帝国の執務室でジルクニフは今日も大量の書類に囲まれ、信頼のおける文官の手伝いの下、それらを処理する作業に追われていた。すると、扉がノックされ、気まずそうなフールーダが現れる。
「陛下、お忙しい所失礼致します」
「爺か。どうした何用だ」
フールーダは答えにくそうな表情をするも、意を決して口を開く。
「聖王国の者から情報があり、どうやらリリア殿が聖王国を出られたようです」
「爺!それは本当か!やはり、あの者の器が収まる国ではなかったか…!それで、彼女は今どこに!」
フールーダはジルクニフの質問に答えようとするも、口を閉ざしてしまう。その様子をみたジルクニフは「まさか…」と言葉を漏らす。
「申し訳ありません。聖王国の提供者とも連絡は取れず、行方も突如として不明になったため…」
ジルクニフは頭を抱えながら「腹黒神官め…」と悪態をつく。突如として行方が不明になったのは仕方ないとしても、提供者がこのタイミングで処理されたとあれば、それはケラルトの仕業に違いないと考えたからだ。
「ただ、エ・ランテルにいた者からそれらしき人物を見たとの報告があったのですが……。リグリット・ベルスー・カウラウと共に『黄金の輝き亭』を後にしたのち、こちらも行方が分からず…」
ジルクニフは不機嫌そうに「もういい」と言うと、椅子から立ち上がりソファーへと横になる。
「陛下はなぜそこまで執着なさっておるのですか。私のように彼女の魔法を調べたいというわけでもないでしょう。よもや、正妻にでも迎えるおつもりでしたか」
「なしではあるまい。血筋にも問題はなく、あれほどの強者の力を我が帝国に、それも皇家に取り入れることができれば帝国はさらに発展できるだろう。それに、周辺の女性の中では一番マシだ」
フールーダの意見にも一理あると考えたジルクニフはそう話す。本来は、戦力としては衰えが見え始めているフールーダと共に、いや、その代わりとして帝国の中核にと考えていた。しかし、今となってはもはや行方もつかめず、金の卵をみすみす逃してしまったというところだ。
(今後このような機会はもう訪れないだろう……)
「陛下、このような失態を犯した立場で進言するのは失礼にあたるかもしれませんが、もはや諦められるべきでしょう。陛下もよいお歳です。この辺りで、愛妾なり迎えるべきではありませんか」
ジルクニフは「あぁ、そうだな」と思ってもいない口調で返し、作業に戻るとフールーダに伝え、自身は執務室の机へと戻った。
「それじゃ、君の力をどのようにして制御するのか、それについて説明しよう。と言っても、これも僕が伝え聞いた範囲になるけれどね」
一晩明け、リリアはツアーに連れられどこかは分からない森へと連れてこられていた。ツアー曰く、ここはアーグランド評議国の北部にある「魔獣の森」と呼ばれる地域らしい。多くの冒険者はここで魔獣を狩りその素材を売却することで生計を立てており、奥地に行けば行くほど強い魔獣が出やすくなるのだと。
「まず、力を制御するのに一番早い方法は『れべる』を挙げて自身の能力を高めることだ。そうすれば能力に収まる限りは力の制御ができているということだからね。今回、君の体に起きたことはおそらく限界を超えて能力を発揮したからだろう」
リリア自身は
「もう一つは自身で解放する術を身に着けておくことだ。武技、魔法、どういった形でもいいからそういった術を身に着けることで任意の解放を行えるようにすることが大事だと彼も言っていた。だが、それを行うためにも『れべる』は必要になってしまうんだ」
「だから、その『れべる』を上げる方法として魔獣を狩るわけですね」
ツアーは「その通りだ」と言うと、見慣れないネックレスをリリアに手渡す。純銀でできたチェーンには見たことのない緑色の宝石が金の装飾によって丁寧に囲まれている。
「それは彼が使っていた『れべりんぐ』をしやすくする道具だ。『れべりんぐ』と言うのは、『れべる』を上げる作業の事を言うらしい。そして、彼はよく自分で一撃を加えた魔獣に対し、仲間の強い者に倒させることで『れべりんぐ』をしていた。その周囲の魔獣を楽に狩れるようになるまでね」
「童話では努力をし続け強くなったと聞いた覚えがあるのですが……」
「まぁ、実力差がある相手に一撃を加えることは難しいからね。それに日々の走り込みや素振りは怠ったことは無かったから、正しいということにしよう。彼も最終的には自分で魔獣を倒せるようにはなったんだ」
思ったよりもずるいというような印象をもったリリアに対し、彼の努力が決してなかったわけではないことを強調したツアーだったが、自分自身も何か思うことがあったようだ。
そう話していると、森の奥から何かが木々をなぎ倒しながら迫ってくる音が聞こえる。リリアは剣を抜き待ち構えると、姿を現したのはギガント・バジリスクだった。ギガントバジリスクは、蜥蜴にも蛇にも似た全長十メートルの巨体を持ち、石化の視線や即死級の猛毒の体液を有し、分厚い皮膚はミスリルにも匹敵する魔獣だ。オリハルコン級の冒険者ですらてこずるような魔獣にツアーは一撃を入れるように指示する。
リリアは一撃を入れるだけならと、剣を構え『流水加速』と『
(ギガント・バジリスクを一撃で?)
ツアーがただならぬ強者であることはリリアも理解していたが、オリハルコン級の冒険者ですら苦戦する魔獣を一撃で倒した様子を見て、改めて恐怖すると同時に一つの疑問が浮かんだ。本当に勝てるようになるのだろうかと。
「いい感じだね。この調子で後五十体は狩ろう。そうすれば、『れべる』もかなり上がるはずだ」
「ご、五十体ですか!?」
あまりにも突拍子な話に思わず驚きを隠すことができないリリアに、ツアーは何か変なことを行ったかと不思議そうな素振りをした。
その後、ツアーに言われるがままに出会った魔獣に一撃を加え、ツアーがとどめを刺すという作業ともいえる行為を続け、目標であった五十体を達成する。一撃を加えるだけとはいえ、命の危険が常に隣にあるのは違いなく、転移の魔法によって帰って来た後は思わずベッドに倒れこんでしまう。
「明日は同じことを剣ではなく、魔法でやってもらうから。心の用意はしておいてくれよ」
去り際にベッドに倒れこむリリアにツアーはそう告げると、リリアが「えっ」と言う表情で起き上がるのを見る前にその場を後にした。それと入れ替わるようにアイルがやってくる。
「本日はお疲れさまでしたニャ。お召し物をお預かりしますニャ」
リリアは自身の汚れた服を脱ぎ、部屋に置かれていた清潔なシャツに着替えると、その服をアイルへと預ける。そして、疑問に思ったことをアイルへ尋ねる。
「アイルって……。男性なのかな、それとも女性?」
「アイルはケット・シーですから、性別はないですニャ。お望みであれば男性になりますニャ?」
リリアはそういうものなのかと納得し、それであればいいと首を横に振る。アイルは「お食事をお持ちしますニャ」と言うと、服を持ったまま部屋を後にする。不思議とアイルに対してはこれまで持っていた亜人に対する嫌悪感を感じず、まだ一日程度の付き合いであったが、それなりの会話はするようになった。それでも、口数は少ない方ではあるのだが。
部屋を出たアイルは服を洗濯場に置くと、リリアにもっていく食事を用意するため台所へと向かう。台所には、鎧姿のツアーが待っており、アイルを見ると「やぁ」と声をかける。
「これはツアー様。どうかしましたかニャ」
「彼女はどうだった?何か不満を漏らしたりしていたかな」
「そんなこと聞かなくても、いつも魔法で監視していらっしゃるじゃないですかニャ」
アイルはそう言いながら、料理の準備のため台所を動き回っている。ツアーは「まあね」と言いながら、頬をかくように鎧に触れる。
「君から見た印象を聞きたいんだ。僕の印象だけじゃなくてね。受け入れたとはいえ、まだ彼女の事を理解できたわけじゃない」
「それでしたらニャーも同じですニャ。でも、真面目な人だと思いますニャ。それで身を滅ぼしてしまうほどに…」
アイルはそう言うと、ツアーの方を見る。普段は細目でほとんど瞳を見せないが、その瞳は紫色に光り、何かを見定めた様子だった。ツアーは「君が言うならそうなんだろう」と言うと、邪魔をしたなと言うように手を挙げ、台所を後にした。
翌日、リリアは再びツアーと共に昨日の森へと赴いていた。ツアーの、昨日と同じ敵だとやる気が下がるだろうといういらない配慮によって、今日の討伐目標は
群れを成して攻撃してくる
「『れべる』にも色々あるからね。彼もこの世界の『れべる』を理解するために相当苦労していたようだ。だけど、着実に強くはなっているだろうね。でも、その反動も大きいと……」
ツアーの話を聞いていた途中でリリアの意識は突然として薄れゆく。よくわからない感覚が体の内から湧き上がってくるような不快感に近いものを感じ、そのまま昼に食べたものを吐き出してしまう。ツアーが「大丈夫かい」と言いながら、皮の水筒をリリアに手渡す。
リリアは水筒の水を口に含み、吐しゃ物を洗い流し、何口はそのまま体へと入れる。
「懐かしいね。彼も毎日吐いていたよ。その度になぜか喜んでいたから周りから白い目で見られていたんだ。そういう性格なんだろうってね」
ツアーはそう言いながら、側にあった岩へと腰掛ける。そして、「今日はここまでにしておこう」と言い、リリアの体調が安定するまでその場で待機し、元に戻ると転移の魔法を使い拠点へと帰還した。