リリアは稽古の内容をすべて終えると自室へ戻り夕食会へ出席するための準備をする。待機していたメイド達は手際よく騎士団の訓練服を脱がせていく。すべて脱ぎ終えるとリリアは自身の匂いが気になった。
「
騎士団長との稽古などで体を動かし汗もかいていたため、魔法を使い自身の汚れや匂いを消す。こうした日常生活において使える魔法も聖王国では学ぶことが難しい。というのも、聖王国では魔法教育のほとんどは宗教上の問題から信仰系に偏ってしまっているからだ。
また、学べる内容もほとんどが第二位階魔法までである。これは既存権益の保護を図る神殿勢力の意図であり、第三位階魔法を使う者が増えれば自身の立場が危うくなることを恐れているためだ。
リリアは王族という立場から信仰系魔法以外にも有用な魔法は多く存在していることを知っており、自身の身分を隠しては聖王国を訪れた冒険者から魔法についての知識を得ていた。
(愚か者どもめ……。このような魔法教育では帝国以下ではないか……。優秀な人材も多くいるというのに……)
リリアの言う帝国とは、友好国であるリ・エスティーゼ王国の東に位置するバハルス帝国を指している。
バハルス帝国では10代で皇帝となったジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが帝国内において血の粛清をもって改革を起こした。そして、その改革の一環として魔法詠唱者の養成・優遇政策を掲げ、帝国魔法学院を設立するなど、ここ数年でこの大陸でもっとも進んだ魔道国家となっている。
(有能な者は経歴や身分の貴賤を問わず取り立て、学院の門は誰にでも開かれている……。なんと素晴らしいことか……。しかし……)
リリアはジルクニフのことを高く評価しているがある一点においては納得していなかった。それは改革を数多の流血によって成し遂げたということだ。リリアが尊敬しているカルカも改革を流血沙汰の事態を起こしてまで行おうとはしておらず、リリアもその影響を受け、この暴力的な行為を批判的にとらえていた。
(改革のためには血が流れることは仕方がないのか……?しかし、老若男女問わず血縁をたどり処刑する必要はあったのか……?)
「第二王女様、お支度ができました」
物思いにふけるリリアにメイドが声をかけると、リリアははっとしたように我に返る。目の前の鏡には、ドレスを着飾った自分の姿が映っている。容姿は姉であるカルカと瓜二つであるが、姉が漂わせるような慈愛の相は見られない。カルカやカスポンドがおっとりした目で母親似であると言うならば、リリアはキリッとした目で父親似であるといえる。
「とてもお美しゅうございます」
「あぁ、ありがとう」
リリアはメイドにそう言うと、側仕えを連れ夕食会の行われる会場へと向かった。
会場に着くと既に父やカスポンド、カルカが席についており自身が最後に来たことを知る。
「申し訳ありません、支度に時間がかかり遅れてしまいました」
「謝らずともよい、家族での夕食なのだ。誰も困るものはおらんだろう」
「リリアが遅れるとは珍しいな。何かあったのか」
リリアの謝罪を父が止めるように言う。それに続き、カスポンドも普段は遅れることがないリリアの様子が気になったのか声をかける。
カスポンドとカルカ、リリアは同じ王宮内で過ごしているのにも関わらず、滅多に話すことは無く、話をしたとすれば一言か二言言葉を交わす程度だ。これは決して仲が悪いためではなく、互いを支持する勢力を不用意に刺激しないよう気を配っているためである。この王宮内にもそれぞれの勢力の支持者が入り込んでおり、王宮内とはいえ、仲良く話し込んでいる姿を見られれば変な思い込みにつながりかねないからだ。
この状況を見た父が家族であるのに話せる場がないのはよくないとして、この夕食会を思いついたのだ。
「いえ、稽古に熱が入ってしまい。時間を気にかけることを忘れてしまったのです」
リリアは普段話すことがないカスポンドにやや固い言葉で返してしまう。幼い頃はこのような関係ではなく、三人でよく遊んでいたものだったが……。
「リリア、そのような強い言葉で返してはお兄様も居心地が悪く感じてしまいますよ」
「い、いえ!そのようなつもりはなくて!」
カスポンドとリリアの関係をカルカは間に入りうまくとりなす。こうして雰囲気が柔らかくなったところで父が「夕食を始めよう」といい、手を叩くと側仕えの者たちが料理を運び、テーブルへと並べる。
その後は日々の日常生活に関する会話や城下であったことなど、比較的軽い話題で食事の場は雰囲気の良いまま進んだ。
そうして、一通りの食事が終わり、皿がすべて下げられると父は再び手を叩く。すると側仕えの者やメイド達が会場から一斉に退出する。ここからは王家の者のみが話し合える場となり、これまでの話題と違い重要度が高いものとなる。
「さて、それでは本題に入るとしよう。カスポンド、南部の動きはどうか」
「はい、父上。一つ気になる動きが」
カスポンドはそういうと、二枚の紙を取り出し父の前へと持っていく。
「これは入港記録だな」
「はい、先月の入港記録の一覧です。私が気になったのは王国から来た一隻の交易船です」
カスポンドはそう言いながら父が持つ紙の一部を指指す。父は紙を見ながら「それで」と話しを続けさせる。
「この船は王国を出た後、北部の港に寄らず、南部の貿易港へ向かいました。ここまでは何の問題もないのですが、問題となるのは次です。この交易船は王国へ帰る際に一度湾岸都市リムンの港に寄っています」
父は渡された二枚目の紙に目を通す。
「何らかの問題が起きたのではないか?補給のために寄ったと書いてある」
「一見すれば問題がないように見えますが、役所に提出された書類では補給品の搬入とされていたものの、この船は積み荷を降ろしていき、補給品の搬入は一箱のみしか行わなかったとのことです。また、降ろされた荷物の行方はつかめていません」
「荷物が降ろされたのは」
「三日前のことです。現地の私の配下が不審に思い早馬で報告書と関連した書類を届けにきました」
父は「南部が動いたか?」と言いながら、渡された紙を机の上に置く。カスポンドは父の言葉に首を振り「南部に目立った動きはありません」と返す。
「分かった。この件は私が預かろう。荷物の行方は聖騎士団に追わせる。何事もなければよいのだがな」
父はそういうと「カルカは何かあるか」と言いながらカルカへ顔を向ける。
「はい、以前から進めていた孤児院への支援計画なのですが、北部における計画は後1ヵ所のみとなりましたので、この計画を南部へも広げたいと思い……」
「危険です!姉様!」
カルカがすべてを言い切る前にリリアが声を上げながら席を立つ。「リリア」と父が声をかけながら困ったようにリリアに顔を向けるとリリアは「申し訳ありません……」と頭を下げながら席へ座る。
「リリア、この支援計画を南部の孤児院にも行わなければ北部のみを優遇したと捕えられてもおかしくないわ。それに北部の民も、南部の民も聖王国の民に違いはないのです。彼らにも救いを差し伸べなければ」
「姉様のお考えは正しいです。民をお救いになるという志も尊敬しています。しかし、今それを行うべきでしょうか。不審な荷物が聖王国内のどこをうろついているかもわからない。そして、南部は姉様を排除しようと思っている者たちが大勢います」
カルカの理想を実現させたいのはリリアも同じであるが、その身を危険にさらしてまで行ってほしくはない。これは父やカスポンドも同様であり、二人は「リリアの意見は正しい」と意見を同じくする。
「カルカ、支援計画はひとまずここで終わらせるべきだ。次の計画のために準備がかかるとして延期の形をとらせるのがよいだろう。」
父の意見にカルカは「わかりました」と残念そうに答える。その姿を見たリリアは心が苦しくなる。続いてリリアも父に何かないかと問われたものの、政治的なことを何も行っていないリリアは「特にありません」とだけ返す。
「であれば、連絡事項として伝えておこう。リリア、明日の孤児院への支援物資の運搬にはカルカと共に行きなさい。」
「王女二人そろって外出させるというのは危険ではないのですか」
父の言葉にカスポンドが異を唱える。神殿が支持しているとはいえ、現在の状況を見れば外に出すこと自体危険である。
「神官長たっての希望だそうだ。断るわけにもいかない。おそらくはカルカの聖王候補としてのアピールの場として使いたいのだろう。王女二人が支援活動に携わっているとすれば王家のイメージも良くなる。護衛には騎士団長のほか、騎士団の精鋭をつけるが、それとは別にカストディオ家からも長女と次女二人を同行させてもよいと返答を受けている」
「レメディオスと……」
リリアが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ケラルトですか……」
カルカもどこか困ったような表情をする。
「そうだ。彼女たちの実力はすでに王国内の精鋭にも匹敵している。それにリリアお前も素晴らしい腕前だと騎士団長がほめていた。これ以上の護衛はおるまい。それにリリアは初の公務だ。顔見知ったものがいた方がよいだろう」
リリアとカルカの内心を知らずに父は何もおかしくはないといった表情で話す。二人の内心を知るのは同様にレメディオスとケラルトをよく知るカスポンドであろう。
(カルカ、リリア、頑張ってくれ)
カスポンドはそう言いながら頭を抱えている二人に密かにエールを送った。