本来、②に当たる予定だった物語ですが、後日番外編にて公開予定です。ある程度内容が伝わるように書き直しましたが、話が急に飛んでしまうような形になってしまいました。これを理解した上でお読みいただけると幸いです。
それでは、本編をお楽しみください。
帝国が示した期間である三年は瞬く間に過ぎようとしていた。予定通りに事が進んだ物もあれば、南部の反対によって挫折したり、遅延したものあったが、北部における主目標はほとんどが達成されたと言っていいだろう。
ケラルトによる神殿の『掃除』も無事に終わり、名実ともに神殿勢力の長となったことで、かねてより進めていた魔法学院構想も、神学校とは別にという形でホバンスに開設するに至った。現在は一期生に当たる生徒達が授業を受けており、平民や貴族の間で未だに確執はあるものの、同じ学舎で授業を受けることができている。
また、近頃は南部の貴族間において不和が目立ち始めており、これらの南部離間工作を行っているのもケラルトだ。これらの工作によって周囲から除け者にされた貴族を神殿で囲い込み、資金を吸い取っているらしい。
レメディオスは帝国での屈辱から更に自身を鍛え始め、今では聖王国内で同等に剣を交わすことができる者はリリアのみだろう。そして、副団長のグスターボ・モンタニェスとイサンドロ・サンチェスの二人がレメディオスを頭脳や実務の面でサポートしている。ただし、レメディオスの性格にかなり振り回されているようで、二人からの苦情を受け、リリアが注意をすることもあった。最近の例でいえば、お酒が飲める年齢になったため、勢いで飲み始めたものの酷いことになり、二人が何とか暴走するレメディオスを抑え、実家まで連れて行ったことだろう。しかし、これらの問題も本人にとっては気にするほどの事ではないと感じているようだ。
そして、リリアの進めていた軍制改革も三年を立とうとしている今では、精鋭である第一軍と共に、今年創設された第二軍を加え聖王国の国軍は合計八千名にもなろうとしていた。
第一軍は、重装歩兵と長弓兵を中心に、カタパルトや移動式バリスタなどを装備し、大型の亜人に対しては数少ない
その第二軍は千人の突撃騎兵を中心とし、馬車を用いて移動する軽装歩兵で固めた部隊であり、未だ定員が満たせていないため、残りの二千名ほどは不在の状態だ。とはいえ、部隊の中心である騎兵は中・小型の亜人に対しては大きな効果を発揮することが期待されている。
第一軍の将軍にはアルフレドが任命され、第二軍が完全に整うまでは第二軍も率いることになる。他の将軍達は新たな部隊を運用するための知識が間に合っていないことや城塞線の防衛に忙しいことから遠慮する。だが、本新しい部隊を運用するということほど面倒なことは無いというのが本音だろう。
ある日、カリンシャの練兵所で訓練を視察しに来ていたリリアの下へ王都の使いの者が訪れる。要件はカルカが臣下達と食事をしたいというものだった。
(また、面倒なことが発生したか……)
カルカがこのような誘いをするときは、いつもリリア、レメディオス、ケラルトを呼んで対策を練りたいときだ。リリアは要件を理解し、使いの者に承知したことを伝えた。このところ、南部貴族が拡大する国軍に対し不満をぶつけていた。おそらくそれに関係することなのだろう。
カリンシャでの視察を終えた後、すぐに馬へと乗り、ホバンスへと帰還する。汚れた外套はメイドに預け、着のみ着のままカルカの執務室へ向かう。
部屋の中では既にリリア以外のメンツが集まっており、お茶を飲んでいた。リリアはすぐにカルカに挨拶をするとカルカは「おかえりなさい」と手を振る。
「リリア様、予定よりも大幅な遅刻です。今日も忙しかったみたいですね」
「あぁ、訓練の視察が思ったよりも長引いてな。……ケラルト、どうして私のカップは置いていないんだ?」
「失礼しました。今日はもう来ないと思っていましたので……。冗談ですよ?」
ケラルトはそう言いながら、『熱々の』お茶をカップへと注ぐ。しばらくは飲むことも難しそうだ。
「レメディオス。お前の家ではいつもこのお茶を入れるのか」
レメディオスはカップに触れると、少し熱そうにするも納得したように手を放す。
「たまにこの程度のお茶も出ますが、私は飲めますよ!」
どうやらケラルトは家でもこの程度のお茶を出すことがあるようだ。リリアは「そうか…」と言うと、カップはそのままにカルカの方を向く。
「それで姉上。今回呼ばれたのは……。やはり、国軍関係ですか?」
カルカは気まずそうに「二人には話したのだけれど…」と言いながらケラルトの方を見る。すると、ケラルトはカップを置き、リリアの前まで歩き目の前に立つ。
「リリア様、ですから私は警告したのです。これ以上拡大すれば大きな反対が起きると!それに不足している予算はどこから補充しているかお分かりですか!神殿からですよ!」
だがその予算は南部貴族の……。リリアはそう言おうと思ったが、確かに自身の責任でありそれを負担してもらっている立場なため、ケラルトの顔を見て素直に謝罪する。ケラルトも謝られては強く言えないため、おとなしくソファーに座る。
落ち着いた様子を見て、カルカが本題へと入る。
「南部からの要求は三つ。一つ目は、これ以上国軍を拡大しないこと。二つ目は、国軍が予算食いのお飾りではないことの証明。三つ目は、国軍が南部に向けられないということの保障」
「一つ目は……あと二千名だけでも……」
「いい加減にしなさい!」「いい加減にしてください!」
少しずれてカルカとケラルトが叱りつける。
「冗談です。一つ目はいいとしましょう。しかし、二つ目と三つ目はどのように証明しろと……」
「南部は国軍の強さを示し、あくまで人間に向けられる武器ではないことの証明として一つの案を提示したの」
リリアが「それは?」と尋ねると、自分でも奴らの意図をよく理解できないのか、口ごもりながら答える。
「亜人相手に戦って見せろと……」
「亜人とですか?それは軍を率いて亜人と戦えと?奴らの前で名乗りでも上げてみましょうか?」
皮肉を込めてリリアはその提案を批判する。そもそも、国軍はあくまで聖王国内に侵入しようとしている相手に対する反撃手段として、創設され訓練を行っている。南部が言おうとしていることは壁を越え、アベリオン丘陵に向かって侵攻しろと言っているようなものだ。条件が全く違う。
「南部は亜人討伐のためであれば軍を出すとまで言っているわ。でも本当の目的は…」
「国軍がどの程度の強さであるのか。そして、国軍が亜人相手に敗北すれば税の無駄遣いとしてカルカ様を批判する材料にもできるといったところでしょう」
ケラルトがカルカの言おうとしていたことを代わって説明する。もしこれを拒否することになれば、南部は国軍が自分たちに向けられる軍であると理解し、更に南部軍の強化を行うだろう。それで苦しむのは南部の民であり、聖王国の民である。しかし、受け入れたとしても亜人との戦闘となれば死者が出ないというわけではない。どちらを選んでも聖王国の民が傷つくのだ。
(姉上が答えを迷われるのも無理はない……)
「兄様は何かおっしゃっていましたか?」
「お兄様は南部の動きは本気らしいということは知っているみたい。『ご老』の指示の下動いていると…」
『ご老』と言うのは、南部を代表する大貴族であり、九色の一人でもある者だ。聖王家への忠勤が評価されて与えられたものの、あくまで南部を離間させないための鎖として与えているに過ぎないというのが一般的な評価だ。
「第一軍はともかく、第二軍はまだ訓練不足が否めません。今の状態で実践に挑もうものなら最悪の場合全滅ですよ」
改革を担当してきた責任者として、育ててきた軍団を無駄死にさせるわけにはいかないというのがリリアの立場である。しかし、今回ばかりはそうも言ってはいられない。
「リリア様大丈夫です!聖騎士も共に行けば亜人共など蹴散らして見せます!」
「姉様、それでは何の問題の解決にもなりません」
「そうか?亜人を倒せさえすればよいのだろう」
レメディオスが胸を張ってそう言うも、聖騎士が亜人を殲滅しては国軍の強さを証明することもできないだろうと三人は頭を抱える。
結局のところこの問題を拒否することはできず、南部の要求を受け入れる方針で考えることが決まった。リリアは直ちに将軍と打ち合わせを行い、後日詳細な作戦計画をまとめて送ると告げ、一足先にその場を後にした。
「と言うわけで国軍はこれからアベリオン丘陵に対する攻撃計画を練る必要がある」
「攻撃計画と言われましても……。敵地に侵攻する作戦を立案したことなんてありませんし……いかがですか?」
「帝国軍を率いていた際には何度も練った経験はある。だが、亜人相手に有効な物かどうかは判断できない。下手をすれば大損害を被る可能性もある」
リリアからの指示を受け、アルフレドと帝国の士官は頭を抱える。亜人相手に攻め入ること自体が無謀なのではないかと言う疑問やそもそも攻める必要はないだろうという根本的な疑問しか頭に出てこないほどだ。
「第一軍は練度も高いですが、それはあくまで訓練上の話です。これまで一度も戦闘を行ったことはありません。前例のない作戦に送り込むのは自殺行為です。それに
「だがやらねばならん。拒否しても失敗しても、我々に待つのは世間の批判だ。成功のみが求められる」
アルフレドも覚悟を決め、最善の結果を出すための策をひねり出そうとする。その時、帝国の将軍が口を開く。
「初めての部隊には、勝利を味わわせ自信を持たせることが重要だ。前哨戦を挑むのがよいだろう。亜人達は何か小規模な拠点を築いたりはしないのか?」
「アベリオン丘陵の南部にある森林には
「ならばそこを叩けばいいだろう。拠点を叩かれれば奴らは本拠地から出てくる。こちらは陣を構えて待ちかまえ、有利に戦闘を進めればいい」
「攻城戦の仕方であれば、すぐにでも教えてみせよう。今の第一軍団であれば、一カ月もあれば足りる。基本は変わらないからな」
「では、アルフレド。将軍から戦術を学び、部隊の指揮をとれるように準備を進めてくれ。私はルートの作成や物資の準備のため忙しくなるからな」
アルフレドは「了解しました」と返すと、早速将軍と話を始める。
(可能な限り多くの兵士を救わねば……)
厳しい戦いを目の前にして、リリアの手には力が入った。