〈プロローグ〉 第二王女の誕生
王都ホバンスの王宮は普段よりも活気に満ちていた。それは、聖王国に新たな王女が生を授かったからである。生まれながらにして神々しく、かつ可愛らしい姿に今代の聖王も顔が緩んでいる。
「なんと可愛らしいことだ……。」
「聖王様、王女様に見惚れるのは構いませんが、お名前をお決めにならなければ……。」
娘に見惚れて心ここにあらずといった状態の聖王に、側近が助言する。この出産に立ち会うために出席していた貴族達は御名前が決まるのはいつかいつかと待ちわびている。
聖王は一度、第二王女を産婆へと預け、第一王女であるカルカにも劣らぬ美しさを持つ子になるであろうと考え、名前も良きものにしようと一考する。
「よし決めたぞ!第二王女の名はリリア!リリア・ベサーレスとすることを宣言する!」
この宣言と同時に、出席していた貴族達は「聖王様万歳!第二王女様万歳!」と声を上げる。突然の歓声に驚いたのかリリアは泣き始めてしまったが、その泣き声はこの歓声の中では聞こえるはずもなく、産婆がリリアをなだめていた。
この数時間後には、王宮の礼拝堂において洗礼式が執り行われ、昼間の出来事であったことから、城下の人々も通りへと出て第二王女の生誕を祝い、国全体が祝賀ムードとなっていた。
しかし、この時の出産で聖王妃は以前より悪かった体調が悪化し、数年後、子供達の成長を見ることなく、この世を去ることとなる。
聖王妃が亡くなった後、聖王は聖王妃が授けるはずだった愛情も加え、カスポンドやカルカ、リリアを過保護といえるほど可愛がるようになり、優秀な者たちを教育や側仕えとして任用した。
そんな愛情を受けながら、三人は大きな病気や怪我を負うこともなく成長し、教育者達からも「王子様も王女様方もとても優秀であらせられます」と聖王に報告が行くほど、たくましく育った。
「特に第一王女であらせられるカルカ様は三人の中でも一番に優秀でございます」
「カルカ様は素晴らしい心をお持ちで……」
「カルカ様は……」
こうした報告に聖王は喜びつつも内心では困ったものだと考えていた。本来であれば、王位継承順として王子であるカスポンドに王位が継がれるべきであるが、周囲の側近達、そして神殿勢力は第一王女であるカルカを聖王女として継がせるべきだと考えている。
(カスポンドに王位を継がせれば南部の支持を得ることはできるが、北部の支持を失う。カルカに継がせれば逆か……。)
カスポンドやカルカ、リリアを出産した聖王妃は南部の大貴族出身であった。世間では南部との友好のための政略結婚であると考えられているが、実際は建国記念式典の際に今代の聖王と出会い、互いに一目惚れ、いわゆる恋愛結婚である。互いの身分差も少なかったことから、結婚には何の問題も起きずにその後は北部と南部も万事うまくいっていた。
聖王妃が亡くなるまでは。聖王妃が亡くなった際、聖王は国全体で喪に服したが、そんな中である噂が南部を中心に広がった。
それは聖王が聖王妃を毒殺したというものだ。
聖王妃と聖王の関係の真実を知る一部の側近からすればそれはないと断言でき、王宮医の診断もあることからありえないと反論できるが、それまでの南部との関係性と真実を知らないことを考慮すればこの噂が広まるのも当然と言えた。
(この噂のせいもあってか、王妃が亡くなってから南部は途端に手のひらを返すようになった……。カスポンドに王位を継がせなければ、さらに亀裂は深まるだろう……。)
南部貴族は神殿勢力が取り込みつつあったカルカやリリアではなく、聖王妃が可愛がっていたカスポンドを取り込もうと接触を繰り返していた。
王都は北部の中心に位置しており、側近の貴族や神殿勢力も北部の勢力である、王家の安寧を考えるのであれば、カルカを聖王女として即位させなければならない。そうしなければ、母体ともいえる北部での支持を失うことになる。南部は以前より関係が悪かったが、ここで北部の支持も失うことになれば、王家による統治は困難となるだろう。
(少しでも良い国を……。分断されていない一つの国家として、子供達に残したかったが……。)
聖王は椅子から立ち上がり、窓へ近づく。見下ろすと王宮の内庭でカスポンドとカルカ、リリアが仲よく遊んでいる姿が見える。自身の悩みを知らずに無邪気に遊ぶ三人を見て、思わずふと笑みがこぼれる。
(王妃よ……。私達の子供たちは元気に日々過ごしているよ……。)
そう心の中で想いながら、雲一つない快晴の空を見上げた。