「少しおとぎ話をさせてくれ」
ツアーはそう言うと、少しの間をおいて話を始めた。
「あるところに足が速いことに自信がある少年がいた。少年はより早く、馬のように足が速くなりたいと思い、毎日走り続けた。そして、ある日、遂に彼は馬を追い越して走ることができるようになり、周囲から尊敬されるようになったが、周囲の者は次第に彼を避けるようになった。なぜ自分を避けるようになったのか、ある日、鏡を見た彼は自分の姿が馬のようになってしまったことに気づいた。居場所を失い、人間でなくなったことを知った彼は嘆きただ一人村を去った」
一通り話を終えたツアーは「聞いたことはあるかい」とリリアに尋ねる。まったく聞いたことのない話であったため、リリアは首を横に振る。
「当然だ。今考えたからね」
リリアは「は、はぁ…」と困惑しながら息を漏らす。リグリットもツアーの訳の分からない話に呆れているようだ。しかし、ツアーの表情はふざけているようには見えず、真面目な話をしていることが伝わる。
「だが、この話は嘘と言うわけではない。人間が己に与えられた能力以上の物を求め、それを手にしたとしても、こうして罰を受けるということさ。安易に力を欲してはいけないという戒めに近いね」
「あんたの言いたいことは分かったよ。それで、この子の面倒は見てくれるのか、どうなんだい」
リグリットが話題を元に戻し、ツアーに率直に尋ねる。ツアーはもう一度、リリアの方にじっくり見定めるような視線を送ると、頷きながらリグリットの方へ視線を戻す。
「いいよ、私が面倒を見よう。このような力を持つものを放置しておく方が危険だろうからね。それに久しぶりにあの頃の高揚感が蘇ってきたような気がするんだ」
ツアーはそう言うと、隅に置かれている白銀の鎧に目を当て、昔の旅を思い出し、懐かしんでいるような素振りを見せる。リグリットは「そうかい」と言うと、リリアの方を見る。
「今日からこやつがお前の面倒を見てくれる。悪い奴じゃないが性格は悪いからな。気を付けるんじゃぞ」
「性格が悪いとは聞き捨てならないな。これでも真摯に対応しているつもりなんだが」
リグリットは「どの口が言うか」と言い笑いながら手を挙げ、二人に別れを告げ、階段を下りて行った。二人きりになったツアーとリリアの間に何ともいえない空気が流れるも、ツアーの方から話を始める。
「さっきの続きになるんだが、君は自身が持つ力を理解できていない。だから、まずは『知る』べきだと思うんだ。僕らが知っている全てをね。それを聞いて初めて自分が持つ異様な力を理解できる。ただし、この話を聞いた後に君がこの話を外に漏らしたり、悪用しようとすれば殺さなければならないんだ。それじゃあ始めよう」
リリアの同意を得る前にツアーは話を始める。リリアは動揺し続けているものの、ツアーのペースに乗せられてしまい、話を切り出すことができずにいる。
「まず、正直に言うと君の持つ力のすべてを知っているわけじゃない。私もリグリットも十三英雄の一人であることは…、初耳のようだね。その頃の私の古い仲間が詳しかったんだ。今となっては彼の話を思い出して推測することしかできない。だから、君の力を最大限に引き出すことはできないのさ。彼が生きていればきっと君のことをよく理解してくれたんだろうけど」
十三英雄の話は今も世界中で童話の一つといて有名なものだ。先ほどの銀鎧を見る限り、『白銀』と言うのはツアーのことを指しているのだろう。
「彼はよく言っていた。この世界の人間は自分たちが知る世界の人間とは違い到達できる限界が低いと、どれだけ多くの敵を倒したとしてもその限界に到達しているためそれ以上強くなることができない。だが、どういう訳か先天的な素養を持つ者や
「限界と言うのは……。成長の限界と言うことでしょうか」
ツアーは少し考えこむように目を閉じ、答えを見つけたのか目を開けリリアの方を見る。
「成長の限界……というのは間違いではないのかもしれない。彼は『能力値やれべる』の限界と言っていたけどね。この場合、『れべる』と言うのが君の言う成長の限界に当たるのかもしれない。この世界の英雄と呼べる者達はこの『れべる』が他人よりも優れているから上位の魔法が使用できたり、人一倍体が強靭だったりするんだ。僕が見る限りでは君も既にリグリットを超えるだけの『れべる』に到達しているようには見えるけどね」
リグリットを超えるほどの力を持っているとなれば、それはすでに帝国のフールーダを超える事さえできているということを意味している。しかし、リリア自身にとってはそのような力を感じ取ることはできていない。不思議そうにしているリリアにツアーが声をかける。
「あぁ、説明が不十分だったね。君は聖騎士としての『れべる』を見るなら、彼らを十分に凌駕しているよ。だが、
「先ほど、私の
「僕は
ツアーはそう言うと、古い友である『彼』を懐かしむように再び銀鎧を見る。そして、リリアのことを見ずに話を続ける。
「リグリットの頼みを聞いて、その力を扱いこなす方法を教え、君の事を面倒を見ると言ったけど。君自身はその力をどうして欲しているんだ。その人間の限界を超えた力で何をしたいんだい」
「私は民の命を守るために……。姉上の理想を実現するために……。それ以上は望みません。今の私では力が足りないから、例え限界を超えたとしてもこの力で護りたいんです」
リリアは余計なことを言わずに、自身の思うがままの事を話す。この場で取り繕ったとしても、ツアーであれば容易に見抜くことが予想できた。それに、自身もそれ以上の事を望むつもりはなかったからだ。
ツアーは視線をリリアに戻し、先ほどのように見定めるような視線を送る。
「嘘はついていないようだね。力を持つ者はその力の使い方に責任を持たなければならないことを教授しようと思ったんだが……。君の中で覚悟もできているようだ。いいだろう、君が強くなることに協力しよう。ただし条件がある」
「なんでしょうか」
「世界の安定を保つために、僕の協力者の一人として活動もしてほしい。リグリットのようにね。状況にもよるが、君の守りたいものを優先してもらっていい。そしてもう一つが、その過ぎた力を行使しすぎないということだ」
リリアは二つ目の質問に対し、疑問を投げかける。使いすぎた場合どうなってしまうのかと。
「最初に話したおとぎ話は僕が作ったけど、あれは嘘じゃないんだ。過ぎた力を行使しすぎれば、人間は何らかの影響を受け始める。それこそ、足の速さを望み続けた結果、馬人になってしまったり、不死を望み続けた結果、アンデッドになったりね。君自身、その影響が少なからず出ているようだけど」
ツアーがそう言うと、頭に巻いていた包帯が魔法の力によってほどけ、黒い痣が姿を現す。
「リグリットにも聞いたが、背中にも同じように黒い腫瘍ができているんだろう。それが力を使った代償だ。おそらく無意識だったんだろうだけどね。君は今まで以上に力を得ることになる。そうなれば支払う代償も大きくなるだろう。だから、僕は君の存在を神の奇跡でもあり悪戯でもあると言ったんだ」
「使いすぎれば私はどうなってしまうのですか」
「僕にも分からない。どんな変化を遂げるのかはなってみなくちゃね。だが、そうなったとき、君が君でいられるかも分からない。だから、その傷を絶対に忘れてはならないんだ。今回は僕の力で何とかしてあげよう」
ツアーがそう言うと巨大な魔法陣が台座に現れ、人間の話す言葉ではない言語で何かを唱えると、どこか重く感じていた体や心にかかっていた靄が一気に晴れるような感覚に襲われる。それと同時に、傷を負っていた場所に激痛が走り、思わずその場に倒れこんでしまう。
「世界の理を覆したようなものだ。君の背負っていた代償はそれほど大きなものなのさ。その痛みを絶対に忘れないように」
リリアは痛みをこらえながら立ち上がる。痛みによって汗が止まらないが、ツアーの言葉に「はい」と返事をする。
「よし、それじゃあ君をどのように『育成』していくかなんだが……。簡単だ。彼のやり方をまねるならば、魔獣を倒し続ければいい。君の国からすれば亜人でもいいんだろうけど、それはあまり好きじゃないからね。ギガント・バジリスクや
「どれだけ倒し続ければいいんですか?」
「到達限界が来るまで。だが……、そうだね。僕と戦って勝てるようになったらにしようか……と思ったけど、それじゃ限界を超えてしまうね。ふむ……」
ツアーは少し考え始め、妙案が思いついたのか目を開ける。
「僕の七割の力に勝てるようになれば、いいんじゃないかな。僕はここから動けないから、あの鎧で戦うことにする。それ以上の強者は間違いなくこの世界にはいない。僕を除いてね。君の狩りには僕もあの鎧で同行し、それで君のサポートに当たりながら実力を評価する。これで行こう」
「ツアー……様に勝てるようにですか?」
「ツアーでいいよ。本気の僕と戦ったら死んでしまうからね。リグリットに嫌われたくはないんだ、数少ない友だからね」
リリアが「分かりました」と言うと、いつの間にか背後に来ていたツアーの鎧が付いてくるように言う。目の前のツアーと背後のツアーが同時に動いているのを見て混乱するも「後はその鎧で指示をするよ」と言われ、おとなしく従うことにした。
鎧についていくと、先ほどとは違った明るく綺麗に整った部屋へと案内される。
「君の面倒を見る間、この部屋を使うと言い。後で君の身支度を整える者を送ろう。君は王族のようだしね」
「ご存じなんですね…。ですが、側仕えを用意していただかなくても……」
「君の亜人嫌いをなくすため……。そんな意味合いも持っているんだ。僕としては全ての亜人を同種に判断してほしくはない。理解してくれるね」
リリアは抵抗感を覚えたものの拒否するわけにもいかず、おとなしく応じると「また明日」と言う言葉を挨拶にツアーはその場を後にした。そして、荷物を置きベットの上で横にな。
しばらくたつと扉がノックされ、部屋へと誰かが入ってくる。先ほどのツアーの言い分からすれば、亜人であることが分かるため、リリアは恐る恐る目を開ける。
そこにいたのはメイド服を着た茶色の毛並みの二足歩行をした猫であった。
「ツアー様より命じられてきた、ケット・シーのアイルと申しますニャ。よろしくお願いするニャ」
そう言うと、アイルは目の前でペコリと頭を下げた。