聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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リリア式軍制改革①

 使節団が各国を訪問し終え帰国した翌日、聖王国ではカルカの指導の下、大臣達が帝国の知恵を借り、建国以来変更されることがなかった各種政策の見直しや訂正と言った作業が開始されていた。

 その中でも、特に力が入れられている教育分野では、貴族階級以上の者のみが通うことを許されていた神学校をケラルトの率いる神殿の協力の下、聖王国式の魔法学院へ形を変えるべく、その運用方法や生徒の選別方法の策定に早くも取り掛かかっている。

 

 そんな最中、リリアは重要な話があるとして、執務室へと呼び出されていた。側には大臣も控えていることからよほどのことのようだ。

 

 

「姉上、重要な話があるとお聞きしたのですが」

 

 

「リリア、貴方は軍の将軍方とは面識がありますね?彼らと共に軍の改革に臨んでもらいたいのです」

 

 

 軍事分野においても現在抱えている問題に対し、抜本的な改革を行おうとしていた。しかし、カルカはこうした軍事的な知識と言うものはあまり身に着けておらず、実務的な面にも疎い。そのため、騎士に任命されてから前線での勤務経験もあり、王族と言う地位から軍の頂点に立ったとしても問題がないリリアに改革を主導させたいと考えていた。

 

 

「実際に帝国で練兵所を視察した貴方なら帝国の方の話も理解しやすいでしょう。生半可な知識によって中途半端な状態になるのだけは避けたいのです」

 

 

「私は構いませんが……。南部の様子を伺う必要はないのですか?軍は彼らにとって敏感な問題なのでは……」

 

 

「軍は亜人と戦争を続ける聖王国にとって、最も重要と言ってもいい物です。彼らの顔色を窺っている内に帝国の方は任期を終えてしまうでしょう。帝国の将軍もおっしゃっていましたが、必要な人材をそろえるためにも、三年と言う期間を無駄にする余裕はないとのことです」

 

 

 ジルクニフが示した三年と言う期間は、人材育成を行うにあたってある程度余裕のある期間であったが、軍事面と言うことになると既にいる人材だけでは足りないため、更に集める必要がある。その期間を考慮すれば、三年と言う期間はかなり短い。

 

 訳を聞いたリリアは承諾し、城内にいる帝国の老将軍やその副官と共に、聖王国の軍関係者との顔合わせや話し合いをするため、前線に近く司令部に近い機能を備えているカリンシャへ向かう。

 移動中の馬車の中でも、リリアは帝国の将軍に対し様々な質問や意見交換を行った。帝国と違い、聖王国はあくまで亜人との戦闘を想定した軍隊を作る必要があるため、互いの知識を交換するのは重要だからだ。

 

 

「リリア様、お待ちしておりました。帝国の武官方、聖王国より将軍の任を授かっているアルフレドと申します」

 

 

 そう言いながらアルフレドは帝国の将軍と握手を交わす。

 

 アルフレドは五人いる聖王国の将軍の中でも、最も若い将軍である。貴族でありながら元冒険者でもあり、実力や地位、そしてその頭脳が評価され、前聖王より将軍位を授けられた異例の人物である。

 

 

「他の将軍達はどうした。何か不満でもあったのか」

 

 

「いえ、亜人による攻撃を警戒し、将軍五人全員が城塞線を抜けるのは危険だろうという判断で私が代表者として参りました。他の将軍方からは全て一任すると申し使っております」

 

 

 リリアは「そうか」とだけ返すと、早速本題へ入るべく会議室へと向かう。

 

 

「まず、聖王国軍の現状を確認するべきだろう。アルフレド頼む」

 

 

 アルフレドは「了解しました」と言うと、用意してきたであろう手書きの資料を帝国の将軍と副官に一枚ずつ手渡す。内容は他国の者であるため、詳細までまとめてはいないものの、程よい具合に理解できるようになっている。

 

 

「現在の聖王国軍は、徴兵制によって兵士が集められ任期ごとに交代されます。城塞線の各重要防衛地点となっている三つの要塞に約二千人が常に常駐する形になっており、要塞間の小砦に配備される兵士や予備部隊を含めれば常に七千から八千人ほどが城塞線に配備されています」

 

 

 アルフレドは続いて二枚目に移り、説明を続ける。

 

 

「城塞線以外にも一定規模の人口を超えた都市や町に関しても、その人口規模に応じた兵士が徴兵され配備されています。ここカリンシャにはおよそ兵種を含めなければ約三千から四千の兵士が任務にあたっており、壁を越えられた際にも対処が可能となっています」

 

 

 そのほか、聖王国の徴兵制がどのような物なのか、緊急時にはどのような対策がなされるのか、海軍や空戦戦力の状態なども説明され、それを聞いた帝国の者達も予想外に戦力が集められていることを知り驚いているようだった。

 

 

「一つお聞きしたい。聖王国が誇るあの城塞線は突破されたことはあるのでしょうか」

 

 

 アルフレドが戸惑うも「隠す必要はない」と言うリリアの一言に「了解しました」と説明を始める。

 

 

「城壁が築かれた後に一度大きな被害を出したことがあります。スラーシュと言う亜人が夜襲を仕掛け、壁内の村が犠牲になりました。奴らは周囲に姿を適応させるすべを持つ個体もいたため、反応ができなかったのです」

 

 

 帝国にとって亜人と言う存在は聖王国ほど身近と言えるものではない。南方の竜王国がビーストマンと争いをしていることが唯一の接点と言えるものだが、それ故に亜人と言うものに対する理解は不足しているのだ。

 そのため、あれほどの城塞線でさえ突破されうるという事実に驚きつつも、半ば納得したような素振りを見せる。

 

 

「やはり城塞線に対する兵士が不足しておりますな。様々な工夫を凝らしているとはいえ、この程度の人数では……」

 

 

 帝国の者が言う懸念は聖王国の軍関係者にとっても同意見であった。しかし、これ以上兵士を任につかせることは財政的にも厳しいものがあるというのが聖王国上層部の判断である。

 また、聖王国の上層部は要塞と言うものに重きを置いていない。確かに重要拠点とはしているものの、亜人の中には人食い大鬼(オーガ)翼亜人(プテローポス)など要塞を脅威としない種族もいる。そのため、国家総動員令を制定し、徴兵制によって性別を問わずすべての国民が戦うすべを持つように義務づけたのだ。

 しかし、帝国の者から見れば、この制度は人と戦うのであれば十分であるが、亜人と戦うのであれば不安が残るというのが本音であった。

 

 

「聖王国の徴兵制によって、一定期間訓練を積んだ後は前線へ配備されるが、その後行われる訓練は『戦闘能力訓練』というよりも、『緊急時対処訓練』というものだ。すべての国民が一定以上の訓練を積んでいることは評価できるが、亜人相手となれば……」

 

 

「参謀本部の判断では、敵の侵攻を遅らせ、周囲から集められ編成された撃退部隊と聖騎士団、そして他の要塞からの増援が共に挟撃すれば十分に対処は可能だそうです」

 

 

 亜人に対して人間が勝つすべはただ一つ、数である。一体の亜人に複数人で挑めば、勝ちようはあるというものである。敵の侵攻地点に大軍を当て、亜人を一気に押し返すというのが現在の基本戦略だ。

 

 その後も亜人はどのような特徴を持つのか、過去の戦闘や戦術に関する情報を帝国の者と話し、互いの理解を深めていく。帝国の将軍も聖王国の現状を十分に理解したのか、今後の改革について、案を提示した。

 

 それは国軍の強化である。これは撃退部隊として機能する国軍を徴兵制によって集めた兵士ではなく、志願者によって集めた常備軍として再編し、よい装備を持たせ、高度な訓練を受けさせることで、緊急時の即応性に優れた軍へとするものだ。

 

 現状の聖王国を見れば、これ以上兵士を雇用することも厳しいことは明らかであり、それならば国軍を強化し、聖王国の基本戦術に合う最適な物に仕上げることが良いと判断したのだ。

 

 

「帝国では一軍団あたりおよそ一万人の兵士の規模を誇りますが……。聖王国と帝国の人口規模などを考えれば、一軍団をおよそ五千人とし、はじめとなる第一軍団の育成に取り掛かるべきでしょう」

 

 

「五千人ですか……。しかし、どうやってその人数を集めればよいものか……」

 

 

 帝国の将軍の意見に、アルフレドは頭を悩ませる。五千人もの人員を集めることは容易ではない。ましてや軍人ともなれば、市民がイメージするものはあまり良いとは言えない。

 

 

「アルフレド将軍。それに関しては帝国式を採用しましょう。部下に命じれば明日……いや、明後日には用意し終えるでしょう。その間にリリア様にはお願いしたいことが……」

 

 

 将軍はそう言うと、文書を取り出しリリアへと見せる。その内容は軍人に保障される権利や課される義務についてまとめられているものだった。これを聖王国の法律として制定してもらうよう、カルカに進言してほしいというのだ。

 リリアは「承知した」と言うと文書を筒へとしまう。その後、初日の会議を終えアルフレドに帝国の者の接待を任せると、自身はホバンスへ向けて馬を走らせた。

 

 

 文書を見せられたカルカは当初、その内容にあまり納得していないようだった。特に問題視したのは、軍人が退役ではなく戦死した場合に対する補償があまりにも少ないことだった。聖王国のために軍人となり、死んでいったものに対する扱いではなく、死んでいった者達にも最大限の礼を尽くすべきだというのがカルカの考えであった。

 そのため、リリアと共に話し合いながら各所に手直しを加えていき、完成したものを法務大臣へと渡すよう文官へ伝える。カルカの印はすでに押してあるため、大臣により法律としての文面になれば正式に法として認められるだろう。

 

 

 翌々日になると、南北を問わず、ホバンスやカリンシャ、プラートなどの大都市を中心に国軍兵士を募集する案内が張り出される。その案内が張り出されたことはたちまち話題となり、町中の者が見ようと押しかけるほどだった。

 

 

「兵士になれば、定期的に給与がもらえるだけじゃなくて税も免除されるんだってよ。今みたいな木こりしてるよりもいいかもなぁ」

 

 

「でも亜人と戦うんだろ?いくら金がもらえるからって、死んだんじゃうまい話でもないだろう……」

 

 

 ある者は今の仕事よりもマシだと思い志願し、ある者は命が大切だと志願を断念し、またある者は家族にいい暮らしを指せてやれると志願する。張り出された案内に書かれた権利は、不遇な環境に置かれた者にとっては、まさに名を上げる機会でもあった。中には、冒険者を続けるよりもこちらの方が収入がいいという理由で志願をした者もいた。

 

 

「思っていた以上に志願者は多いようです。ただ、不純な目的の者も多いようですが……」

 

 

「大丈夫です。後はこちらでうまくやりますから。貴方は新兵をどのように訓練するのか、よく覚えておいてほしい」

 

 

 志願者の情報をまとめた紙を忙しそうに整理している部下達を見ながらアルフレドが帝国の将軍に話しかけると、将軍はアルフレドの肩を叩き、その場を後にした。

 結果的には志願者が予想を超え集まったことと、南部貴族からの批判が多くなったことで途中で打ち切られることになったが、合計して九千人近い志願者の中から七千人ほどが選別された。いずれも、腕に自信があるものや魔法を使える者、武技の心得があるものを中心に集められた精鋭ともいえる者たちだ。

 

 

 選ばれた者達はカリンシャ近郊に建てられた仮設の練兵所に一か月後集められることになるが、その後に待っていた地獄を知るすべはない。

 

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