聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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旅路③

 一夜明け、リリアはベッドからゆっくりと起き上がる。今日の用意を始めると、部屋にある備え付けの鏡に映る自身の姿が目に入った。その顔からはどことなく疲れている様子が見て取れる。昨晩は、リグリットの言ったことが頭から離れず、快眠できたとは言えなかった。

 

 

(今日には帝国に入国する……。気持ちを入れ替えねば……)

 

 

 リリアはそう思いながら、自身の頬を叩いた。そうしていると、部屋の扉がノックされ、レメディオスが部屋へと入る。

 

 

「リリア様。お目覚めでしたか」

 

 

 レメディオスはそう言いながら騎士の礼をとり、リリアも「あぁ、おはよう」と返す。今日の予定について連絡を受けると、レメディオスに対し、騎士達の準備が終わり次第エ・ランテルを出発することを伝える。レメディオスは「了解しました」と言うと、再び礼をして部屋を後にする。その姿を見送った後、リリアも手早く身支度を整え始めた。

 

 

「あの者達に別れを告げなくてもよいのですか」

 

 

 宿を出る時、レメディオスが声をかけ、リリアは「大丈夫だ」と返し、馬車へと乗り込む。とてもではないが、これ以上リグリットと話そうという気持ちにはならなかったからだ。

 

 都市を出て街道を進むも、馬車の往来は少ない。王国と帝国は敵対国であるため、商人達も両国間で取引を行うことは少なく、国内での取引が主な物になっているのだろう。すれ違う馬車には、冒険者らしきものが乗っている場合が多く、あくまで稼ぎに行く程度なのだと考える。

 しばらく、誰も通らない街道を走っていると、奥で帝国の旗を掲げた騎士の姿が映り始めた。

 

 

「リリア様、帝国の騎士団と思われます」

 

 

 レメディオスがリリアに報告すると、リリアは「分かった」と言って身だしなみを軽く整える。馬車は騎士団の前まで行くと止まり、リリアが降りてきたのを見ると、騎士団の隊長らしき者が馬を降りて挨拶に来る。リリアが挨拶を受けそれに返すと、帝都まで同行する旨を伝えられた。騎士団はしっかりと訓練されているのか、隊列に乱れはなく来賓に対する礼儀も心得ているようである。

 

 帝都アーウィンタールまではまだ距離があるため、途中で皇帝の直轄領である都市に泊まり、更にもう一つの帝国貴族の所領を挟んで述べ三日はかかるという。しかし、リリアは各都市の治安や帝国の状況を知るためにはちょうど良い機会だと思い、この時間を有意義に使おうと考える。

 

 

 帝国の騎士団と共に移動していると、やがて都市の城壁が見え始め、一つ目の都市へと到着する。以前までは貴族の所領だったのか、門に飾られている石の紋章の上から皇帝の旗が掲げられていた。町の中に入ると、人々の活気で溢れ、兵士も巡回しており治安は良さそうに見える。ただ一点を除いては。

 

 

「あれは一体なんだ」

 

 

 その光景を目にしたレメディオスは、案内のため近くで馬に乗る帝国の騎士に尋ねる。処刑されたと思われる何人もの遺体が首を吊られたまま広場に放置されている。その中には子供や女性と思われる遺体もあるが、腐敗が進んでおり、目を当てられるものではない。

 

 

「あれは陛下の臣民に横暴を振るい、私腹を肥やし、皇帝に背いた元貴族とその家族です」

 

 

 騎士は何も感じていないように淡々と説明した。この帝国ではそれは普通であるかのように。レメディオスは「だが、子供ではないか!」と思わず声を荒げてしまう。

 

 

「貴方方は何も知らないのでしょう。あのような貴族共によってどれほど苦しめられてきたことか。ジルクニフ皇帝陛下によって、どれだけの私のような平民が救われたことか」

 

 

 騎士は感情がこもった声で反論する。反論されたレメディオスはその勢いに思わずたじろいでしまい、「しかし…」と言うもそれ以上話すことは無く、騎士も「失礼しました」と言って顔を前に向ける。

 

 

(禍根の芽は残らず取り除いているという訳か……)

 

 

 リリアは処刑されたまま放置されている哀れな者達に静かに祈りを捧げた。

 

 宿泊先は元貴族の豪邸であり、多額の財がつぎ込まれて建築されたことが見て取れる。現在はある程度高価な宿として利用されているのか、商人なども利用していた。

 

 騎士の隊長が「こちらです」と言いながら部屋を案内する。案内された部屋は王国で用意されたような豪華さにあふれるものではなく、気品が保たれているような印象を持つ部屋だ。

 

 

「こちらのお部屋を含む東館のすべての部屋は安全のため、貸し切られております。無いとは思いますが、我々帝国の騎士や皆様以外の者がいた場合はお気を付けください」

 

 

 騎士の隊長はそう言うと礼をして部屋を後にした。

 リリアも聖騎士達に部屋の確認を終えた後は各自休み、明日以降のたびに備えるように命令した。

 

 

 そうして翌日、一行は再び帝都に向かって移動を開始する。道中でリリアが特に目を見張った物は、都市近くになると街道が石で舗装されていることだった。ジルクニフの政策によって、物の流れをよくするために、帝国の主要な街道をすべて石で舗装しているのだ。これらは各都市を中心に整備が開始されているのだと、案内役の騎士が話す。

 このような大掛かりな工事を国が中心となり行うには多額の予算が必要であり、聖王国では到底無理だろう。だが、帝国と言えどもそれだけの予算を確保して、他の改革に予算を回す余裕はあるのだろうか、とリリアは疑問に思った。

 

 だが、その疑問の答えと言えるものを道中で目の当たりすることになる。

 ボロボロの衣服を着用し、手かせをつけられた者達が手作業で道路を整備していたのだ。帝国は奴隷制を禁止してはいないが、奴隷も帝国の臣民であるため、怪我や死亡した場合は雇い主に対する罰則が存在している。しかし、目の前に映る者達の様子を見るに、そういった考慮は為されていないようだ。

 

 

「これはどういうことだ!」

 

 

 聖王国では奴隷制は廃止されている。最も、南部では未だに違法としりながら取引を行う者達も存在してはいるが、北部では大半の者が解放されていた。レメディオスには必要な知識として、帝国の社会制度を教えてはあるものの、実際目の当たりにすると聖騎士として見逃せるものではない。

 

 

「彼らは奴隷ではありません。犯罪者です。今まで平民に行ってきた仕打ちを受けているだけで、労役が終われば解放されます。彼らは奴隷以下ですから」

 

 

 騎士の言い方からすると、この者達も元貴族やそう言った地位に近い者達であったようだ。近くに騎士が立っているのはこの者達を見張り、監督するためなのだろう。

 

 

「しかし!老人に女、子供まで!」

 

 

「レメディオス!少し落ち着いたらどうだ」

 

 

 リリアが馬車の中から声を上げ、これ以上帝国の事に口を出さないように注意する。ここは帝国であるのだから、その地のルールに従うべきだと。リリアも多くの不満を感じているが、その論理に従って黙っている。レメディオスは「くっ」と言いながらも、説明していた騎士に対し謝罪をした。その後も同じような場面に出くわすも、リリアやレメディオスは見て見ぬふりをする。その度にレメディオスは力が入り、手綱を強く握りしめる。

 

 そうして、移動している内に帝都に到着する前の最後の都市へとたどり着いた。同じように宿へ案内され、前日のように指示を出し、リリアは倒れこむようにベッドへと横になる。

 

 

 道中のそのような現場を見て、リリアはこのところ十分な休養をとれずにいた。帝国に入ってからと言うもの、ジルクニフの政策がもたらした結果を見る度に、信じてきたものが壊されるような感覚に襲われていたからだ。

 

 

(ジルクニフの政策によって、多くの者が救われてきた一方、あのような者達が生まれている……。それは……)

 

 

 正しいことなのだろうか。

 カルカであれば、そうした貴族達であっても慈悲を与え、改心させることを望むだろう。決して、その者を、ましてや家族に至るまで処刑するなどと言うことは望まない。もし、そのような事を行うものがいれば、誰だろうと許しはしないだろう。それがカスポンドやリリア、ケラルトだったとしても。

 

 

 

 翌日の目覚めは、皇帝との会談に臨むとしては最悪の状態であった。疲れは全く取れておらず、昨日以上に顔には疲労が色濃く出ていた。レメディオスも昨日までと比べればやはり疲れが見えており、リリアと同様に思うことがあったようだ。帝国の隊長にも顔色を心配されるも問題ないと返し、一行は会談に向けて移動を開始した。

 

 移動を始めしばらくして、このままではいけないと思ったリリアは、文書を読む手を止め、少しでも休もうと目を閉じる。

 

 

(治癒魔法で疲れもとれればいいのだが……)

 

 

 そう思いながら休んでしばらくすると、馬車がノックされ、レメディオスの声が聞こえてくる。

 

 

「リリア様、大丈夫ですか?返事がなかったものですから」

 

 

 どうやら、何度も声をかけていたようで、リリアは「少し休んでいただけだ」と言いながら心配はないことを伝える。

 

 

「帝都の近郊で皇帝陛下がリリア様を迎える準備をしているとのことです。間もなく到着致しますので、ご用意を」

 

 

 リリアは「分かった」と言うと、身だしなみを整え、休んでいた際に崩れてしまった文書をまとめなおし、筒へと戻す。すると、すぐに使節団を待つ皇帝とその護衛の姿が見え始めた。

 

 

「聖王国使節団の皆を心から歓迎しよう」

 

 

 ジルクニフはそう言いながら、馬車から降りてきたリリアに挨拶をする。リリアもジルクニフに対し挨拶を返すと、顔色が悪いと心配される。

 

 

「長旅で少々疲れてしまったようです。ですが問題はありません」

 

 

「急ぎではないのだから本日は休養を取っても構わないぞ」

 

 

 ジルクニフが本心からそう言うも、リリアは「大丈夫です」と強く返す。それを聞き、ジルクニフもこれ以上言う必要はないと判断して、リリアを皇帝の馬車へと案内する。断る理由もないため、リリアはジルクニフの手を借りて馬車へと乗り込み、レメディオスだけを馬車の側で随行させ、皇城に向けて出発した。

 

 出発してすぐに帝都の城壁が見え始める。遠目から見てもわかる非常に高い城壁に王国では見ないような仕掛けや兵器がいくつも配置されており、要塞と言っても過言ではない。帝都に入ると一番に目に入ったのは宮殿につながるまでの道が一直線に伸びていることだった。道の両側には等間隔で魔法で灯すことができる街灯が並び、石畳も王国の物以上に綺麗に整備されている。

 皇帝の馬車が通るたびに人々が足を止め手を振っている。平民達からすれば横暴な貴族を次々と処している、まさに崇拝すべき皇帝なのだろう。

 

 

「この道は宮殿まで直線的に伸びている。私の祖父が始めた都市計画を父が引き継ぎ、私の代になってようやくこの道が完成したのだ」

 

 

 リリアが珍しそうに街を見ているのに気づいたのか、ジルクニフが都市について説明する。それを聞きながら町を見ていると、多くの道が直線的に整備されていることに気づく。

 

 

「この計画が行われる以前、この先に見える地区は貧民街だった。日当たりも悪く、この道にあるような汚物などを処理する水道施設もなく、まさに帝都の汚点だった。そう言った場をなくす目的もあるんだ。反対も多かったがな」

 

 

 聞きたがっていた質問をジルクニフは何か感じ取ったのか話し始める。反対した者達はおそらく強制的に退去させられたのだろうが、そのような手段をとらなくてはこのような都市を作ることは無理だっただろう。

 

 そうして立派に整備された大通りを走っていると、帝都の象徴である二重の城壁に囲われた皇城が姿を現した。

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