聖王女の妹は信仰者【本編完結】   作:お稲荷猫

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償い②

 聖王国民は数日後の建国祭に備えせわしなく街中を駆け巡っている。年に一度のイベントであり、今回の建国祭は先の遠征の戦勝記念をも含んでいるため、例年よりも一層力が入っているのだ。

 そんな中、王都の神殿内にある礼拝堂で祈りを捧げ続けている人物がいた。

 

 

「ケラルト様」

 

 

 礼拝堂の入り口で立っている神官が歩いてくるケラルトに頭を下げる。

 

 

「リリア様は?」

 

 

「本日も中で祈りを捧げておられます」

 

 

 ケラルトは神官に「そうか」と言うと、中へと入っていく。一般の人々も祈りを捧げられる場であるため、通りがかる人々はケラルトに対し頭を下げる。そんな人々に挨拶を返しながら、一番前の列でただ一人黒いヴェールを被るリリアの下へと行く。

 

 

「リリア様、本日で祈りを続けてから三日になります。そろそろお休みしなければお体が……」

 

 

 リリアは今回の遠征で亡くなった兵士達が無事神の下へ召されるようにと祈りを捧げ続けていた。初日は突然現れたリリアの姿に多くの人々が驚きつつも頭を下げたが、三日目となる今日では見慣れた光景となり、誰もがその祈りを邪魔しないようにと挨拶を控えていた。

 

 

「まだ、三千七百八十五人すべての者に祈りを捧げられていない。祈らなければ私の気が済まない」

 

 

 リリアの座る席には今回の遠征で亡くなった兵士達の氏名が記録された文書が積み重ねられており、一人ひとりの名前を挙げて長い鎮魂の言葉を唱えていることがわかる。ケラルトもこの常軌を逸しているリリアの行動に狂気を感じつつも、無理に止めれば何が起きるか分からないという恐怖に近い感情からただ見守り続けていた。

 

 

「ケラルト、私の体は私が一番よくわかる。終わったらしっかり休むから大丈夫だ」

 

 

 目を閉じたままそう言うリリアに、ケラルトは静かに頭を下げゆっくりと下がる。

 

 

「リリア様に何かあればすぐに連絡するように」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 あの日以来、カルカとリリアはほとんど会話を交わしていない。正確にはリリアの方から一方的に遠ざけているような状態なのだが、それが原因かカルカの執務も滞りが目立つようになった。ケラルトは神殿の職務を大神官に任せ、現在はカルカのサポートに当たっている。

 

 

 リリアが祈りを続けて四日目になろうというとき、リリアは三千七百八十五人目の戦死者の名を挙げ鎮魂の言葉を終える。そして、しばらく深く祈りを捧げると静かに立ち上がり、礼拝堂を後にしようとする。一般の者はリリアの祈りが終わったことを知り、敬意をもってリリアに頭を下げた。

 

 

「リリア様、お疲れ様でした」

 

 

 ケラルトの命で見張りをしていた神官がリリアに頭を下げると、リリアは「君もご苦労」と言い、そのまま神官と共に神殿の長い廊下を歩いていくと、角を曲がったところで足を止める。

 

 

「すまないな」

 

 

 そう言う言葉が聞こえると同時に神官はその場で意識を失った。

 

 祈りを続けている間に気持ちが整理され、同時にある疑問が自身の中に浮かんだため、その確認をしようと王都内のある人物の屋敷を訪れる。

 

 

「リリア様、何用でしょうか」

 

 

「兄様にお話しがあって来た。在宅だろうか」

 

 

「少々お待ちください」

 

 

 カスポンドは王兄として、王宮内に部屋を持っているものの王宮では息が詰まると言って王都内に邸宅を持った。現在はほとんどこちらに住んでおり、王宮に来るのは何かしらの打ち合わせか社交界に出席する時くらいだ。

 

 

「リリア様、カスポンド様がお会いになるそうです。こちらへ」

 

 

 門を警備していたカスポンドの私兵によって、邸宅の中へと案内される。すると、家の中から顔を合わせたことがない貴族が現れリリアとすれ違う。その顔には焦りが見え、カスポンドと何か重大な話をした様子だった。

 

 

「やぁ、よく来たね、リリア。怪我の方は大丈夫なのか」

 

 

「はい、もう良くなりました」

 

 

 カスポンドはリリアを出迎え、手を貸しながらソファーへと案内すると、メイドにお茶を入れるように指示する。メイドは手際よくお茶を入れ、二人の前へと置くと一礼して部屋を去る。

 

 

「それで、私に話があるとのことだったが」

 

 

「兄様がどのような答えをしようと、何かをするつもりはないことを最初に申し上げておきます」

 

 

 リリアはそう言うと、一つ間をおいて口を開く。

 

 

「単刀直入にお聞きします。今回の一件、どこまで兄様は関与なされていましたか?」

 

 

「それはどうしてかな?」

 

 

 カスポンドが姿勢を変えながらリリアに問いただす。

 

 

「兄様は南部貴族と深いつながりがあります。当然、今回の遠征に関しても事前に情報をもらったり、手回しをしていたはずです。でなければ、国軍でもない南部軍がここまで短期間で軍を整えられるはずはありませんから」

 

 

「彼らも長い間準備をしていたのかもしれない。そうであれば、短期間で準備をできたのもわかるだろう」

 

 

「遠征が決まる前から動員を開始していたのにですか?」

 

 

 カスポンドは「そこまで知っているか」と言い、決まりが悪そうにすると決心した様子でリリアの方を見る。

 

 

「今回の一件、南部に出兵するように促したのは私だ。できるだけ無能な貴族に軍を率いらせるように仕組んだのもね」

 

 

「それは聖王国のために必要なことでしたか」

 

 

「あぁ、必要だ。南部は長らく軍備を増強してきた。早いうちに空気を抜いておかなければ、大きな爆発を引き起こしていただろう。今回の遠征で南部は多くの軍備を失っただけでなく、領民からの反発も大きくなったことで大きく力を落とす。逆に国軍は栄誉を手に入れたことで更に強くなるだろう」

 

 

「それは聖王国の民が死ななければできないことでしたか」

 

 

 カスポンドは立ち上がり、閉めていたカーテンを開ける。それまでランプの明かりだけだった室内に太陽の光が差し込む。

 

 

「リリア。君がカルカと同様に民の命を大事に思っていることは良く知っている。私も同じだ。だが、こうでもしなければ将来、より多く民の命が失われる。それも亜人ではなく同じ聖王国民の手によって。建国祭を機に、聖王国の民は一気に王家を支持する方向へ向かうだろう。同時に南部は弱まり、北部は再び権威を取り戻す。リリアが責任をとるということも国民の間では美談として噂されているよ」

 

 

「兄様の工作活動のおかげでですね」

 

 

 カスポンドは「そうだな」と言いながら再びソファーへと戻る。

 

 

「兄様がしたことは決して褒められるものではありません。しかし、今の聖王国ではそれが最善だということも理解できました。真の強者がいない聖王国はそうしなければ安定を保てないと」

 

 

 リリアの雰囲気が先ほどと変わり、それを見たカスポンドは少し警戒しながら「リリア?」と恐る恐る尋ねる。

 

 

「私がこの国を一つにできるだけの力の象徴になります。そうすれば兄様もこのような工作はしないでしょう?聖王国の民の命を失ってまで得られる平和に何の意味があるというのでしょう。姉上も姉上です。私に力を持てと命じてくれればすぐにでも力を得ようというのに。強くなって民に、姉上に、聖王国に仇なす虫を殺せばきっと平和になると思うんです。そうして初めて姉上の目指す理想が達成される……」

 

 

「リリア……?どうしたんだ……?」

 

 

 早口で熱狂的に話していたリリアは我に返り、「失礼しました」と言うと静かに立ち上がる。

 

 

「兄様は今後も姉上のサポートをお願いします……。私はしばらく旅に出ようと思うんです」

 

 

「旅?旅って……。おいリリア!」

 

 

 カスポンドがそう言いながら部屋を出て行ったリリアを追いかけるも、扉を開けるとその場に既にリリアの姿はなく、嫌な予感から配下の者にすぐに王宮へ手紙を届けるように伝える。

 

 

 王宮の執務室にいるカルカはケラルトの手伝いの下、遠征で亡くなった者達の遺族に対する見舞金やそれに添付する手紙を用意する作業に追われていた。

 自身の手書きではなくともよいのではないかと言う大臣の意見もあったが、聖王国のために亡くなった兵士達に王自ら感謝と謝罪をすべきだというカルカの信念によって、本人の直筆となった。とはいえ、三千枚を超える手紙を書くのは尋常な作業量ではない。

 

 

「カルカ様、一度休みましょう。朝から続けていては体に毒です」

 

 

 ケラルトはそう言いながら席を立ちあがり、お茶を入れ始める。カルカも背伸びをし、いったん息を抜こうと席から立ち上がると窓へ近づく。すると、扉がノックされ、城の文官が部屋へと入ってくる。

 

 

「聖王女様。カスポンド王兄殿下より、お手紙が届いております」

 

 

 ケラルトが文官の手から手紙を受け取ると、それをカルカに渡す。カスポンドが手紙を送ることは普段滅多にないため、何か急を要する事なのだろうとすぐに手紙を開ける。

 中身を確認したカルカは手紙を放り出し、リリアの部屋へと走り出した。ケラルトが「カルカ様!?」と言いながらすぐに後を追いかける。

 

 

 リリアの部屋に着くとノックもせずにすぐ扉を開ける。

 中には神官服ではなく、平民が着るような衣服に剣を腰に付けたリリアの姿があった。既に使用された巻物の燃えカスが絨毯の上へと落ちており、何かをしていたことがわかる。

 

 

「リリア。そのような服を着て何をしているの?」

 

 

「兄様から使いが来たのですね」

 

 

「貴方は気が動転しているの。まずは落ち着いて話し合いましょう」

 

 

 ケラルトが追いつくも、訳が分からず状況を理解できていない。だが、リリアの服装を見ると、あまり良い状況とは言えないことを感じ取る。

 

 

「姉上。安心してください。決して悪いようにはなりません。少しお暇をいただくだけです」

 

 

「リリア。誰も貴方の事を責めはしないわ。今回の事だって貴方一人が悪いというわけでは……」

 

 

「違うんです。姉上。今の聖王国のままでは、今後も多くの民が犠牲になります。その度に姉上は傷つかれてしまう。そんなのは私が嫌なんです。私も認めたくありません」

 

 

「なら四人でこれから変えていけば……」

 

 

「足りないんです。帝国のフールーダ・パラダインのような圧倒的強者でもない限り、安定をもたらすことはできません。レメディオスもケラルトも。だから、私がこの国において最も力を持つ者になります」

 

 

 そう言うとリリアの足元に魔法陣が展開され始める。ケラルトは一度リリアを落ち着かせるために仕方なく魔法を放つ。

 

 

麻痺(パラライズ)!」

 

 

 しかし、事前に耐性魔法を唱えていたためか、抵抗されてしまい弾かれる。

 

 

「姉上、約束は破りません。また帰ってきますね」

 

 

 そう言うとリリアの姿がその場から跡形もなく消える。

 

 

「転移の魔法!?衛兵!直ちに聖王国内に捜索命令を……!」

 

 

「無駄です」

 

 

 ケラルトが衛兵に指示を出そうとするも、カルカが止めさせる。

 

 

「あの子は行ってしまった。聖王国内にはもういない。私にはわかるの」

 

 

 カルカは感覚的にリリアが遠くへ行ってしまったことを感じ取っていた。カルカはそのままリリアのベッドまで行くとそこへ座り込む。

 

 

「行ってしまった以上、もうどうすることもできません。でもあの子は私が悲しむことはしないと約束しましたから」

 

 

 ケラルトは「リリア様……」と小さくつぶやいた。

 

 

 リリアは転移の魔法によって、王国のエ・ランテル近郊へと着いていた。正確には伝言の巻物に仕組まれていた転移先がエ・ランテル近郊であった。

 伝言の巻物を使い話したリグリットは、今は任務に出ているため終わり次第そちらに向かうといういう交信を最後に切れてしまったため、リリアはおとなしく今日泊まる宿を探しに街へと向かった。

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