リリアも迫りくる
騎兵の突撃によって崩れた
「て、撤退だ!森へ逃げろ!」
指揮を執っていた
「カルリスト様!
「よし!追撃するぞ!兵士達よ奴らを追いかけて殺すのだ!」
命令を受けた南部軍の兵士達は動揺する。合同軍の将軍より深追いはしないように厳命されていたからだ。自身の命に中々従わない様子を見たカルリストはさらに声を上げる。
「猿を一体殺すごとに金貨一枚だ!早くしないといなくなるぞ!」
猿一体で金貨一枚と聞いた兵士達は先程まで動揺していたものの、逃げ腰な
「負傷者の救護を急がせろ!歩いて迎える者は自力で、そうでないものはその場で待機し、神官が通り次第手を挙げろ!」
リリアが前線の兵士達に声をかける。もはやどの兵士が生きているのか、どの兵士がもう手遅れなのか、そして双方の死体に埋もれてしまっている者も含め状況の把握はむずかしい。生き残った騎兵がリリアの下へと集まり、次の指示に備えている。
しかし、その側面では南部軍の兵士達が森へ向かって走り出しているのが見えた。
(なぜ突撃している?)
「リリア様!緊急事態です!」
そう言いながら丘の上からアルフレドが駆け寄ってくる。顔真っ青にしており、ただならぬ事態が発生したことを察する。
「アルフレド!いったい何事だ!」
「南部軍が!左翼に展開していたカルリスト殿が勝手に軍を森へ進めました!それにつれられ、右翼に展開していた南部軍も進軍し……!」
「直ぐに停止するよう指示を出せ!」
「無理です!指揮をしている貴族自ら先頭に立ち、追いつくころには森の奥地ですよ!」
「それでもやるんだ!司令部命令で通りがかった兵士には直ちに撤退しなければ軍法で裁くと叫んで周れ!お前たちも行け!」
リリアは指示を求め待機していた騎兵たちにも同様の命令を、走り出した南部軍の兵士や貴族に叫んで周るよう伝える。兵士達は直ぐに返事をすると、各々が右翼と左翼を走る南部軍の下へ駆け出した。
「アルフレド。戦える者を使って部隊を再編するんだ。軽症者から治療を行うように神官にも伝えろ。一人でも多く戦線に復帰させるんだ」
アルフレドも同意見だったのかすぐに副官にも指示を伝え、自身も負傷者の救護を始める。リリアも送り出した騎兵に続き、命令を伝達しようとしたが、森の中から聞こえる足音と振動に気づく。
「アルフレド。負傷者の救護は後回しだ。敵が来るぞ」
右翼と左翼に展開していた南部軍が抜けた付近の森からぞろぞろと亜人の姿が現れ始める。そこには
「歩兵部隊は全周を警戒!高所を守る形で展開しろ!負傷者の救護は後回しだ!」
アルフレドが突如現れた亜人の群れに対し、即座に指示を飛ばす。比較的被害が少ない第二歩兵と第三歩兵を中心に、第一歩兵の生き残りからなる歩兵部隊は高所にある陣営や大型兵器を守る形で斜面に展開する。
リリアも前線からすぐに丘へと駆け上り、周囲の状況を見渡す。
「アルフレド。ここから撤退を開始することは?」
「無理でしょう。森の中に入っていった南部軍の安否さえ不明です。それに撤退路にもゴブリンの群れが展開しつつあります。唯一の穴は正面ですが……」
正面は亜人の領域ともいえる森であり、撤退路として選ぶにはあまりにも方角的、地形的問題がある。森の中から戻ってきた南部軍と挟撃するという策もあるが、安否が不明なため、実行できるかも分からない。
その時、オーガが投げた岩が高所においてあったカタパルトに直撃し、それを操作していた兵士達が吹き飛ばされた。
「考えている時間はない!私の魔法で撤退路の亜人を倒す。敵が再度包囲を組む前に突破し、撤退戦へと移行する!」
「分かりました!兵器や物資は可能な限り放棄させ、全て燃やさせます!指示を伝えるまで待っていてください!」
リリアはすぐさま部隊の裏手に回り、アルフレドの合図を待つ。アルフレドはすぐさま副官に指示を伝え、軍全体に周知させる。兵士達は指示を聞き、食料や日用品などをひとまとめにして火を放ち始め、兵器も油壺の油をかけると火を放つ。
「リリア様!始めてください!」
アルフレドの合図と共に、リリアが魔法を放つ。
「
リリアが得意とする雷系統の魔法の中でも範囲攻撃力に秀でる魔法が放たれると、ゴブリン達は電撃に当たり、そのまま焦げ臭いにおいを放ち動かなくなる。
「全軍走れ!死傷者を連れた馬車は構わず走らせ続けろ!要塞に着いたら救援を要請するんだ!」
アルフレドの指示の下兵士達は隊列も放棄し、一斉に撤退を開始する。
生き残りのゴブリンが逃げる兵士に襲い掛かり、他の兵士がそのゴブリンを殺すも兵士は息絶える。
(これでは被害が増える一方だ……!)
「アルフレド!撤退の指揮はお前に全て任せた!」
リリアはそう言うと、旗手から旗を奪い取り、馬に乗ったまま魔法を唱える。
「
亜人達は強烈な光によって視界が一時的に遮られ、光を放ったリリアに視線が集まる。亜人達は皮肉にも人間の貴族と同じように名誉や栄光と言ったものを欲しがる。であれば……。
「私は聖王国の英雄!リリア・ベサーレス!私を討ち取り名を上げたい者はいるか!」
リリアは亜人達に向けて名乗りを上げ旗を地面に突き刺すと、自身に向けて更に注目を集める。
「リリア様!何を!」
「止まるな!私が時間を稼ぐ!」
アルフレドは続けて何かを言おうとするもそのまま他の兵士を引き連れ走っていく。それを見逃さまいと一体の
「私を倒さねばこの先には行けぬものと思え!」
そう言い放つと、ゴブリンや
リリアは武技の『斬撃』によってそれらを横に真っ二つにする。その後も次々と襲い掛かる亜人に対し、攻撃を避けながら手に持つロングソードで斬り伏せ、オーガがその巨大なこん棒を振り下ろしてくれば、武技の『不落要塞』によって一撃を受け止め、そのまま真っ二つにしてしまう。
亜人共を倒していくうちに、返り血によってサーコートや鎧は血まみれになり、至る所からしたたり落ちている。切り傷を負っているため、それが自分の血なのかもしれないが、もはや怪我による出血なのかさえも判断はできない。今まで乗っていた愛馬は
「ヒヒヒ。口だけではなかったようだな小娘」
死体の中で血まみれになって戦い続けているリリアに、群れの中から現れたハリシャが笑いながら声をかける。
「お前も死にに来たか、猿の頭領」
リリアがそう言いながら剣を向けると、ハリシャは「ヒヒヒ。こわやこわや」と余裕そうな表情を見せる。
「これ以上殺されてしまっては大変じゃからね。儂自らとどめを刺してやる」
ハリシャがそう言うと周りの
「ヒヒヒ。何も一対一とは言わんよ。とどめを刺すのは儂だという話だ。悲しむことは無いぞ小娘」
「その口叩けるのも今の内だぞ、
リリアはそう言うと剣を構えた。
その頃、要塞では戦いに出ていた軍が敗走してきたことで大きな騒ぎになっていた。最初に帰還したのは南部軍の兵士であり、自分達の領主が殺され、司令部も包囲されていたため、そのまま逃げ帰ってきたのだという。南部軍の代表であったカルリストの行方も不明であり、事態は予想以上に危機的だと判断していた。
「レメディオス。すぐに聖騎士団を率い、救援に向かいなさい。ただし、敵と正面から戦ってはなりません。一人でも多く助けるのです」
レメディオスはカルカの指示を受け、すぐに部屋を飛び出す。カルカとケラルトは逃げてきた兵士達を治療するために、共に救護所へと向かった。
レメディオスは救援に向かう最中に第一軍の死傷者を連れた馬車を見つけると、話を聞き、この後に本隊が続いていることを知る。そうして再び馬を走らせると、本隊が見え将軍であるアルフレドの姿が見える。
「アルフレド!状況はどうなっているんだ!」
「レメディオス様!我々はリリア様の指示の下、敵の包囲を突破し撤退してきました!」
レメディオスは周囲を見渡しリリアの姿がないことに気づく。
「リリア様は!リリア様はどうした!」
「リリア様は敵の大群を抑えるために自ら殿を務められ……」
「リリア様を見捨ててきたというのか!」
「団長!今はこのようなことをしている場合ではありません!」
レメディオスがアルフレドの胸倉につかみかかり、グスターボがそれを諫める。レメディオスは「分かっている!」と言いながら乱暴に手を放し、アルフレドに引き続き下がるよう命令する。
(リリア様、今参ります!)
レメディオスは必死に馬を走らせ、他の聖騎士も遅れまいと必死に追従する。しばらくすると、血が付き、穴が開いてボロボロになった聖王国の旗が見え始める。そこ旗に近づいていくと緑の草原が真っ赤に染まり、ゴブリンやオーガ、
旗の下で馬を背に横たわる金髪の騎士が目に入った。レメディオスは「リリア様!」と叫ぶと馬から飛び降り、側へと駆け寄ると体を起こす。グスターボやイサンドロもすぐに近くへと寄り、息を確かめる。
「団長!まだ生きておられます!」
レメディオスは絶望に駆られそうになっていたが、グスターボの言葉を聞くと直ぐにリリアの体を抱きかかえ、「撤収する!」と声を上げた。