聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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償い①

 レメディオスは血まみれになったリリアを抱きかかえたまま、救護所へと入る。

 血まみれになったリリアを見て、治療に当たっていた神官が思わず声を上げてしまう。他の負傷者の目に入れば衝撃が大きく、良くない噂に発展することも考えられたため、神官はすぐに奥の部屋へと案内する。

 

 

「ケラルトを呼んで来い!」

 

 

 レメディオスの鬼気迫る様子に神官はすぐにケラルトの下へと走り出そうとするも、既に騒ぎを聞いたケラルトは血相を変えて部屋へと入ってくる。血まみれのリリアに動揺するも、レメディオスがまだ息があることを伝えるとすぐに容態を確認し始める。

 

 

「姉様!鎧を脱がすのを手伝ってください!」

 

 

 レメディオスはケラルトの手伝い、傷口が分からないために慎重に鎧を脱がしていく。鎧をはずすと、中からも大量の血液が流れ出し、救護所の床に血だまりを作る。下に着こんでいた鎖帷子やサーコート、衣服も順番に脱がしていくと、刺し傷や切り傷が至る所に確認できた。

 

 

重傷治癒(ヘビーリカバー)!」

 

 

 ケラルトの魔法によって傷口はふさがっていくも、横になっているリリアの体からは依然として出血が続いている。ケラルトはレメディオスの手を借りてリリアの体を横に向ける。

 

 

「ッこれは……?」

 

 

 リリアの背中には肩の下のあたりに黒い腫瘍のようなものができ、肌が小さく膨れ上がっていた。ケラルトは魔法や呪いの類ではないかと警戒し、耐性が低いレメディオスに離れるように指示すると、治癒魔法や解呪魔法をかけ始める。

 

 

(治癒魔法も聞かない……。呪いでもないようだし……)

 

 

 そこへカルカも到着し、レメディオスから事情を聞くと自身もケラルトと共に魔法をかけ始める。しかし、背中にできた黒い腫瘍が治る気配はなかったが、幸いなことに出血は止めることができた。

 

 

「カルカ様、これは……」

 

 

「私にも分からないわ。それに左目のこの黒いシミも……。呪いの類のように見えるけれど…」

 

 

 とはいえ、治療の効果によって先ほどまで息が荒かったリリアも徐々に落ち着きつつあり、容態は安定したように見える。原因が分からず治療のしようがないため、カルカはリリアを王宮まで直ぐに送り様子を見るようにレメディオスに指示をした。

 

 

 

 太陽の光が部屋へと差し込み、その眩しさによってゆっくりと目が開く。頭はぼうっとしており、自分が今どのような状況なのか、把握するまで少しの時間を要したが、体を起こそうとした際の痛みによって意識がはっきりとし始める。

 

 

(ここは……。私の……部屋…)

 

 

 視界の半分は包帯によって隠れ、体には多くの傷があるためか少し体を動かすだけでも痛みが走る。

 手元にある鈴を鳴らすと、メイドが駆け付けリリアが目覚めたことに涙するも、すぐに王宮医を呼ぶため部屋を後にする。メイドが王宮医を引き連れ戻ってくると、すぐに診察が始まる。質問にリリアは「特に問題ない」と返していくと、王宮医は異常は見当たらないことを告げ、一礼して部屋を後にした。

 

 

「私がここに戻ってからどれほど経った?」

 

 

「はい、リリア様が御戻りになられてから今日で二日になります。その間、ずっとお眠りになられていました」

 

 

 メイドが水をコップに汲みながらそう答え、コップをリリアに渡す。リリアはコップの水を飲み干し一息つく。

 

 

「姉上……。聖王女様は何を?」

 

 

「聖王女様を始め、大臣の皆様は連日会議を開いております。今回の遠征に関して責任をどうするかと……」

 

 

 リリアは寝ていた数日間の事をさらに詳しくメイドから聞いた。今回の遠征による最終的な死者は三千七百八十五人に上り、そのうちの三分の二にあたる遺体の回収ができていないこと。多くの戦死者を出した責任を誰に負わせるべきかと言う議論が続いていることなど。

 

 

(三千七百八十五人……。私の力が足りなかったばかりに……多くの民が……)

 

 

 何の大義もない、政争によって起きた今回の遠征によって多くの民を殺してしまった。兵士達の前であれだけ大丈夫だと大言を吐いた自分の愚かさやそれに対する恥ずかしさ、兵士達に対するやるせない気持ちでリリアは思わず涙を流してしまう。メイドが心配し声をかけるも、大丈夫なことを伝える。

 

 

「着替えの用意を。私は司令官として……。現地で戦った者としても責任を取らなければ……」

 

 

「駄目です!そのようなお体で出歩くことは……。王宮医からも御止めになられているではありませんか!それに……!」

 

 

 メイドがその続きを言う前に口を閉じる。リリアは突然話すのをやめたメイドの様子から何か隠していることを感じ取り、話すよう命令する。メイドはためらったものの、強い視線を受け口を開く。

 

 

「聖王女様は今回の責任をリリア様に押し付けさせないため、外に出さないように指示されております……」

 

 

 それを聞いたリリアは直ぐに着替えを用意するようにメイドに怒鳴るように指示する。メイドはリリアの表情におびえた様子で返事をしすぐに神官服を用意したが、リリアは首を横に振りながら騎士団の服を用意するように言う。

 痛む体に鞭を打ちながら、騎士団の服に着替えると会議室へと向かうために歩き出す。右足に負った傷がひどいためか、体が傾き倒れそうになるもメイドが直ぐに支え、やはり無茶だという。リリアは壁にかけてある自身の剣を掴み、それを杖の代わりとすると自身の足で歩き始める。

 部屋の扉を開けると警護の聖騎士が立っており、突然部屋から出てきたリリアに驚きつつも、部屋へと戻るように促し、リリアの前に立つ。リリアは聖騎士にその場をどくように睨みつけると、聖騎士の体は動かなくなり、その間を肩をぶつけながら抜けていく。

 

 

 

「今回の遠征の責任はやはり総司令官である聖王女様にあると考えるべきではないですかな」

 

 

「何を言う!兵士達からの証言にもあるように、南部貴族の独断専行!これが原因なのは分かりきったことではないか!」

 

 

「北部軍が消極的な作戦にでていたからではないか!南部軍に続き北部軍も前進していれば敵を一網打尽にできていたはずだ!」

 

 

「結果論で責任を逃れようなどと!今この南部貴族がこの場にいたならばその者に責任を押し付けていたであろう!死んだことをいいことに!」

 

 

 カルカを長机の真ん中に置き、南部貴族と北部貴族の代表者達が互いの意見をぶつけあう。このような議論が続きはや二日経つも、同じようなことを言い合うばかりで何の進展もない。今回の死者の大半は南部の民であり、責任を北部に取らすことができなければ、南部貴族は領民から大きな反発を受けることになる。そのため、ここまで暴論に近い意見を出しながら責任を押し付けようとしているのだ。

 

 

(亡くなった兵士達もこれでは……。このような不毛な議論はもう……)

 

 

 カルカは一刻も早く、亡くなった者達を慰霊したいと思っていた。そのためには責任者を国民に明かし、情報を公開する必要があり、カルカは最早自分で責任をとることも考え始めている。レメディオスやケラルトが絶対にならないと進言を続けていたものの、このような惨状をいつまでも見ているわけにはいかないと。

 

 すると会議室の扉が開かれ、剣を杖にした状態のリリアが部屋へと入ってくる。突然の来訪者に一同は驚愕するも、その中で最も驚いていたのはカルカであった。先ほどまでの議論の一部始終を聞いていたのか、その表情には怒りが満ちており、リリアはそのまま歩いてカルカの反対側に立つ。

 

 

「今回の責任は現地における司令官の私がとります」

 

 

「リリア!何を言って」

 

 

「司令官に任命されたのにもかかわらず、愚かな南部貴族を御することができなかったのは私の力がなかったためです。それによって亡くなった者達に対し責任を取るのは私でしょう。このような大義なき戦争に至ったのも、私の力のなさを民に押し付け、国軍などを組織しようとした私の怠慢です」

 

 

 リリアはそう言うと、放心状態の面々を無視し、剣を机の上に置いて痛む脚を引きずりながら部屋を出ていく。

 

 その晩、リリアはカルカに呼び出され、執務室を訪れていた。部屋の中ではレメディオスやケラルトも待っており、部屋に入るとケラルトの手を借りてソファーへと座る。カルカの表情は言わずもがな、昼間の事に怒り心頭だ。

 

 

「リリア、私に何か言うことはないかしら」

 

 

「ありません、姉上。私は全ての責任を取ります。その意思は変わりません」

 

 

 カルカは勢いよく机をたたき、立ち上がる。

 

 

「リリア!貴方が言ったことは正しいことでは……」

 

 

「正しいです。姉上、私が間違っていたんです。上に立つ者、強い者が弱き民を救うために最大の努力をもって、彼らを守らなければならないのに、私はその努力を彼らに押し付けました。結果、彼らは死んだのです。私が努力を怠ったがために」

 

 

「それは高慢だわ!どれだけ強い者であったとしても全ての者を守ることなんて……」

 

 

「できなければならないんです。姉上までそれを否定したら民は誰を頼るんですか?姉上こそ考えを変えるべきです」

 

 

 議論がエスカレートする様子にケラルトが一旦間に入ってとりなそうとするも、リリアは立ち上がり部屋を去ろうとする。カルカが「まだ話は終わっていないわ!」と声を上げ、レメディオスがリリアの前に立ち止めようとする。しかし、謎の威圧感によってレメディオスは動けなくなり、リリアはレメディオスの体を押して道を開け、扉から出ていった。カルカは頭を抱え倒れるように椅子に座りこむ。

 

 

「姉様!なぜお止めにならなかったのですか!」

 

 

「ケラルト……。リリア様は変わられてしまった……。いや、あれは……」

 

 

 レメディオスは続く言葉を飲み込んだ。主に対する言い方として適切ではないと考えたからだ。急に黙り込むレメディオスにケラルトが「姉様……?」と声をかけるも、それ以上口を開くことはできなかった。

 

 

 後日、リリアの発言によって最終的な責任の所在が決定され、今回の遠征の詳細な情報が国民に公開された。

 端的にまとめれば、合同軍は戦力の三分の一を失うも、亜人に対し一撃を加えることに成功した。しかし、多くの戦死者を出したため、責任は司令官であるリリアが負うことになるというものだった。

 『成功』したものとして処理をするにはあまりにも被害が大きすぎたが、国民の感情を考えれば失敗と言うのは無理だと判断した大臣達の意見がそのまま通った形である。だが、国民が『成功』したと信じるには十分な亜人の討伐数とその死体や装備が公開されたことで、反発は予想以上に抑えられた。その大半がリリアによって討伐されたことは隠蔽され、知る者は上層部の関係者のみである。

 

 大きな被害を被った第一軍、及び騎兵部隊が全滅した第二軍はその戦果から国民に歓迎され、多くの聖王国民が彼らのようにと志願するようになったが、改革の指導に当たっていたリリアがその任から降りたため、部隊の補充以上の動きが行われることは無くなった。アルフレドが一度、王宮に出向きリリアに戻ってもらうように懇願するも、これ以上改革に関わることは無いという一言を残し、面会を断わられた。

 

 多くの者が亡くなったという事実は、遺族や軍の同僚にとって大きな悲しみを招いたが、ほとんどの聖王国民にとってはその戦果によって隠されたも同然となった。人々は一週間後に迫る建国祭に備え、町を彩り始めていた。

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