって産まれた時から効果あんの?」

 

「さあな……。いくつから呪いが発現するのかはわからない。確かめようと思ったこともない。」

 

 

 話を終え、私はもう一度コーヒーのカップを傾けた。唇を十分に湿らせ、今思いついたように話かける。

 

 

「そうだ、もう一つ情報を頼む。気になってるウマ娘がいるんだ。」

 

「お、なになに? ウチの情報はギブアンドテイクの等価交換だけど?」

 

「コーヒーのお供に、ここのデザートを奢ろう。チーズケーキなんてどうだ?」

 

「いいじゃん。契約成立だね。」

 

 

 店員を呼び、私は2人分のチーズケーキを注文した。離れていく背中を見送ったのち、トランセンドを見据えて話した。

 

 

「私のチーム……『プルート』は人材不足でな。チーム存続のために、あと一人必要なんだ。」

 

「それでスカウトがしたいってわけね。」

 

「そういうことだな。私が欲しいと思った奴は、ダートのウマ娘だ。情報通で、何を欲しがっているのかはわからない。それを私が提供できればスカウトも可能かと思ってな。そいつが何をレースに求めているのか、調べてほしい。」

 

「……ふーん? ひょっとしてその子、トから始まる名前じゃない?」

 

「勘がいいな。その上、ドで終わる名前をしている。」

 

 

 トランセンドの表情が緩み、いたずらっぽく笑う。私の意図に気づいたらしい。

 

 

「うーん、そうだねえ……。その子は別に、レースの勝敗とかは気にしてないっぽいよ? 走るのも別に好きじゃないしね。」

 

「面白いな。じゃあそいつ、何が目的なんだ?」

 

「その子はね、退屈な日常が大っ嫌いなんだ。昨日と同じように過ぎていく今日を生きるのが何よりも嫌だ。だから、レースの中でゾクゾクを感じたいの。未知のものを見た時に感じるようなゾクゾクをね。才能があって、努力を重ねて、磨き上げられた強者たち……。その強さと強さがぶつかった時、魂から震えるような何かがある! 私はそう信じてるし、それを見たいと思ってるんだ。」

 

「ならうちがピッタリだな。ダービーウマ娘、マッドサイエンティストに、競争相手に噛みつくじゃじゃウマ娘。極めつけに呪われたウマ娘ときた。少なくとも、退屈はさせない。」

 

「結構いい感じなんじゃない? でももう一押し欲しいかなあ?」

 

「……ま、いいだろう。今から面白いものを見せてやる。」

 

 

 私はスマホを取り出し、LANEを起動する。先ほどトランセンドから送られてきた写真を転送する。相手はもちろん、プルートのチームLANEだ。

 

 ほんの一呼吸も置く前から、ピロンピロンと通知音が鳴り響く。私のスマホ、通知が来た時の振動で空に浮かぶんじゃないだろうか。

 

 

「と、このように……私の周りは生のドラマに満ちているわけだ。これを一番の至近距離で眺める……もしくは、自分も役者として混ざる権利。これでどうだ?」

 

「……ふふっ、面白いじゃん。でも私、ゾクゾクは感じたいけど、刺されたいわけじゃないよ? 結構長生き願望強かったりしてね。」

 

「刺激もないのに生きていてもつまらんだろう。違うか?」

 

 

 トランセンドの笑みが一層濃くなり、私に綺麗なウインクを返した。

 

 

「交渉成立、オッケーだね。チーム『プルート』最後のメンバー、トランセンドだよ。」

 

 

 

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