白を基調とした大理石で作られた王宮の廊下をカルカは側仕えの者と共に歩いていた。先ほどまで、王都内の神殿へと出向き、神学と信仰系魔法の授業を受けていたのだ。その表情は若干曇っている。
(今日の授業でも褒められてばかりで嫌な気分だったわ……)
カルカの魔法に関する素質はこの聖王国内においても最上位にあるといっていい。既に第三位階に到達しており、同年代で比べられるものはいないというのが世間での評価である。唯一、肩を並べられるとすれば、聖王の側近であるカストディオ家の次女であるケラルト・カストディオだろうとも。
歳が近い者と過ごすことも必要だとして、父である聖王の計らいにより、ケラルトやカストディオ家の長女であるレメディオス・カストディオとも親密な間柄であった。
このような事情もあり、カルカは常に教育者達から褒められていた。しかし、実際のところは実力をほめるということよりも、次期聖王候補としての評判を高めるという目的の方が大きい。カルカもその雰囲気を確かに感じ取っていた。
(お父様が進めてきた南北統一の政策もこのような者たちのせいでうまくいかないのでしょうね……。)
事実、聖王が進めようとした南北統一政策はほとんどが南北双方の貴族や神殿の力によって失敗していた。そのせいもあってか、聖王は日に日に顔色が悪くなっているようにも見える。
(お父様の体調は大丈夫かしら……)
そのような不安な気持ちのカルカの耳に外から「せいっ!やっ!」と声が聞こえる。カルカは歩みを止め、窓へと近づき声のする内庭へ視線を移す。
そこには聖騎士団の訓練服に着替えているリリアが汗を垂らしながら木剣を振っている姿があった。
(本当はリリアの方が私の魔法力よりも優れているというのに……。)
カルカは幼い頃、リリアと外で遊んでいた時転んでひざをすりむいてしまったことがあった。それを見た側仕えの者たちが騒いでいるときに、リリアはカルカが怪我をした場所に手をかざし魔法を唱えた。
「
すりむいた場所は傷跡が残ることもなくすぐに回復し、その現場を見ていたカルカや側仕えの者たちは唖然とした。
このことは父に伝えられたが、リリアがカルカをもしのぐ才能を持っているとすれば新たな王位争いを生みかねないとの判断によって、すぐさま緘口令が敷かれた。幸い見ていた者たちが口の堅い者達であったこと、人目が少なかったことでこの情報が王家の外に出ることは無かった。
(もしかしたらすでに第四……。いや、第五位階に到達できていたのかもしれない……。)
リリアは第二王女であり、カスポンドやカルカと比べると政治学や帝王学といった分野の教育が二人に比べて最低限の簡易的なものへと変えられている。これは王位継承順位によるものであり、万が一、継承順位が繰り上げられるようなことがあれば、これらの再教育を施す時間を減らせることと、王位簒奪を企み王家が混乱することが起きないようにするという理由からだ。
また、魔法に関する授業もカルカを超えるものが出ないような注意が引かれていたため、リリアにカルカと同等の教育が施されることは無かった。
リリア自身もこの理由を理解していたが、空いた時間をただ過ごすのではなく、兄や姉を支えられる者としての力が欲しいとして、父に直談判し、他の教育に影響が出ない範囲で剣術に関する教育を取り入れてもらったのだ。
カルカが悔し気な表情をしていると、窓からリリアを見ている視線に気づいたのか、カルカとリリアの視線が合う。
「第二王女様!剣を振っている際に視線をずらしてはなりません!」
剣を振る様子を見守っていた聖騎士団長が声を上げる。
「すみません騎士団長……。一度姉様にご挨拶をしてきてもよいでしょうか。」
リリアがそう言うと、騎士団長はカルカが来ていたことに気づき、聖騎士としての敬礼をすると「かしこまりました」とだけ言い、リリアから木剣を預かる。リリアは木剣を預けると、近くに置いていた布で汗を拭き、カルカの元へと走り寄る。カルカは先ほどまでの悔しそうな表情から妹に対する優しい笑みを浮かべた。
「リリア、ごめんなさいね。あなたの稽古の邪魔をしてしまったみたいで……」
「いえ、私が騎士団長に勝手を言って中断してきたのです。姉様が邪魔をしたわけではありません」
リリアはそういいながら姿勢を正し、聖騎士のように一糸乱れぬ格好で敬礼をする。
既にリリアの剣の素質やその身体能力は騎士団長も認めるところであり、父も将来的には聖騎士としてその才を開花させることもやぶさかではないとしている。
「姉様は先ほど神殿から帰られたのでしょう。本日の授業もお疲れさまでした」
カルカはリリアの言葉に驚いたような表情をしている。なぜならば、神殿から帰るという報告を一々することはなく、帰ったことを知るものは馬車で門を通るときに対応した門番か、廊下ですれ違った文官かそれくらいである。
「どうして私が帰ってきたことが分かったの?」
「姉様の気配です。例え姉様がどこにいようと私はいつでも駆け付けられますから」
毅然とした態度で胸を張っているリリアにカルカは引きめの笑みを浮かべる。
「すみません、姉様の貴重な時間を使ってしまいました。私はこの辺で稽古に戻ります」
「頑張ってね。今日は週に一度の夕食会だからまたその時に」
リリアは「はい!」と嬉しそうに答えると、騎士団長の元へと戻り、再び木剣を振り始めた。
父は家族とのつながりを大切にしており、週に一度はどんな理由があったとしても、三人を集め夕食会を開いていた。この夕食会では、自身の近辺であったことや連絡事項などのほか、他愛のない雑談をすることもある。
(真に才能を持つ者が軽んじられ、その才を十分に生かせないなんて……。)
こんなことがあってはならない。カルカはリリアの必死な姿を見てこの国を変えなければと心に誓った。