王国に派遣する使節団の代表者は、会議の場でも推薦されたリリアに決定した。
カルカは反対し、兄であるカスポンドを代理とすることを提案したが、大臣達は南部貴族が支持するカスポンドを派遣することは南部貴族に借りを作るようなものだと激しく反対した。そのため、カルカは他の人物を提案することができなくなり、結果的に大臣達の言う通りリリアを代理としたのだ。リリアもカルカの命を断るわけにはいかないため、内心では嫌だと思いつつも了承した。
王国が指定した日は2週間後であったため、王国に対する方針や王国の現在の状況等を詳しく調べ、可能な限り多くの情報を集め王国へと向かう。
使節団は、リリアを代表とし、護衛にはレメディオスが率いる選抜された聖騎士からなる部隊が付いている。当日は天気も良く、王国へ出発するにはよい日だった。
「リリア、私の代わりに王国に行かせることになってごめんなさい。貴方は社交は苦手なのに……」
カルカは出発する前にリリアの部屋を訪れ、話をしていた。自分の妹を他国へ、それも政治的にも重要な意味を持つ外交の場に送り出すことに、カルカは心配をしてしまう。
「姉上大丈夫ですよ。騎士に任命されてからは色々な場に出席していましたから。ある程度は慣れました」
いつもの聖騎士の姿ではなく、聖王国の神官服に近い礼服を着たリリアは、そう言いながら鏡の前で衣服の細かい所を調整している。そして、用意ができると鏡から離れ、後ろで見守っていたカルカの下へ行く。
「それでは姉上行ってまいります」
「気を付けてね」
個人的な会話ができるのはこの場のみであり、この後は使節団の見送りのため公的な発言や形式的な会話しかできなくなる。そのため、これが互いにとって本当の挨拶であると言えた。
挨拶を終えた二人は共に王宮の入り口へと向かう。既にレメディオスが率いる聖騎士達が整列し、馬車も整えられている。カルカや大臣達によって使節団の見送りが行われ、リリアはそのまま馬車へ乗りこむと、レメディオスの号令と共に使節団は王国へ向け出発した。
移動する馬車の中でも、リリアは渡された資料を読み、王国に関する情報を再度確認する。王都に到着するのは二日後になるが、リリアにとって初めての経験であるため、念入りに用意しているのだ。
聖王国と王国の国境近くになると、ウロヴァーナ辺境伯が派遣した兵士達が王国内の移動のため護衛に加わる。リリアはその兵士達の代表者に挨拶をし、代表者は辺境伯は所要のため王都におり、途中で王直属の兵士隊と交代することを説明した。
一日目に泊まる領地はリ・ロベルである。聖王国と王国の王都の間にあるものの、王国寄りにあるため、既に日は暮れていた。王国の中でも大きな都市であるが、その規模は聖王国の大都市プラートよりも大きく、リリアは王国が大国であるということを改めて認識する。
都市の中央に位置する領主館につくと、領主と思われる人物が使節団を待っていた。馬車が止まるとリリアは馬車から降り、迎えに来ている人物がリリアに挨拶をした。リリアもそれに対し挨拶を返す。
「歓迎感謝致します。使節団代表を務めるリリア・ベサーレスです。本日はよろしくお願い致します」
リリアはそう言いながら、聖王国式の礼をする。リリアもカルカの美貌を引き継いでいるため、領主はその姿に見惚れてしまうも、すぐに自分の責務を思い出し、使節団の全員を中へと案内する。
時間が時間であるため、食事の用意がすでに整えられており、リリアは護衛のレメディオスと共に食事の場へと赴く。そこには領主の妻とその子二人が待っており、リリア達に対し挨拶をした。
食事が始まると、後ろに立ったままのレメディオスに、領主が「騎士団長殿もいかがですか」と声をかけるが、レメディオスが「護衛中ですので」とすぐに断ったため、領主は気を利かせ「後でお部屋に送らせます」と言う。事実、レメディオスも食べたそうな表情をしていた。
食事を終えると領主は「明日に向けて早くお休みになるのが良い」と部屋に案内する。普通は食事の場やその後に交流する場が設けられるものの、この領主は隅々まで気を利かせてくれている。話を聞くと、辺境伯に『丁寧に』お迎えするよう言いつけられたとのことで、おそらくは先日の一件のお詫びのつもりなのだろうと理解した。
翌日、リリアは一晩世話になった領主に礼をいい、「辺境伯にも良いように伝える」と言うと、領主は「ありがとうございます」と頭を下げる。側にいた領主の家族にも挨拶を終えると、リリアは馬車へと乗り込み、今日の目的地である王都リ・エスティーゼへと出発した。
世話になった領主の領地を抜けると、これまで見た兵士に比べて良い鎧を付けた兵士達が待機していた。王直属の兵士隊と思われるその隊の代表者が、先頭を走っていた領主の兵に何かを言う。すると、領主の兵はその代表者と少し口論になったものの、逆らうことができない立場なのか、道のわきへとどき護衛を交代する。そして、領主の兵の一人がレメディオスの下へと来ると事情を説明した。
「我々の護衛はここまでになります。ここからはボウロロープ侯の兵士が王城まで護衛致します」
「事前の話では、王直属の兵士隊が来ることになっていたはずだが」
レメディオスが怪訝そうな顔で領主の兵を問いただすと、領主の兵も納得していない様子で「はい」と言う。
「陛下からの許可状は持っていたので、我々もこれ以上彼方を問いただすような真似はできません。問題はないかと思います」
レメディオスが「分かった」と言うと、兵士は一礼し自分の隊へと戻る。レメディオスは馬車の扉をノックし、リリアに説明した。
「ボウロロープ侯の兵士が?貴族の兵が王の直轄地に出入りできているということか?」
「そのようです」
普通であれば、王の直轄地に領主が兵士を連れて行くようなことは反逆の疑いありとみられてもおかしくはない。リリアは詳細をよく知らないものの、王国の腐敗がここまで進んでいるのかと呆れてしまう。そして、レメディオスに「分かった。出発していい」と返すと、 レメディオスは「はっ」と言い、兵士の代表者に連絡を終えると馬車は再び動き出した。
王都リ・エスティーゼはまさに壮観の一言の尽きた。城壁はホバンスの方が高いが、城壁内は倍以上の広さであり、大勢の人が歩いていて活気がある。その王都を見下ろす様に中央の高地には王城が建っていた。
聖王国の使節団がくることは城下には知らせられていないため、人が詰め寄せることは無かったが、行きかう人々は普段見ることのない聖王国の聖騎士や馬車を見て物珍しそうにしており、子供達は聖騎士に手を振ったりしている。
「リリア様、間もなく王城に到着します」
レメディオスが馬車の外からリリアに声をかけ、リリアは手を挙げて反応する。
王城へと入り、少し進むと馬車がゆっくりと止まる。馬車の扉が開かれ、リリアはレメディオスの手を借りて馬車から降りる。
王宮の入り口には、使いの者と思われる貴族が待っており、リリアが近づくと頭を下げ挨拶をする。リリアが領主にしたように挨拶をすると、同じような反応をしながら、「陛下がお待ちしております」と言って早速案内をした。
王宮の廊下は大きな窓によって絶え間なく光が差し込んでおり、メイド達によって至る所が光沢が出るほど綺麗に掃除されていた。ほかにも、大きな絵画や活けられた花などが飾られており、王国の文化が集約されているように感じられる。リリアがそのように関心していると、使いの貴族が「こちらが謁見室になります」と言いながら、扉の前で止まると声を上げた。
「聖王国使節団の皆様が御着きになりました!」
すると、内側から扉が開かれ、中央の王座に座るランポッサ三世と、両脇に並んでいる王国の貴族達の姿が目に入る。リリアは覚悟を決め、レメディオスと随伴する二人の聖騎士と共に謁見室へと入る。
王国の貴族達はリリア達を見定めるようにジロジロと視線を送り、リリアはそのような視線に嫌気がさすも、王座の前に着くと挨拶をする。
「国王陛下、聖王国使節団代表のリリア・ベサーレスと申します。本日はこのような場を設けていただき感謝申し上げます」
「よくぞ参られたリリア殿。本来であれば、我が愚息がしたことを謝罪するのに貴国へ参るべきだったところを呼び出してしまいすまないな」
ランポッサ三世はそう言いながら、王座が見て右側に立つ貴族達に視線を向ける。すると先頭の大柄な貴族が気まずそうに視線を逸らす。おそらくはこの貴族が今回の提案を行った張本人なのだろう。ランポッサが挨拶を終えると、その隣に座るまだ幼い二人の王子と王女がリリアへと挨拶をする。
「聖王国使節団の皆様、第二王子のザナックと申します」 「第三王女のラナーと申します」
二人はそう言うと頭を下げる。リリアも幼いながらしっかりと挨拶をする二人に礼を返す。
「第一王女と第二王女は既に嫁いでしまってな。決してこの場に出たくはないという理由で欠席しているわけではない。第一王子のバルブロは貴国で犯した罪を償わせるために王宮内で謹慎させている」
ランポッサがこの場にいない者の事情を説明すると、リリアは「分かりました」と率直に返し、ランポッサは一つ間をおいて口を開く。
「まずは我が愚息がしたことを一人の親として謝罪させてほしい。王家の者として、友好国を下に見た言動を繰り返すなどあってはならないことだ」
そう言って頭を下げるランポッサに対し、リリアは「陛下、頭をお上げください」と返す。自身の父とそう変わらないランポッサに頭を下げさせ続けることは居心地が悪かった。
「陛下、此度の謝罪を聖王国として受け入れます。その上で陛下にお願いしたいことがあり、文書をお持ちしました」
リリアがそう言うと、後ろの聖騎士が文書が入った筒を取り出し、王に代わって代理の者がそれを受け取る。
「リリア殿、お願いしたいこととは何かな」
ランポッサは文官が文書を用意する間にリリアへ尋ねる。リリアは筒を開け文書に目を通し、驚愕した文官の顔を確認して口を開く。
「はい、陛下。我が国……聖王国と王国の関係を見直したいのです」
リリアの発言に会場が騒めき、ランポッサは「なんと…」と言葉をなくした。