バルブロはカルカを黙らせると再び聖王国の大臣達へ文句を言おうしたが、背中に走る突然の寒気に動きが止まる。感覚が鈍いものでも感じ取れるほどの殺気が部屋中に広がるのをその場にいた誰もが感じ、一部の者は具合が悪くなってしまうほどだ。カルカがすぐに後ろを振り向くと今にも剣を抜きそうなリリアの姿が目に入る。
「リリア!」
カルカが恐ろしい殺気を放つリリアに声を上げる。
すると、リリアは剣の柄から手を放し、先ほどまでのにらみつけるような表情から一変して笑顔になる。
「皆様が興奮して会議に集中できていなかったため、少々威嚇させていただきました。何卒、ご容赦を」
そう言って頭を下げる。バルブロの後ろに立っていた王国の騎士さえ手が震えるほどのすさまじい殺気を放たれたバルブロは、何も発することなくおとなしく席に座る。その場にいたものは初めてリリアの恐ろしい一面を目の当たりにした。
「私の騎士の無礼をどうかお許しください」
カルカが使節団に向けて頭を下げるが、辺境伯が迫真の表情で「聖王女様!おやめください!」と言う。先ほどのような殺気をまた当てられてはたまらないからだ。
その後の会議はバルブロが一言の言葉も発さず、ただ黙っている大男となったおかげで、時間はかかったが順調に事が進み、王国の穀物の価格交渉はひとまず本国へ持ち帰り検討するということで片が付いた。決定するまでの間は既存の価格で取引が続けられる。
会談が終了すると、バルブロは自身の部下や取り巻きと共に、カルカに挨拶をすることもなく、用意された部屋へと帰ってしまったため、カルカは辺境伯と握手を交わす。
「聖王女様、今回の我が国の第一王子の不遜な態度。改めて謝罪させていただきたい」
「目に余る行為は多かったですが……。辺境伯様のこれからの『献身』に対する期待と、我が騎士の無礼な行為に免じて許すことにしましょう」
カルカは、謝罪が受け入れられなければ頭を上げる気がない辺境伯の様子を見て、双方に非があったという形で謝罪を受け入れた。そして、今夜の晩餐会を話題に出したが、辺境伯は「これ以上聖王国に迷惑をかけるわけにはいかない」として、第一王子を連れて帰路に就くと言った。
カルカはもはやここまで来たら構わないと思っていたものの、辺境伯が再び頭を下げて懇願したため強制するわけにもいかず、「分かりました」とだけ返すと、辺境伯は他の者を引き連れその場を後にする。カルカはその場に残った大臣達に今日話し合われた内容に関して、各自の務めを果たす様に指示を出すと、会場から出るように言う。
大臣達はカルカに挨拶をして、部屋から去ったことで、カルカとリリアは二人きりになる。
「リリア、珍しく感情的になっていたんじゃない」
「姉上、あの無礼者の行為は目に余るものです。我が国でなくとも、非難されます。年下に諭されれば多少はマシになると思い『教育』したまでです」
納得していないような表情をしながら、淡々と理由を話すリリアにカルカは頭を抱える。
「あの場で止めていなかったら、剣を抜いていたでしょう」
「いえ、抜くことはしません。あんな男の首に価値はありませんから」
「嘘ね、鞘から剣の光が見えていたわ」
リリアは知らないふりをして、カルカから目をそらす。そして、使節団を国境近くまで見送るために準備をすると言って、その場を抜けようとする。しかし、あのようなことをしでかした後に使節団と行動を共にさせるわけがないとするカルカの命によって、使節団の送迎はレメディオスに一任するよう言い渡される。そして、リリアには明日以降、しばらくの間謹慎するように沙汰が下された。
「というわけだ。レメディオス。使節団の送迎は任せた」
「分かりました。よし、いくぞ!」
リリアは馬車まで使節団を送ると、指示通りに後の事はレメディオスに任せ、自身はカルカの後ろへ周る。そして、馬車が動き始めると騎士の礼をもって、王城から出るまでの間見送った。
カルカは馬車が王城を出たのを確認すると、せっかく用意した晩餐会の料理が勿体ないということで、大臣や王宮に努める者たち、そして聖騎士などにふるまうよう指示を出した。
「それで、リリア様はその馬鹿王子を斬れなかったというわけなんですね」
カルカとリリア、レメディオス、ケラルトは、来賓と食事をする際に使用される王宮内の部屋で晩餐会に出されるはずだった料理を食べながら、今日あったことについて話をしていた。
ケラルトはことの顛末を聞き、リリアがなぜ斬らなかったのかと冗談交じりに言う。
「あぁ、姉上が止めなければ、間違いなく斬っていた。間違いなく」
「リリア様!馬車を送る前に言ってくだされば私が正義の鉄剣を!」
先ほどまで否定していたはずのリリアもケラルトが「いっそのことやってしまえばよかったのに」と言ったことで、自身がした行動を認めてしまう。レメディオスはそうであればと悔しそうな様子を見せている。
三人の話を聞いていたカルカは「貴方達……」と頭を抱える。自身のことを大切に思ってくれていることに感謝はするが、害をなすようなものに対して容赦がなさすぎるのも考え物である。
「とはいえ、今日の会談で王国と我が国がこれまでのような関係を続けることが難しくなったのも事実です。特に王国の貴族派の連中はカルカ様の事を女性であるからと下に見ています。でなければ、今回のような暴挙には出ないでしょう」
ケラルトの意見にカルカも「えぇ、そうね」と悔しそうに答える。やはり、まだ若く、そして女性であるということが国内外の問題に大きく関係していることを自覚させられた。
「姉上、やはりこれまでの外交方針を切り替えるべきなのでは?今や王国は腐敗の温床で、以前のように学ぶべきこともありません。資源の輸出入に困らない程度の関係に切り替え、帝国とも関係を持ち、中立して立場を築くべきなのでは?」
帝国は現在、ジルクニフの改革によって血の雨が降っているが、歴代皇帝によって王国以上に発展してきた多くの制度や文化、技術があり、これからの聖王国の変化のためにも学ぶべきことは多くあるのではないかとリリアは考えていた。
レメディオスは三人の話を聞いているものの、政治的なことはよくわからないため、黙々と食事を続けている。
「しかし、帝国に行くためには王国の領内を通る必要があります。難しいでしょう…」
カルカはリリアの考えに理解を示しつつも、現実的には不可能に近いということで半ば諦めている。何かいい案はないかと考えていると、扉がノックされ皇帝の親書を持ってきた大臣が、あの時と同じように顔を青ざめながら入ってくる。
「お食事中失礼致します。聖王女様」
「構いません。何かあったのですか」
口元を軽くふきながらカルカが大臣に尋ねる。大臣は「それが……」と言いながら説明が難しいのかあたふたする。
「大臣、落ち着いて説明しろ。一体何があった?」
はっきりしない大臣に嫌気がさしたリリアは率直に言うよう求める。大臣は「は、はい」と言うと、少し間をおいて言葉をまとめてからゆっくりと口を開く。
「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様が我が家にお越しです。使節団の受け入れが了承されたことを確認したので、すぐに会いに来たと……」
大臣の発言にカルカは夢でも見ているのではないかと言うように、口が開き唖然とした顔をしている。ほかの三人も「何を言っているんだ」という表情で大臣の方を見るも、大臣が他に言いようがないというように視線を下をそらす。
帝国に対して、使節団の受け入れを了承する旨を伝える手紙を送ったのは王国との会談が終わった先ほどの事である。カルカは、大臣に皇帝からの使者を名乗るものにこの手紙を渡すよう指示をした。
その手紙が届いたから聖王国に来たというのはいくら何でもありえないのだ。
「私は夢を見ているのですか、それともこれは現実……」
ケラルトはすかさずに「夢ではありません」と否定することで、カルカは現実へと引き戻される。
どういう訳かは分からないが、大臣が嘘をつくはずもないことから、使節団を名乗り自ら来た皇帝に会うため、カルカはその場にいた三人にも同行するように言う。既に夜も遅いため、呼びに来た大臣以外の者を連れて行くことも難しく、最低限かつ最も頼りにしている者で固めたのだ。
指示を受け、リリアとレメディオスは先程脱いだばかりの鎧を再度装着するため、食事を途中にしたまま、部屋を後にする。カルカとケラルトは事態を把握するため、二人が戻るまでの間に大臣から可能な限り情報を集める。
「手紙を出したのは本当に今日なんですね。まさかとは思いますが、貴方が密かにつながっていることも……」
「いえ!間違いなく今日手渡しました!我が家に宿泊していてもらった白髭の使者殿に確かに!」
ケラルトの疑いをかけるような質問に大臣は必死に弁明をする。その中で、「白髭の使者」という単語を聞いたケラルトは、何か心当たりがあったのか顔をしかめてさらに質問をする。
「その使者は老人ではなかったですか。分かっていることがあれば教えてください」
大臣は使者の特徴を思い出しながら口を開く。
「はい、ケラルト様の言う通り、確かに高齢の…老人の声でした。白いフードをかぶっていましたが、そこから髪と長い白髭が見えていたので……。声と容姿から考えるにおそらく……。杖もついていました」
ケラルトは自身が予想していた人物と大体の特徴が似ていたことで、「そういうことか……」と納得する。話の先がうまく見えないカルカはケラルトに「どういうこと?」と尋ねる。
「カルカ様、帝国がこれだけ早く動けた理由が分かりました。フールーダ・パラダインです。帝国の主席宮廷魔術師で不老不死とも噂されている……。あの者はこの世界において間違いないく最強の魔術師です。カルカ様も耳にしたことがあるのでは」
カルカも噂で耳にしていたことが何度かあった。
「フールーダ・パラダインが使者の正体であったとするならば、転移の魔法などを使ったとしてもおかしくありません。そして、帝国の皇帝がこの聖王国にいるということは……」
ケラルトが言おうとしたことはカルカにも理解できた。転移の魔法によって皇帝を連れて歩けるのは、フールーダ・パラダインただ一人であり、本人も聖王国に来ている可能性が高いと。
「カルカ様、危険です。私の魔法ではカルカ様をお守りできません。姉様やリリア様が近接戦を挑むことができればもしかしたら勝てるかもしれないですが……厳しいでしょう」
ケラルトが自身の能力が足りないことを悔やみながら、カルカに皇帝との会談に臨まないよう懇願する。しかし、皇帝を招いたも同然であるカルカにとって、この会談に臨まないという選択をすることはできない。
「私にもしものことがあっても……。この国にはお兄様がまだいらっしゃる……。それに皇帝も何の理由もなく私を殺すことはしないでしょう」
カルカがそう言うとほぼ同時に、部屋の扉が開き鎧を装着し終えたリリアとレメディオスが入室する。レメディオスは道中で捕まえたであろう複数人の聖騎士を連れてきていた。
「ケラルト、行きましょう。ここで帝国の恨みを買う方が大きな問題になりかねない」
「分かりました。お供します」
カルカ達は緊張を隠せないまま、用意された馬車に乗り込み、小規模な護衛部隊と共に皇帝が待つ大臣の邸宅へと向かった。