皇城内の宮殿は王国の王宮にも引けを取らない煌びやかさで、魔法によって灯されるランプが至る所に置かれている。それ以外にも魔法の道具と思われるものが見受けられ、帝国が魔法を生活にも活用できるほど進んでいることを示していた。
リリアはそんな皇城をジルクニフにより案内されながら、会談を行う部屋へたどり着く。
「それでは、話し合いをと行きたいところだが、既に前もって話をしているからな。文書を用意してきているのだろう」
リリアは全てお見通しだと言わんばかりのジルクニフにカルカから送られた文書を渡す。ジルクニフは中身を見ることなく、側にいた文官に渡し「この通りに進めるように」と言う。
「中身を確認しなくてもよろしいのですか」
「聖王国が帝国を敵に回そうとしなければ、そのようなことは書いていないだろう」
リリアの問いにジルクニフは笑いながら答える。聖王国が無謀ともいえる要求を帝国に送ることは無いことを見抜いた上での話だった。実際に、リリアは事前に文書の中身に目を通しており、以前カルカが話した帝国に対する要件を詳細に確認したものに過ぎないことを知っているため、それ以上尋ねることもしなかった。
「早速だが、王国との会談はうまくいったようで安心した。これで帝国も王国との交易路を開く道ができたというものだ」
「聖王国の商人に関する協定は結びましたが、帝国の商人が王国を訪れた際の保障は……」
リリアはジルクニフの発言に疑問を感じた。少なくとも、先の王国との会談では帝国の交易路に関する話題は一つもなかったからだ。しかし、ジルクニフはそれを承知しているといった顔をする。
「王国の商人ではないとしても、王国の方から来た商人がいると知れば帝国の商人の中からも王国へ商売をしようと思い始める者も出る。これまで互いの交易がなかったのは、大規模な交易がなかったことも理由だからな。一つのきっかけになるということだ」
話をしていると、部屋の扉がノックされ、フールーダが入ってきた。フールーダはリリアを見ると、一目散に側により「私の下で学ぶ気になったか!」と嬉しそう言う。レメディオスはすぐに間に入り、「そんなことはない!」と本人に代わり強く否定した。
「爺、私に用があるのではなかったのか」
「これは申し訳ありません、陛下」
ふてくされたような態度をとるジルクニフに、フールーダは先程までの態度から一変し、普段の穏やかな状態に戻りジルクニフに頭を下げる。ジルクニフは「まぁいい」と言ってっ直ぐに頭を上げさせる。
「陛下、現在使用している魔法により灯るランプですが、魔法省で改良を行い、周囲の明るさによって魔法の光を放つ物を作ることができましたので試作品をお持ちしました」
フールーダはそう言うと手に持っていた箱から一つのランプを取り出した。リリア達はこのような物を見ていいのか迷ったが、ジルクニフは構わないと言い、一緒に見ようという。
ジルクニフが魔法を使いカーテンを全て閉め、部屋のランプを消すと箱の中の試作品が徐々に明るくなる。部屋のランプを少しずつ灯していくと、その明るさは失われていき、部屋が元の状態に戻ると完全に光は失われていた。
「素晴らしいぞ!爺!これであれば、街灯に魔法を発動させる人員も減らせる!帝国の予算にも余裕が出るというものだ!」
絶賛を受け、フールーダは頭を下げる。リリア達はこのような物を日々開発し続けている帝国の技術力に驚愕した。これがジルクニフが狙って行ったことであったとしても、興味を持たないわけがない。
「失礼した、我々が話し合うことはもうない。だが、遠路はるばる帝国へと来たのだ。各所へ私が案内して回ろう」
ジルクニフはそう言うと席から立ち上がる。リリアは「陛下自ら…」と遠慮するも「構わないさ」と言い後についてくるように言う。
言われるがままに馬車へと乗り込み、到着したのは帝国魔法学院だった。
歴代の皇帝が力を入れて行ってきた魔法教育の集大成ともいえるもので、学校と言うには立派すぎる建物が特徴的だ。門を警備している騎士がジルクニフに敬礼し、それに手を挙げて返している。
中に入りしばらく歩くと、講義中の部屋へと案内された。部屋に入ってきたジルクニフの姿を見ると、教師と思われる人物が驚き「陛下!」と言いながら頭を下げる。授業を受けていた生徒達も立ち上がり頭を下げ、ジルクニフが「続けてくれ」と言う。教師は授業を続けるも、陛下に見られているとなっては手につかず、生徒達もジルクニフやフールーダの姿を見てそわそわしている。
「あそこで魔法を教えている教師はこの学院の卒業者だ。たしか、第三位階の魔法を使えるんだったな」
ジルクニフの問いにフールーダが「その通りでございます」と返す。リリアは魔法に関する知識を持ち合わせているため、黒板に書かれている内容が聖王国では教えることがないであろう魔法の応用知識であることが分かり、非常に高度な教育が行われていることに驚く。レメディオスはそう言った知識は一切持ち合わせていないため、よくわからないといった表情だ。
そうして部屋を後にすると、続いて魔法を実際に使用することができる訓練室へと案内される。こちらでも、授業が行われており、先ほどと同じような反応が返ってきた。しかし、魔法の使用中であった生徒が意識を逸らしてしまい、展開していた魔法が危うく暴発しそうになる。
レメディオスが即座に危険を察知し、リリアの前へと出るも、ジルクニフは落ち着いている。すると、側にいたフールーダが暴走しかけていた魔法に何をしたのか、魔法はその魔法陣ごと消滅した。
「魔法を使う際には意識を逸らしてはならん。まだ修練が足りんな」
フールーダは笑いながらそう言うと、暴走させた生徒と教師は頭を何度も下げる。
「爺、そう言ってやるな。我々が急に入ったのが悪いのだ」
ジルクニフがそう言い、生徒達に手を挙げ頭を上げさせた。
「フールーダ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「リリア殿。何かな?」
「先ほどの魔法は
フールーダは質問に答えてもよいか隣を見ると、ジルクニフが「構わん」と言う。
「先ほどから陛下がお見せになっているのは学院の中でも上位成績者が集まっているクラスでしてな。全ての生徒が使えるわけではない」
フールーダの答えにリリアは驚いた。第三位階魔法を使える者は聖王国でも数えるほどである。しかし、帝国にはそれを扱えるものが少なくともあの数の生徒は最低でもいるということだ。リリアは「それはすごいですね…」と思わずこぼしてしまう。
ジルクニフはその他にも魔法技術に関する授業や魔道具を作成する授業などを案内し、学院が生活に役立つ魔法づくりに力を入れていることを強調した。
「魔法を使える者は貴重だ。使えない物の方が圧倒的に多いからな。平民であろうと貴族であろうと、そういったものは重用すべきだというのが歴代の、そして私の考えだ」
リリアはその言葉に納得を示しつつ、聖王国の限界を諭されているのだと感じた。帝国が何世代にも渡って成し遂げた結果であり、わずか数年の改革でできるものではないのだと。
(聖王国が同じようなことを行うのであれば、別の工夫が必要になるな…)
学院を一通り見て回り紹介するところもなくなったところで、ジルクニフは日が暮れていたこともあり、その他の施設は後日訪問することを提案した。リリアは招待されている側であるため、すぐに承諾する。
その晩はジルクニフの心遣いにより、晩餐会は行われずゆっくり休むように伝えられた。学院で見たものはリリアにとって大きな収穫であり、部屋に戻ると、記憶に残っている内に情報を紙にまとめた。そして、明日はどの施設に訪れるのかとやや興奮したまま寝床へと着く。
翌日、ジルクニフの命によって起こしに来た部屋付きのメイドの声で目を覚ます。まだ日が昇り始めた頃であり、何事かと思ったが、ジルクニフによってこれから向かう場所が帝国の練兵所であることを伝えられる。彼らがどのようなことをするのか説明したいが故の事だという。
レメディオスは既に自身で起きていたのか、準備が終わっており、リリアは意外そうな表情をした。
「リリア殿は帝国の軍制について、どれほど知っている?」
ジルクニフの質問に、王国や聖王国のように他の作業によって兵の任が解かれるわけではないこと。完全な職業として騎士となり、一定の給金が保障されていることなど、自身が知っていることを全て話す。
「大体はあっている。私が皇太子の時から父の命で進めていたことだ。兵士が農作業も行っているのでは緊急時に展開することが難しい。それに毎日訓練ができるわけではないから質も劣る。であれば、専業させ給金を与えることで兵士としての任に集中させればいいわけだ」
自身が行ってきた改革の理由をリリアに訴えるように話す。リリアもジルクニフの言うことは最もであると感じていた。聖王国も亜人との戦いに備え、国境の城壁には兵士が駐屯しているものの、数は足りず任期制であるため、質も高いとは言えない。
しかし、そうしなければならない理由がある。聖王国の軍事費では、あの広大な城壁に常に十分な兵士を防衛に当てることができないのだ。そのため、国家総動員令を制定し、緊急時には民兵として防衛に参加させるのだが……。
「王国は帝国と戦争をする際に兵士を領内から集める。彼らのほとんどは農民、つまり民兵と変わらない。だから帝国は数で何倍にも勝る王国に負けることは無いのだ」
ジルクニフの言う理論がすべてを説明していた。人間同士の戦争でさえそのような結果になるのだ。亜人との戦争においては一体どうなるというのだろう。これまで問題視されていなかった理由は、一重に壁があるため、亜人が大規模な侵攻をしてこないことと、聖王国として軍を持つことに反対している南部貴族の影響だろう。常備軍を聖王の下においては、自分達が反乱を企てようとしても即座に鎮圧されてしまうためだ。
「さて、ここからは実際に騎士達を見てもらった方が早いだろう」
ジルクニフがそう言うと、馬車が止まり練兵場についたことがわかった。広大な敷地には兵士が集まっており、この時間から敷地内を隊列を組んで走っている。その動きには乱れがなく、日ごろから繰り返し行っていることが伝わってくる。
「見事ですね……」
「父が思いついたことだ。日ごろから習慣的に行わせることで体に他の者と同じように動くことを意識させる。これを寝起きに行わせることで、即応力を高めているという側面もあるが」
「聖王国の軍でこれだけの練度を保つのは難しいでしょう……」
リリアは、騎士に任命された後に最前線を訪れ、聖王国にもこのような軍があれば、亜人への侵攻に対する備えが万全になるだろうと考えていた。しかし、そのような意識を持つものは少ない。壁が突破されたとしても、聖騎士によって何とかなるだろう。亜人がそのような大規模な侵攻をしてくるはずがないだろうと。
だが、前線の部隊を指揮する将軍達は常々文句を言っていた。「後方はあまりにも前線を知らな過ぎる」と。それは聖王国の指導部に対する非難でもあったに違いない。
思わずため息がこぼれてしまうリリアの姿を見たジルクニフはその口元に笑みを浮かべた。