フールーダの転移の魔法によって、護衛騎士と共に聖王国を訪れたジルクニフは案内を受けた大臣邸の客間で物珍しそうに周囲を見ている。その姿は鮮血帝と呼ばれ恐怖される皇帝と言うよりも、初めて見る者に興味津々な歳相応の少年の姿と言えた。
「陛下、何か珍しいものでもありましたかな」
フールーダが楽しそうにしているジルクニフにそう話しかけると、ジルクニフは咳ばらいをして、「まあな」と尊厳を取り戻した皇帝の姿で答える。
聖王国の文化は帝国の文化と違った点が多く、初めて見る品も数多く飾られていた。
「やはり爺やの魔法はすごいな。わずか十数秒でこうして帝国と聖王国を行き来できるとは」
ジルクニフは子供らしからぬ邪悪な笑みを浮かべる。フールーダは「恐れ入ります」と言いながら、ジルクニフこそ歴代皇帝の中でも突出した才を持っていることを改めて認識する。まだ十代前半にして、相手国の意表を突くような策を自身の頭で考え実行する手段まで考慮できる天性の策略家だ。
「あの男の慌てよう、痛快だった。聖王女様は一体どのような姿を見せてくれるのだろうな」
ジルクニフの言うあの男とは大臣の事である。夜遅くに客が来たと思えばそこにいたのは、バハルス帝国の国章を持つ者達。そして、自身を皇帝だと名乗る少年の姿。大臣は疑ったものの、帝国の皇帝が持つ金印を見せると手紙の印と同じことに気づき、すぐに頭を下げた。
その慌てようがジルクニフの想定以上に滑稽だったため、こうして笑っているのだ。
「陛下、相手は一国の主。決して無体な態度をとってはなりませぬぞ」
「爺や、分かっている。そのような態度はとらん。どこぞの無能な王子でもあるまいしな。爺やのおかげで事もうまく運べそうだ」
ジルクニフはフールーダに聖王国で行われる王国との会談の状況を調べるよう命じていた。王宮は魔法に対する対策が一切なされていなかったため、フールーダは魔法で会談の様子を監視することができたが、リリアが殺気を放ったため咄嗟に魔法を解除した。それがバルブロに向けられたものであることは理解していたが、相手がこっちの動きに気づいている可能性を考慮したからだ。
そんなことを話していると、扉がノックされたため、護衛の騎士が扉を開けて家の使用人から要件を聞くと、それをジルクニフに伝える。
「陛下、間もなく聖王女がこちらにいらっしゃるとのこと」
「聖王女『様』だ。忘れるな。ここは敵地だといったはずだぞ。礼儀を忘れてあの馬鹿王子の二の舞になるのは御免だ。その時は容赦なく斬り捨てるからな」
ジルクニフが騎士の発言に注意する。フールーダが身を守ってくれるとは言え、昼間の話を聞いて改めて、英雄として認められた人物を相手にするのは避けたいと考えていたからだ。フールーダも万が一の際には騎士を置いて陛下の身を連れて転移すると言っている。
そうこうしているうちに、再び扉がノックされると今度は扉が開き、鎧を着た聖騎士二人が先頭に立つ形で聖王女が部屋へと入ってくる。側には聖王国の英雄であり、妹に当たるリリア・ベサーレスと同じく英雄であり聖騎士団長のレメディオス、最高位神官のケラルトの姿がある。ジルクニフは錚々たる面子を前に立ち上がり、一行を迎えた。
カルカが部屋へと入ると、少しサイズが大きい礼服を着た少年の姿が目に入った。側に黒い鎧を着た騎士が四人立ち、フールーダもついていることから、この少年が帝国の現皇帝であることを理解する。部屋へと入る前にリリアとレメディオスにはフールーダの件を話しておき、警戒を怠らないように伝えていたが、リリアは部屋に入り、実際に噂に聞く伝説的な人物、フールーダ・パラダインを目の前にすると緊張してしまい、額から汗がにじみそうになる。普通の人から見ればただの老人に見えるが、ある程度実力があるものからすればその力は感覚的に感じ取ることができる。
「お初にお目にかかります。私が今代の聖王国の聖王女。カルカ・ベサーレスです」
「聖王女様。私がバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスです。長いのでジルクニフで構いません」
ジルクニフはそう言いながら手を差し出し握手をする仕草をする。カルカも握手をするものだと思い、手を差し出すとジルクニフはその手を取り、さっと口づけをしようとする。しかし、その唇に感じたのは手の温かみではなく、鉄の冷たさだった。
「皇帝陛下、お戯れはほどほどに」
リリアが瞬間的にカルカとジルクニフの間に手を差し込んでいたのだ。ジルクニフの護衛騎士達も遅れて反応し、柄に手をかけるもジルクニフが「待て」と言い止める。カルカもリリアにすぐ下がるように言う。
「失礼、帝国では淑女にこうして挨拶をするため、癖で出てしまった。気分を害されたなら謝罪したい」
「いえ、帝国式の挨拶とは知らず、無礼を働いたのは我が騎士です。謝罪すべきなのはこちらです」
ジルクニフもカルカも頭を下げることはしないが、互いに謝罪の意を示す。フールーダはこれがジルクニフのいたずら心によるものだと理解しているため、困ったものだとため息をつく。しかし、フールーダの関心はそれ以上に別の方へ向いていた。
「それでは互いに悪かったということで、この話は終わりにしよう」
ジルクニフがそういうとカルカも「そうですね」と返し話が進む。
「まずは本日の王国との会談、王国の第一王子のおかげで『無事に終わった』ようで安心した。私もこうして気持ちに余裕をもって話し合いに臨むことができる」
ジルクニフは手札の一枚をきり先手を打つ。帝国はお前たちの動きを監視できているぞと脅しをかけたのだ。
カルカは王宮内の出来事が漏れていたことに驚き、表情が少し崩れるも「ありがとうございます」と短い返事を返す。思ったような反応がもらえなかったため、ジルクニフは少しつまらなそうな表情をするも、後ろに立つリリアがジルクニフの顔をじっと見つめてきたため、冷や汗をかく。
「それでジルクニフ様は我が国とどのような関係をお望みなのですか」
「私が望んでいるわけではないでしょう。カ…聖王女様、いや側近の方々も望んでいることではないのですか。王国よりも帝国の方が良いと」
「……どういうことでしょうか?」
ジルクニフはカルカ様と言いかけると、変な寒気を感じたため咄嗟に聖王女様と呼び方を変える。
カルカはジルクニフに対して笑顔を崩し、真顔で対応する。初めて見る聖王女の素顔にジルクニフは意外そうな顔をするも、得意げに咳き払いをすると口を開いた。
「王国の聖王国に対する仕打ちはあまりにもひどい。あの国の貴族共は内部分裂をして、自国の不利益になろうとも自分の利益になればよいと考えている連中ばかりです。実際、王国貴族の中には帝国に情報を提供してくれるものも数多くいます。私があの肥沃な大地を手にしているならば奴ら以上に有効活用できるというのに……」
ジルクニフは途中から自分の思うことが口に出て話がそれてしまったことに気づき、再び咳払いをして話を続ける。
「自慢するようなことではないですが、帝国は王国以上にあらゆる分野で先を行っています。聖王女様が行おうとしている改革にも役立つものがあるでしょう。帝国、いや私個人としその改革に協力したいと考えています。私も聖王女様と同じように若くして国の頂点に立つものです。一国の主として、聖王女様が掲げる理想に共感すら覚えているのです」
「……本心ではないでしょう。私の改革に協力することで貴方達に何の利益があるのでしょうか」
ジルクニフは本心と思いもしていない言葉を混ぜながらカルカに媚びへつらうような態度を見せる。その様子に警戒心を解かずに対応するカルカはその真意を問いただそうとする。ジルクニフはカルカのしびれを切らしたような態度を見て、これ以上それらしい話を続ける意味もないだろうと考え、身振り手振りの演技を辞め、本来の皇帝としての姿で対応する。
急に変容したジルクニフの態度にカルカは気圧される。年下であるジルクニフが持つ指導者としての威厳はカルカの上を行っている。
「率直に話そう。帝国に信仰系魔法を教授できる人材を派遣してもらいたい。私は神殿との関係がうまくいっていなくてな。魔法学院や帝国軍に神官を派遣してもらうには頭を下げなければならない。しかし、到底そのようなことはできない」
ジルクニフは目の前にあるカップに入ったお茶を一口飲むと、帝国の物より上質であったため一瞬驚くも、すぐに話に戻る。
「もちろん、ただでとは言わない。聖王国は帝国と違い、魔力系の魔法を指導できる人材が不足しているだろう。その指導に当たる人材を提供しよう。それ以外にも聖王国から文官を派遣し、帝国の制度や技術などを学ばせてもよい。帝国でそういった者達を支援しよう」
「その提案はあまりにも我が国にとって利益が大きすぎるのでは……?」
そのようなうまい話があるはずはないとカルカは思い、ジルクニフが何を考えているのか気になった。確かに聖王国は各国の中でも信仰系魔法の学問は進んでいる方だが、実用できるものは限られている。
「いや、これは本心だ。信仰系魔法の使い手が増えることで帝国は神殿の影響力を弱めることができる。学院で信仰系魔法を習得できるようになれば、神官を呼び出す必要がなくなるからな。そこのあたりはフールーダの方が詳しいのだが」
ジルクニフはそう言うと、フールーダの方を見る。フールーダはどこか別の方を見ていたものの、ジルクニフが「フールーダ」と話しかけると我に戻り「はい陛下」と言う。呆けているフールーダを後にジルクニフは話を続ける。
「信仰系魔法の使い手が増えることは帝国の多方面、主に軍事的な面にはなるが大きな影響をもたらす。アンデッドに対する対策も容易になり、兵士が治癒魔法による治療を受けやすくなればそれだけ死者が減り、遺族へ支払われる予算も節約できるからな」
カルカは帝国の事情を聴きながら「なるほど」と理解を示す。
「それに加えて、王国との関係を切るとなれば帝国はそれほどの姿勢を示した聖王国により多くの物を与えるべきだろう。だから、この提案は帝国に不利益を生むことは無い」
カルカがジルクニフの話を聞いて「分かりました」と答える。ジルクニフが答えきき「では!」と期待の眼差しを向ける。
「我が国は帝国に信仰系魔法の使い手を送っても構いません。しかし、王国と関係を切る事もありません」
「それは一体どういう?」
「我が国はあくまでも中立を保ちます。王国からの輸入品は貴方が思う以上にこの国にとって重要なものです。支援を受けるとしても距離がある帝国を頼り続けることは難しいでしょう。ですから、あくまで中立を保ちます。帝国に信仰系魔法の使い手を送る提案をしたならば、王国にも同様の提案は致します。それでもよろしいですか」
カルカの中立宣言にジルクニフは頭を悩ませ、何か考え始めたものの、すぐに答えが出たのかひらめいた表情をするとカルカの問いに対する返事をする。
「あぁ、それで構わない。今回はあくまで人材交流ということにし、それを軍事転用するかどうかはその後帝国で決める。王国にも同様の提案をしてもらっても構わない。中立であること守り続けてくれるならだが」
ジルクニフは王国貴族は聖王国からの提案を受け入れるような度量をもっておらず、中立を宣言すれば勝手に敵対国だと決めつけ軍を分けるに違いないと考え、カルカが「この話は私の意見のため、臣下と話し合い詳細を決める」と言う条件を付けたが、それも含めて提案された案を全面的に受け入れた。
そして、後日、帝都アーウィンタールに聖王国の使者を招き正式に国交を樹立しようということで話はまとまった。